久方ぶりに、サイバーシティに休日が来た。


帝王ギガが気まぐれを起こした時だけやってくる、休息の日。
その日が訪れてから終わるまで全ての処刑を行わない。
例え何が起ころうとも。
それが、サイバーシティの『休日』である。


処刑が無い日というのは、そう有り難いばかりではない。
罪人として捕まった者にとっては翌日に訪れる処刑に震える一日となる。
そして処刑人にとっては、上手に使わなければ暇を持て余すのみの一日となる。
処刑を行わない他は違うことはなく、関わりない者にとっては普段通りの一日となる。だがしかし、処刑の無いサイバーシティの空気はやはり普段とは全く違っている。




休日



「…まだ、昼過ぎか」
詩人は休日の午後を迎え、小さな失敗を犯した。
読みたいと思っていた本を全て読み切ってしまったのだ。
本棚を見回しても、普段以上に惹かれる思いはしない。午前の内に読み終わったものはどれも詩人を満足させた。だからこそ、特に読みたいと思ったわけでもない本を読み返しては気分も冷めてしまう。
読書に関して妥協する気にはなれない。しかし読みたい、読み返したいと思う書物がない。
詩人はゆっくりと、何か他に仕事でもなかったかと思い返した。
処刑が無い日にも他の事柄に関しては普段通りに行われる。
特に詩人は六闘騎士の総長である。何かしらしなくてはならない事があっても不思議ではない。

(…ない、か)
他の仕事のために時間が足りないと嘆くこともあるのに、今日に限っては本物の休日である。
(参ったな…)
そしてそんな日に限って、本を読む気になれないとは。眠ったり瞑想したりする気にもなれない。


詩人はソファから立ち上がり、外に通じる扉を見た。
ここから出たらもう詩人の世界ではない。己の真拳が創り出したこの世界を出れば、そこには多くの人々が犇めき休日を過ごしている。
処刑が無いというだけで街の中の空気は大きく変わる。
例え他の事柄が通常通りに稼働していようが、最大の恐怖であり娯楽でもある処刑を行わなければ不思議なほどに穏やかなものだ。
処刑人も、処刑の他に仕事が無ければ詩人の様に暇を持て余す。
(…いや、そうじゃなくて)
結局は好きなことをすれば良いのだが。
今は本を読む気にはならない。好きなことに妥協する気にはならない。

世の中というのは上手くいかなくて困る。
こういう時、例えば。
例えば同僚連中は、どうやって過ごしているだろうか。

「……」

考えてみれば、休日に顔を合わせることは滅多にない。
一人一人の顔を思い浮かべては、何をしているだろうかと想像してみる。薄らと浮かんでくる者もいれば想像のできない者もいる。
(…そうだな)
同じ様に処刑の無い一日を過ごす彼らの顔を見に行くのも、悪くはない。
詩人は再び一人一人のことを思い浮かべながら、扉の方を見た。





「やあ」
「…わ!」
「…し、詩人様!?」
詩人に気付かず背中を向けていた隊員達は、揃って振り向きそのまま固まった。
「な、何か御用で…」
皆妙に真面目な顔つきをする。
それというのも、休日に六闘騎士が互いを尋ねることなど滅多にないものだからだ。詩人は苦笑いして首を振った。
「たまたま寄っただけだ」
「…たまたま、ですか」
「パナはいるかな」
「あ、ああ。パナ様でしたら、あちらに」
隊員の一人が指差した先には、天空処刑場とよく似せて作られたフィールド。そこでは影が光速で駆け回っている。
「あれか」
「今日はいつもに増して、お元気らしくて」
機嫌がいい、ということだろうか。
たまの休日だと思えば、不思議なことでもない。
普段と同じことをしているように見えるが、それも彼なりには何より楽しく、有意義な時間であるのだろう。
そんなことを考えている内にパナはこちらに気付いたらしく、フィールドの上の方で動きを止めたようだった。
「…詩人かー!?」
「…ああ!」
普通に話したのでは、この距離では聞こえない。パナが叫ぶので、詩人も思わず叫んで返した。
「何事だー?」
「別に、ただ寄っただけだー!」
「ならお前も回るかい、詩人!」
「…遠慮する!」
パナときたら、車輪へのこだわりは半端ではない。ああしてぐるぐると回っているのはどんな風なのか、詩人には解らなかった。絶叫マシンのようなものだろうか。
だがパナほど慣れてしまえば、絶叫も何もないだろう。
「そうか、残念だ!」
「悪いな!」
「しからば、また…総長!良い休日を!」
爽やかに叫ぶと、パナはまた回りだした。
「…元気だな」
詩人は微かに笑うと、隊員達に軽く手を振ってその場を後にした。



