「…美しきは兄弟愛、か」
夢の楽園、ハレルヤランドを守りし三の戦士をヘル・キラーズと呼ぶ。
その座を競う前から既に三の内の一が決定しているのは、別に構わない。
実力が伴うのならなんら問題は無いだろう。
ただ実力が伴っていながら、あくまで三人つるんで収まろうとする兄弟達の気持ちは理解出来なかった。
三人ともに闘う力があるのならば一人一人でいればいい。
顔を並べて核を名乗る、そこに狩りの楽しさが在るだろうか。
ただそれはあくまで彼らの問題であって、自分には関係が無いといえばそれまでだろう。
実際、別に構いはしなかった。
兄を崇めるなり弟を甘やかし可愛がるなり好きにしてくれれば良いのだ。
それで狩りが出来るのだというなら、口出しなどすることはない。
それでも、鮮血のガルベルにはひとつだけ見過ごしていられないものがあった。
残り一人の無愛想な同僚のことだ。
ヘル・キラーズを定めるために四天王ハレクラニの与えた試練は、解り易くただ戦いだった。
生き残った者が即ち勝者であり、実力者であるという単純な公式。
勿論のこと彼はその戦いぶりも見ていたのだろうが、
どういった者ならば認めどういった者ならば認めなかったのかそこまでは知れない。
ハレクラニという男には確かに理解できない部分が多かった。
ただガルベルにとってその存在は、不可解な部分も含め魅力的でもある。
途方も無い実力者。
高貴を名乗りながら野性味をも秘めた姿。
叶うならばいつか狩り捕らえてみたいとすら思う、美しい獣。
だからこそ競い合いにも志願したのだ。
最後までそこに立っていたのは、自分を含み二人だけだった。
最初から二人を定めるつもりだったのだから当然といえば当然だ。
しかし、ハレクラニが納得しなければ全員が倒れ伏すまで合図を鳴らさなかったかも知れない。
そこで終了の鐘が鳴ったということはある程度認められたのだということになる。
もう一人生き残った男は、自分と目が合うと無表情のまま逸らしてきた。
こちらを無視しようとすらしていない。
まったくもって自然な流れで、こちらに視線を留めようとしなかっただけだ。
男はこちらの名前を覚え、コードネームじみた自分の名を返して来はした。
しかし、不自然なまでに熱を持たぬその態度は未だに変化していない。
「何を見てる?」
隣に並ぶことが多いのは、他の三人が常に自然とつるんでいる所為もある。
まったくもって仲の良い兄弟だ。
電車の番人であるカネマールの言うことには、彼らは昔からあんな様子であるらしい。
幼子に囲まれて仕事をしているナイトメアなど仲が良いのはいいことだと笑い飛ばすぐらいだが、
やはり兄弟がいなければ解り切れないこともある。
「……あれを」
こちらが問うたからこそそう返した男には、例えば兄や弟などいるのだろうか。
出会ってもう数年は経った。それでも、互いの生まれを語り合うようなものでもない。
彼の指差した先には遠く、騒がしいアトラクションが見えていた。
屋外ステージのヒーローショーだ。
明るい音楽とともに、不自然なほどに勇ましいナレーションが響き渡る。
「あんなのに興味があるのか?」
「リアリティの欠片も無い」
「……自分で言うな」
その通りだ。
あの場所で表現されるのは、戦いの現実などではない。
客席で瞳を輝かせる子供らを興奮させ、歓声をあげさせれば成功なのだろう。
「俺には理解の出来ない世界だ」
「だろうな」
「…俺は、理解の出来ないものにほど惹かれる」
そうだ、この男は。
このT-500という男は、なんでもかんでもデータという言葉に結びつける。
無愛想だと言ってやったこともあったのだが、愛想など必要ではないからと返された。
なんでもこちらのデータまでも録られているらしい。
それがあの初対面の戦いの時だとしたら、実際組み合ってもいないのに律儀な男だ。
「そして苛立つ…」
「なら見なければいいだろ」
T-500は何も応えなかった。
