「…やまねえなぁ」
「…そうですね」
「もう、何日になる?」
「三日です」
首領パッチが尋ねてくるのを知っているから、いつでも答えられるようにしてある。
「外に出てぇー」
「だめです、おやびん。濡れたら風邪をひきますよ」
雨の日とて外に出ないわけではないが、普段の様にはいかない。
首領パッチが外に出たい、と言うのは、雨が降っていることなど気にしないつもりでいくということだ。
「いいのよ私ッ!バカだもの!ひくもんですか!」
「ひきます!おやびんはバカじゃありません!」
今にも外に飛び出していきそうな首領パッチと、それを留めようとする破天荒。
どちらも妥協する気は、無い。
「行くならせめて、傘をさしましょう。レインコートも着て、それから」
「そんなに要らねえよ」
「おやびんにはきっと、黄色い長靴が似合いますね」
「…おい、破天荒?」
「…じゃ、なかった。とにかく、この雨なんですから」
首領パッチは忘れようと思えばきっと、本当に雨が降っていることなど忘れてしまう。
彼には己の考えなど遠く及ばない。
だからもし今、それを許してしまえば、
もしかしたら二度と見えなくなってしまうかも知れない。
「…しょーがねーな。ヒヨコちゃんセット装備で行くか」
「はい、おやびん。俺もヒヨコちゃんセットを着ます」
黄色い傘、黄色いレインコート、黄色い長靴。
首領パッチと出会ってから揃えた、破天荒にはやや可愛らし過ぎるそれ。
だが金色の髪にそれを合わせると、妙に似合って見えるのだった。
「まッ、ペアルックね!お前、ニワトリさんセットにしねえ?」
「いいえ、俺もヒヨコちゃんセットでいいんです」
俺は、でなく、俺も。それを強調しながら破天荒は席を立った。
揃いのヒヨコちゃんセットを取りに行くのだ。
首領パッチの喜ぶ顔が見れるのならば、ニワトリさんセットでもじゅうぶん構わないのかもしれないけれど。
「…なぁんか、湿度高くね?」
「うん、まあ。ジメジメしてるな」
「あー俺食品なのに。大ダメージだー」
どろどろと溶けてみせながら、天の助は呻いた。
「…ヤバいのか?」
本気で心配してみる。
だが考えてみれば、湿度が高いのは決して今に始まったことではない。
「カビちゃうよー」
「ホントに?」
「カビちゃうかもしれないよー」
適当なことを言いながら、天の助はいつも通りの形に戻った。
「なー、ヘッポコ丸。てるてる坊主作ろうぜ」
「え…?」
「こういう時はてるてる坊主だろ。決まり!」
「いや、あれって湿度までどうにかなるモンなのか…?」
「ほらー見てみてへっくん。うさぎさんだよ」
「うん…」
「ねこさんだよ」
「…うん」
「どんぱっちだよ」
「え!?」
天の助は作ったてるてる坊主に動物その他の顔を描いてはけらけらと笑っていた。
「ちなみにボーボボも作ってみました」
「…うん、似てる」
「こいつらは後で呪いに使うから…」
「なんで!?」
ヘッポコ丸の方は、実は未だ一つも完成していない。
薄く汗をかいた掌が思うように仕事をしてくれないのだ。
「……あー。もう、しわしわだ…」
「いいんじゃね?普通に出来てんじゃん、それで」
「でもさ」
言いながら何度目か、それを解こうとしたヘッポコ丸の手に、向かいからぷるんと何かが触れてきた。
「貸してみ」
「え?…おい、天の助?」
天の助は所々しわくちゃになったてるてる坊主にペンを走らせると、自信有り気にそれを示した。
「俺!」
「え…」
「似てるだろ」
「あ…うん」
「よっしゃ、他の連中のも作ろうぜ。ボーボボと首領パッチのは後でのろ…」
「いや、それは」
「お前のも作ろーな」
「…うん」
どちらの作ったてるてる坊主がヘッポコ丸になるかは、まだ解らない。
雨は天から降ってくる。
地面に吸い付けられている内には手を伸ばそうが届かない、ずっと上から、降り注ぐ。
人は身ひとつでそれを跳ね返す術を持たず、
ただ、濡れる。
「ボーボボ」
「…ああ」
「寒く、ないのか」
どんなに背が高くとも、体格が良くとも、同じ雨には同じ様に濡れるのだ。
普段、あんなにも逞しく力強い。
だが降りそそぐ雨に包まれ、何が違うはずもないのに、
どこか消えてしまいそうにすら見える。
「温い」
「後で冷えるぞ」
「後のことは後で考えることにしよう」
