導火線



一人になったのは、首領パッチを探しに行くためだった。
小動物の親子を見ていたビュティも、特訓らしきことをしようとしているヘッポコ丸も、何か変な体操をしているボーボボも行き先を知らなかった。
親分のやることに子分が口出しをするものではないかもしれない。
しかし破天荒にとって首領パッチと一緒にいられる時間というのは何より貴重で、せっかく同行しているというのに離れているのはもどかしかった。
結局考えるより先に足が動いた。もし首領パッチが一人にしてくれというのなら、その時は仕方ないから堪えてその意思を優先すればいい。
首領パッチは大勢の中心にいたかと思えば、ふらりと一人でどこかへ行くこともある。そして邪魔をされたり水をさされることを嫌う。常に一緒にいたくても、できない時もある。
今頃首領パッチは何をしているだろうか。考えながら彼を探す破天荒の眼に最初に映った存在は、首領パッチではなかった。
男達が何人か。皆、毛狩り隊の制服を着ている。
「いたか?」
「いや。しかしあのトゲ小僧、本当にボーボボの…」
「ブッ壊されたブロックにいた奴の情報だぞ。一緒にいたってよ」
破天荒は黙ってその会話を聞いていた。男達がこちらに気付く様子はない。
「基地に戻って守ってた方がいいんじゃないか?」
「一人で行動してる奴がいるんだ、チャンスじゃないか」
「ああ。ここで叩いときゃプラスになるだろ、何かと」
バカバカしくて笑えてきた。あんな雑魚連中が首領パッチの相手になるものか。
「相手は一人だぞ。見回り中で全員武器持ってるんだ。滅多なことがあるか」
確かに、武装しているらしい。数も揃っている。
「心配しすぎだろ。どう考えてもこっちが有利だ」
呆れた。本気で相手になるつもりか。
だが。
「ボーボボと同じぐらいにやっかいだって噂もあるがな」
この男達は、首領パッチに危害を加えようとしている。
「敵は敵だからな。向こうの戦力を減らすチャンスだ」
そう、敵は敵だ。どんな雑魚だろうと、立ちはだかり邪魔をしてくる敵。
「戦いってのは厳しいんだぜ」
その通りだ。
自然の摂理。やらない者はやられる。弱い者は負ける。
邪魔なものは退ける。
「何を偉そうに…ん?」

お前達は、

「…お、おい…誰かいるぞ!」

お前達は、おやびんの敵だ。








「おい」
話しかけると、破天荒は閉じていた目をゆっくりと開いた。
「ずいぶんと派手にやったな」
ボーボボは静かに呟いて辺りを見回した。
笑っているような声でそうか、という呟きが返ってくる。別に派手なことなんてしていないと言いたげだった、が。

すぐ側に仰向けに倒れている男は頬骨が歪み泡を吹いている。
その隣など更に酷く、間接を何カ所もやられて白目を剥いている。
その辺りの木の根に巻き付くような格好で気絶している者もいれば、自分の獲物で逆にやられたらしく傷を作って倒れている者もいる。
生きているのか死んでいるのか、少なくとも全員意識は保っていないらしかった。

