上に広い世界からはたくさんの声が落ちてくる
たくさんの笑顔が
たくさんの悲しみが
たくさんの怒りが
時に絡み合いながら混ざり合いながら落ちてくる
時に愛を落とすものがある
時に夢を落とすものがある
差し伸べてもらえる手があって
振り払われる手もある
何もかもを包みこむ優しさがあって
何もかも焼き尽くす炎もある
僕の下にも世界は確かに広がっているけれど
上の方が広いためだろうか
そこに渦巻いているものが見えるのだ
そこで踊っているものが見えるのだ
優しさや愛はゆらゆらと
悲しみや炎はしっかりと
それが見えるということは
世界が動いているということだ
だからもし力をもてたならばうたをうたおう
それが響くその間だけでも
やわらかく降りそそぐことができるものを
穏やかに包みこむことを認められるものを
そんな平和を守ることのできる
歌をうたおう
たくさんの言葉に時に傷付いて
たくさんの言葉に時に救われた
例えば金と同じで
言葉は意味を約束されたもの
その力を持つことになった俺の中でも
確かな意味をさけぶもの
世界には常に言葉が飛び交っている
たくさんの笑顔を
たくさんの悲しみを
たくさんの怒りを
幾つもの何かを込めて見果てぬ場所まで飛び交っている
時に聞こえる俺の知っている言葉
時に聞こえる俺が知らない言葉
教えられたこともあれば
失ったこともある
望んで放ち綴る言葉があれば
いつまでも口に出せずにいる言葉がある
知っている言葉など限られているけれど
じっと座ってたくさんの言葉を聞き続けたためだろうか
そこに飛び交う何かを求めたくなるのだ
そこに花開く何かを求めたくなるのだ
時に喜びを
時には嘆きを抱きながら
言葉が交わされるということは
世界は動いているということだ
だからもし力をもてたならばうたをうたおう
それが響くその間だけでも
できるなら光に繋がるものを
そのために必要なものを
温もりを時に皮肉を包む平和の
詩をうたおう
うたをうたおう
もしも力を借りることができたならば
うたをうたおう
そこにあるのが戦いの火だと知りながら
知る限りのうたを
うたをうたおう
こういう宿屋の食堂とかで飯食う時ってさ、
みんな揃って同じもん頼むことなんか全然ないんだよな。
俺の隣ではヘッポコ丸がキノコソースのハンバーグ食ってて、
その隣ではビュティが山菜のパスタ食べてて、
もひとつ横のボーボボはコーンたっくさんのっけたラーメンだし、
魚雷先生とソフトンのピラフはお揃いってやつ?
田楽マンが食ってるのがエビのグラタンで、
オムライス頼んだ首領パッチはシーフードピザも食いたいって言い出して、
デコッパチがそれを頼んだ。
そんでもって俺が食ってるのが、野菜たっぷりのカレー。
ほんと、ほとんどバラバラ。
俺カレーって好きなんだよな。
ただカレーって言ったっていろんな味があるし色んな具があるしさ、ぜってー飽きないだろ。
カレーはやっぱご飯だよな。主食になるべきはところてんだけどな。
ナンとかでもいいけどさ、やっぱ米が欲しくなるんだよなあ。ライスの気持ちも解らないでもないぜ。
あーそうだ。
毛狩り隊ん時の食堂って当たり外れがでかかったけど、カレーだけはどこで食っても美味かったっけ。
俺の目の前に置かれたカレーの皿の中には、大きな具がちらちら顔をのぞかせている。
ニンジンだろ。タマネギだろ。ナス、ピーマン、ジャガイモ、牛肉、
マッシュルームっぽいのも入ってる。
どっかで作られて収穫されて、取り引きされて運ばれて、誰かの手にかかって誰かの腹に入るもの。
例えばマッシュルームはヘッポコ丸の皿の上にもある。
ニンジンはピラフやオムライス、ナスはピザやパスタ、タマネギなんかは引っぱりだこだよな。
みじん切りにされて隠し味になってたり、まだまだ形が残ってたりすんの。
俺はモノを食うだけの器官を持っている。
喉越しや味を感じる様に出来ている。
出来て、いる。
誰が作った?
