足音



「…ふぅ」
機械まみれの建物の廊下で破天荒は小さく溜息をついた。
ここはサイバーシティ、であるらしい。
熟睡している間に勝手に連れてこられたらしく、気がついたら狭苦しい鳥かごのようなものに入れられていた。
そこにいた、そんな真似をした張本人であろう男に喧嘩を売られた。そして対処が面倒な技を使ってくる名も知らないその男と戦ってやることになったのだった。
決着をつけ、とりあえず外へ、と部屋から出てみればいやに騒がしい。歩いていく内に目についたモニターには、人々が建物の周辺で街をあげてお祭騒ぎをしているのが映っていた。
詳しいことをいちいち知る必要など無いが、最低限の現状は把握しておかなければ街の外に出ることすら難しそうだ。それ以前にこの建物の出口を探さなくてはいけない。
再度モニターに目をやると報道アナウンサーらしき男がマイクを片手に叫んでいた。興奮した声は聞き取りにくかったが、今のところ最も手っ取り早そうな手がかりだ。
サイバーシティ。
ギガとその配下。
繰り返される処刑ゲームと、力によって閉じ込められた人々。
ある者は天国と呼びある者は地獄と呼ぶ機械都市。
様々な意味で有名な場所で、その名はよく聞いていた。真拳狩りの噂も知らないことではなかったが、人々が震えて語っていたほど厄介な相手でもなかった。起きている時に襲われたのなら捕らえられることすらなかっただろう。
思えば同じような檻に入れられた真拳使い達がいたが、あの後どうなっただろうか。
知るものか、くだらねえと破天荒は笑った。
己には関わりの無いことだ。
ただ、世界は敗者から消えていくようにできている。この街の主だったギガが破壊よりやや大人しい趣味を優先する男でなければ、彼らも先に捕らえられた者達も今生きていることはできなかっただろう。
力による支配の成り立つ今の世は弱者に容赦をしない。そのことは、幼い頃からよく知っている。もしギガの配下が殺気をもって近付いて来たのなら、その時に気付いて片付けている。
今こうして、幸せそうに騒いでいられるこの街の人々はまだ運が良い。それでも一緒になって騒ぐような気にはならない。
さっさと出口を探すために、破天荒は振り向いて歩き出そうとした。
ふと。
最後に見たモニターが映すもの。
「…ボーボボ?」
よく目立つあの男を見間違うはずもない。映像に被さるアナウンサ−の声は、彼らがサイバーシティをギガから救った者達だと叫ぶ。確かにわざわざこの街まで来て、ギガを倒してやろうという酔狂な奴といえばそうはいないだろう。
ただ破天荒はあの連中とはもう暫く会うことはないと思っていた。
いや、会えないと思っていた。
会いたい相手がそこにいるからこそ、ずっとそう感じてきたのだ。
視線をモニターに釘付けにし、ギガの配下との戦いを録ったものらしいその映像をすみからすみまで確認する。
いるはずだ。
あの後何もなければ、間違いなく。
どこだ。どこだ。どこだ。
今、せめて今この目で確認しない内はここを離れることはできない。
「…………!」
いた。
モニターからはいつの戦いだとか相手が誰だとか流れていたが、今の破天荒にはそれを気にすることもできなかった。
「…おやびん」

離れたのは、そうする必要があったからだった。
ボーボボと会うのがそもそもの目的で、すぐまた別れるつもりだった。
まさか首領パッチが一緒にいるだなんて考えもしなかった。
ハジケ村から出て行く時、くたばる前になんとしてももう一度ここに戻ってくるのだと誓った。できることならいつまでも隣にいたかったが、自分の目的のための旅に首領パッチを引きずり回すこともできない。
首領パッチは特に追求することもなくただ激励してくれて、ハジケリストの心構えを確認してくれて、みやげを買ってこいよと笑った。
果たさなくてはいけない目的。ハジケ村で首領パッチの側にいる幸せ。首に刻まれた殺印。あの頃は、焦っていた。
それでも笑って送り出してくれるのに情けない顔はできなかった。

