けらけら笑ったあの顔の、それはそれは憎いこと。
「OVER様、和服とか似合うだろうなあ」
「トーゼンだろ、蹴人。四天王じゃ一番だと思うね!」
「軍艦様も割と似合うんじゃないか?」
「他のお二方は和服やらは着なさそうだな」
「ルビーも着物着たいなー。赤いのがいいなあ」
ひそひそ、こそこそ。
五人輪を作って同じレベルで話し続けられるのも、
四天王の部下を並べたら彼らが一番といって間違いないだろう。
蹴人、メソポタミア文明、黄河文明、インダス文明、ルビー。
「着ればいいだろ。出してくれば」
「みんなで着たいの」
「そりゃ、OVER様が乗ってくれねーよ。去年末忙しかったしさぁ」
「お祝いにも出て来なかったもんな」
「この城にいらっしゃらなかったんだ」
インダス文明の言葉の通り、OVERはこの城の中で年明けを迎えなかった。
その瞬間たまたまOVERではなかったのだ。
魚雷ガールの姿だったということに当人は落胆した様子も無いが、
しかし疲れは溜まっているらしく部屋から出てくる気配もない。
五人はOVERがどんな風に年を越したか、それも知ってはいなかった。
聞こうにも今、聞けるような雰囲気じゃないものだから。
「だからさあ、全員で持ってこうっての」
「雑煮ひとつに全員かよ」
「お雑煮を馬鹿にすんなよ!煮られた餅にたたられるぞ」
「俺たちがそう思ってなくたって、OVER様はそう思ってらっしゃるかもしれないだろ」
言い合うのはメソポタミア文明と黄河文明だ。
「黙ってたって『いるだけで騒がしい』って怒られるかもね」
「御機嫌が悪ければな」
腕を組む蹴人、お盆を持っているために腕を組めないインダス文明。
「着物、いいなあ…」
雑煮のことはやや吹っ飛んだままのルビー。
年始の番組で何度も目に入ってくるもので、着物への願望が忘れられない。
一方その頃、OVERはというと。
「………」
不機嫌そうに黙り込んだまま胡座をかいていた。
それもこれも、どこぞの阿呆がやらかしてくれたせいだ。
年末に一度意識が『OVER』へと戻ってきたはずなのだが、
どうやらその後また吹っ飛んだところを見ると確実に六つ分は腹を立てたらしい。
立てもする。
思い出すだけで熱くなる。
『OVERちゃんには着物似合うんじゃないの?』
『あぁ?』
『ぜってー似合うって。あーほらあんな城住んでるしさ、黒とか』
『知るか』
『でもそのまんまじゃあ着たって面白味がないよねー』
『おいこら、聞いてやがるのか!クソ天のす……何してやがる?』
『…ほら見ろ、にあうにあう!こんな感じで髪上げたらさあ、やっぱかなり似合うじゃ』
『……勝手に弄ってんじゃねえ!』
『…イヤー!文句は口だけにして!口だけにしてよ!うおッ』
ざっくり。
勝手に後ろにまわりやがって、
勝手に人様の髪の毛を弄くりやがって、
勝手に纏め上げやがって、
勝手にどこからか紐出して結わえやがって。
何がしたかったのか解りゃしねぇ、
あの馬鹿め。
あの馬鹿め、斜め角度で斬り分けられても懲りる様子を見せないのだ。
どうせ正月からもギャーギャー騒いでいるに違いない。
『鏡餅には負けねぇ』だの言ってやがったんだから。
ああクソ、なんであの馬鹿野郎の言葉を覚えてる?
