さくらんぼ
小ぶりの桜桃が籠の中、水に濡れている。
「んぐ」
「あ、おやびん!ダメですよ、種はちゃんと出してください」
「別にいいじゃんか、種の一個や二個」
「あまり体にいいとは思えません。ほら、ここに……って」
「もう飲んじゃったー」
「お、おやびん…」
「いいじゃん。よっしゃ、次」
「あ、次はちゃんと種は吐いちゃってくださいね。ちゃんとここに種のための容器、ほら、出しやすいように」
「なんだよー、むしろ楽しみじゃねえ?さくらんぼの木が腹ん中にできるかもよ」
「おやびん…でも、その前にセイヨウミザクラが」
「花見もできるな」
「…だけど、おやびんのお腹の中ですよ、おやびんには見えませんし、食べれません」
「ん?うーん、そりゃそうか」
「春になったら、俺が桜を探します。さくらんぼの季節には取ってきます。だからそれを見て、それを食べてください」
「しょうがねえなぁ」
「すみません、おやびん。でもきっとその方が良いです」
「んじゃ破天荒、その時はちゃんと自分の分も取ってくるんだぞ」
「え…は、はい、もちろん」
「ていうか今もだろ。自分でも食えって」
「…はい!」
大きな籠の中、水洗いされた桜桃達の一番下に、双子の小さな桜桃。
「さくらんぼー、後ろから読んだら凡楽さー」
「…微妙にヤだなあ、それ」
「あんまかわいくねーよな。いただきまーす」
「…ちょ、ちょっと待て!丸呑みするなって、実だけ食えよ!」
「えー」
「えーじゃなくて…ていうか、種とか茎入れるの、ここに一個あったよな、どこいった?」
「そーいやねぇな。…ん?あれじゃねえ」
「…あ。コラ、破天荒!なんでお前がそれ、そんな所に」
「どーせ聞いちゃねえって、首領パッチしか見えてねーよ。いただきま」
「だから丸ごといくなってー!」
「問題ねえってば」
「なくないって!腹、壊すかもしれないぞ」
「どーせ種も実も茎もおんなじ木からできたんだぜ。いっしょいっしょ」
「そりゃ、そうか……じゃない!やっぱり一緒じゃないって!」
「くっついてんだから一緒に食った方がいーだろ、こいつらにしても」
「それ、どんな理屈だよ…ほら。ここにティッシュ広げてやるからちゃんと出せ」
「なんかお前今、破天荒と同じよーなこと言ってるぞ?」
「同じ…って、お前あいつらの話聞いてたん……そりゃ、その…そんな別に」
「…ところでさあ。これ食ったら腹ん中にさくらんぼの木が」
「え……い、いや、それこそ首領パッチと同じよーな考え方だと思うんだけどな」
「お前だって破天荒並に自分で食ってねーじゃん。ほら、一番赤いのやるよ」
「…あ、ありがと」
小さな籠に取り分けられて、大きな籠の桜桃達はだんだんと減っていく。
「甘いねえ、サクランボ。…わ!何してんのボーボボ!」
「サクランボ神を呼び出すために十個一気食いだ」
「一個ずつ食べなよー!喉につまっちゃうよ」
「大丈夫だ、俺にはサクランボ神が付いている」
「それどんな神様!?」
「そして俺には田楽の神が憑いている」
「田ちゃん!?…ていうか憑いてるの!?」
「む、なかなかやりますな。しかし負けませんぞ」
「こちらだって」
「ではいきますか」
「いっちゃいますか」
「いかなくていーよ!神様とかどうでもいいけど、二人とも食べ物を祖末にしちゃダメだよ」
「心配ないのら。…田楽と一緒に上品にいただきます!オラー!」
「味噌!?」
「俺なんて籠ごと食べちゃうもんねー」
「やめなってボーボボー!」
「普通に食うのもつまらんしなあ」
「もー…なんならジャムでも作る?」
