小さな菓子屋でジュースを買ったら、くじを一つひいていいよと箱を差し出された。
明らかに子供扱いされているが気にするものか。
チャンスは一回。
自信はある。
あめだま
首領パッチは菓子屋の主人から透明の袋を受け取って、店から出た。
袋の口を持ったまま中身を覗くと、どこから見ても、飴玉、飴玉、飴玉ばかり。
(ちぇっ)
どうせだったらコーラの方がいい。
それでも当たったのだから喜んでおこうと思った。
(なんたって俺の右手にはキャンディの神が宿ってるんだからな!)
キャンディの神がコーラを引き当てるわけがない。
だが首領パッチは構わず、道を走った。
気分が良い。
他の誰かに分けてやったっていいと、彼にしては珍しいことを考えながら。
「ヒロインの座ゲーッツ!」
「キャ!」
首領パッチはビュティの背中に体当たりをした。
「何するの!首領パッチくん」
「後ろ姿がヒロインくさいわ!渡さないわよッ!」
「別に取ろうなんて思ってないよ!」
「……や、やっぱり狙っていたのね…そうだと思ったわ!恐ろしい子!」
「何聞いてた!?」
首領パッチいやパチ美は人の話をさっぱり聞いちゃいない。
「アンタにはこれをやるから諦めなさい」
「だぁからー…ん?何?」
差し出された手から小さい何かを受け取る。
「…あめ?」
「やるよ。たぶんリンゴ味」
「わあ、ありがと!」
「やるからヒロインの座は諦めんのよ」
「狙ってないよ!」薄い色をした飴玉は、太陽に照らされてきらきら光る。
その甘味からは鮮やかで瑞々しい赤を思い出す。明るく活発な彼女に、よく似合う。
「飛び込みー!テリャァ!」
「ギャー!」
「泳ぐぞー」
「誰がプールだ!海だ!お隣の家の庭の池だー!」
「だってお前、青いじゃん」
うつ伏せになった天の助の体の上でぽよぽよと揺れながら、腕組みする。
「ああでも、鯉が泳いでねーなぁ」
「マグロもいねーしゴムボールも浮いてねーよ!降ーりろぉー」
じたばたと手足を動かして、天の助が呻いた。柔らかすぎるので転がって首領パッチを落としてしまうことも困難だ。
「おい天の助。頭上げてみ、頭」
「降りろよぉー!…でも上げます」
器用に頭だけがにゅ、と上がる。首領パッチは彼の顔の前に手をまわして、口の中に飴玉を放り込んだ。
「んが?何コレ?」
「思いっきりギューっと味わってみ」
「んー!…ギャ!舌にキた!」
ソーダ味の水色の飴玉。どうやら首領パッチの予想以上に強烈なハジケぶりを発揮してくれたらしい。
「やるよ!んじゃな」
「つつ…ッて、待てコラー!…あ。でも美味いなコレ」彼とよく似た色の飴玉。全て溶けてしまう頃、例えばソーダ味のゼリーになってくれたら面白い。
いやきっと、彼は意地でもところてん以外のものにはなるまいが。
「お花ー。お花ー。うう、上手に編めないのらー」
「確かに上手くねえな」
「うわ!…なんだ首領パッチか」
「なんだとはなんだ」
野に咲く花の中にちょこんと座る田楽マンを、後ろから覗き込む。
「それよりド下手クソとは酷いのら。そこまで言うことないでしょ!」
「そこまで言ってねえよ!?」
田楽マンポシェットに縋り付く田楽マンにツッコミを入れながら、首領パッチは袋を漁った。
「んー、お前…お前は…お!これでいーや」
「なに?」
「ほら、やるよ」
「マジで!?くれるもんは貰うのら」
白い飴玉を受け取って、口の中に含む。
「…あー、これ、あれ…ヨーグルト」
「お前の頭の球体と似てるだろ」
「失礼な!ここにはネタが仕込んであるのだ!てりゃァ!」
