天気が程良くいいと、中の連中がうるさくて堪らない。
湿度の高い日には延々と黙っているくせに調子のいいものだ。


(なあ外行けよ外)
(行こうぜー散歩)
(太陽が昇ってる内によォ)
(じっとしてんじゃねーよ)
(お出かけしたいです…)
(スパーク!!)

勝手に行ってくればいいのに。
そんなことは恐らく不可能だろうし、仕様がないとも思いはするが。
最後の叫びが何なのかが気にかかったが誰も答えはしなかった。

ああわかったよ、行くから、行けばいいんだろ。
どうせ今日は休みだし、でもプルプー様は真面目だから仕事してるし、ラムネは女の子同士で遊びに行っちゃったし、予定もないし。
ちょっと飛んで行って帰ってくるだけだからな。
あんまり騒いではくれるなよ、がんがん響くんだから。

程良く晴れて風の気持ち良い、休日の昼下がりのことである。
禁煙は中で好き勝手をわめいてくれる煙草達に押され負け、宛てのない散歩へと出発していった。






空は確かに気持ちがよかった。
人気の無い森の上空でざわめきなども感じず、時折微かに響く鳥の鳴き声がかえって心地良い。
プルプーの基地は毛狩り隊の施設として例外でなく、辺りに一般人を寄せ付けないのだった。ハレルヤランドなどがその『例外』である。
空を飛ぶことができるというのも改めて感じてみれば気分がいいものだ。
普段は特に意識することもなく、周りの風景など楽しむこともない。
もっともそれは禁煙の話であって、同じように飛べるにしてもラムネやプルプーは違っているかも知れないが。

ポマードリングのように、要塞ごと空を飛んだらきっとそれはそれで楽しいのだろう。
プルプーの基地も飛べることには飛べる。ただ緊急退避用のシステムだからと、未だ使用されたことは一度もない。

(ほらだから言っただろ、出かけた方がいいって)
(この天気のいいのに屋根の下にいちゃ罰があたらぁ)
(僕たちアウトドア派だよね…)
(コラテメー、外見えねーじゃねーか退け!)
(ウルセー!)
(いきなりキレた!)

みんなうるさい、と思った。
それでも森の空気は変わらずに穏やかで静かだ。


森の中には禁煙の気に入りの場所があった。
小さなスペースで、木々に囲まれ行き止まりになっている。柔らかい草に恵まれ、雨後でもなければ寝転ぶのにも不自由しない。
他に特に何かがあるわけではない。
ただ時間を忘れて、ぼんやりと何処かに目を向けて過ごすだけだ。

それが禁煙にとっては心地良かった。
禁煙も元は紙、つまりは木の非ヒューマンタイプなので、適した環境であるのに間違いはないかも知れない。
何よりあの木漏れ日がいい。こんな天気のいい日には、きらきらと優しいに違いない。

(またあそこか?)
(好きだなー)
(俺もあそこは嫌いじゃあねぇ)
(どうでもいいよ)

ひねくれ者揃いの煙草どもも、なんだかんだと言いながら邪魔をしようとはしないのだ。
少しだけ飛行スピードを上げて、禁煙は森の上を急いだ。




迷い込んだ旅人ならば苦労をするのかも知れない。
だが禁煙にとっては勝手知ったる庭のようなものだ。下に広がる森の中へ滑り込むように、ゆっくりと降りていく。
目を瞑っていても、禁煙にとって目を瞑るという概念は人間タイプとは若干異なるが、とにかく瞑っていても無人の憩いの場に辿り着けるはずだった。

だが現実は、そうはいかなかった。

辿り着けなかったのではない。
禁煙の感覚に偽り間違いはなく、滞りなく思う通りの場所へと着地できた。
ただ想像と違っていたのはそこが『無人の憩いの場』ではなく、『先客を抱えた憩いの場』となっていたことだ。

あれは、誰だ。

そこで他人の姿など見たこともなかった禁煙にとって、それは瞬間的には幻にも等しい。
実際、木漏れ日を浴びたその姿は幻想的にすら思えた。
だが間違いなく人だ。見えないはずのものが見えているのではない。
虚ろなような確かなような視線でどこかを睨んでいた、整ったシルエットがゆっくりと動いた。

