それはもうずっと
今からずっとずっと昔のことです人々は自分達は十分に賢くなったろうと考えたので
神のある天まで届く塔を建てようと
それによって自分達の築いてきたものを示そうと
そう考えましたそれを高慢な考えと
虚栄心を満たすための行動であると考えた神は
怒りその塔を打ち崩しましたすると人々は世界中にばらまかれ
そして彼らの使っていた言葉までもが
幾つもの違った欠片になって分かれてしまいました誰を相手にしても通じ合うと約束されていた『言葉』は
こうして失われてしまったのです
ソニックがそんな伝説を耳にしたのは、そろそろ幼さも抜けかける頃だった。
もう十年を超えて過去のことである。聞いた頃の己のことなどは既に曖昧になってしまっていたが、しかしその内容の方だけはどうしても忘れることが出来なかった。
それは不吉なことに限ってふと思い出してしまうのと同様で、かつて強い印象として駆け抜けた際の足跡が未だに残っているが故だろう。
その頃のソニックはただぼんやりと、恐ろしいと思った。
脅えるでもなくしかし恐ろしいと思った。
神に届くような塔を造ろうという考えでもなく、
それが神の怒りに触れたことでもなく、それまで通じていたものが失われてしまったことを、ただ恐ろしいと感じていた。
どんなに近くで見ても幻のように思えていたギガ・ステーションも、段々と身近なものに感じられてきた。
都市の中心に聳えるその塔は言うまでもなく帝王ギガの名を借りている。処刑場は都市の中に散らばっているが、コアはもちろん処刑人の居住区もギガの君臨するその塔にある。
居住区といっても、処刑人と通称される電脳六闘騎士はその名の通り六名のみであった。
選定はギガの一存で決められた交代制度などは無い。ソニックは現在の六人の中では新顔の方で、実際に他のメンバーが入れ替わるのを経験したこともない。
勿論のこと行われているのは知っている。ソニック自身もまた、かつて六闘騎士であった誰かの代わりに名を連ねることとなったのだ。
気にならぬわけではなかったが、尋ねることもなかった。
いつか身をもって知る日が来るかもしれない。
誰かによって。
あるいは己が。
どちらにしろ、甘ったれと言われようともソニックはそれを望めなかった。
処刑人の名を語れぬ思考だと自身でも思う。
そう、どうにも己は詰めが甘い。考えては溜息をつく。
戦っている間に大それた失敗など犯したことはないのだが、気が抜けた途端に隙を見せがちになる。
『逆さ吊り』の体勢で戦うことを決めてからもう随分長い。毛狩り隊に関わる前からのことで、とうに思い通り動ける域に入っている。
だが動くのでなく、何もせずにじっとしたままでいると、普通の人間がそうであろう様にすっかり血が上ってきてしまうのだった。先日など大した内容ではないものの、ひとつ任務を潰している。
ソニックは素人ではない。それを武器にして騎士を名乗るのだから、例え大した問題の起こったことが無かろうとそれは失態であった。
何時か足を引くかも知れぬような要素は、本来ならば早々に潰してしまうべきなのだ。
(…ッてぇ)
ずきずきというよりはこんこんと痛む頭に掌をあて、ソニックは呻いた。
処刑は滞り無く終了している。突然気分が優れなくなったのは観客連中が賭け事の結果に一喜一憂している頃で、ふっと脳味噌を掬われたように感じられた。誰かに何かしら言われるのも面倒だと、部下に一声かけてさっさと処刑場から退場してきたのだ。
『処刑』の結果や配当などを口煩く叫ぶ放送も、時折舌打ちの混じった様な歓声やらも、もうその場から去ったと思うと聞こえようが意味を成さない。
処刑を賭け事にするのは都市では日常茶飯事だった。それは処刑人という立場にあっては決して他人事でもない。
何桁にも数えられる人間がソニックに賭けた。
それに比べればほんの微々たる者達が、まるで遊びのように処刑される側に賭けた。