「ジャムか。いいかもな、俺パン派だし」
「何言ってんだ、お前らみんな田楽派なのら」
「えー!?俺レモン派じゃなかったんだ!履歴書、書き直さなきゃ」
「ふぅ……まぁ、いっか。楽しそうだし…」
「修正液買ってこよっと…ああ、ビュティ。ジャムを作るには何がいるんだ」
「え?あ…お砂糖と……買いにいくの?それじゃあさ、一緒に行く?ボーボボ」
「ああ。行くか?」
「え、いいの?…それじゃ、田ちゃんも」
「我こそは田楽神なり。若い者の邪魔はせん。フォフォフォ」
「田楽神様来ちゃったー!」
「本当に憑いてるの!?」
「…田楽神様もああ言っていることだし行ってくるか、ビュティ」
「え…あ、うん!」
明るい日差しの下、よく冷えた双子の桜桃。
「ソフトン様、暑くなってきましたわねえ」
「そうだな。…魚雷殿も暑かろう」
「ホホホ、私は鉄ですもの。鉄は熱い内に打てと言うし」
「…そうか」
「ソフトン様は暑くなくって?そのジャンパー…ヤダ私ったら!変な意味じゃないんですよ!」
「あ、ああ。俺は平気だ」
「さくらんぼ、冷えている内に召し上がってくださいね」
「…そうだな。魚雷殿こそあまり食べていない様だが」
「ソフトン様がお食べになっているところを見て、こうしてお話するだけで魚雷、お腹いっぱい…キャ、言っちゃった!」
「そ、そうか」
「よかったら私の分も召し上がってくださいな!」
「いや……日差しが強くなってきたな」
「…そうですわね」
「日陰に行こうか、魚雷殿」
「ソフトン様、やっぱり暑かった?私ったら気が利かなくて…」
「いや、日差しではさくらんぼもすぐに温くなる」
「そうですわね。冷たい内にソフトン様に食べていただかなくちゃ」
「魚雷殿の分は魚雷殿が食べるといい」
「でも私、ソフトン様に…」
「魚雷殿だってさくらんぼは嫌いではないだろう」
「…お優しいのね、ソフトン様!じゃあ、お言葉に甘えて」
「とりあえず日陰に行くか」
「はい!行きましょう!私がお運びしますッ」
「い、いや。すぐ近くだ」
大きな籠の一番下に、小さな双子の桜桃。
「あ、おやびん!種は出してくださいって!」
「だいじょーぶだって。半分くらいは出してるから」
「よー。あとどのくらい残ってる?」
「…いち、に…九個。ちょうどいいな、みんなであと一個ずつ食べるか」
「あら、ずいぶん早くなくなったのねえ」
「おやびん、俺の分も食べてください」
「いーの?んじゃ食う」
「……あのさ、天の助、よければ…」
「ん?ヘッポコ丸、食わねーの?」
「い、いや。た、食べるけど……うん」
「…そう言えばボーボボとビュティがいないが」
「奴らは旅立ったよ。地の果てまでな…フォフォフォ」
「誰!?」
「田楽神様だ!」
「田楽神様ー!」
「だから誰だよ!」
一つ、二つ。
少しずつ減っていって、最後に二つ。
残った双子の桜桃。
「あと二つかぁ」
「ボーボボ達が帰って来るのを待つか」
「もー、食っちゃおうぜ」
「ダメだって」
「あいつらどこまで行ったんだ?」
「地の果てじゃよ」
「どこだよ、地の果てって!」
「お、このさくらんぼくっついてんじゃん」
「あら珍しい。洗ってる内に取れちゃったりするのよね…チッ。ソフトン様と一緒にこれを取ればよかった」
「レアだなー。いただきまー」
「だから食べちゃダメだって!」
少しずつ夏が深まっていく。
桜桃に種に茎に、笑い合える日々を忘れないでいよう。
それはきっと小さくても大切な時間として、思い出を作り上げていくのだろうから。
双子の桜桃は日差しと暖かい風の中、水滴を煌めかせ輝いた。