そんな彼の態度が、ガルベルのことを浅く苛立たせもする。
彼のする『狩り』は自分とは異なる。異なるが故に理解できない。
理解できないものには、確かに苛立たせられる。
(…納得してどうする)
T-500の瞳は、常に知らないものばかりを映したがる。
こちらに向いて来ないのではないが、気が付けば遠い何かを追っている。
必要最低限とされる情報を手に入れたならば終いというのだろうか。
笑うことも嘆くこともなく、彼は言う。
戦うために生きているのだと。
その言葉だけならば理解できるが、生きることの中に戦いを見出す己とは違う。
彼は、戦うことだけが生きる証であるかの様にして前を向く。
ガルベルは目を瞑り、T-500の呼吸を音を捉えた。
彼自身の興味の対象を前にしているにしては、あまりに規則的だ。
獲物を狩る時には確かに情報が必要になる。
だがガルベルにとって、それは向かい合いながらして集めるものだ。
例えば吐息の音色。行動する気配。
「おい」
「…なんだ」
こちらを向くのはいつも、こちらが呼んでいるのだと理解してからだ。
なんと鈍い獲物だろう。
そのくせ、その態度ときたら味気も何もない。
なんと理解し難い獲物だろう。
「…何のつもりだ」
「お前はこうされて、恐怖を感じるか?」
ハレクラニとはまた、趣の違う。
その首に軽く爪をたててみた。
「ないな」
「…言うな?」
「殺気もなにも無いのに、恐怖など感じるものか。…何がしたい?」
その瞳が一瞬確かに、こちらを捉えた。
なるほど。不可解だろう。
お前の様な男にとっては、恐らく。
この男をひっくり返したくば、あまりにも常識を超えた不可解なものになればいいだろう。
最もそんな必要はない。
求めているのはそんなことではない。
「…そうだな」
それでは何を求めているのかというと、さっぱりと解らなかった。
ただ、なんとなくその指先だけは動く。
爪はひっこめておいてやった。
「……、…?」
くすぐったいのか、T-500は僅かに首を竦めた。
触れられることには慣れていないのか、単に不意をつかれたからか。
軽く頬を撫でてやっただけだというのに。
それにしてもこの無愛想な男は気に入らないことに、無駄に身長が高い。
「…なんの、つもりだ?」
「別に。…撫でてやりたいだけだ」
だがしかし、鉄仮面かと思えばそうでもない。
例えば鱗の冷たさとも異なる。人の体温を指先に感じる。
笑ってまた指先を滑らせてやると、少しずつその無表情は崩れていった。
明るい音と遠い歓声の響く中、ガルベルの聴覚はただ目の前の男の心音を捉えている。
吐息の音色。動く気配。そして、生けるものに存在する鼓動。
己を導くもの。
爪先の愛しい悪魔達には心地よくないかも知れないが、
こんな狩りも悪くはない。
そうしてただでさえ忙しいのにボーボボ一行の進撃も侮れないのだという。
あの伝説の三世世代ですらみるみるうちに数を減らされて、
この時期にきて帝国では『裏切り者の放置がまずかった』だの『四天王が勝手に行動している』だのと
別の意味で荒れていた。
「…もう、こんな時間か」
時刻はすっかり昼を過ぎ、下手をすると夕刻に近いほどになってしまった。
未だ昼食にありついていない。
やっと時間が出来たのはいいが、夜が近いと思うと食べなくても同じ様な気がしてきた。
忙しいと軽い空腹など忘れてしまう。
火鎖清十郎は、来るべき『あの大会』にて重要な任務を担うことになっていた。
重要といっても重要という程ではないかもしれないが、つまりは参加者のふるい落とし担当だ。
番人としてコース上に陣取り、通過しようとする出場者を足止めする役割である。
従って個人としての参加はしないということになるが、元々火鎖にはそういった野心が無かった。
皇帝を目指す気はない。現皇帝四世の上をいってやろうという気もない。
多くの参加者の様に、腕試しをしようという気にもならない。
皇帝の交代は五十年に一度行われるということだが、やはり五十年前には同じ様に『大会』が行われたのだろうか。
