意識が、ぼやけた場所からだんだんとはっきりしていく。
確実なる目覚め。
覚醒は早いほどいい。
それだけ、隙もなくなる。
全身の感覚を取り戻す過程で、気付いた。
腕の上。
腹。
膝。
温もりを感じる。
重みというには軽く、柔らかい。
「おや…びん?」
思わず、名を呼んだ。
その小さな体が己の体の上に。
その小さな手が己のマフラーを握って。眠る前からそうなっていたろうか。
まさか。「おや、びん」
名を呼んでも、瞳を開く気配はない。
すやすやと穏やかな寝息をたてている。
己が眠っている最中に。
それに、気付かなかった。
まさか。
だが、現にこうして彼がここにいる。
「おやびん…」
どうして。
どうしてあなたはここにいるのでしょう。
どうして俺は俺自身にそれを許したのでしょう。
何者かが近付けば、深く眠ってはいられない。
例えその相手が誰であろうと、それを確かめるほどには覚醒する。
深い眠りに沈む必要はない。
必要なのは、身を守るだけの意識だ。だが眠りは確かに、
穏やかに。
覚めは、しなかった。
「おやびん」
あなたが俺の側に来てくれるだなんて。
あなたから俺に近付いて来てくれるだなんて。
考えたこともなかった。
あなたを追いかけていればそれでよかった。あなたの眠りを見届け、
あなたの目覚めを見守り、
あなたの隣で。側で。見える場所で。今は。
今、俺はあなたの体温を感じている。
「おやびん…」
彼が自らその足で、ここに。
その他の何も、今は考えたくない。
ただ、抱きたかった。
その体を抱きしめたい。
その小さい身体をこの腕で包み込んで。胸の内から溢れ出そうになる感情を、抑えこむ。
彼の眠りを妨げてはならない。
彼の安らぎを妨げたくはなかった。やすらぎが。
彼の安らぎが、こんなにも側にある。
それだけで、まるでこの世界の他のすべてが見えなくなるようだ。
今眠れば、その先に同じ夢すら見れるかもしれない。
夢。
考えたこともなかった。されどやはり、再び眠りの世界に沈む気にはなれなかった。
ここには現実がある。
温もりの、柔らかな現実がある。
あなたがいる。
こんなにも側にいる。
「おやびん」
ただ、耐えられなかった言葉が。
零れてゆく。
「好きです」
すきです。
あなたが、すきです。
なによりも。
「好きです、おやびん」
喉の奥から漏れた声は、己の胸にばかり響く。
そして、彼の穏やかな寝息。
髪を揺らすほどもない、柔らかな風。
己が笑っているのだと、
この上なく幸せそうにしているのだろうと、
心のどこかで自覚する。
その、瞬間。
マフラーを握る小さな手が、動いた。
僅かに力が強まり、引き寄せられるのを感じて、破天荒は、ゆっくりと目を見開いた。