唐突に、目が覚めているのだと自覚した。
そうなってもう暫く経つのかも知れないが、意識はここに無かった。
闇と眠りの底にあった。
そこには安らぎも苦しみもない、ただ虚ろな感情。

どうせ一人旅なのだから、無理にまた眠ろうとする必要はない。
再び眠る気になれないのなら起きていても構わない。
だが人は夜眠り、そして太陽が昇ると動き出すようになっている。
闇を恐れるが故に。
闇の何が恐ろしいというのだろう。
当たり前のようにそこに在り、何をするわけでもない。
楽しいことも恐ろしいことも何もない。

しかし、覚えている。
帰る場所を作り、夜になればそこに眠り、朝を、その先の一日を待つ日々があった。
誰かの側に生きて、誰かの隣に生きて、触れ合い感情を交わした日々があったのだ。

破天荒は、己の頬に触れた。
どんな表情を。
どんな顔を、しているだろう。




笑顔でいた方が良いのだと、そうしていようとしたことがあった。
慣れない筋肉を使って頬を緩ませる努力をした。
本当は緩んでなどいない、強張った口元で、それでも笑おうとした。
それが唯一、己に出来ることだと思っていた。

彼は強い。
己の身を守ることもできる。
彼は強い輝きを持ってそこに存在している。
彼に惹かれる人間は幾らでもいる。
自分ひとりいなくなったとしても、何も変わらない。
彼にとっての唯一にはなれないのかも知れない。
そう感じて胸を痛めたのは、いつだったろうか。

結局は笑うことを選んだ。
笑顔にはきっと笑顔が返ってくる。
それが幸せなのだと感じることができるから、そうして他を忘れてしまおうと思った。

あなたの笑顔が見たいと。
見たいと、笑って。
それを続ける内に、あなたが笑わなくなった。

あなたは俺と二人きり、向かい合って、
その瞳を俺に合わせて、言い切った。

笑いたくないなら笑うなと、言い切った。

俺は誰より何より愚かだった。
彼がまがい物を本物として受け取ってくれると信じていた。
いや、望んでいたのだ。
己の笑顔が彼の笑顔を呼び起こすものだと信じていたから、違う、信じたかったから、嘘を吐き続けた。

俺の顔は恐らくその瞬間、醜く歪んでいただろう。

だがあなたはその瞬間、笑った。

『力、抜いたか?』

俺を惹き付けるあの笑顔がそこにあった。

『笑うなら笑いたい時にしろよ。したい時に、したい顔しろ』

俺はその時、呆然としていたかもしれないし、泣いていたのかもしれない。

『それがお前の笑顔で』

だがそれは暖かくて、

『それが、お前だ』

はじめてあなたの笑顔を真っ直ぐに見ることのできた瞬間だった。
それは百人いればきっとそれぞれの受け取り方をするのだろうが、そんなことは知るものか。
俺にとってその笑顔は何よりも優しくて、
俺にとってその言葉が何よりも嬉しかった。
そこから俺は、本当に笑うことをするようになった。


あなたと、俺。
あなたと俺が、向き合っていた時間。






破天荒は己の頬に触れ、顎に触れ、手を降ろした。
そこから何かを読み取ることはできなかった。
己の表情は己には解らない。
笑っているのだろうか。
泣いているのだろうか。
それとも、そこには何も無いのだろうか。

心の中にひとつ、輝きがあった。
離れていようが忘れることはない。
しかし手を伸ばしても振れることのできない、例え語りかけても応えてくれはしないそれは、虚像に過ぎない。
解っている。
当たり前のことだと解っていて、それでも自分はここにいて、心の中には彼がいるが、それは虚像に過ぎない。

目を閉じることが恐ろしくなってきた。
彼が見えてくるのだ。
生きている彼が、見えてくる。
手を伸ばしてしまう。求めてしまう。
願ってしまう。

俺は今どんな顔をしていますか。
教えてください。
俺は今、俺の顔をしていますか。
おやびん。
教えてください。


考えてはならない。
その願いを己のものとして受け入れることが恐ろしい。
受け入れてしまえばそれは確かな感情となってこの心に住み着くのだ。
そうすれば、どうなる。
この足は、この手は、この身はどこに向かう。

今は駄目だ。
今は、いけない。
けれども。

顔を下に向けていれば、また触れてしまいそうだった。同じことを繰り返す。
振り切るように上を見ると、空の闇の中にまるで光を散らした様に星々が煌めいていた。
破天荒はぼんやりと、昼間に町で見かけた光景を思い出した。
小さな子供達が集まって小さな紙に願い事を書き、吊るして、笑う。
叶いますように。
願いが叶いますように。
あの子供達ぐらいのころ、自分はどんな顔をしていただろう。
それは己の顔だったのだろうか。
あんな風に幸せを願う時、昔は、今は、どんな表情をするのだろう。

なんだっていい。教えてくれ。


年に一度空の恋人が出会う夜。
年に一度人が願い、叶うことを望む夜。

小さく首を振って、破天荒は笑った。
空の恋人達は出会ったろうか。自分は出会えはしない。
子供達の願いは叶うだろうか。己が望みは叶いはしない。

あなたに会いたい。

未だ、叶えるわけにはいかないのだ。


星が瞬くのを見ながら、喉を引き攣らせ、再び笑った。
そこにはあなたはいない。
あの無数の星のどの輝きも、あなたとは違う。
あなたとは、違う。












救われなさそうな話…破天荒はおやびんと再会するわけですが、このずっと後。
破天荒は感情には無頓着だと思うのですが、首領パッチが絡むと別な気がする。
「あなたのためなら笑います」でも、首領パッチはそんなこと望まないだろうなあ、と…
七夕当日に更新する文章、こんなんでいいのだろうか。ていうかこれ破パチって言っていいのか…?

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