真っ白な壁の前で生きていた。
壁はただの壁でしかなく、壁以上のなにものでもなかった。
壁はただ固すぎもせず柔らかくもなく、
熱いわけでなく冷たすぎもしないで、
寄りかかれば体重を支え、そうでない時はただそびえていた。
ある時横を見ると、そこには別の壁があった。
その壁には白いところなどまるで残されてはいなかった。
皆無ではなかったが、それは何も手を加えていない壁の白ではなく、
「白く塗られた」色であった。
それはあまりにも色とりどりで、滅茶苦茶で、 不思議で。
目に痛いことはないが、騒がしくて。
まるで、そこだけ違う世界の中。
壁の前には小さな影があった。
彼がこの小さくて広い世界の支配者だった。
色とりどりのペンキを手に持つ彼に、俺は問うた。
「楽しいんですか」
馬鹿にしたのではなく、
問いつめるでもなく、
ただ、疑問。
「ああ」
彼は、ペンキのつまった大きな缶を自分と俺との間に置いた。
「お前もこれ、使いたかったら使っていいぞ」
そうしてそれ以上は何も言わなかった。
「しろ、ではなくて」
「ここは俺だ。お前はお前のところを、好きなだけ塗っていいんだ。ぜんぜん塗らなくたっていいんだ」
「……」
決めるのはお前だ。
お前が俺についてくるなら、俺はお前を連れていくし、
そうでなくたって引き止めたりはしねぇよ。
お前が決めるお前の道を妨げるのは、俺にもお前にも幸せじゃねぇ。
俺は。
暫く考えて、
理屈ではなく、そのペンキの缶に触れてみたくなった。
「…描けてますか?」
「おー、なかなかじゃねぇか。まぁ、実物はあと五倍は男前だけどな」
「いいえ」
「きっともっと比べられないぐらい男前ですよ」
あなたと俺は、一緒に笑った。
それが俺の幸せで、
それが俺の選んだ道で、
それが俺の選んだ場所だと思った。
「けどここには、俺の想いをこめましたから。…おやびん」
そこから広がる世界を、どのように描こうか。
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