「……よぉ」

向いてきたその『誰か』の表情は、まるでこちらを見知っているかのように笑みを浮かべる。
禁煙は彼を知らなかった。
少しばかり鋭い目つきの、若い男であった。


「お前、誰よ?」
見知っているかの様ではあったが、どうやら彼も禁煙のことは知らないらしい。
興味深げな視線を寄越しながら近付いてくる。
「どっから来たんだ?空飛んでやがったじゃん」
自信に満ちたその態度は禁煙の記憶の中の誰とも違った。
禁煙も四天王の部下という以上は、人の上に経つ者を多く知る。
だが彼はハレクラニほど物静かに構えているのではなく、だからといってOVERの様に感情の刃を構えるでもなし、プルプーの様に整った穏やかさを心がけようとするのとも違い、軍艦の如く普段は言葉少なにどっしり構えた姿ともまたどこか異なる。
ただそういった連中と比べてしまうのは、目の前の男に同じ様なものを感じるゆえに他ならなかった。
望み、同時に求められて、人の上に立つ者。
「おいテメー」
出来ることなら彼の問いにも答えてやりたかったが、
しかし、
「…シカトしてんじゃねーよ」
やはり理解される前に怒らせてしまった。
整った表情が不機嫌に歪んでいくのを見ながら、そんなのではありません、と禁煙は心で呟いた。

禁煙は声を出しては言葉を紡がない。
だが誰より身近なプルプーやラムネが意思を読み取ってくれるので、不自由をしたことはなかった。
言葉が必要な時というのは大体は四天王絡みの集まりだ。そういった際には、ラムネがさっと代弁もしてくれる。
彼女の涼しげな物言いはそれに適していた。

(バカだな何か言い返せ)
(代弁ならしてやろうか?)
(いやそれもどうかと思うぜ。俺達は切り札で)
(っていうか一発ネタってやつよ)
(自分から一発とか言うなよ。悲しくなるだろ)
(みんな、やめようよぅ)

ほんとにちょっと止めておいてくれ。

板挟みにされた気分でやけになりながら、禁煙は両腕でバツを作った。
「あぁ?」
喋らないタイプの非ヒューマンというのは何も自分だけではないので、彼にそれが伝わるのを祈るしかない。
「なんだお前」
ああ、もう少し。
男はきちんと『考えている』表情を見せた。
「…喋らねータイプか。ならどっかに書きでもすりゃよかったじゃん」
それもそうだったと、やっと安心した禁煙はついでに脱力した。


彼にはどうやら自分を無視する気がないし、書きでもすれば良いというのはもっともなので、その場にしゃがんでみる。
すると彼も向かい側に腰を降ろした。
驚いて見つめると、けらけらと笑う。
「なんだよ?」
巨大な存在感にこんな風に接されては、どう反応したらいいか困る。
そうは思ったが、それは書き表すことでも伝えるようなことでもないだろう。

『あなたは、何をしにここへ?』

適当に拾った木の棒を、迷いながら柔らかな地面に走らせる。
辺りは殆どが草に覆われている。剥き出しの土はごく僅かで、覗き込むスペースも広くはなかった。
「小ッせぇ字」
スミマセン、と謝ろうにも、最初の質問を消してしまうわけにはいかない。
「誰だとは訊かねぇんだな?」
面白そうに問うてくる彼の言葉は、やはりもっともだった。
気にならぬのではない。見ていれば、何処かの高い立場に在る人間だろうという予感はする。
つまりはそれを聞くのこそが怖い。
護衛の類らしき影は見当たらなかった。まさか家出でもあるまいし、プルプーの命を狙っているのだとしたらあまりにも呑気だ。彼を囮にして何かを起こそうという気配もない。
しかしこれから面倒なことになろうものなら厄介だ。
とりあえずは何の目的でこの場所にいるか、先にそれを問うた方が気が楽だった。

「暇つぶし」

男はあっさりとそう答えた。
またも驚く禁煙に、つまり驚いているのは見て解るのか、それが可笑しいらしく笑い声をあげる。
「暇つぶしだよ。面白ェもんが見つからないか」
禁煙は慌てて、最初の質問を消して『ひとりで?どこから』と書き直した。
「バカ素直なヤツ…」
角張った字を見ながら男が呟く。

「別に誰も連れて来てねーよ。誰にしたってうるせぇからな」

「あと俺は、サイバー都市のギガ」

禁煙は、後におまけとして付け加えられたような名乗りの方に驚愕した。
その名ならば聞き覚えがある。

(ギガ?)
(サイバー都市?)
(どこだよ)
(ハレルヤランドの向こうだろ。帝国領じゃないとこ)
(ギガは帝王だろ?)
(まさか)

「俺のこと知ってんのか?」
試すようなその声に、禁煙は頷いた。肯定否定の程度ならば動作で通じる。
ギガというのは、マルハーゲ帝国とは別に独立した機械都市の帝王の名だ。
事実上四世と同等の存在とされている。四天王と関わることは滅多になかったが、意識せずとも名は聞こえてくるものだ。

ほんとうに?