生まれていない頃のことはよく解らなかった。
「セイジューロー!」
ばしん、
背中を無造作に叩かれて、反射的に振り向く。
唐突とはいえ自分の背中を取るのならそれなりの実力者だろうか。
などと、くだらないことを考えるまでもなく火鎖はその声の主を知っていた。
「…メンマか?」
「やっと見つけたネ。持ち場にいないから探すの苦労したアル」
「俺は今昼休みなんだが…」
「私もそうよ。でももう昼って時間でもないネ」
長い髪を結った少女、メンマは現在火鎖とほぼ同じ立場にある。
いよいよ近付いた皇帝決定戦で、別のルートとはいえ同じ様に門番を担当することになっているのだ。
元から本部にて同僚でもある彼女のことを、火鎖は少しだけ苦手としていた。
「セイジューローはカッコつけだからこの時期は気張りすぎて体、壊しかねないアル。心配してるのよ」
「そうか?そうでもないと思うんだがな」
「緊張の糸なんてのはある日突然キレるネ。侮っては駄目ヨ」
物言いは一見まともで、実際に悪い人間ではない。
ただ。
ただ、ひとつ。
「この時間に食堂行くのも何だから、昼ご飯作って食べさせてあげる」
「……え」
「栄養満点、特製のラーメンネ。新作ねってるアルヨ」
これさえ無ければ、まったくもっていい同僚であるというのに。
メンマの得意料理はラーメンであり、そしてラーメンを食べさせることこそが彼女の技である。
別に彼女は火鎖を打ちのめそうとしているわけではない。
恐らくは本当に好意なのだろう。
ただその好意の中に隠れて、別の意味での『新作』を試したいという気持ちが含まれていないとは言い切れない。
実際に火鎖はこれまで六度、彼女の実験台とされた。
彼女に悪気が無かったのが二度。勘違いを起こしたのが一度。故意だったのが三度。
その後の行動に支障を来したのが二度。暫くダウンする羽目になったのが三度。
奇跡的に何も起こらなかったのが、一度。
「大丈夫大丈夫、今度はまともなラーメン作るヨ」
「いや、別に俺は」
「そんな尻込みしなくていいネ。今は大事な時期、番人を減らすマネしないアル」
それはつまり、そんな時期でなければ遠慮は不要ということであろうか。
メンマの言葉に偽りは無さそうだったが、それはそれで恐ろしい。
「それともラーメン馬鹿にしてるアルか?」
「馬鹿になんかしてないが…強いていえば油っこい、か。少し」
「それは油っこく作るからそうなるアル。料理は歴史、長いだけたくさんの手法が存在するヨ」
確かに彼女の料理の知識は確かだ。
腕となると成功から失敗まで作れてしまうらしいが、食についての言葉にはそれなりの説得力がある。
「さー、そうと解ったら来るネ。セイジューロー、こっち」
「うわ、ちょっと待て!」
結局メンマに引っ張られるようにして、火鎖は予定とは異なる方向へと歩き出した。
「そういえば、三世世代の噂を聞いたアルか?」
「…そりゃもちろん」
「じゃ、三世世代の隊長には会ったアルか」
「いや」
「それは残念ネ。知ってたなら聞きたいことがあったんだけど」
三世世代は目覚めから行動までの時間がとにかく早く、どうやら四世の動きもあって、
本部勤務の連中にも彼らの姿を見ていない者がいる。
火鎖然り。メンマも然りだ。
「聞きたいこと?何だ」
「三世世代の隊長にも私と同じ技使うひと、いるそうよ」
「…メンマと同じ?」
それはつまり、料理によって戦うということであろうか。
下手をするとラーメンを使って。
「なに驚いてるアル、料理は歴史って言ったでしょ」
「言ったが…百年前だぞ」
「数千年前から続いてるモノは当然百年前にも存在するアルよ」
もっともなことを言いながら、メンマは火鎖の腕を掴んだままずんずんと直進していった。
「この技であの時代の隊長にまでのし上がったヒト。私見てみたいネ」
「…まあ、強いんだろう。三世世代の隊長だからな」
「それでもし認めてもらえたら最高アルけど、それはまあ高望みというお話ネ」