「お前、一人でやったのか」
「悪ィか。お前の分を残してやらなかったから」
くく、と喉の奥で笑ったらしい破天荒の様子は普段とどこか違う。
「そうじゃない。お前ならこいつらを止めて、その間に…」
「こいつらはな」
破天荒の声は不思議な程落ち着いていた。つい先ほどまでこの連中と戦っていたのだろうに、微塵もそれを感じさせない。
ただ、その表情にも声にも、落ち着きはあるが冷静さはない。
何かがおかしい。
「おやびんを狙ってやがったんだぜ。痛い目みて当然だろうが」
「……」
ボーボボは黙って、破天荒を見た。笑っている。口元だけ吊り上げても目を見ればそれが笑顔ではないことが解る。
怒気と狂気。
その辺りを歩くのに、子供達を連れてこなかったのは正解だったようだ。
「ここまでやる必要はないだろう」
「また動き出すようじゃ意味ねえだろ」
「動けなくする為にここまではしない」
「だから、言っただろ。こいつらは自業自得だ」
側に転がった男の腹を軽く蹴りながら話すその声も、普段の破天荒とは違う。ボーボボの知っている破天荒は普段、どこかつまらなそうに気怠そうに話す。
「…おやびんの敵は俺の敵だ。ヌルいくらいだろ」
今の彼の声色はまるで何かを押し潰すように力と熱を孕んでいる。
このまま放っておくわけにはいかない。
「なら、もういい。戻るぞ」
「まだこいつらと同じようなのがいるかもしれない」
「どうするつもりだ」
「潰す」
「…やめておけ。首領パッチも戻っているかもしれない。さっさと出発するぞ」
「おやびん…」
呟いた、声。
それはこれまで話していたものとは違う、どこか子供のような邪気の無いもの。
彼はそれ以上なにも言わずに、ボーボボを置いて歩き出した。ボーボボも黙ってそれを追う。
破天荒の後ろ姿からはは、怒気も狂気もほぼ消えていた。首領パッチの名を聞いた時からだ。
彼は首領パッチが絡むと別人のようになる。
どんなにつまらなそうにしていても、子供のように瞳を輝かせる。気怠そうな様子だったとしても、無邪気に笑う。余裕を失くす。その言葉に一喜一憂する。何かをしろと言われれば逆らわず、悪ふざけに巻き込まれてすら幸せそうにしている。
彼をそうまでして変えるものは首領パッチの他には無いだろう。現に、あんな風になった破天荒を見たのは先ほどが初めてだ。
ただほんの少しの間一緒に行動しているだけでもよく解る。破天荒の爆弾の導火線を、もしかすると命綱すらも、すべてを首領パッチが握っているようだ。その存在が火を点けもすれば消しもする。
邪魔なものがあれば潰し、逆に己が邪魔者になり嫌われることを恐れている。
首領パッチとふざけたり遊んでやっているとき破天荒は黙ってそれを見ている。首領パッチの妨げになるかもしれないと思う時は入ってこないのだ。
目の前を早足で歩く破天荒に声をかける。
「そう焦らなくても首領パッチは逃げないぞ」
「うるさい」
聞き流しながら歩幅を大きくして追い越してやった。
位置が入れ替わって、睨みつけてくるのを背中に感じながらボーボボも足を早めた。






「お、二人とも帰って来たぞ」
「おせーぞおまえら!迷子か?」
首領パッチがその辺りを散歩して戻ってきた時、ボーボボと破天荒はいなかった。ヘッポコ丸から、破天荒がお前を探してたぞ、と聞いたが会っていない。
ようやく揃って戻ってきた二人を見上げると、破天荒が隣に来て笑った。
「お待たせしました、おやびん。敵がいたから倒しておきました」
「何ィー!?おい破天荒、ちゃんとスリーサイズはチェックしたか?」
「…わ、忘れました!すみません!!」
「あーあ、しょうがねえな…まあいい。そのステップは次な」
破天荒は本気で反省した様子で、はいと頷いた。
「次は教官として厳しくいくわよ!いーわね!」
「お、おやびんと一緒…がんばります!!」
しゃがんで嬉しそうに叫ぶ破天荒に頷いて、ふと気付く。
「おい、破天荒。マフラーが変な風にねじれてるぞ」
「…え?」
「ダメだなー。5ポイントマイナス」
「あ…気付いてませんでした」
本当はマフラーだけではない。破天荒は時々、こんな風になる。
首領パッチは暫し黙っていたが、ふいに破天荒の方に手を伸ばした。
「お、おやびん?」
「じっとしてろ」
今は顔にも首にもこの手が届く。破天荒がこんな風になる時は無意識だろうか、必ずこうしてすぐ側にしゃがむ。
「あ、あの…」
「もうー、最近の若い子はしょーがないわねェー」
マフラーを直してやって、最後にその方を軽く叩いてやった。
「いいか、ファッションにしろなんにしろ…ぐえっ」
息がつまり、足が地面から離れる。
「おやびん!ありがとうございます!!」
「ね、ねじれる!またねじれるって!オレがねじれるー!」
破天荒に抱き上げられたまま、首領パッチは叫んだ。言おうとしていた言葉が途切れたのだが、今の破天荒はそれに気付けないほどに幸せらしかった。

そんな二人を見て、小さく笑う。
「行くぞ」
「あ、うん。あっち大丈夫かな?」
「大丈夫だ、破天荒のことは。首領パッチに任す」
「そうじゃなくて首領パッチくんが…あ」
ビュティが言葉を終える前に、ボーボボは道を歩き出した。







ボーボボと破天荒、破天荒と首領パッチ。
首領パッチのことになるとひどく不安定な破天荒…
実はボボパチも大好きです。しかしボーボボはとても難しい…!!

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