それというのも戦いはほぼ常に四名によって行われるからだ。
普段多くの場合は一番の実力の持ち主をリーダーにしている内に、敵の方が沈む。
南班は一応チームワークの良さでも認められているのだ。
七区以下の隊長のみに任されたままであるのもそこが大きい。
大きい、はず、なのだが。
「ファイン様ー」
「もう元に戻してあげましょうよ。ほんとに消えちゃうよぅ」
「うるせーぞ負け犬ども」
ファイン様も負けちゃったじゃないですかぁ。
などと口を滑らさぬのは、さすがに彼との付き合いに慣れたブルーDとレッドKである。
「もう十分反省してますよ、きっと」
「次は土壇場で逃げたりしませんよー、きっと」
きっと、とそう語尾に付くのはその当人の姿が目の前に見えないからだ。
見えないので反省しているのかも本当は一切不明である。
「黙れっつってんだろ」
カスとまで言い兼ねない勢いで七区総隊長ファインは怒っていた。
そのファインによって『当人』は個体でなくなっているため、二人には見えぬのである。
「ファイン様ごきげんわるーい…」
「わるいよね?」
首を傾げて顔を見合わせるのはお約束。
『当人』を構成していた成分が散らずにこの場に残されているのか、実はそれすら解らないのだが、
ファインの不機嫌の類はどうやら燃え盛るタイプの怒りではない。
もっと長々と燻るものであった。
普段の彼のそれとは違う。
「なんでこんなに怒ってるにゃん?」
「ルナークが失敗したからでしょ」
「じゃあなんでむっつり黙りこくってるんだにゃん」
「だからぁ、ルナークがブーブブ相手に気持ちいいなんて言うからぁ」
「そういえば言ってたねー」
「むかつくから」
「もどすにー」
「もどせなーい?」
きゃっきゃと息の合った二人の会話は、時に非常にたちの悪い部分であった。
「だ、ま、れ…!!テメーらも溶かすぞ、ブルーD!レッドK!!」
「あーん!」
「ファイン様ごめんなさーい」
ファイン様は厳しい。すぐ怒る。
こんな風に彼をからかっては怒鳴られる時、さりげなく間に入って頑張って庇ってくれた男は、
現在完全粒子状態でたぶんこの辺りを漂っていた。
そういえば先程戦闘の途中に一度実体化しかけた。まるで幽霊のように。
いや、このままでは冗談抜きの幽霊になってしまうかも解らないが。
対峙する敵というのは比較的男であることが多かったので、ブルーDとレッドKはその扱いを心得ていた。
だがファインはそうはいかない。
十六区にも何人もの一筋縄ではいかぬ男がいるが、恐らくファインは二人にとって誰よりそうはいかない。
思い通りにいかぬといえば次点はルナークだ。
萌えの何たるかを感じるよりも、銃火器を前にあれはどうのと燃えさかる男であった。
このままでは過去形になってしまう。
「ファイン様ぁ」
「ファインさまー」
「うるせェ」
ボーボボ達に倒されたのだという、それのみで機嫌を損ねているならどうにかなる。
後々色々なことが恐ろしいがそれはそれとしよう。
取りあえず今はルナークのことが問題であるのだが、彼もこのままでは謝ろうにも謝れはしないはずだ。
これではいつまでも解決しない。
ファインにだって解らぬことではないだろうに。
彼がためにこうも怒っているのなら。
「どうする?」
「わかんない」
お手上げである。
もしかすればファインにはたった今もルナークの声が聞こえていて、
例えばルナークがファインの怒りを理解せずに余計に怒らせているのかも知れなかったが、
微粒子真拳のことなど解らぬ二人にそれが聞こえるはずもなかった。
身近であるのに、身近なゆえか、ファインとルナークの思うところはちっともコントロールできない。
小さな肩を竦める二人から視線を外し、ファインは腕を組んで何度目かの舌打ちをした。
「あー、くだらねェ」
ソファから立ち上がり、床に置かれた塊の欠片を軽く蹴り飛ばす。
するとその横に座り込んでいた男はぎょっとしてファインの方を向いてきた。
「ちょッ」
「いつまでダラダラつまんねーことやってる気だ」
鉄の塊を分解して、磨く。
ファインにしてみればその工程そのものが馬鹿らしい。
「いや、綺麗になるまで」
「ンなもん塵埃だけとっとと取り除いて終いだろうが。未練がましく眺めやがって」
「そりゃ私にはファイン様みたいな能力はなイエッサー」
男は何が楽しいのか語尾に妙な言葉を付けて喋る。
