「ど、どうしたんですか?おやびん」
「んー…」
不安になって声をかければ、少し力のこもった返事が返ってくる。
「何かあったんですか…?」
「め…目に、ごみが」
言いながらも拳で目をごしごしやるのを見て、俺は慌てた。
「いけません、あまり擦っちゃ。後で痛みますよ」
「だって、とれねえー」
そう言いながらも手を止めてくれた。前にまわって、その顔を覗き込む。
「おやびん、俺がとりま…す……」
潤む瞳に赤らむ頬。思わず、言葉尻が小さくなった。
「頼む」
「…は、はい!」
硬直した手をどうにか動かして、そっと、あなたの身体に触れる。
小さく痙攣した瞼、結んだ口。
身体の中を、熱い何かと冷たい何かが同時に駆け巡る。
今にも涙の溢れそうなその瞳に触れようとして、
この手があなたを壊してしまわないかとひどく不安になった。
「目が痛いよー。痛いよー!」
「どれ、見せてみろ」
「いたいよー」
「ふん、ゴミが入ったな。そんな時は…パパーン!クイックルワイパー!」
「凄いわ!これさえあればへっちゃら」
クイックルワイパーを受け取り、一回転させ、そして俺にぶつけてくる。
「ッてンなワケあるか!」
「掃除機の方がよかった!?掃除機の方がよかった!?」
「テメーが吸われろー!」
当然俺も反撃する。お前は更にそれに抗う。
続く攻防。
「そんな奥様には新商品、ビックリオチール」
「まあ素敵!これ洗剤じゃねーか!!」
今度は愛剣という名のネギを片手にかかってきた。
相変わらずバカで、目の痛みも忘れてしまったらしい。
いや、もう取れてしまっているのかもしれない。
なんだ。せっかく取ってやろうと思ったのに。
普段通りのお前と向き合って、微かに笑いが込み上げてきた。
ネタでもない泣き顔は、こいつには似合わない。
柔らかくひんやりとした感触に痛みはないが、どこかくすぐったかった。
「あーホラ、動くなって」
「や、やっぱいいって」
「何だよー今更」
「それにお前、そもそもその手でできるのか?」
「やり方ってモンがあるんだよ。じっとしてろってば」
「ん…わかったよ」
「ほらどーよ、取れたと思うぜ。目、どんな感じだ?」
「…あ、ホントだ」
「だーから俺に任せとけっつったろ、ヘッポコ丸」
「だってさあ、天の助の手でゴミ取れるなんて思わないって。しかも目の中」
「俺の器用さを甘くみるなよ」
「でもさ、お前、結構下手なこともしてるじゃんか」
「そーゆー器用さと違う!あーどーせ俺はやられキャラだよ、チキショー!」
「わ!悪かった、暴れるなって!」
なあ、天の助。
優しかったり、時には頼りになったり、そんなところを見せるのは俺だけでいい。
そして側にいてくれれば、俺が全力でお前を守ってやるから。
だから、俺から離れていくなよ。
「風が強いな」
「ん…ああ」
「何か考え事か?」
「…ああ。俺達は例え強風を煩わしいと思おうとも、それを止めることはできないと」
「ちっぽけだと、思うのか」
「まあな」
「恥ずかしいと思うか?」
「…時々」
ソフトンという男は、とにかく生真面目だ。
融通が利かないのとは違う。何にでも、真面目に考えすぎる。
「おかしいと思うか、ボーボボ」
「いや」
否定するようなことはないが、心配にもなる。
どこまでも真っ直ぐなものはどこか傷つき易い。
「俺たちは確かに、小さな存在だ。この風も止められん。だがな、例えば」
「例えば?」
「吹いた風のせいで目に入ったゴミをとるぐらいならできる」
「…ゴミ?」
「壁を与えられたなら、それを乗り越えていくことぐらいはできるさ」
するとソフトンは、少しだけ笑ったようだった。
表情を変えたがらないのは相変わらずだが、喉の奥で、確かに。
「それこそ、可笑しいか?」
「いや、ボーボボ。…もしお前の目にゴミが入ってしまったなら、取り除くことを手伝おう」
俺も静かに笑った。
目にゴミというのは、このサングラスのおかげでなかなか縁がないのだ。
だが、立ちはだかる壁は風の運ぶ塵のみとは限らない。
「ならお前がそうなった時は、俺が手伝うぜ」
「ああ」
許せ、ソフトン。
どうも気恥ずかしくて、はっきりと頼むと言えない、回りくどい俺を。
貴方が笑えと命じればいくらでも微笑んでいられるような気がする。
貴方が泣けと命じればいくらでも涙を流すことができるように感じる。
それが錯覚だとしても、命じられることを想いながら酔わずにはいられない。
「目ェ開けろ」
「…」
閉じていた瞼をゆっくりあげると、すぐ側に貴方が見えた。
「何が見える、ハレクラニ」
「……ギガ様、が」
「俺が?」
「ギガ様の、瞳が。それだけが」
貴方だけが見えます。貴方の瞳だけが見えます。
引き込まれるほどに。引き込まれてしまいたくなるほどに。
「それだけ、ね…そのまま、見てろよ。それだけを」
笑った貴方に、私は一瞬目を伏せる。
本当は、もっと見ていたいものがあるのに。
「おい、ハレクラニ」
瞳だけでは足りないのだと。その全てを見ていたいのだと。
だが貴方が何かを命じてくださるならば、そんな想いすら塵芥のように何も意味を成さない。
「それでテメーは何を泣いてんだ?」
頬を、雫が伝うことにすら気付かぬほどに。
ああ、ギガ様。私の瞳に、塵芥が入り込んだのです。
愛してくださるのが嬉しくて。それなのにどこか満たされないでいる己が情けなくて。
私の中にある表立てぬ貴方への想いを、どうか許してください。
いつか貴方が、それをありのまま認めてくださる日を夢見ることを許してください。
お慕いしております。愛しています。
愛しています。