同じことが他の処刑場でも行われている。改めてそれを思うものの、六闘騎士でなかった頃に比べれば現実味を感じられなかった。
だからこうして己一人のものである、微かな頭痛などを感じている。
誰に与えられたものでもない。
六闘騎士に名を連ねてから、ソニックは密かに己を未熟と思うようになった。
敢えて口に出すことはない。
情けない弱音を吐けば例えばクルマンなどは明るく慰めてくれるが、そうして彼に気を遣わせるのがただ良いことだとも思えなかった。
とはいえソニックの目には、同僚達は不思議なほどに強者に見えている。
クルマンは強い。前向きで気配りにも長けているし、多少のことではへこたれない。
龍牙は強い。処刑人の名を持ちながら、ギガに命じられた真拳狩りの仕事をも一人で纏めあげている。
詩人は強い。総長という立場に相応しいだけの在り方で、自身の失敗など滅多に見せはしない。
Jは強い。弱音など吐くこともなく、コアに佇んでこの都市を見守り支え続けている。
そして、パナも強い。
ソニックは六闘騎士という立場になって初めて、間近で彼の戦いぶりを見た。
彼は強い、ソニックに対して俺達似ているなと優しく呟いた、あの笑顔が強いのだ。
彼は決して常に笑顔でいるわけではなかったが、常に優しくあるわけではなかったが、そんなことはこの都市の誰にも言える。ソニックもまた同様だ。
だがパナは仕事が終わってすれ違うと必ず、笑って語りかけてきてくれるのだった。
こちらが頭痛に耐えていたりすると見抜いて呆れてみせる。
その様子もどこか優しいものだから、それを感じる度にソニックは奥歯を噛み締めていた。まさか否定をしたいのではない。
嬉しいと思えば思うほど、不安にも襲われるのだ。
どこか詰めが甘いと自分自身にも笑われるような己と、そんな己にとって強いものだと感じられる彼と、
果たして本当に似ているのだろうか。
かつて、この眼に見える世界など誰にも理解されぬと思っていた。
実際にそれまで誰からの理解も得られなかったからだった。
それゆえにパナとの出会いは、大袈裟でもなくひとつの革命だった。彼は自分の知る世界と同じものを持っている。
詳しく見れば異なるが、どこか似たようなものを抱いている。
そういった人間にとって都市の居心地は決して悪くない。
例えそれがなくともソニックにとってギガは敬えるだけの存在であり、総てを思えば此処は己に合った場所なのだと頷けた。そんな中でソニックは漠然とした不安を感じ続けていた。
得ることは困難だが、失うことは容易い。
しかしそんなことは当然で、考えてどうにかなるようなことではないと解っているはずだ。
何らかの別の感情がそれを助長している。
たった今感じているような段々と治まってくる頭痛とは、違った類の痛みをも伴う『なにか』。
ソニックにはその正体が解らなかった。
六闘騎士に課せられる業務は基本的には『処刑』である。都市の護衛などは別に専門の部隊があって、他に細々とした仕事はあるものの直接動かねばならぬことはそうは無い。
未だ日は落ちていないが、ソニックの処刑場での仕事は先刻立ち去った時点で終了となっていた。
後は幾らかの書類に目を通せばいいだけだ。
楽の部類にも苦の部類にも入らぬようなことだが、しかし今はそんな気分ではない。
ふらふらと歩き回る内に痛みは退いた。それでも何となく、部屋へ戻ろうという気になれなかった。
足が向かない。
あの部屋は自分一人のために用意されたものであって、即ち戻れば一人きりで過ごすことになるのだと解っている。
六闘騎士になると同時に与えられた部屋。一人の為には十分過ぎるような空間。
まさか一人寝のできない歳でもあるまいし、それならば自分は何が嫌なのだと、ソニックは考えた。現に今も一人でいるのに。
段々と外から差し込むのが夕陽となって、どこか寂しげに照らされた通路。眩しい中にくっきりと浮かんだ影は細い。