田楽マンは何故か怒って、頭の球をぱかりと割った。
『ナンバー1マスコットキャラの座はいつか頂く』
「…」
「…」
「キィー!やっぱり狙ってたのね!ちょっとカワイイからってー!」
「わぁ、間違えた!ホントはありがとうって出す予定だったんです!マジ!」
暫し追われて追いかけて、二人は騒いだ。飴玉の味はヨーグルト。それ一つでも味わえるが、何かと混ぜてもより楽しめる。
追いかけられながらも、彼はどこか楽しそうだ。
「フー、すっかり見失ってしまったわ。チキショー。…あ」
見知った姿を見付けて、首領パッチはそこに駆け寄った。
「魚雷先生ー!」
「…まあ!生徒ー!…恥ずかしギョラー!」
直後、魚雷ガールの突進を受けて吹っ飛ぶ。
「嬉しいけど先生にはソフトン様という人が…!」
「ち、違いまーす…」
相変わらずのお方だと、呻きながらも立ち上がる。
「先生にこれをあげようと思って!」
「あら、なあに。…キャンディ?」
彼女に渡した飴玉は、色は紫、味はグレープ。
「頂くわ。でも私にはソフトンさ…」
「フツーに好意なんです!おふざけもしません!」
首領パッチはしっかり、どこか必死にアピールした。
「でも嬉しいじゃない。心理テストでぶどうに当てはめた人は頼りになる人だっていうし」
「へー」
「いつかソフトン様の頼りになる妻になりたいわ!…ところでソフトン様、知らない?」
「いや、見てないっす」
「隠してないでしょうね…」
「マジっす!マジっす!」
確かに頼りになる人だが、同じレベルで恐ろしい人でもあるのだ。グレープの飴玉。紫は大人らしい色で、頼りになる人だというのも解る。
たまに吹っ飛ばされてでも、恋に燃え紫の似合う彼女のままでいてほしい。切り裂かれる方はあまり望ましくない。
「へっくぅーん、聞いてー!みんながパチ美の座を欲しがるのよ!」
「うわッ!何だ!?」
思い切り体当たりをかませば、ヘッポコ丸はバランスを崩した。それでもどうにか踏みとどまる。
「な、なんだよ。座、って」
「ヒロインの座とー、マスコットキャラの座とー」
「ンなもんいつ決まった!?」
彼のツッコミはいまいち、輝きが足りない。
要修行である。
「三十点ってとこだな」
「何が!?俺!?」
「そんなへっくんを補うためにこれをあげよう!さあ、食べるんだ!」
そう言って、茶色い飴玉を差し出す。
「ど、どうも…」
「ぐいっといけ!鼻の穴から!」
「いけるか!」
叫びながら、ヘッポコ丸は飴を口に含んだ。
「ん…甘い」
「コーラだぞ、コーラ。コーラコーラコーラ〜」
「へぇ…あ、ほんとだ」
コーラコーラと繰り返しながらも、首領パッチはそこから立ち去った。コーラの飴玉。コーラはよくハジケているから好きだ。
今の彼には、まず必要なものである。
「コーラ〜コーラ〜コーラコーラー」
コーラの歌を口ずさみながら後ろ歩きしていると、どん、と何かにぶつかった。
「コラー!どこ見てるんだ!」
「お前もだ。前を見て歩け」
見上げると、それはソフトンだった。
「おっ。ちょーどいいトコに」
「…?」
「これ、やる」
袋の中から桃色の飴玉を取り出し、手渡す。
「これは…?」
「食ってみ」
ソフトンは暫く手の中のそれを見つめていたが、黙ったまま口に入れた。
「甘い、な」
「イチゴ味だぜ。マズイか?」
「いや…」
表情からは感想が読み取れない。
「なんだよ、甘いの苦手?」
「…俺はソフトクリーム屋だ」
「そっか」
ならば平気だろう。
