ある日戦士達のもとに届いた一通の招待状をきっかけに開かれた武道大会は、一人の優勝者を決定し幕を閉じたのだった。
そこに、幾つかの問題を残して。
「オラ、オメーまだまだハジケが足んねーぞ!しゃきっとしろやー!」
「はい!おやびん!」
「オラをわくわくさせてみろォー!」
「お…おやびん!俺は負けませんッ!おやびんについて走ります!」
戦いを終えたボーボボ一行は、その疲れを癒すかのようにのんびりとしたひとときを過ごしている。
はずなのだが、辺りの空気はちっとも穏やかではない。
首領パッチが相変わらず、いや普段以上に騒いで破天荒を引っ張り回しているのだ。
しかし普段通りのことなので文句を言う者はなかった。皆それぞれ地に腰を降ろして、風の音を聴くなり談笑するなりしている。
戦いに参加しなかったビュティは叫ぶハジケ組の二人を見ながら、思わず浅く首を傾げた。
「…うーん」
見れば見るほど、別に普段と変わらない首領パッチと破天荒。
だがそこには何故か違和感がある。
先程からずっとそれを考えていたが、恐らくその違和感の正体は光景そのものではなく、その光景が長々ずっと続いていることではないだろうか。
首領パッチは怒っているのか気合いが入っているだけかという相変わらずの様子だが、破天荒は既に息切れを起こしている。
普段ならば首領パッチはさっさと飽きてしまって、ボーボボに駆け寄るなり天の助にちょっかいを出すなりヘッポコ丸にすり寄るなりいきなり飛んでいくなり繭になってみたりするなり、しているのではないだろうか。
「………」
その光景がリアルに思い浮かぶせいで何か疲れてくる。
溜息をついたビュティの横で、田楽マンがポシェットのチャックを閉めながらぽつりと呟いた。
「首領パッチは怒ってるのら」
「え?」
思わず聞き返して、考える。
ビュティの見ていないところで何かあったのだろうか。
そういえば破天荒は戦いの後に皆集合した時、やけに安心した様子で首領パッチに飛びついた。何度もおやびんなんですねと騒いで爽やかに流され、そしてみっともないだの何だの酷いことを言われていた気がする。
首領パッチの機嫌が悪いのだろうかと、そのぐらいしか思い浮かばなかった。
「も…しかして、あの二人の間に何か…?」
首領パッチと破天荒が揉める光景は思い浮かんでこなかった。
「きっとバレたのら」
田楽マンが小さい腕を組んで、神妙に続ける。
「…なにが?」
破天荒の願いは親衛隊と専用スーツ。
首領パッチの願いは身長150メートル。
ツッコミどころはともかく、互いに隠さなくてはいけないようなものでもないだろう。
「そりゃもちろん、トッカエヒッカエなのら」
「…とっかえ、ひっかえ?」
田楽マンは時にその姿に似合わない言葉を口にする。時に、と言うよりいつもと言うべきかもしれないが、それがハジケリストというものなのだろうか。
それはともかく、とっかえひっかえ。
「…どっち?」
「そりゃオマエ、とーぜん破天荒なのら」
確かに話の流れではその通りだろう。
だが口を開けばおやびんおやびんと繰り返す破天荒より、パチ美を名乗っては敵味方構わず男達に迫る首領パッチの方がまだその言葉が似合うのではないか。
「破天荒さんが?」
「破天荒はモテモテで、トッカエヒッカエなのら。ゲストだってそう言ってたのら」
「ゲスト…」
どうやら田楽マンと破天荒の対戦の時に何かあった、らしい。
田楽マンの中では既にその予想が真実に決定しつつあるようだった。
「破天荒は焦ってたのら。きっと首領パッチに聞かれたくなかったのら。でもバレちゃったのら。それで修羅場なのらー」
田楽マンの可愛い声がとんでもないことをぽんぽんと言い続けるのを、ビュティは黙って聞いていた。
訂正してやるべきだろうか。
いや。
破天荒がそんな理由で焦っていたという話には寧ろ真実味が、ないこともないかもしれなくもない。
そして首領パッチが怒っている云々もまた、ハジケのひとつなのかもしれない。
首領パッチも破天荒も元気そうだった。破天荒は息切れこそしていたが、その表情を幸せに輝かせていた。
放っておいても怪我人は出そうにない。ビュティも大会中何かとツッコミをして疲れていた。
「それより、僕はムキムキになりたかったのら…」
「田ちゃんはいいよ、そのまんまで」
「だってムキムキでサーファーだとモテモテなのら」
「サーフィンならボーボボの頭にのっけてもらってやればいいじゃない?」
「でも、それだとモテモテなのはボーボボなのら。ボーボボはいいのら、ムキムキだしサーフィンできるのらー…」
「田ちゃんのお願いごと、ボーボボから考えたの?」
ビュティはもう二人のことは放っておこうと決めた。
決めてしまったので、田楽マンの言葉もそのまま風に流れていった。
首領パッチと破天荒の戦いの後に何があったか、その場にいなかった戦士達は知るはずもない。
そして首領パッチに破天荒がトッカエヒッカエだという言葉が聞こえたかは、やはり首領パッチ本人を除いては誰も知らないのだった。
「…ほんと、驚きましたよ」
ヘッポコ丸は深く溜息をついて、苦笑いを浮かべる。
「いやー、まさか知らないとは思わなかったからな」
「ああ。間違いで招待状が届かないようなことがあるとは」
ボーボボとソフトンがそう返す横で、寝転んでいた天の助が腕をあげてヘッポコ丸の背をぱんと叩く。
