どこまでも。
どこまでも、どこまでも続くかのような草原が、太陽を浴びながら広がっている。
晴れた空の青と、白い雲と、草の柔らかな緑と、それだけの世界。
その中にぽつりとオレンジ色があった。
広い草原の中のオレンジ色はとても小さく、どこか燃える炎のように見えた。
この手に入れたまま
小さな炎は草原に身を任せてぼんやりとどこかを見ていた。
何を言うわけでもなく、するわけでもなく、ただそこにいる。
その姿は普段とは違うくせに妙に似合ってすら見える。
放っておけば、そのままいつまでもそこに寝転んでいるのではないだろうか。消えない炎は、近付いてくる足音に何の反応もせず、やはりただ空を見上げていた。
ぽん。
軽い音がして、炎は草の上を転がった。
「…ってェ!何すんだボーボボー!」
「あらゴメンナサイ!サッカーボールかと思っちゃった!」
小さく軽く柔らかいその体は容易く蹴り飛ばすことができる。
炎、首領パッチは、ニヤリと笑って全身を丸めた。
「目指せワールドカップ!こいやぁー!」
「わかったー!」
ボーボボはそんな首領パッチを掴み上げると、草原を駆け抜け、そして地面に叩き付けた。
「タッチダウン!」
「ぐばッ!」
予想外の展開にダメージを受け、首領パッチは柔らかな草の中に沈んだ。
「フー…フットボール万歳」
「甘いわ!」
すかさず起き上がり、ボールとして一言。
「そんなんじゃマヨネーズにも勝てないわよ!」
「そんな、キャプテン!あたしどうすれば!」
「ケチャップを喰らうのよ!」
どこからか出してきた赤い瓶をボーボボに投げつける。受け取ったそれは重く、キャプテンの情を感じた。
「ケーチャップ!ケーチャップ!」
「ケーチャップ!」
沸き上がるケチャップコールの中、瓶が傾けられる。
「…………辛ッ!これトウガラシだー!!」
「赤は情熱の赤ッ」
ボーボボはその場に倒れ伏した。しかし挫けず、胸を張るキャプテン首領パッチの腕を掴むとうつ伏せにさせる。
「お前にかけたるでェ!そして食したるでェ!」
「ギャー!ヤメテ!ヤメテ!和ガラシにしてー!!」
そのまま取っ組み合いになり、トウガラシの瓶は空の彼方へ飛んで行ってしまった。
「あーあ、やっぱりワサビよねー」
「ええ、ええ、ワサビですとも」
血で血を洗う闘争の結果、二人の意見はワサビという形で一致した。
共に草原に寝転んで語り合う。
ボーボボは思った。
この草原の中で首領パッチは炎のように見える。それは色や形ばかりの話ではなく、その存在そのものが燃え盛る炎であると錯覚させる。
ならば己はどう見えるだろう。
首領パッチのことを一目見て炎だと感じたのは己だ。他の誰がどう思おうとも、それが自分の感情だ。
だから自分を何かに例えるのは首領パッチであるべきた。当たり前のように考えて首領パッチの方を向いたが、その丸く大きな瞳はこちらには向いていなかった。
その姿を、この薄緑の海の中に確認した時もそうだった。
ぼんやりと上を向いてどこかを見ている。
「何を見てる」
その先にあるものと首領パッチの間に、割り込まずにはいられなかった。
「雲」
返答は簡潔だった。
確かに、空には雲がある。
しかし首領パッチの瞳は深く、まるでどこかもっと遠くを見ているように思えた。
しかしそれが錯覚であろうが何であろうが、雲と答えたその響きが嘘偽りとは思えなかった。「あの雲さ、俺に似てね?」
首領パッチが空を指差して問うてきた。
その先には、空をたゆたう雲達の姿がある。
しかし彼の言う、その雲がどれなのかは解らなかった。
「どれだ」
「あれだよあれ、ちょい小さめの。ギザギザした感じ」
「解るか」
言って、肘で小突いてやるとむっとした顔でこちらを見てきた。
悪い気はしない。
何せこれまで、ずっとその雲とやらに目を向けたままだったのだから。
「なんでわかんねーんだよー」
「知るか」
「ちぇっ、じゃあ他のはど−だよ。あれ、天の助」
首領パッチが指差す先には、やはり雲達が。
つまりは首領パッチがひとつの雲を指したつもりでも、ボーボボにはどれのことだか解らないのだ。
「あれはビュティっぽいなー。んであれがヘッポコ丸だろ、そんであれが…」
首領パッチは目線を踊らせては、指先の位置を変えていく。
適当に言っているのではないようだ。その瞳が輝いている、面白いものを見ている目をしている。ボーボボには同じように見える雲達から、仲間と同じ特徴を持つものを探し当てていく。あれは魚雷先生、田楽マン。その横は破天荒だな。お、あれなんてソフトンっぽくねえか。
弾む声を黙って聞きながら、ボーボボは再度空を見た。
すると不思議と雲達が仲間の顔に見えるような気がしてきた。
「それであれが、お前」
その言葉が指す雲は、一瞬にして見付かった。
「…あれか?」
「そうそう」
ついにどうやら、首領パッチの思考を捕まえた。
ああ、そうだ。
俺とお前を似ているように言う奴がいるが、それは違う。
お前の目にはあの雲が、知っている誰かに見えている。
お前の目には世界の何もかもが、常に違った新しい何かに見えている。
繰り返す概念が無い。常にいい事ばかりを考える。怖いもの知らずで、何にでも触れようとする。
俺の目には、見ようと思わなければただの雲にしか見えないのだ。
同じ目線でものを語れても確実に違った何かが在る。首領パッチ。
お前は誰よりも、何よりも、ありのままだ。
「似てねえぞ」
「えー!お気に召さなかった!?」
良い事なのか悪い事なのか。
だが、とても眩しく思えた。
これは憧れではない。同じになりたいのではない。
ただ、ただその存在をすべて、
「もういい。とっとと行くぞ…目指せ長距離走日本一!」
「うわ!?ギャー、こすれる!こすれるって!!」
この手に入れたまま、
離したくない。
ボーボボは首領パッチの小さな手をとり、しっかりと握りしめ、
草原の中を走り出した。