マネーキャッスル第八十七会議室にて、
対峙と乱入の結果窓ガラスを割った三人はプルプーに怒られていた。
「だいたい貴方達は人の上に立つ者としての自覚が…」
プルプーの説教は始まると長い。言っていることは正しい。
「貴様がくだらんことを言うからだ」
「軍艦が割り込むからだろーが!」
「いや、ハレクラニの余計な一言が悪いな」
並んで正座した三名は罪をなすり付け合ってみた。
「もういい、これじゃ話がすすまない」
正直プルプーもどうでもいいらしい。
全員の間に投げやりな雰囲気が漂う。
「結局話さないといけねー事なんて無いんだろ!解散だ解散」
「私は仕事をさせてもらう。勝手に帰れ」
ハレクラニは、この狭い会議室の中で壁一面を埋めるモニターのスイッチを入れた。何故かモニターだけは異様に立派で画質も良い。
モニターには、各アトラクションの様子が映し出された。
「…ん?おい、一番下の右から二番目…」
「あ?」
「おや、あれは」
軍艦の声に、皆そちらに目を向けてそれぞれ声をあげた。
自分の部下達、と思われる小さな子供達が映っている。
「何だ?あれは…」
「…極殺三兄弟とカネマールか。暇人どもめ」
「なんでガキになってんだ」
「そういうアトラクションだ。くだらんことをする」
自分の部下達までそこに混ざっている、というかそこまで案内したのは彼らだったのだろうと思うと、ハレクラニは不快らしかった。確かに他の四天王の部下達を適当に任せはしたが遊び回れとは言っていない。
「チ、あいつら…帰れっつったのに」
OVERも面倒そうに呟く。
モニターの中で彼らの部下であろう少年少女達は、本当に子供に戻ったかのように鬼ごっこに興じていた。
「しかしまあ、楽しそうだ。心まで子供に戻ってるんじゃないか」
そう言ったプルプーに、ハレクラニは眉をしかめる。
「だから、そういうアトラクションだ。…何が楽しいんだかよく客が入る」
「子供の頃、か」
軍艦のその呟きに、三人は暫し沈黙した。
幼かった自分に戻れる場所。現在の己を忘れさせんとする場所。
どこか恐ろしい匂いがする。
「…だが、いいんじゃないか」
沈黙を破ったのはプルプーだった。
「四天王の側近、敬われもすれば憎まれもする…常に気を張らねばならない立場。たまにはいいでしょう、ああして歳を忘れてはしゃぎ回ることがあってもね」
「…そうかもな」
軍艦がぽつりと同意し、他の二人は何も言わなかった。
ただOVERは小さく舌打ちし、ハレクラニは黙ってモニターのスイッチに手をかけた。
結局そこは永久の楽園でないことを誰もが知っている。
叶えぬ夢はいつか覚めるものだと知っている。
だからこそ楽しむことができると、安息の地になるのだとも知っている。強き者を支える者達のささやかな休暇は、もう暫し許されるようだった。
ハレルヤランド、天国の名を持つ広場。
天国にも夜は来る。作り物である所以に、間違いなく夜は訪れる。
人の作りし楽園は、夜には夜の夢を見る。もしくは夜を忘れようとする。
「軍艦様、すみません…本当にすみません!」
「別にいいと言ってるだろう」
「でも…」
「スズ。…楽しかったか?」
「…はい」
いつか、今度は一緒にと、口に出して言うことはできなかった。
「つかれたー。つかれたつかれたー」
「もう少し我慢しろって」
「あーうるせェ、黙ってやがれ!だからテメーら連れてくるのはヤなんだよ」
「ほら、ルビー。おんぶしてやるから」
「わーい、メソポタミア文明やさしー!」
「…な。OVER様思ったより怒らないな」
「な」
「…あァ?なんか言ったか、テメーら」
「…いーえ、何も!」
揃って慌てて首を振る部下達を見て、OVERはケッと唸って前を向いた。
「空をご覧なさい、ラムネさん、禁煙さん。きれいな花火だ」
「…まあ。本当」
火に強くない禁煙は黙って一歩下がり、それでも空を見上げていた。
ハレルヤランドの夜空に花が咲く。
一日が終わろうとも、天国の夢は覚めぬと言うかのように。
「…ハレクラニ様。あの」
「もういい」
「え」
「今日のことはもういい。下がれ」
「は、はい!」ハレクラニは代表として報告に来たカネマールを追い払うと、モニターに映る夜空を見た。
大きく開いた幾つもの花火が少しずつ溶けては消えていき、それを繰り返す。
花火は空に消える前に、大輪の花を咲かせ人々の心を魅了させる。
己は幻ではないのだと人の心に焼き付ける。人々が天国広場で見る夢も、幻ではない。
夜が終われば明日もまた、何かのために生きていく。
己のために。誰かのために。その日々の中、たまには夢を見てもいい。
叶えぬ夢はいつしか覚める。
しかしそれが思い出になれば、消え失せていくことはない。
空の花火が散ってなお、記憶の中に残るように。