何故。この目に映る今のお前は、こうも儚いのだろう。
「今は、こうしていたい気分だ」
まるでこの雨の影に飲まれてしまうかのように。
「それより、ソフトン」
「…ああ」
「お前は寒くないのか」
ああ。
そうか。
影に飲まれそうになっているのは、
消えてしまいそうになっているのは、
彼ではなく。
この身だ。
己なのだ。
「…寒いのかも知れない」
「知れない?」
「今は解らん」
だがお前がここにいる。
俺と向かい合っている。
「ただ、今は」
俺は、ここにいる。
「こうしていたい気分だ」
お前の側に。
「そうか」
その笑顔はやはり力強かった。
だがもう少しお前との距離が縮めば、どこかに弱みも見えてくるのだろうか。
この雨の中ともに濡れる、お前の。
曇り空が鬱陶しかったので、
身近なバカの両頬を摘んで引っ張っていた。
「ふががが」
それにしてもよく伸びる。
「ふんが…ふが」
秋の新作の素材はこれで決まり。
「ふ…がッ!」
「ああッ、待って!私のバッグ!」
「誰がバッグだ!俺はブーツだ!」
「わかったァ!」
如何ですか、この履き心地。
柔らかく履けるようになってるんですよ。歩きやすいでしょう。
ほら、サイズもぴったり。
「いででででで」
「くじけるな!ブーツの心を取り戻せ!」
多少、足下にて元気よく動きますが、それもまた良し。
「ふがが…先生!アタシ頑張る!」
「よっしゃー!」
「ふがッ!」
心の晴れぬ日も、空が曇る日も、これさえあれば大丈夫。
「…お。雨だ」
「んが?」
「雨宿りしなくっちゃ!新品のブーツが!」
「んぎゃぁ!足、どけろ!」
如何ですか。常に新しい何かを貴方にお届けいたします。
心の晴れぬ日も空が曇る日も、たとえ雨が降ろうが、輝きを。
先の読めぬ刺激を、貴方にお届けいたします。
「じゃ、バッグに戻るか」
「おわッ」
如何でしょうか、抱き心地は。
首領パッチの身体は、ボーボボの片腕にしっくりとはまった。
「おりゃァ、必殺シュート!」
「ギャー!手ェ使ってんじゃねーよ!」
「何するの、蹴人!メソポタミア文明の敵討ちです!てりゃ!」
「おりゃー」
「インダスが行ったー!インダスー!!」
久方ぶりに風の心地良い日、たまには外で昼寝のひとつでもしようと思えば、これだ。
「よし、メソポタミア!インダス!合体奥義いくぞ!」
「よしきた!」「オーケー、黄河!」
「…ッてそれ何の奥義だ!」
『扇』
「奥義なだけに」
「…つまんないです」
『ギャー!』
「あああ、体格バラバラなのにムリするから…!さらば三バカ文明」
連中はこちらに気付いてはいないのだろう。
ここからも彼らが見えるわけではないが、何をしているか見えなくとも想像はつく。
バカがバカをやって、それにバカがつっこんで、それを見守るバカがいる。
「誰がバカだー!」
うるせぇ。テメーら全員バカだろーが。
ちっとも眠れやしねぇ。黙らせてやろうか。
「わぁ!返せ、僕の弁当箱!……あれ?」
「どーした?」
「なんかさ、降ってきてないか」
「んー…ああ、ちょっと降ってる。確かに」
「うん、ちょっとだけど」
微かに、水気を感じる。唐突に小雨が来たようだった。
どうやら動く必要は無く、ようやっと静かになるようだ。
再び目を閉じたOVERの側に、草を踏み分ける足音が響いた。
「OVER様ぁ」
五人の中では最も幼いその声は、ルビーのものだ。
「ここで寝たら濡れちゃいますよ」
「戻りましょー」
無限蹴人に、インダス文明。
「さっきまではいい風、吹いてたのになぁ」
「うん、なんかじめじめして…ちょ、待った!オマエ汗、ガマン!凍っちゃう!」
黄河文明に、メソポタミア文明。
己の城を守る、五人の馬鹿ども。
「…テメーら、ここに俺がいること知ってて騒いでやがったのか」
「…わあ!違うんです!それは黄河が!」
「俺!?俺じゃねーよ!」
眠気を感じていたはずが、今や僅かにしか残ってはいなかった。
本当に、
騒がしい連中だ。
その声は気が付くと、この耳に届く場所に踊っている。
「…チッ。俺は戻るぞ」
「じゃ、ルビーも戻ります!」
「みんな戻るってワケだ」
「濡れちまう前にな」
まだその雨が微かに空気を濡らすほどの内に、六人の足音はOVER城の中へと戻っていった。