あの田楽アイスというのは相当に酷い味だったのだろうか、回復の兆しを見せない田楽マンに水を飲ませるために、二人に声をかけてビュティ達は行ってしまった。

それから暫くして、ふと気付くとボーボボ達もいなくなっていた。これは別段不思議なことでもない。彼らが知らない内にいなくなるということは、知らない内にまた戻って来ているということだ。そんな風に言えるくらいには当たり前に近い。気にするべきことがあるなら、破天荒が二人に付き合って無事に戻ってくるかということぐらいだ。

バニラアイスクリームの小さいカップも、自然と空になっていた。


「さて…なんかみんないねえなー」
「そーだな。…アイス、それで良かったか?」
「おー、美味かったぜ。たまには普通の味もいいよな」
ヘッポコ丸のチョイスは面白味が無いとしてハジケリスト達には不評だが、天の助にはそうでもないらしい。
(…ああ、そーか)
天の助は、ボーボボや首領パッチと同列ではしゃぎ回ることはできるが、ハジケリストを名乗っていたことはない。もしハジケリストが自己申告するものだとすれば、天の助はそうではないことになる。
ハジケリストではない。かといってツッコミでもないし、ボケ殺しでもないし、真面目に戦うわけではない彼は、何なのだろう。

「……天の助はさあ」
だがそれはヘッポコ丸にも言えることかもしれない。笑いを取るようなことはしないし、戦士としてもまだ未熟だ。

(…?違う……)

天の助は別に、ハジケられないわけではない。ツッコミができないわけでもない。そしてたまには、実は強いのではないかというところも見せる。
「なにー?」
「…や。何でもない」
どちらにもなれないのではない。どちらかに決めないだけだ。
それは果たして、自分と同じと言えるだろうか。

膝を抱えてしまったヘッポコ丸を見ながらも、天の助はぼんやりと口を開いた。
「ゴミさあ、捨てねーとなー」
「…あ、ああ、それ。みんな食ったあと放ったまんまじゃないだろうな」
「や、あそこの袋」
「何だ、ちゃんとまとめてるじゃないか…じゃあ、さっきのコンビニのゴミんとこに」
言いながら、思い出した。
あのコンビニであったこと。未だ心のどこかに引っかかっていること。



「…なあ」
「なんだ、結局なんかあるのか?」
「ああ…天の助さ」
目線は合わさずに、微かな声で問いかける。
「コンビニでさ、見てただろ…」
「ん?…あー、ところてん?」
「…それ」
「まーな。言ってみりゃ俺の後輩みたいなもんだし」
天の助は気楽に笑うと、ヘッポコ丸の視線が向いている方向に目を向けた。
視線を逸らすためにそちらを向いているヘッポコ丸とは少し異なり、遠い何かを考えるかのように目を細める。

「食い物ってさ、モノにもよるけどまあ、加工されたりとかそのままとか、そういうのがあってああやって店に出るだろ?」
ヘッポコ丸は答えるも相槌を打つでもなく、それでも目だけはゆっくりと天の助の方を見た。
「そんで買われてさ、それがやっぱ一番いいんだよなあ」
「…一番?」
「まあな。だって食われる為に作られて、売られてんだぜ」
食べ物の一番の幸せは、食べられること。
天の助が言うなら、これほど説得力のある言葉もない。

天の助もそのようにして生まれてきたのだから。


「ま、別に何でもかんでも売られてるってワケじゃねえけど」
違う。
(なんでそんなに嬉しそうなんだ)

「あそこにあるところてんなんか、売るために作られてんだからな。俺もだけど」
お前は違うだろ。
(そんな風に嬉しそうに、寂しそうに話すんだ)

「食い尽くしてもらえるなら」
店に並んでるカップの列とお前は違う。
(食べられるのを待ってるのか?今でも?)



お前がここにいるのは食べられるためじゃない俺たちの仲間だろ買われてここにいるけどだってもしお前が今でもそう考えてるならそれは

お前がその時を、待っているなんて。

「違う!」

お前のことを考えながら、俺はどう答えればいい。

「…ヘッポコ丸?」
「違う、だろ」
「お前」
「…それが幸せだって、どんなに良いことかって、解るよ、解るけど」

それがきっと幸せなのだと、そういうものなのだと。
こんな風に言うのはきっと、失礼で聞き分けのないことだと。
けれどそれを受け入れてしまうことはできない。
受け入れたら、自分もそれを待つことになる。

「お前が食い尽くされちまったら」

だから、それだけは頷けない。否定せずにはいられない。
ずっと気付かないふりをしていた。
気にかかっていたのは、どこかで予測していたからだ。

「消えて無くなるんじゃないか…!」

決して受け入れてはいけない言葉を聞くことになるのではないかと。
心の奥底で、警鐘が響いていたからだ。


呻くように言葉を吐き出す。途切れる息を整える余裕すらない。
恐る恐る、手を伸ばす。
ひんやりとした、人と違う身体。
拒否されるかも知れない。
はね除けられるかも知れない。
それでも、捕まえていなくてはならない。
失いたくはないから、
見えなくなってしまうその前に。