暫し後、足下に穴を見つけ、詩人は小さく飛び退いた。
そして驚いた。穴そのものではない、それが人の形をしていたことに驚いた。
「…なんだ、これは?」
確か自分はここに、同僚の顔を見に来たのだが。
「し…び、とー!」
「うわ!」
目の前に逆さまの姿で男が落下してきて、ぴたりと止まる。
今度こそ本当に驚いた。
「ソ、ソニック…!おどかさないでくれ」
「ああ、すまん。…それよりうちの絶望くんを見なかったか」
「ぜ、絶望くん?」
確かソニックにはそんな部下がいた。詩人はそれがどんな男だったのかを思い出して、ふと、足下の穴を見た。
「…ここじゃないかな」
「え?…あああ、絶望くん!」
人の形の穴の底から、『おやつ…食べたかった…』という声が漏れてきている。
タフな男だと、詩人は何故か感心させられた。
「ところで詩人、何かあったのか。お前がこんな場所に」
「ああ。たまたまちょっと、寄ってみたんだが…お前も休日までバンジーか」
「こうしていないと、落ち着かん。そっちこそ、てっきり本棚に閉じこもってると思ったが」
「あそこは僕の部屋で、本棚じゃない。…まあ、気分転換さ」
「そうか、いいことだ。どうだ。お前もひとっ飛び」
「やめておく」
バンジージャンプもまた、絶叫マシンのようなものだろうか。だがそうしないと落ち着かないというソニックの言葉は、やはり絶叫して楽しむというレベルを超えている。
そんなことを考える詩人の横に、何かがすごい勢いで落下した。
「!」
慌ててそちらに目をやる。
そこには、ウサギ型の穴が開いていた。
「……」
「スゥパーラビットオォォォ!」
バンジーとは関係ないところでソニックは絶叫した。
だが穴の中から『ぜ、全開眼…』と聞こえてくるあたり、やはり彼の部下には頑丈な猛者が揃っているようだった。



ソニックと穴から生還した二人の部下に挨拶して、詩人はその場を離れた。
パナもソニックも処刑場とは別に趣味を楽しめる場所を作っている。
逆に処刑場の作りが細かく広い分、常にそこで楽しんでいる者もいる。詩人がそうであり、彼もまたそうだった。
「クルマン」
「ん?お、総長じゃん」
「どうしてるかと思ってね。何をやってるんだ」
「俳句さ」
クルマンは誇らしげに、そう答えた。
彼は名の通り六闘騎士一車な男であるが、それは生き様というか存在そのもののことであって、趣味は別の場所にあった。
彼は俳句が好きで、自分で笑って下手だと言うが、同じ様に言葉や文字を扱う詩人はユニークで明るい部分も含めて彼をいい同僚だと思っている。
「どんな?」
「休日の、道路に…まで考えて、あとは決まってない」
「道路の路、間違ってるぞ。右は名、じゃなくて各だ」
「あ、ホントだ!さすが詩人」
指摘された誤字を、継ぎ足すようにして素直に直す。
丸くて大きな文字は筆には向いていないかもしれないが、なかなか味がある。
「ここは休日でも変わらないな」
「地獄の教習所は車にまつわるものの地獄だが、休日はオアシスさ。お休みなんだから」
普段と変わらぬ場所で、彼はのんびり羽をのばしているようだった。
教習所の中では車に標識、悪霊までもが楽しそうに踊っている。
「……」
「不気味か?まあ、慣れない奴にはそうだろーけど」
「いや、そんなのじゃない」
詩人にとっての書獄処刑場やそこから繋がっている自室は、クルマンにとってのこの場所なのだ。もっとも詩人は、本ではないのだけれど。
「じゃあ、僕はそろそろ行くよ」
「ん?じゃあな、総長。どこ行くんだ」
「そうだな、まあ…他の誰かのところかな」
「じゃ、そいつによろしく」
クルマンはひらひらと手を振っていたが、詩人が背中を向けた途端、おお、と呟いた。
「決めた!休日の、道路に背中、色男」
「…色男?僕が?」
詩人は背中を向けたまま笑ったが、クルマンはそれで満足したようだった。



通路に出て暫くしたところに、別の同僚の姿があった。
「龍牙?」
「あ?…んだよ、詩人か」
「こんなところにいるとは思わなかったからさ」
王龍牙。彼はふう、と溜息をつくと、詩人を軽く睨んできた。
「総長様は休日だろうが、俺は別に仕事があるんでね」
「…ああ。そうだったな」
彼はつい最近、真拳使いを捕えてくる仕事を任された。処刑の仕事はない代わりに、処刑の無い日も休みにはならない。
「収穫はあったのか?」
「雑魚ばかりだ。ギガ様を満足させるような素材は無いだろうよ」
「…そうか」
例え休日でもギガは変わらず帝王であり、そしてその真拳によってあの部屋にはオブジェが増えていく。
「それじゃ、俺は失礼するぜ…今度は遊園地まで行かなきゃならないんでね」
「ああ、そうか。楽しんでこいよ」
「おうよ、せいぜい楽しんでくるさ」
ク、と小さく笑って、龍牙は詩人に背中を向けた。
彼は海の向こうにある遊園地まで、絶叫マシンやバンジージャンプを楽しみに行くわけではない。
詩人はその背中を暫し見送ってから、己の休日に戻った。