誰にもそれが解らないから、俺自身だって困ってきた。
本当は俺はこっち側じゃなかったんだって解ってるんだけど。
でも、俺はものを食うのが、好きだ。
黙々と食ってるのも好きだしわいわいやりながら食うのも好き。
一口一口、流し込むように、それを繰り返して皿を空にするのが好きなのだ。
そこに在るものにもたくさん考えることがあるんだろうけど、
それが俺の思ってきた願望と同じとは限らないけど、
一口ずつを飲み込みながら時折俺は語りかける。
なあ、どんな道を辿ってここまで来た?
食うのが好きなら作るのだって好きだ。
ここまで来ちまうと誰も妙な光景だなんて言わずに褒めてくれたりして、
それも嬉しいけど、
それだけじゃあない。
世界という名の未知には、案外たくさんの『好き』が詰まっている。
うん。
ごちそうさま、
ありがとうな。
「寄越せ」
花の細工のチョコレート、編み上げられたキャンディ、柔らかなマシュマロ。
呟かれては繰り返す。
白い皿に積み上げられた色とりどりに、自らのその手は伸ばさない。
丸く焼かれたビスケット。ミルクに飾られた摘みたての果実。
次には何をご所望か。
「早くな」
急かすというよりかたく求めて彼は自らの手を伸ばさない。
どれと指差すこともなく笑んではそこで、待っている。
凍らせた果物の山からひとつ、白い林檎の欠片を掬った。
氷が指先を冷やしては熱に溶けてやがて濡らす。
差し出せばその口が開かれる。
彼の人が近い。
彼の人のその姿が愛しい。
私の指から欠片を吸い込み、溶かすその舌先が美しい。
濡れた指先より欠片を奪いながら、
男は側まで来た腕ごと引き寄せた。
「…!ギガ、さ…」
「いいね、その顔」
濡れた指先ごと撫であげて、その舌先が溶かす様に遊ぶ。
彼自身もまた溶けていくかの如く、
「もっとよく見てな…ハレクラニ」
付根からゆるりと味わう様に。
果実の欠片は喉の奥に溶け、今はもうどこまで沈んだろうか。
ああ、その様を、波打つところを見逃した。
よく見ておけばよかった。
彼の指先が己に絡む。幾倍も巧みなその指先が。
「…如何ですか」
「甘い」
そして私のその表情を、綺麗で好きだと貴方は笑う。
いま彼の人は貧欲だ。
溶かすまで何も離さない。
そして私はそこに在る、貴方の我が侭が愛おしい。
「このまま溶けてみるか?」
白い皿の山を忘れ、この身を委ねし世界すら放り、
届く呼吸と口付けと息苦しいほどの甘さとともに、
鼓動ごと沈み溶けていく。
貴方と触れる水面の先へ。
その後また暫く見ない間に天の助がどこかで合流し、軍艦の部下であったスズが加わり、
なぜだかZブロックの隊長までもがそこにいた。
「おみやげ、食べるのらー」
田楽マンはにこにことポシェットをあさって、花の形をしたビスケットを取り出していた。
確かハレルヤランド内にはお菓子の家のアトラクションもあったが、そこから持ってきたのだろうか。
彼が戦っている姿はどうにも思い付かない。
Zブロック隊長というならばそれなりの実力者なのだろうが、
はしゃいでいるか遊んでいるような姿の方がずっと似合いだ。
ソフトンの視線の先で、田楽マンはちょこちょこと移動してビュティの側によった。
「ビュティにあげるのらぁ」
「なあに…あれ、キャンディ?」
「スズにもあげるのらー」
ビュティの隣にいる少女のところにまでぴょこんと跳んで、同じ包みを差し出す。
セロファンに包まれた薄桃色のキャンディー二本。
ポシェットには入りきらない様な大きさだが、しかしそれはそこから出てきたらしい。
「あ、ありがとうございます…でも、いいの?」
「いーのら。でもバカどもにはナイショなのら」
「バカ、って」
スズが驚き、ビュティが苦笑する。
前の方でわあわあと騒いでいるボーボボに首領パッチ、天の助のことだろうか。
ヘッポコ丸は行方が知れない。首領パッチが連れ去ったという話だが、彼はひとりで戻ってきた。
女の子二人に『おみやげ』を分けると、田楽マンはもう自分のことばかりに夢中になっていた。
甘党でないソフトンには、そこまで幸せな表情の理由が解らない。