メンマのその言葉に、火鎖は軽く違和感を覚えた。
確かに三世世代といえば相当の実力だろうが、メンマも強い。
認めてもらうことすら高望みというほど謙遜するものだろうか。
「そんなことはないだろ」
「ありがと、セイジューロー。でも、料理の世界には料理の世界の掟あるあるアル」
メンマの声色はやや、固かった。
「昔のひと、凄い料理作るネ。それレシピとして書き留めるアル」
「ああ」
「完成しないこともあるネ。それを未完成品として残しておくこともある」
「…まあ、それは解る」
「後から生まれた者、それを参考にするアル。完成させようとするアル」
「それはそうだな。技も一緒だ」
「そう、だから戦いの技にも同じことあるかもしれないネ」
火鎖を掴む力を少しだけ抜いて、メンマは歩調を落とした。
「未完成品の完成、ある意味とても難しいネ。そして再現はもっと難しい」
「…そうか?」
「同じモノ作れても、味、足りなかったりするアル。昔の人に認めてもらうこと、すごく難しいネ」
火鎖には料理人の理屈は解らないが、メンマの言っている意味は解った。
だが、それが何故三世世代と関係があるのだろうか。
「だから昔の凄い人、ある意味存在だけでとても怖いアルよ。私みたいな人間には」
「…ああ」
なるほど、その言葉の意味ならば解る。
だがそれはどうやら、彼女ならではの感覚のようだった。
「ねえ、セイジューロー」
「…ああ?」
「それでも私、この技で門番やってみせるアルよ。旧毛狩り隊の人間が来てもね」
「…そうか。その可能性もあるんだったな」
旧毛狩り隊の人間が皇帝決定戦に参加する可能性は十分にある。
もうすぐバッチによる格付けが開始されるが、既に名簿には彼らも載っているかも知れない。
「昔ラーメンで戦えるわけないバカにされたこともあったけど、今ちゃんとやってるネ」
「バカにされたことなんてあったか?」
メンマは確かなる実力者だ。
彼女が本来の力よりも見下されたことなどあったろうかと、思考を巡らせたが思い当たらない。
思えばそれなりに付き合いも長くなった。入隊は同じ頃だった気がする。
「最初の最初、バカにされたネ。ラーメンなんかで戦えるかって、見る前から言うヤツいたヨ」
「…そうだったのか」
「でもちゃんと認めてくれる人いたから、その時キレないでやっていけたネ」
メンマはそう言い切ると、立ち止まってぱっと手を離した。
横を見ればドアがある。
「ここで作るアル。準備ができるまで外でちょっと待ってるネ」
「……」
「心配しないでもちゃんと作ってあげるアル」
「七回目の失敗にはしない、って?」
「……なるわけないネ。マジよ」
「そうか」
そんな彼女を見て、火鎖は笑って手を振ってみた。
女性には優しく、とはよく聞くが自分は男にも女にもやや無愛想に見えるらしい。
メンマが笑い返すのを見ると安心する。
ぱたり、とドアが閉じられた。
「…ふぅ」
部屋の中、小さな食卓の準備。
あちらが何と言おうと最初からここに連れて来るつもりで、ほぼ用意は出来ている。
あとはラーメンを作るだけだ。
『八度目の失敗にならないように』。
「…あの男、やっぱりまっさら忘れてやがるアル」
間違いなく忘れられているのは記念すべき一度目だ。
バカにされてどうしてやろうかと理性を失いかけていたメンマが、偶然にも出会った相手。
『普通に』ラーメンを作ってやることにした。
気合いも入っていてそれなりの味になったと思うが、
気合いを入れすぎてうっかり技までかかってしまったのだ。
謝りながら説明して解毒剤を渡したメンマに、彼はひとこと。
苦しいだろうに『強いな』と笑ってみせた。
不器用な笑顔のどこか優しい男。
これでは恐らく、自分にいつから名前で呼ばれているかすら覚えていないに違いない。
七度目の失敗などとうに過ぎている。これから来るはずもないのだ。
いっそ八度目のうっかりを起こしてやろうかと、メンマの内は軽く煮えたぎっていた。