書くまでもなく、問うまでもなく、それは真実であると感じられた。
『ギガ』はゆっくりと立ち上がる。
「見せてやる」

そして禁煙の背後に伸びた一本の木に片腕を向けた。
その瞬間、禁煙の座る場所に広がっていたその木の影が消え去る。

「信じたか?」
どうでもいいことのように問いながら、ギガはそこに転がった『人形』を無造作に蹴り飛ばした。
人形である。先程までは一本の木だったが、その根ごと可愛らしい人形の姿へと変えられていた。

(何だこれ)
(知ってる)
(真拳だ)
(オブジェ真拳)

帝王ギガはオブジェ真拳というのを使うのだと、それも禁煙がこれまでに聞き知ってきた内のひとつだった。
実際に見たことはない。だが何もかもを人形に変えてしまうのだという噂が本当ならば、今目の前で起こった出来事こそがオブジェ真拳だ。

「後で気ィ向いたら戻してやるよ。…じゃ、次はお前が教える番じゃん」

呆気に取られていた禁煙は、その言葉と己に向いた視線に我に返った。
それが名前の話だと気付いたのは更に数秒は先のことである。
そんな禁煙の狼狽など読み取りきっているかの様に、ギガは足下の小さなスペースを見た。

禁煙。

出来る限り丁寧に書くと、ギガは興味があるともないとも取れる声でへぇと呟いた。




気に入りの場所とはいえ、禁煙の所有地などではない。
ましてや相手はサイバー都市帝王である。文句など言えるはずもなかったが、しかしギガも何らか迷惑な行為などするわけではなかった。
草の上に寝転んで、こちらを見ている。
命令などされたのでもない。恐る恐る帰ろうとしたら「ここにいりゃいいじゃん」の一言で引き止められたのみである。

それで帰ってしまうわけにもいかないし、のんびりと寝転ぶわけにもいかないし、向けられる彼の視線に答える術も解らない。
こんな時に限って煙草連中は揃って沈黙する始末だ。
彼らも同じ緊張を抱いているのだろうが、結局それを主に感じる羽目になるのは禁煙なのだった。

何時もと変わることなく、心地の良い場所。
それだけに隣の存在は非現実的でもある。

「どこ見てんだ、禁煙ちゃん」
そんな呼ばれ方に違和感を感じないのは、それを発するのが彼だからであろうか。
「何もねぇ場所だな」
禁煙にとってはそれが良いのだが、彼ならばどうだろう。気に入ったろうか。
ただ、夜は少し冷える。一度寝過ごしたことがあって身に染みた。
「…好きなのかよ?ここ」
頷くと、寝転んだまま帝王も頷いた。
「だろうな」

まるでそれだけは、解っていたかのように。

長い付き合いの相手でなくては読み取れぬ禁煙の『表情』を、彼は既に幾らか理解し始めているようにも思える。
だとしたら頭の良い男だ。
否、そうというよりかは、どこか人間離れをした。
「…こっち見ろや、禁煙ちゃん」
帝王の手が禁煙を軽く叩いたのは、その瞬間だった。

「俺はどうだ?怖いか、馬鹿だと思うか」
正面からしっかりと見れないでいた彼の表情を、ゆっくりと確認する。
それは禁煙が思い描いていた『今この瞬間の彼』とは大きく異なったものだった。
皮肉げだが幾らかは柔らかく、禁煙のことを見下してはいない。
「何も言わねぇから我が侭も言いたい放題だな」
笑いながら、ギガは寝転んだままでいた。
無駄に動くこともなく静かに草の感触を楽しんでいる。
ぼんやりとした様にも感じられる視線だけが、禁煙を捉えていた。

はっきりと伝わるのならば今すぐにでも伝えたかった。
何も従う気持ちだけでここに残ったのではない。
帰ってしまうわけにもいかないと思ったのは、決して彼が帝王だからというのではない。
何かしら命令されたとしたら従っただろう。だがそれをしなかった彼に、逆に自分は何を求めたのだろうか。

