その視線がこちらを向いている。すぐ隣から、小柄なその身体ごと上に向けて。
「あの、おやびん……俺の頭に、何か?」
「んー…お前のさ、髪の毛。金色」
「あ、え、ええ」
意識されていると思うと、何か恥ずかしくなってくる。
「俺に髪の毛があったら何色だと思う?」
「おやびんは…明るい、オレンジとか」
「んー、そうかもな。赤もいいな」
首領パッチが手を伸ばすので、破天荒は反射的に頭を降ろした。
「パサパサしてる」
「お、俺の髪は短いですから」
小さな手に触れられる。
解ってはいたが、その感覚につい身体が熱くなる。
「大変じゃねーか?梳かしたり、洗ったり、切ったり」
「慣れると…当たり前、みたいになりますから」
「んー。もし俺にいきなり髪が生えたら…面倒っぽいな」
「そ、その時は…俺が!…俺が梳かします!」
「……」
「お、おやびんが慣れるまで…その」
まずいことを言ったかと、頭を降ろした体勢のまま一瞬俯く。
首領パッチに目線を戻せば、彼は笑っていた。
「それじゃ、頼む」
「…は!はい!」
もし貴方が髪の毛を欲しがるならば、
本当はそれを他の誰にも触れさせたくはない。
だから願わくば、この手で、すべてを。
「あ、そーいや俺の眉毛って金色だぜ。髪もそーかな」
「確かに…だ、だったらその、俺とおそろ…いえ、同じですね…!」
「そーだな。あー、あとボーボボも金髪だっけ」
「…………そうでしたね……」
「…あつーい…ボーボボ、暑くない?」
「夏だからな。俺も暑い」
「その割に普通に平気そうだよねー…もーやだぁ」
じりじりと照りつける太陽を隠すほど雲はない。
「…髪を、結ぶのはどうだ。首が少し涼しくなるんじゃないか」
「そーだねぇ」
ビュティは己の首を半分くらいまで覆う髪の毛を撫でた。
熱を吸い込んでいる。熱い。
「なら、もーちょっと伸ばそうかなぁ…」
頭の中で色々な髪型を作りながら、呟く。
ボーボボは暑がる様子もなく、平然としている。彼の髪の毛は首にはかかっていない。
「ボーボボはアフロだよね」
「俺は生まれた時からずっとこうだ」
まさか。
そう返そうとして、そうではないのかもしれないことに気付いた。
(…毛の、王国かあ)
その名を考えれば、生まれた時から髪の毛が生え揃っていても不思議ではないのかも知れない。
幼い頃から。
今のビュティより幼い頃、彼の生まれたその王国が滅ぼされてしまった時も。
「…私、好きだよ。ボーボボの髪型」
思わず出てきた言葉。
「好きだよ」
繰り返し、呟く。
(……あ。好きって)
好きっていうのはそうじゃなくて、と口には出さず首を振って、ボーボボを見上げる。
ボーボボはゆっくりと頷いた。
「俺もビュティのその髪型はいいと思うぞ」
「…似合ってる?」
「伸ばしても似合うのかもな。ビュティ、俺と会った時はもうその髪型だったろう」
「そうだね」
笑いながら髪に触れる。やはり熱を帯びていて、熱い。
もう少し伸ばしたなら、彼はなんと言ってくれるだろう。
「暑いなら、木陰を見付けて休んでいくか」
「いいの?」
「次の町までもう少しあるからな」
「…ありがと、ボーボボ」
世間は決して平和とは言えないのに、相変わらずあの人達はやや緊張感がなく、元気だ。
「王子様ー!」
「パチ雪姫ー!」
「おいボーボボ!なんでテメーが王子だ、コラ!」
「継母参上!狩人!アンタパチ雪姫をぶっ倒してらっしゃい!」
「だからどーして俺がおやびんを…いや、連れて逃げるんだったか?ここ」
「そして僕が七人の小人なのら」
「一人だー!」
「七人兄弟の末っ子ですから…うえーん、兄貴のバカヤロー」
ヘッポコ丸は相変わらずその雰囲気に入っていけず、ぼんやりと見ているばかりだった。
「……どりゃぁ!毒入りところてんアタック!」
「うわっ!」
魔女の継母役をやっていた天の助が、いつの間にか後ろにいた。
飛びつかれてバランスを崩しながら首だけそちらを向く。
「…わ!すげーカツラ」
「どーよこれ。似合うだろ。これチョンマゲ、これ天子ママ♪」
継母のきらびやかなカツラを自慢しながら、どこにしまっていたのか幾つものカツラを取り出しては示す。
「お前、ホント好きだな。仮装とかヅラとか…」
「えー。別に俺だけじゃねーじゃん」
ほら、と天の助が指した方を、ヘッポコ丸はぼんやりと見た。
ボーボボはまるで学芸会の様な王子の格好をして、首領パッチは何を勘違いしたのかガラスの靴を履き全身までガラスドレスである。
「…ボーボボさんと首領パッチも、そうだけどさ」
ボーボボや首領パッチや田楽マンのそういった動きに自分は付いていけない。
天の助が彼らとはしゃいでいる時は、ただこうしてぼんやりと見ているだけだ。
「……」
「ま、こんだけヅラを上手く扱えるってのは頭ぷるぷる天ちゃんの専売特許だけどな」
継母のウィッグを弄りながら、天の助は自慢げに呟く。
「髪の毛生えるなら、ビュティみたいにサラサラなのがいいかなー」
「…そーだなぁ」
「デコッパチみたいな髪型でもいーけど」
「…そーか」
「ボーボボみたいなアフロもいいな」
「…そーか?」
はしゃぐ仲間達を見ながら、ひとつひとつ繰り返す。
そして。
「色は、ヘッポコ丸みたいなのがいい」
「俺?」
「ん。優しい色」
「…優しい?」
「お前、優しいもんな」
「え…」
そこに彼方から、首領パッチが突入してきた。
「白雪姫ボンバー!」
「ぎゃ!」
「…て、天の助!」
「そして王子様ラリアーット!」
「いや、違うだろこれ!白雪姫じゃねえだろ!お前等優しくねーぞ!優しくねぇー!」
首領パッチ、そしてボーボボによって明後日の方向に連れ去られながら、天の助は叫んだ。
「……」
ヘッポコ丸は黙ってそれを見送りながら、
優しいというその言葉の意味を、ゆっくりと噛み締めた。
あなたから与えられるものならば例え痛みだろうと愛しいから、黙って瞳を閉じて酔い続ける。
例えそれが愛でなくても構わないと思うほど。
「…ギガ様?」
「動くな」
「……」
なのに、後ろから触れてくるあなたの指先がひどく優しい。
やわらかくてどこか、あまい。
「動くなっつってんだろうが」
「…すみ、ません」
貴方が触れている。
私の、髪。
「脆そうだな、テメーは。どこもかしこも」
撫でるように梳いてくれる黙ったままの、貴方の、指先。
そんな風に。
そんな風に触れられたら、自惚れてしまう。
「女々しい奴」
せめてそこだけでも、私の一部に貴方が執着してくれているのかと、
自惚れてしまう。
「…ッ…」
そんな風に、
「ギガ様…?」
「五月蝿ェ」
口付けられたら。
「……」
「そのまま前、向いてやがれ」
「は、い…」
後ろから腰を抱いて、首筋に喰らいつくように口付けをくれる貴方相手に、
自惚れてしまう。
愛されているのだと、
「そのまま」
「…はい」
「ここに、いろ」
それが自惚れではないのだと、感じてしまう。