休日の過ごし方というのは個性が出るもので、パナにソニック、クルマンあたりは解り易い。龍牙はそうでもないが、幾らか探せば見付かるだろうとは思う。もっとも、彼にとっての今日は休日ではないが。
そして最後の一人は、考えるまでもなかった。
彼はその場所から動かない。
食事や入浴、必要なことも全てそこで済ませ、それは詩人と同じだが、その場所にいることを選んでそうしているのとは少し違う。
彼は必ず、そこにいる。
「やあ」
「…む。誰かと思えば、詩人殿」
「邪魔をしたかな」
「いいえ」
ここは都市の中心、核。彼はこの場所に在ることで、都市全体を支えているのだ。
「元気そうだな、J」
「弱音など言ってはいられません。詩人殿もお元気そうで」
「ああ」
彼はこの場所にて、処刑もする。その上常にここで、サイバーシティにエネルギーを送り続けている。
「…さすが、だな」
「はぁ」
「六闘騎士で一番凄いのは、Jだってことさ」
詩人は浅く苦笑した。
本来ならば経験からも実力からも、彼が総長になるべきだったのではないかと詩人は感じている。だが彼はこの場所から動けぬ故に、詩人にその役がまわってきたのだ。
「何を言いますか。電脳六闘騎士の総長が」
「けれど、あなたほどこの都市にとって重要な者はない」
総長といっても上司というよりはまとめ役で、他の連中も詩人を崇めてなどいない。だがJならば皆、確かな敬意を払って接するだろう。
「…詩人殿。私はこの立場に、全身全霊をかけておりますよ」
「そうだろうね」
「それはこの都市を大切に思うからこそ。だが他が心許ないのでは、それもできません」
サングラスに隠れその瞳は見えないが、Jは詩人をしかと見つめた。
「あなたが総長であることをそうあるべきだと思えばこそ、私は今の私でいられるのですよ」
「……そうかな?」
「それは他の方々も同じはずです。あなたが総長であることに少しでも不満があれば、申し立てるでしょう」
「ああ…」
「この都市が大切で、あなたを認めているからこそ任せられるのです。…詩人殿は、今の立場が苦痛かな」
「…いや」
詩人は、確かに首を振った。
「誇りに、思っているよ」
「…ならば胸を張るといいでしょう」
その言葉に、ゆっくりと頷いた。
やはりJは立派だ。ずっとこの場所にいるのに、詩人のことも、他の四人のことも、ギガのことも、この都市のことも、見えている。
詩人もまた、この都市が好きだった。
他の者達と同じ様に、確かな意味を見出すからこそこの場所に立っている。

ここはサイバーシティ。
そして僕は電脳六闘騎士の総長、詩人だ。
今日は休日なのだけれど、その立場は変わらない。

「…じゃあ、そろそろ戻るよ」
「ええ。明日にはまた仕事があるのですから、ゆっくりお休みなさい」
「Jも、あまり無理をするなよ。…今度差し入れでも持ってこようか、何がいいかな」
「…そうですね」
思い浮かばないといった様子で彼が首を傾げるので、詩人は笑って返した。
「お茶会でも、するか?」
「六闘騎士でですか。それはいい」
きっと大変な風景になるだろうと、二人は声を揃えて笑った。
そうしながら詩人は、彼はブランデーを入れた紅茶を好むだろうかと何となく考えた。





「ただいま」

まだ休日は終わってはいないが、文字の世界は普段と相違無く詩人を迎えた。
(ただいま、か)
少しおかしい言葉かもしれない。
今日はずっとこの街にいて、同僚の休日を見てまわっていたのだから。
この部屋もまたこの街の一部である。

詩人には己の世界がある。
しかしそれは、あくまで己が己の為に創った世界のことを言う。

もし帰るべき場所は何処かと問われれば、それはこのサイバーシティだ。
だから、そこに詩人の世界はある。
サイバーシティに夜が来れば詩人にも夜が来る。
サイバーシティの休日が終われば詩人の休日も終わる。
この街があるから詩人の創ったこの世界は成立する。

慣れない休日を過ごした後は、普段通りの日々が幾らか恋しくなる。
この街があるから詩人の世界は成立する。同じ様に、普段の慌ただしい日々があってこそ安息日が成立するのだ。


詩人はゆっくりと瞳を閉じて、眠りの世界へと入っていった。
体が心地良く疲れていた。空腹はない。汗を流すのは、疲れを取り除いてからにしよう。
未だ夕刻であるが、目が覚めた頃には朝を迎えているかもしれない。
故にその時は、詩人の世界にも朝が来る。












ゼロ様、リクエスト有り難うございました!詩人視点、電脳六闘騎士達のお話でした。
敵であるキャラクター達にも色々考えがあって…という感じを目指しました。
サイバーシティが好きな詩人。パナ、ソニック、クルマン、龍牙、J。
もし処刑が無い日があったらどんなことをするんだろう、と思いつつ…

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