もちろん、ソフトクリームにもストロベリーというのは存在する。
「…ありがとう」
「おう!」
まあまあ、悪くはないらしかった。イチゴの味の飴玉はきっととても甘いのだろう。けれど、甘くていい。
いつもどこか張り詰めている彼だからこそ、たまには甘過ぎる飴玉を食べてもいいはずだ。
袋の口をずっと握っているものだから、そろそろしわくちゃになってきた。
中身はまだ半分以上残っている。
子供向けの飴玉は決して高級品ではないだろう。
それでも色とりどりに幾つも集まっているのを見ると、とても綺麗だ。
「なんだそれ、ビー玉か?」
「え、ビー玉!?」
背後から聞こえた声に振り向いて、首領パッチは身を丸めた。
「ビー玉は俺だァ!」
「ならば弾くのみだ!」
「おはじきじゃねえよ!…キャーやめて!私にはこの子がー!」
ボーボボに持ち上げられ、袋をぶんぶんと振り回しながらわめく。
「これやるから投げないでー」
「ビー玉を?」
「ビー玉じゃねえよ」
持ち上げられたまま袋を漁り、緑色の飴玉を取り出す。
「ほらよ、あーん」
「あーん」
ボーボボの口、ではなくアフロが開いた。
しかし首領パッチは平然とそこに飴玉を投げ入れる。
「…なんだ?この味は…この味は、この味は、懐かしいー!おふくろの味!」
「フ…何を隠そう、それはメロン味のはずだ!」
「えー。メロンってこんなんだっけ」
飴玉は飴玉である。首領パッチはボーボボの手から抜けて着地すると、その場を去った。メロンの飴玉。メロンといえば高級感も漂って、暴君な彼にはぴったりだ。
それにしてもあのアフロのどこから、メロンの飴玉に懐かしさを味わっているのだろう。
袋の中では幾つもの飴玉が陽の光にきらめいている。
ずいぶん取り出した気もするが、まだ七つだ。
七つ。自分ではまだ、一つも食べていない。
「…おやびん!」
「お、破天荒」
「探しましたよ、おやびーんッ!どこにいたんですか!」
もの凄い勢いで駆け寄って来るくせに、突進はしてこない。
地面を滑るようにして縋り付いてくる。
「なんだよ、ずっと俺のこと探してたのか?」
「はい…!」
「しょーがねえなあ」
その表情はまるで迷子の子供のように崩れている。
首領パッチは袋の中に手を入れた。
薄い肌色。水色。白。紫。茶色。桃色。緑。
いくつもの色が混じった袋の中身から、彼のためのひとつを、探す。
「…ほら」
「…え?」
「お前に、やるよ。食え」
「…あ…有り難うございます!」
破天荒はそれを受け取ると、指先に摘んでそれは嬉しそうに眺めていた。
「……オレンジ、ですね」
「…ああ」
橙色。彼の着ている服の色。
そして。
「きれいだろ」
「はい。…でも」そして。
「おやびんの方が、鮮やかです」
「…なんだそりゃ」
首領パッチはそっぽを向いて、再び袋の中に手を入れた。
「食わねえの?」
「おやびんは…食べないんですか?」
「食うけどー」
「じゃあ、一緒に食べましょう」ふう、と息をついて、一つ取り出す。
黄色い飴玉。光にかざすと、金色にも見えてくる気がした。
(…いや)
すぐ近くにある金色を見れば、やはりそれとは違うと解る。
「それ、何の味でしょうね」
「…レモンじゃねーか?」
「食べましょうか」
「おう」口に含んだ飴玉からは、甘酸っぱいレモンの味がした。
太陽に照らされる袋の中には幾つもの飴玉が輝いていて、
まるで宝石のように見える。
破天荒を見上げると、幸せそうに笑っている。
その金髪にはレモンの飴玉とは少し違った輝きがあった。