必ずいつかあなたの所へ帰ります。

はっきりと口には出せず、心の中で約束して旅立った。その時はきっと当分会えないだろうと感じた。
だから首領パッチと会った時は本当に驚いたが、結局は嬉しくて予定よりずっと長くボーボボ達と同行することになった。
本当に離れられなくなる前に別れはしたが、首領パッチの隣で、子分は自分ひとりだけで、そんな環境で旅をしたことは頭から離れはしない。
それでも、また会いたい、そう思っているだけの時は違った。
この街は今さっき解放されてお祭騒ぎを始めた。
その直前まで、首領パッチはこの街にいた。
違う。まだいるのかもしれない。
今はもう、またいつかという希望では済まない。
こんなことならあの男を倒した後にすぐ飛び出していればよかった。
のんびりしている間にギカとの戦いが終わってしまったのだ。
様々な思いを巡らせながら、破天荒は通路を走っていた。今自分がどれだけ焦っているかも、その先のことも深く考えることはできない。
ただ、会いたかった。

会いたい。会いたい。会いたい。
ずっと、会いたいと思っていた。
あなたの背中が見えるのに、立ち止まっていることなどできるものか。

 

「…そうか」
「ああ、もしかしたらまだ街の中にいるかもしれんがこの騒ぎじゃのう…」
「なら、いい」
「すまんな。会ったら、礼を言っておいてくれんか」
適当に頷いて、破天荒はその場を離れた。
老人はこの街に入ってきたボーボボ達と会ったそうだが、それ以降の消息は知らないらしかった。そうと解れば、今の破天荒にはもう何も聞こえなかった。
少しでも必要な情報を拾うことに集中する。
歩きながら聞こえるのは関わりのないざわめきや歓声ばかり。破天荒には好ましい環境ではないが、首領パッチなら人の輪に混じって無邪気にはしゃぐのだろう。無意識の内に懐かしいその声を探そうとしたが、耳に入ってきたのはまったく違った会話の断片だった。

「…だろ。まさか」
「でも、三世世代っていったら…こうしてギガがやられて…」
「だから…コールドスリープだっけ?…」

人ごみの中から聞こえたその言葉に、思わず振り向いた。
辺りを見回すが人の流れは早く、誰の言葉か解らない。破天荒はひとつ舌打ちをして、立ち止まったまま考えこんだ。
三世世代。毛狩り隊の眠れる黄金世代。
かつて、暴力によってこの世界をあっけなく支配したという。
(…調べてみる価値は、あるな)
噂というのは決して馬鹿にできるものではない。今誰かが話していたことも、情報元は解らないが火のないところに煙はたたぬという。特にサイバーシティには、処刑を見るために世界中の要人達が集まってきていた。流れる情報は侮れず、内容を考えてもありえない話ではない。
それが事実ならおそらく己の目的につながる。
そしてボーボボも、間違いなくそこに現れるだろう。
頭の中でこの先のことが自然に整理されていく。
今すぐ動いて必要な分だけでも情報を集める。
ボーボボ達の居場所はじきに耳に入ってくることになるだろう。皮肉な話だが、敵が増えればそれだけ彼らの戦いも激しくなる。そして毛狩り隊の間でも一般人の間でも噂になり広まっていく。
この状況ではこの街を探し続けても首領パッチには会えないかもしれない。知らない内にすれ違って、余計に再会が遅くなるかもしれない。それよりも役に立つ情報を土産にタイミングを見計らって合流した方がいい。
その方が確実で、何より彼の役に立てるはずだ。

破天荒は人ごみの中を早足で歩き出した。
どんなことも、いくらでも上手くいくような気がした。素早く事が進めばそれだけ早く、首領パッチに会いに行くことを一番に考えることができる。
一緒にいて何か役に立ちたい。
離れていた時間の分、話したい。笑いたい。
いや、側にいれれば。できることならあの時のように隣にいることができれば。
考えては心の中がむず痒く昂り、体中を熱が駆け回った。
次に会えたならもう離れたくない。
ともに歩くことを、聞こえてくるその足音を想い描いて、幸せへ繋げる道を急いだ。












「一生止まってろ」から「会いたかったよおやび〜ん!」まで。
「会いたいよ〜!」と思ってたらしいので、会いたい会いたい考えてる話です。
私の書く破天荒はなんか女々しいおかしさがあります(申し訳ない)

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