『あいつつつつ』
『阿呆め』
『斬らないてくれたら阿呆にならずに済むんだけどぉ』
『……』
『あっ、睨まないで!…でもその髪型だとなんかちょっと可愛いよな、ちょっと』
『テメーがやったんだろうが!』
『えー、いいじゃん似合ってんだからさぁ。かわいいかわいいカーワイイ〜』
『死ね!』
『あー!』
クソ。
『あーん』
『分裂したまま年越ししてーのか?』
『あーん、わかりましたよう。ほどくよう』
『ああ、とっとと解け』
『…え?』
『なんだ』
『…俺、また触っていいわけ?つまり』
クソが。
『んー、もったいねー』
『無駄口たたいてんじゃねぇ』
『かわいいとも思ったんだけどさぁ』
『無駄口たたくなっつってんだろが』
『かっこいいよなあ、なんか。ぜってー似合うよな、着物』
『俺ところてんだけどさ、人間の特別なカッコって見てんの好きなの』
「だからそこで俺が…」
「いや、俺がだな」
「おいおい。雑煮さめちゃうぞ」
その頃、必殺五忍衆はまだ揉めていた。
「いつからネタ合わせになったんだよ?」
「OVER様に着物きたいってお願いするですー」
「バカ、怒るに決まってんだろ!」
メソポタミア文明が叫ぶ。
「誰がだ?」
「バカ、そりゃOVER様に決まって…」
続いて黄河文明が叫ぶ。
が、叫び切らない内に五人揃って振り向く羽目になった。
「……OVER様ァ!?」
「様アアァ!?」
「合有会遭亞…!」
「うるせぇ」
「す、すいません…」
ルビーと蹴人は唖然とし、三大文明は縮こまる。
「騒がしいぞ。何事だ」
「…ほらみろ、だから騒がしいと」
「言ってないだろ、インダスー!」
「ねえOVER様ー、ルビーお着物きたいです」
「あぁ、ルビ−言っちゃった!」
「何やってるんだ!」
「だってぇ」
「…いいんじゃねえか」
「…え?」
そして再び、五人の動きが揃った。
言い出したルビーから雑煮を乗せた盆を持つインダスまでが暫し唖然とする。
「…い、いいんですか?」
黄河文明が問う。
「勝手にしろ」
「マジデすか?」
メソポタミア文明が問う。
「勝手にしろっつってるだろ」
「でもあれですよ、着物ですよ?」
蹴人が問う。
「しつけぇぞ」
「OVER様ー、ルビー初詣いきたいです」
ルビーは無邪気なものだ。
「だからしつこい!勝手にしろ!」
「はーい!わ−い」
「あの、OVER様。ほぼ冷めた雑煮ですが」
「置いとけ!」
そしてインダス文明だけは元の目的を忘れていなかった。
「では失礼します」
「おいおいインダス、落ち着きすぎてね?」
「だがメソポタミア、俺達は雑煮を持ってきたんだろ」
「そーだけどさぁ」
「機嫌よかったのか、OVER様…」
「さあ…あ、ルビー待てよ!どこ行くんだ」
「着物出しにいくのー!……あれ?OVER様は?」
「もういないぞ」
「どこ行かれたんだ?」
いよいよ本気で騒がしくなってきた五忍衆の知らぬ間に、
OVERはいったいどこへやら。
紐を片手に鏡の前か、
どこぞから着物を取り出すか、
鋏でも研ぎに行ったのか。
本人のみぞ知るところ。
なんだかんだで、OVER城も正月を迎えている。
「食べる準備、できたよー」
「あぢ!あぢじぢじゃァ!」
「お、おやびん!?だだだ大丈夫ですか!?」
「あづッ、あぢっ、あが…」
「まあ大変!このお水を飲んで!」
「…あ、あひらとボボ美ぃ……
ギャァ!」
「濃い炭酸よ」
「テ、テメーボーボボッ!なんてことを!」
「慌てて食うからだぞお〜」
「えへへ、ゴメンゴメン!」
「…あれッ、おやびん平気だったんですか!?さすがおやびん!」
「お前も切り替えの早い男だな」
「うるせぇ!」
「……ああー、舌がいつつつ……次は甘いのにしよ。あんころもちー」
「はいおやびん、ご所望のあんころ餅です」
「わーい」
「破天荒さん、新年早々から破天荒さんだねぇ」
「そうね〜」
「ボーボボ、口紅まで口の中入っちゃうよー…」
「お前のきな粉餅もいいな。くいてーなあ」
「あ、召し上がりますか?」
「マジで?じゃ、それくれ!」
「え…でもおやびん、これは俺の食いかけですが」
「くれよ」
「で、ですが!」
「くれよー。俺のこれやるから、ダメ?」
「ええ………お、おやびんの食べかけのあんころも………ち?」
「きなこ〜きなこきなこきなこ〜」
「見ろ、破天荒の顔がめでたい色に染まってるぞ」
「た、倒れちゃうんじゃない…?」
「問題ない。去年から散々やってきたことだ…
……そらバカ犬、きな粉餅!」
「ワオーン!」
「あ、あああおやびん!それボーボボの、テメークソがッ……お、おやびーん!!」
「…なあ。あれ、なんの騒ぎなんだ?」
「んんー。首領パッチが破天荒に餅くれよで赤くなったり青くなったり黄色くなったりなのら」
「うん。…わけわからん」
「くれよ……かあ」
「ん、なんだ?天の助」
「ちょっと懐かしくなっ……んんん、なんでもない。…ってかヘッポコ丸、餅食おうぜ餅!」
「お前いくつめだよ?」
「ボーボボマイナス二個、首領パッチマイナス八個」