だが、しかし。
己の肩にたどり着き、触れたその手の上に天の助はゆっくりと己の手を重ねた。

「てんの、すけ」
「ヘッポコ丸」
「…俺、おかしいだろ。変だよな」
「いーや、正しいぜ。確かに食われちまえば、おしまいだわな」

ヘッポコ丸は、触れた時のその柔らかい感触が好きだ。
天の助が、ボーボボ達とはしゃぐのとは別に自分といて、二人で何かを考えている時が好きだ。
笑い合ったり、慰め合ったり、からかい合うのが好きだ。

肩を握る手の力が強まったが、天の助は邪険にしなかった。

「でもさ、ただ食ってもらえれば幸せなんじゃないんだぜ」
「……」
「食われたことにちゃんと意味があって、やっぱりそれが幸せなんだよな。ところてんでも、アイスクリームでも」
「…やっぱりお前、誰かに食われたいって思うのか?今も」
「そうだなー、俺はそういう意味じゃ失敗作になるんだよなぁ」
「…いいだろ、食われなくたって。他にすることはたくさんあるのに、俺だって…!」
「なあ、ヘッポコ丸」
その言葉の続きを制して、天の助はヘッポコ丸の顔を覗き込むようにして笑った。
「俺たちは仲間だって、お前が言ってくれたことがあったろ」
「……ああ」
「それだって嬉しかった。認めてもらえて嬉しかったさ」
その声は普段とどこか違う、ヘッポコ丸の二倍以上は生きてきた、様々なことを知っている声。
「誰かが俺といて意味があるって思ってくれれば、嬉しいんだ。それは食われるってこととは似てるかもしれないし、違うかもしれないし」
喉の奥が引き攣り、上手く喋れないヘッポコ丸の頭をぽんぽんと叩きながら、続ける。
「お前が食われないでほしいって、そう思ってくれてるのも嬉しいぞ?俺にだって色んな幸せがあるんだ」
「天の助…今、今は?」
「ああ」

今は、幸せだ。
すごく。

そう言ってもう一度、子供のような、大人びているような、そんな仕草で微笑んだ。

「だから、そんな顔するなよ。相棒って思っていいんだろ?とこ屁組だもんな」

「…」
ヘッポコ丸は、自然と笑った。
偽りでも作り物でもなく、笑った。
これまでどんな表情をしていたのか考えると、それは酷い顔だったかも知れないが天の助は馬鹿になどしなかった。
ただこちらに返すように笑ってきた。

彼のその幸せの中に、この自分が在ると思っても構わないのだろうか。

「今が幸せならお前、いなくならない、よな?」
「ならないならない」
「…ボーボボさんや首領パッチにかじられても?」
「あいつらゼータクだから残すし」
「やっぱり、食い尽くしてもらうのが幸せって、ある…?」
「まー…な、でも今、俺がそうなりたいってのはあんま考えてないぜ」
「…そっか」
「それよかところてん促進だなー。俺自身のため、後輩どもの輝ける明日のため」
「…は、は…はは、そーだなぁ」
「うっせ、笑うな!いつかところてんが主食になる日が来る!ぜーったい来るからな!」


笑いながら、ヘッポコ丸はもう己の中にある警鐘の存在すら忘れていた。
これからも続いていくであろう旅のことを考える。
天の助がボーボボ達とふざけている時は、それを見ていて、いつも通りに驚いたりする。
二人で何か考える時には、他愛もないことで笑ってみたりする。
これでいい。
天の助と自分の幸せは、ちゃんと繋がっている。
同じでなくても、互いがここにあって幸せを感じることができる。
だから今はこれでいい。

「あ…天の助、今の内に捨てに行くか?これ」
「ん?そーだなぁ」

こうして話していることが楽しいから、幸せだから、同じように感じていける未来のことを考えよう。


今はこれでもいいけれど、これからもっと強くなる。
より多くの時間を同列で過ごせるように。
必要な時はこの手で守ってやる。
だってお前、他のみんなよりちょっと脆くできてるしさ。
何かあった時守ってやるのは、相棒の俺の役目だろ。

「売れてるかなー。あのところてん」
「そうだな…もう一度、覗いてみるか?」

二人で。


なあ天の助、俺はいつか好きでいるだけじゃ、気にかけるだけじゃ足りなくなるかもしれない。
でもそれはきっとお前でも察してはくれないだろうから、この口で言わなきゃならない。
いつになるか解らないけど。
ああでも今はさ、俺たち両方とも幸せだし、やっぱりこれでいいんだよな。


二人は連れ立って歩き出した。
少年が想いの全てを口にするには、男がそれに気付くには、まだ当分の時間を要するだろう。
それでも二人は、今が本当に幸せで笑っている。









天の助にとって現在は幸せだけど食べ物である部分はどうしても捨てられない。
毛狩り隊時代はともかく、今の原作見てると食べ物としてのプライドも主張してるし。
それが人間であるヘッポコ丸には理解できない、したくない部分で…
でもやっぱり天の助は今を幸せに思ってて、言葉にすることができると思います。

冒頭部分のアイスクリームはほぼ実在しません。
というかアイス部分、書いてる内にどんどん長くなってきて焦り…つつ、楽しかったです。
しろ●まのバケツサイズは…実在するかもしれないけど見たことはないです(書くな)
ところてんにリンゴ酢というのは実在するんですが…


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