小さな歩幅で遅れないようにと歩きながら菓子を頬張る姿は子供そのものだ。
Zブロック。最強の姿を隠しているとされたブロック。
Cブロックでバイトをしていただけのソフトンは、噂に聞いても知ることはなかった。
天の助ならば知っていたかもしれない。彼も元はAブロックの隊長だ。
思えばボーボボの周りには、かつて彼の敵だった者達までがよく集まる。
自分もそうといえばそうかも知れない。
ふと目をやった先では、ビュティがキャンディを片手にスズと談笑していた。
その笑顔に無性に安心する。
戦いが上手くいくかそうでないかとは、また別の。
息をついた途端に、ジーンズがくい、と引っ張られた。
「…ん?」
下過ぎる。
思いながら見下ろすと、なるほど低かったわけだ。
田楽マンが先程とは違うクッキーを片手に、こちらを見上げている。
「こんにちはぁ」
「…あ、ああ」
「お前、みんながZブロックに来た時いたのら?」
その問いに、ソフトンは小さく驚いた。
確かにいたが顔は見せていない。
唯一こちらを確認した女性がいたが、紆余曲折あって気絶していた筈だ。
「…いたが」
「やっぱりなのら。こーっそり見てただろ」
「気付いたのか」
「オレは注意深いのら」
田楽マンは誇らしげに胸を張り、残ったクッキーをほぼ丸呑みした。
「…ボーボボの味方になったんだな」
「うん」
「いいのか?」
「…うん」
少しばかり小さな声でそれでも肯定して、田楽マンは頷いた。
「ねー」
「…ああ」
「ひまなのら?」
「…暇?暇ではないだろう」
「でも、特にすることないのら?」
生意気なことを言いながら、歩幅を合わせずともついて来る。
自分より大柄な相手に合わせて歩くのには慣れているらしい。むしろ早いぐらいだ。
「まあ、そうかも知れないな」
「じゃあのっけて」
「…?」
田楽マンの要望の意味が解らずに、ソフトンは暫し沈黙した。
「…何を?」
「オレ」
「何処に」
「お前。肩ぐらいでいいのら」
肩ぐらいと言われても感覚がよく解らない。
しかし考えてみれば、彼のサイズならば無理はないかも知れなかった。
「のっけてー」
「……」
首領パッチや天の助の悪ふざけと違い、本当に子供がそう強請っている様だから困る。
仕方なくソフトンはしゃがんでやろうと身を屈めた。
が、その前に田楽マンの方から飛びついてくる。
「えい!」
「…おい、ちょっと…」
「じっとしてないと危ないのらー」
オレが。
と、そう付け加えて、田楽マンはするするとソフトンの上まで駆け上がっていった。
「わあーい」
「楽しいのか?」
ソフトンの肩に捕まって、田楽マンはまたにこにこと笑っていた。
負担や違和感は殆どない。こちらが普通に歩いても、まったく平気そうな顔をしている。
「たのしいのらぁ」
「……」
「ボーボボは高すぎるのら。首領パッチはトゲトゲなのら。天の助はやわらかいけど揺れるしツルツルするのら。
だいたいアイツら、いい歳して落ち着きがないのら」
前で騒いでいる連中にまたとんでもない評価を下しつつ、その様子は不思議なほど幸せそうだ。
「ビュティとかだとちょっと低いのら。このくらいがちょーどいいのら…」
「…そうか」
そんな風に甘えてくるのを見ると、実際に彼はほんの子供でないのかと思えてきた。
例えばビュティよりも、更にもっと。
「なーなー」
「…ああ、なんだ?」
「おみやげ食べるのら?」
「いいのか」
「あげるのら。ただし、前にいる奴らはオレのことボールにして遊ぶからナイショなのら」
魔法のようなポシェットからチョコレートの包みを取り出して、こちらへと渡してくる。
高さなどまったく怖くはない様だ。
もしかしたらちょうどいい高さというのは、
彼自身がZブロックにいた頃に慣れていた位置に近い場所なのかもしれない。
「…なんかおまえ、ビュティに似てるにおいがする」
「……そう、か?」
「お日様みたいなのら。あったかいのらぁ…」
チョコレートの包みを開きながら、
すっかり肩に居着いてしまった田楽マンのことを、ソフトンは拒否しなかった。