「…ちなみにあいつら軽く二桁は食ってるのら」
「そんなに!?食いすぎだろ、正月だからって!」
「いーじゃん、こんな時でもなきゃ餅焼いて食うとか……んぐッ!!」
「…煩ぇ」
「ぐぐぐ、ん、ごほっ、ごほ…」
「…お…前なにすんだ、OVER!喉つまらせたらヤバいだろ!」
「黙ってろ、坊主」
「ああああぐりぐりすんのや〜め〜て〜もちになっちゃうよ〜」
「なるか」
「黙ってられるか!天の助、お前も何か抵抗とかしろよ……わ!」
「鏡餅になっちゃったー。ほら見て三段重ね」
「……」
「………」
「ぎゃん!」
「天のッ……この、OVER!!」
「ああ?この野郎のネタ振りじゃねーのか?これは」
「OVERちゃんったら成長しちゃってぇハジケ的にー」
「あー、煩ぇッ」
「…あああ、まだ戻ってねーのに!早ッ!」
「これぞ鏡開きなのら」
「…なんの騒ぎだ?」
「わーい、ソフトンなのらー。鏡開きなのら」
「………」
「でもこのままやらせとくと、もの食ってるってのにオナラ真拳が出るのら。ほら」
「…仕方のない連中だな」
「おい」
「あぁ?……ん」
「食べてる時ぐらい静かにしたらどうだ」
「ふん…それは向こうでギャーギャ−やってる鼻毛どもに言いな」
「お前はあまり平和的ではないからな」
「けッ」
「天の助、お前も大人しく食え」
「…おれ、おとなしくくってたんれすけろ……」
「て、天の助?大丈夫か?」
「うー…んー……うー」
「懲りねぇヤツだ」
「まったくなのら」
「ふー……ってなにお前さりげなくOVERに同意してんの!?」
「おまえの気のせいなのら」
「ヘッポコ丸、お前も落ち着け」
「でもソフトンさん!はじめにこいつがッ」
「テメーには何もしてねぇだろうが」
「そ、そりゃそうだけど…!」
「だから、やめろと」
「うーん。OVERってソフトンには大人しいのなー」
「んー?そうなのら?お前よく見てるのら」
「いや、別にそんなぁ」
「それよりお前、とっととあれ止めてこいなのら」
「え?なんで俺」
「なんでも何もかなりお前のせーなのら。……はいゴー!!」
「…どわっちゃ!」
「…天の助!お前も何とか言えよ、餅くわえてないで!」
「ああ言ってやれよ、天の助。こいつに出しゃばるなってな」
「なんだと!」
「あぁ?」
「……ちょ、うんこさぁん」
「…お前が何か言え」
「…えー」
「……うん、まあお前らさ」
「なんだよ?」
「黙ってろテメーは」
「いや、さっき言えとかいったでしょ!?…あれだ、あれ」
「?」
「…?」
「…餅でもくおーぜ」
「…だからそんな問題じゃないだろ、今!そもそもお前が……!!」
「…テメーは食い気だけか!黙って見てろ、クソが!」
「同時に怒るこっちゃねーだろ!」
「テメーが妙なことを言いやがるからだろうが!」
「いいじゃん、餅食ったってさあ!正月なんだからさあ!せっかくついたんだしさあ!
でもところてんはつくなよ!!」
「最後めっちゃ関係ないのら」
「おまえ餅食いながらまったり見てんじゃねーよ、田楽マン!っていうかモチにまでミソかよ!」
「うまいのら」
「………」
「しかもソフトンも食ってんのー!?」
「………ああ、もう」
「………ちッ」
「…あれ?やめるの?」
「…おさまったな」
「のら?
…次は餅食う場所で揉めるんじゃないだろな」
「ボーボボー!海苔半分よこせ!」
「おやびんッ、海苔半分ボーボボから取る意味はあるんですか!?
…海苔ならここに袋であるじゃないですか、ほら!」
「あんたの気持ち嬉しいわ……でも味付けがいいのッ!」
「じゃ買ってきます!」
「は、破天荒さん落ち着いて!ボーボボも首領パッチ君も落ち着きなよ!」
「これが落ち着いてられますか!今年こそあたしがヒロインよ!」
「いーえ、ヒロインはこのボボ美なのよ!」
「いや、何言ってんの!?」
「ヒロインはおやびんに決まってるだろう!」
「破天荒さんまでー!」
「…ちょっと待ったァ、この天子を忘れんじゃないわよ!」
「えええ、またバカが来た!」
「おい天の助、ま…!!」
「ッるっせーっつってんだろが!静かに食え!」
「キャー!」
「…え、いっしょにお餅食べてたのー!?」
「天の助挟んで微妙なムードで食ってたのら」
「び、微妙なムードって…」
「……悪くないな。味噌」
「…みそ!?ソフトンさん、なんで味噌!?」
「ヒロインはわたさねーッ!」
「だから落ち着きなって!首領パッチくん、お餅とげに絡んでるよ!!」
あけましておめでとうございます。
お餅は座ってゆっくりと、静かに食べましょうね。
「そこで終わるならあいつもそれまでだ」
「それに」
「あいつを喰らったお前を俺が喰らうからな」
「…フン。好きにしろ」
「機嫌がいいんだな」
「久々の患者どもだ」
「ああ。今日のお前はいつもよりお喋りだ」
「お前の方がずっと浮かれているだろう?めでたい奴だ…」
「浮かれるさ。お前が饒舌なら尚更」
「…馬鹿め」
「お前などハイドレード様に喰らわれてしまえばいい」
本当に全てを喰らうのは、あの方だ。