だがしかし、部屋に比べればそこは開かれた場所なのであった。
もうひとつ歩けば誰かに出会うかも知れない。閉鎖された空間ではないから、人の気配の名残も感じられる。
地上からはもう随分離れた、高く聳えるギガ・ステーションの中程であった。
ガラス張りから見下ろす世界は遠い。
繋がっているのには間違いないが、別世界のようにも感じられてくる。
ソニックはそれが少し苦手だった。高い場所は寧ろ得手の方であったが、遠い街を見ていると幼い頃に聞いた伝説を思い出す。
思い出すというよりは覚えていて、それを呼び起こされるのだ。
知を得た人間が神に届こうと塔を造った。
するとそれが神の怒りに触れて、神は塔を壊してしまった。
塔が壊れると人々は広い世界に散らばった。
そして誰もが持っていた言葉も、ばらばらの欠片になって散らばっていった。
(…バベルの塔……)
そんな名前だったかと思うが、たった今脳内で繰り返されるのはもうその内容などではない。
ソニックはぼんやりと思い出していた。
幼い頃の自分にはその話が漠然と、『どうして』とまでは考えられなかったが、ただ恐ろしかったのだ。
特に悲しかったのは言葉までもがばらばらになってしまったことだった。それまでは誰もが同じものを持っていたのに、それが当たり前であったのに、気が付けば失われている。
大切なものが。
それを思えば大切なのだと、何となくでも感じられていたであろう何かが。
ソニックは硝子の壁から離れ、自然と早足で前へ進んだ。
通路を抜ければエレベーターがある。ギガ・ステーションの各所にはエレベーターが設置され、主な移動はそれによって行われている。
もう部屋へ帰ってしまおうと思った。
気が向かないといっても、思い出を掘り返すのは通路などでするべきことではない。
そんなことを考えながら通路の終わりまできて、周りを囲む壁が硝子ではなくなった頃だった。
「ソニック?」
「…ッ!」
己の名を呼ぶ声を聞き取りソニックは、急ブレーキをかけた様に不格好に立ち止まった。
突然のことに心臓が小さく悲鳴をあげる。
「どうしたんだ?そんなに急いで」
「…パ、ナ。お、驚いた…」
「それはすまない。だってお前あんまりにも目の前を睨んでたから…なんだ。まだ鎧を脱いでなかったのか」
とうに着替えてきたらしく軽い服装をしたパナは、のんびりと問うてきた。
「あ、いや。だらだら歩いてたもんだから」
「そうか、俺は今日は少し早く上がったからな。…けどもうすっかり夕焼けか」
逆側から歩いてきたらしいパナは、ソニックが先程まで歩いた両側がガラス張りの通路の方を見て溜息をついた。
「紅いな」
「…ああ。少し眩しかった」
溢れて届く光が二人の影を長くする。
ギガ・ステーションは中からは夕刻に、外からは夜こそ美しいと噂されていた。
独自の技術と、Jという男の真拳が可能にしたひとつの文明。
「…パナは」
「うん?」
頷きながら振り向いてきたパナに、ソニックは少し言葉を詰まらせた。
パナの髪の毛はふわりとして長い。銀色のそれが戦いの邪魔にならぬのかと思えば、そんなことは無いらしかった。
彼は強い。簡単なことで狼狽えなどしない。笑顔を絶やさない。
優しい。「バベルの塔を、知ってるか?」
脈絡のない質問にまず己で後悔した。
パナは笑い飛ばすだろうかと思ったが、しかし黙って思案顔を見せてくる。
ソニックも黙ったままその横顔を見て、待った。「…聞いたことならあったな。絵本とかになってるような神話か」
「ああ、それ」
「聞いたことがあるから知ってるような気がしたんだが…どうもやっぱり知らなかったらしい」
肩を竦め、パナは再びソニックへと視線を向ける。
「どんな話だった?」
「いや、大したことじゃないんだけどな」
「なんだ。気になるな」
流してしまおうと思えば困った様な笑みを見せた。
ソニックも大したことではない、を押し通しかねてパナを見る。
パナの表情は穏やかだった。戦いの時でなくば、彼はよくこんな表情をしている。