こだわりだか何だかは知るところではなかったが、それに関してはファインもいい加減慣れてきたところであった。
「撃ちもしねぇくせに」
「だって前がよく見えなイエッサー…」
「じゃ取りゃいいだろうが。それを」
もう一つの『妙』、その両目を縛り付けている眼帯とやらを。
弾を放る銃火器の馬鹿みたいに長々しい名前は覚えているくせに、弄くり倒すだけで活かしもしない。
彼の獲物は彼の脇に丁寧に置かれた鞭であるし、真拳ともなるともうファインにはさっぱり解らぬ何かだ。
「何も無理して使わなくたって、私は持ってるだけで」
「…楽しいか?」
「そりゃもうイエッサー」
本当に楽しそうなものだから、
腹が立った。
「貸せ」
「え、わっ」
ファインは彼の手にしていたパーツのひとつを引ったくると、軽く握りしめた。
鈍い音などはしない代わりにさらさらと砂の擦れるような音がする。
ファインの手の内には最早形あるものはなく、かつて銃の一部だった粒子が舞っていた。
「ファイン様、なにを…」
「…大佐ァ。役に立たねぇもんはさっさと取り除くって教えてやったろうが」
粒子は遊ばせたまま、男の黒い長髪をもう片方の手で掴んでやる。
「俺は言ったな?」
「い…」
「聞いたな?」
「…い、イエッサー」
多少熱の滲んだ声に、ファインは満足して笑んだ。手の方は離してやらない。
「ならこんなモンあったってなくたって同じだろう」
「つ、使う為に…持ってるんじゃ」
「じゃあ何の為だ」
睨みつけるとその肩が微かに震える。
好んでいるのかほぼ黒ずくめの服を纏う彼の動きは、時に影のそれのようだった。
「……私の、満足のためというか…」
「は。どうせそんなモンだろうな」
だがファインは知っている。
男は影というほど薄いものでもなく、
十分に臆病で、多少間が抜けていて、しかし失態を犯したことは未だない。
何故なら彼は此処に存在しているからだ。
彼が獅志の名に相応しくない姿など見せたならば、その時はどうしてやろうか、
ファインは既に決めている。
「満足ならさせてやる」
「……ッ」
髪の毛から離した指を首筋にやって、爪を立ててやれば彼は呻いた。
眼帯の向こうの瞳は脅えているだろうか。
痛みに耐え、ただ唇を結ぶ男にファインはまた満足げな笑みを浮かべる。
抗いなどするものか。この俺が飼い馴らしてやったのだから。
「くだらねェもんは捨てろ。失敗でもしようもんなら」
「…ぅ」
「解ってんだろうが?言ってみろ、コラ」
「……私、は……ファイン様に消され、ます」
ファイン様に。
あなたに。
俺に。
「…解ってんじゃねぇか」
いい子だ。
くだらない鉄の塊の名も、
俺以外の為の肯定も、
そんなものを覚えるぐらいならば全て捨ててしまえ。
できないと言うなら消してやる。
ゆっくりと、
喰らい尽くすように。
「…ン、ぅッ…」
噛み付くように口付ける。ほんの少しだけ滲んだ血も、流れぬようにと吸い取ってやった。
男には紅い血が似合ったが、そう簡単に見てしまうのではつまらない。
彼の時間は己の為にじっくりと割かれている。
片手に握った粒子は空中にやって、ファインはもう床の上の塊のことも見ようとはしなかった。
先程まで楽しげにそれを磨き上げていた男が、もう何もかも忘れかけているのを解っているからだ。
そうであればもう、本当に役立たずの鉄の塊。
(あばよ)
役に立たねぇモンに興味はねぇよ。
だが、
「お前は溶かす」
「……イエッサー」
「それまでは俺の言うことを聞いとくんだな。…貴様の口癖の、それは誰の為のモンだ?」
男は細かく震えて、言葉を絞り出す。
「…ビービビ様と、ファイン様のために…」
跪くのを好む声。
「……ビービビ様、ね。まあいい」
ファインは床に横たわったままの鞭を、その主人の腕に絡めてやるべく拾い上げた。
ひと時だけ拘束から解放された男が脱力していくのを感じた。
薄らと血の滲んだ唇を拭おうともしない男は彼の本性の一部、
鞭を使うには似合わぬマゾヒストの姿を曝け出している。
耐える姿は面白い。耐えられなくなって泣くのも、微力でも抗おうとして逆に絶望させられるのも、
そんな彼を見ていてこれほど面白いことはない。
楽しめるのは自分だけだ。
ルナーク、
貴様の魂は俺のものだろう。
男がファインの為の肯定の敬礼しか返さぬのを知っていて、しかし問う。
やや乱暴に互いが擦れるのを衝撃に、中途半端に分解されたままの鉄塊がぶつかり合って冷たい音を起てた。