ただ我が侭を聞くだけならば容易くできる。
だが禁煙がしたいのは、恐らくそんなことではなかった。

「どうして都市の帝王がここにいるかって?」
もしも彼が言いたがらないのなら、無理にその理由など求めはしない。
「俺は今ここに寝転がってたいんだよ。…都市の連中はいい迷惑だろうがな」
弱々しくは見えないが、ただ脆くは見える。
それは一つの存在として脆いという意味なのか、それとも己の目の前に見える姿としてなのか、禁煙は己の意識を説明付けられずにいた。
「寝て起きたら帰る」
彼は帰りたくないのだと思っているわけではない。
たった今、ここに在りたいだけなのだ。

この場所に何か見出したのか。何をだろうか。
己と同じようなものかも知れず、全く異なったものかも知れない。
彼の世界の見え方は、きっと己とは大きく違う。
逃亡者ではない。放浪者でもない。
ただ、今ここにはっきりと在る彼はきっと、言葉の通りいつか消えていくのだろう。


何故だろうか。
己などより幾倍も強く、幾倍も偉大なはずの彼が、
可愛らしくて堪らない。
どこか子供の様で、しかし子供ではなく、寂しげにも思えるが、それはただの気まぐれなのかもしれないとも感じた。
目の前でゆっくりと目を閉じる彼が、近い。
近いままでいてほしい。今でなければ、どれほど遠いのだろうか。

その願いを愛しさと呼ぶなら、禁煙はその感情をよくは知らない。
例えばラムネが恋をされたり、時には恋をするところを脇で見ているだけだ。
彼女はよく愛される。しかしそれらに頷くことはなく、はっきりとした理想というのがあって、鼓動を止めずにはいられないという時があるらしい。
その鼓動というのが今感じているものだとしたら、
鼓動というのは、いたい。
叶わないのだと思うからだろうか。
禁煙は先程出会ったばかりのその男の、己に見せる仕草のひとつひとつが『いたくて』堪らなかった。

こんなにいたいのに、
とまってほしくはないのだ。


地面には探せば何かを書き表すスペースがあった。
だがそこにどんな風に書こうが、望むだけの行動には繋がらないように思えた。
普段の己ならば幾らか落ち着いているはずだが、たった今は真っ白だ。
何をどうすればいいか。


己の紡ぐ言葉では、この想いには足りない。


目の前で瞳を閉じるギガの、意識するほど綺麗に思えるその手に、禁煙は己の手を伸ばした。
タイプが違えば手の大きさも違う。格好いいことなどしてやれない。
それでも整ってただ安らかなその寝顔から意識を離せぬまま、禁煙はゆっくりと彼の手を握った。
暖かかった。
彼が幻などではないと、ひたすらに伝えてくるもの。

「禁煙ちゃん」
ゆっくりと瞳を開いて、ギガの発した声が小さく響いた。
「俺んとこ来るか?」
彼は繋がれた手を否定しない。
「お前、四天王の部下だろ」
その言葉に禁煙は驚いた。何をどこまで知っているのだろうか。

ただ、頷くことは出来なかった。

「………」

ここを離れていくことできません。
けれどもいつか、
いつかまた、
あなたに会いたい。

首を振ることもせず、伝えようとすらできぬ己を恥じる。
しかしギガは眉を顰めはしなかった。

「それじゃ仕方ねぇじゃん」

禁煙は思わず、繋いだ手に力を込めてしまった。
通じているのか。
彼に。どこまで。

「…俺の目が覚めた時、ここにいろよ」

そう呟いて、ギガはゆっくりと息を吐く。
未だ体勢は寝転んだままだ。本当に眠りに入ったのだと解った。


ただ禁煙が不格好に握った手と手は、
未だ振り払われることなくそこに繋がっている。




(…寝ちまった)
(寝息たててんぞ)
(今がチャンスだ)
(おいおい、ときめいてんじゃねーよ。廊下に立ってろ)
(何もしねーのか)
(いくじなし…)

いいだろう、そんなの。

あんまり騒いではくれるなよ、この人の安らぎを妨げてしまうから。
もう少しここから離れないでいたいんだ。




言葉を紡がず、意思を伝えるための気持ちは溢れさせたまま、
禁煙は差し込んでくる心地よい木漏れ日に感謝した。











禁煙×ギガです。禁煙が攻めと思って、お読み頂けましたら幸いです。
気まぐれを起こしたのか何かをしたいのか、そんなギガと、日常の中にいる禁煙。
禁煙は基本的には『セリフ』を喋らないため(煙草達はどうも別の意思を持っているような…)
こういった形になりました…
そういった相手だからこそギガもこんな感じだったとか、その…なんとやら。

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