優しげで、
そのためにどこか、遠い。
「…昔、人が造ろうとした高い塔の話だって」
ソニックはその笑顔を綺麗だと思っていた。
だからといってずっと眺めているのも照れくさいので、普通に会話をする程度に視線を送る。
自分でも笑い返すものの同じ様な顔が出来ているとは思えない。
どうしても、『彼のする』その表情に弱いのだ。観念して口を開くと、パナは立ったままそれを聞く体勢に入ったらしかった。
「ずっと昔、人間は凄い技術を持ってたんだ。それで自分たちが賢いって解っていた」
自慢ではないが説明ごとは不得手だ。
物語そのものも大まかな内容ぐらいしか覚えていない。だが解ることだけでも話せなくば仕方ないので、先程掘り返しかけた記憶を急いで漁りなおす。
「人間は神にも届くだろうって思ったんだそうだ。だから天に至るくらいの高い塔を建てよう、ってことになって」
それは最早実際起こったことかも解らない、それこそ人の耳を潤す程度の伝説であった。
それがソニックの中には未だ残ったままでいるのだが、何故だろうかと考えたことはない。
「…ええと、それを知った神様が怒って…まあ昔話だからな。思い上がりだっていって塔を壊しちまったんだ」
今思えば、一度は忘れかけていたのかもしれない。
記憶というのは放っておけば風化していく。
しかしごくたまに、何らかのきっかけを得たものがその形を薄らと取り戻すのだ。
そして残っていく。
残っている。
どうして。
「塔の中にいた人間は世界中に散らばって」
幼かった頃、ソニックにはそれが寂しいことだと思われた。
その漠然とした感情からにじみ出るものを、何となく恐怖と呼んだ。
そんなことが起こればきっと多くの人間が悲しんだだろう。だからこれは怖い話だ。
どこか幸せな子供の感じる、寂しさにも近い感情。「一つだけだった言葉も、幾つもに分かれて」
本当に『恐ろしかった』のはその部分であった。
もしそれが大切な相手であったなら、昨日まで近かったものがそうでなくなってしまうことは、きっと悲しいのだろうと思った。それはもう随分昔のことだ。
お伽噺のような神話、かつて子供だった頃。
ソニックはゆっくりと記憶の捲り返されるのを感じながら、彼に語るための言葉を続けた。「…通じないようになったんだそうだ」
その頃、幸せな子供にとってその『恐ろしさ』は知らぬ世界の出来事だった。
痛みには至らぬ漠然としたものだった。
今は、痛い。
そんな己の弱さを笑いながら、痛い。
ぱちぱちと軽い音が響く。
パナに視線をやれば、それが彼の放った拍手のものだと解った。
「…解りにくかったろ?これじゃ」
言えば、パナは首を振る。
「よく解ったさ。高い『塔』か…」
長い銀色をなびかせて、彼は左右を硝子に囲まれた通路へと入っていった。
朱色と黄とを薄く混ぜたような光が彼を包む。
横顔とその視線は、硝子の向こうに遠く広がる街へと向いた。「此処みたいだな」
浅く頷きながらソニックは、言葉では肯定できなかった。
首を縦に振ったのは本心に違いない。けれども、そうだな、などと返してはならない気がした。
かつて感じた痛みには至らぬ漠然とした感情は、ふと蘇ったその時に『何か』と共鳴したのだ。
不安。
自嘲。
ああ、
そして恐らくは、
失いたくないもの。
「…なあ…パナ」
「うん?」
彼に並んで、ソニックも街を見下ろした。
夕焼けに飲み込まれんばかりの都市は、やがて光の海となる。
どちらも何時までもは続かない。夜が明ければ朝は来て、青い空に陽が上る。
人が皆頭を向ける天に、ソニックはよく足を向けた。そして縄ひとつを頼りに飛び回った。
それはソニックにとってとても心地のよいもので、しかし誰にも理解はされないと思っていた。
同じ、けれども違った世界の中を駆け巡ること。そういった意味でパナと己は似ていた。
そこに抱く思いは大きく違うのだろうが、実際にしていることも全く違って見えるだろうが、何となく互いに近いように思えた。
それを除いてもパナとは気が合うと感じた。
それが錯覚でなければ幸せだと思った。
だからこそ、失うのが怖い。
自分は本当にこの塔の中にいてもいいのかと、そんなことを考えるのも怖い。
大切なものは彼のみではない。
しかし戦いが終われば、果たして己は彼と並んでいるのだろうかと感じる。薄らと考えている内に重みにもなる。
「…俺、お前と離れたくないなぁ」
「なんだ、どうしたんだ。ソニック」笑いながら、自分で確かめることなど出来はしなかったが笑っているつもりでいながら、ソニックは呟いた。するとパナは問い返してくる。
それで良かった。
遂にはやってきた自覚に、ソニックはそれなりに満足していた。
失いたくないものは幾らでもある。
だがきっと恐らくは、まず失くしたくないものが彼なのだ。
少し上の方から感じる仕草の優しい彼。
けれど厳しくもある彼。
何にも手は抜かない、プライドの高い彼。
どこか似たようなものを感じる、しかし己よりも強い、
パナ。
意識の幾らかはきっとコンプレックスの類なのだろうが、残りは甘ったるくて己には似合わないような感情だ。
絡むように入り交じって螺旋を作っている。
「…なんでもない」
思わず、今度は本当に笑いが込み上げてきた。
遠い街がやけに近く見える。
ちょうど足を縄で縛って、吊るされた時がこんな風なのだ。
幻など見ているのではない。逆にしっかりとしていて、どこにでも飛んでいける気がする。
ソニックにとって空は幾らか身近なものだった。もしかしたらそんな感情が、遠い昔に思い上がりと呼ばれたのかも知れないが。
「ソニック」
こちらの様子を知ってか知らぬか、パナはゆっくりと名を呼んできた。
「そりゃここは高い塔さ。でも比べることはないだろう」
「そりゃ、そうだな」
二人で硝子と向かい合って淡い光に包まれながら話すのが、不思議な感覚に思えてくる。
今更かも知れない。
今更かも知れないが、きっとそれが嬉しくて堪らないのだ。
嬉しいと恥ずかしいと心臓が鼓動を急かす。「だって俺まで不安になるじゃないか」
呟きが返された。
「どうして」
パナの方を向いて問うと、彼もソニックを向いて困った様に首を傾げる。
「…つまり、俺は気の合わない奴とは愛想良く話せない男なんだよ」
「…パナ?」
そんなことを言いながらパナの見せた笑みは、普段に比べて弱々しく柔らかいものだった。
未だ明るい光に照らされる。
もう暫しすればそれは闇に変わるのだろうに、まるで永遠に続くのではないかとすら思えた。ソニックにとっては、それだけ美しい。
言葉も何も浮かばない程に。
「俺も、お前と離れたくないな…ソニック」
続いて彼の漏らした言葉にも、やはり何も返せないでいた。
ソニックはただ黙って彼に見惚れていた。もしかしたらほんの少しだけ震えていたかも知れない。
けれどもソニックにとっては今や己の様子などは二の次で、感情は既に彼にばかり向けられている。
言葉では語り流せないものに変えて、
いっそ抱き締めてしまえればと思った。
「…パナ」
しかしそこまでには至れない。
代わりに掠れた声を吐く。
こんな固い鎧姿では抱けまいと、言い訳をしながら必死に唇を動かした。
「好き、だ」
きっと、お前のことが、すごく。
どこか照れた様に笑った彼へと紡げるものは、それこそ断片にしかならない。
代わりに何もかも注ぎ込もうと、ソニックは次の欠片を探した。恐らくそれが脆いのには違いない。
けれどもどうやら、彼に届いてくれる。
痛みも不安も自嘲も、きっといずれ恐ろしいものではなくなるだろう。
調子の良いことだがそう思えた。側に大切なものがあるというのは、気付けばこんなにも心強い。
ようやく気付いたその感情の渦の源は、決して澱んだものではなかった。
だから俺は強くなるよ。
お前のことを守れると、できたらそう胸を張れるぐらいに。