「ま、元気だせよ」
「元気じゃないだろ、元気じゃ!なんでお前教えてくれなかったんだよ」
「えー…そ、そりゃ知ってると思ったからー」
「ウソつけ、解ってて隠そうとしただろ」
ヘッポコ丸も座ったままそちらに顔を向けて、未だ誤魔化そうとする天の助にまた溜息をつく。
「なんだ、天の助はヘッポコ丸が何も知らないことを知ってたのか?反省しなさいッ!」
ボーボボがやはり座ったままぐるんと回転させた長い足が、天の助の肩にがっしりとヒットした。
「ぶッ!うう、ゴメンナサイ…じゃなくて、戦う直前に解ったんだよー」
「直前?」
呟いたソフトンに、ヘッポコ丸が首を傾げる。
「あー…天の助に、みんなが変だって聞いたんですよ。そしたらこいつ様子がおかしくて、それでやっぱり何かあるんだなって思いました」
「そうそう、俺何人目だったんだ?」
「確か六、七くらい…だから教えてくれればよかっただろ!なんで戦うんだよ」
「どっちにしろ後で戦うことになるだろー」
「そんなこと言ったって…」
「…あ!ていうか力ずくで聞き出すってお前が言ったんじゃん!」
「…そうだっけ?」
「そーだよ!」
「やめろ、お前達」
やや呆れた様子でソフトンが諌めて、二人はぷつりと黙った。
その横でボーボボがげ、と声をあげる。
「あれに見えるはボケ殺しハイスクール学長…」
「…魚雷殿か?」
「あ、ホントだ!魚雷先生!」
「あのボーボボさん、ハイスクールって…」
「ハイスクールは常に開校状態だ!にーげろー!」
ボーボボは車にトランスフォームすると、気持ちよいエンジン音とともにそこから走り去っていった。
「アンタまたおふざけしたわね!」
「ぶ!」
が、捕まった。
ボーボボに体当たりをかました魚雷ガールはふう、と息をつくと自分に向いている視線に気付く。
そちらに目を向けて直後、文字通り飛び上がった。
「…ソ、ソフトン様!」
「ああ、魚雷殿。…おつかれさ」
「ソフトン様、お怪我はありませんか!私ったら止まれなくってッ、ソフトン様に!」
「い、いや…平気だ、魚雷殿」
「…みんな元気だなぁ」
「ホントだなー。俺、外も中もボロボロー…ぬの王国の野望はダメになるし」
「…俺だって」
不安だったに決まっているだろう、と言いかけてもやもやとその感情が蘇ってきた。
不安だったに決まっている。
仲間達が当然のように戦いを仕掛けてきて、本気でこちらに腕を向けてくる。
何が起こったのか解らずにぼんやりと考えを巡らせた。
誰かが何かをしたのか、ひょっとして毛狩り隊の洗脳か。仕掛けてくる相手をどうすればいいのかも、どうやって動けばいいかも細かく考えられてはいられなかった。
何もできない。
誰か他に力のある者を連れて来れば、どうにかなるかもしれない。
だがこの手が何も出来ないのでは、その瞬間目の前にあるものは失われていってしまうのだ。
その時己の手は真実を掴み出す程伸びはせず、闇を探った。
ある場所に、触れるまで。
「あー、俺もう溶けちゃ……あーああぁ!?」
「ところてんゲッチュ−ッ!」
唐突に首領パッチが飛んできて、二人の間へと着地した。
すぐさま天の助の肩を掴んで中途半端に持ち上げる。
ヘッポコ丸は呆気にとられ、天の助も何も言えずに首領パッチに視線を向けた。
「捕まえてごらんなさい!アタシを捕まえにいらっしゃい!そしててりゃーッ!」
華麗に跳び出した首領パッチ。
掴まれた天の助も引きずられていく。
「あれ?ちょっと何!?何この流れ、なにいいいぃぃぃ……」
手を伸ばすよりも鋭い勢いで遠ざかる声を呆然と聞くヘッポコ丸の横を、破天荒が通過した。
「待ってください!おやびん待って!捕まえられなくてもついて行きます!おっやびーいいぃぃぃ………」
その声もまた遠ざかっていった。
「……なんなんだ」
中断された思考もそのまま、ヘッポコ丸は呟いた。
「あいつらもついに巣立つ日が来たんだな…」
「…え?」
横から声がする。
「長かった…この日が来るのをどれだけ待ったことか」
「え!?あいつらどこ行ったんですか!?」
ボーボボだった。ボケ殺しハイスクール学長はソフトンのことにいっぱいいっぱいで、おふざけの相手を中断してしまったらしい。
「二丁目のパン屋だ」
「パン屋!?」
ボーボボは涙を拭っていた腕を降ろすと、視線はそのままにふっと笑った。
「よく戦った」
「…俺、ですか?」
「ああ。立派だったぞ、強くなった」
「そ、そんな…ありがとうございます」
照れ隠しに下を向いて答え、ヘッポコ丸は小さく息を飲む。
「…でも、無事で終わってよかったって思っちゃいましたから」
「いいだろう、祭は片付けが終わるまで祭だ。平和でけっこう」
「…そうですね」
「不安も消えただろう」
「……はい。それは」
それは途中から薄れていったのだ、と。
付け加えようとして、やはり恥ずかしいので止めておいた。
その顔を見た瞬間に、薄闇色の霧が晴れていく気がした。
普段通りの彼がそこにいるという確信があった。
こちらに向けてきた表情も声も、疑うことはなく正しく彼のものだと。
肩の力が抜けた。構えるよりも駆け寄りたかった。
隠し事をしているのだと、見ればすぐに解った。戦うならばそれもいいと思った。
信じ切ることができた。
目の前にいるのは間違い無く自分の知っている彼で、
勝とうが負けようが何ひとつ不安はない。真実は聞き出せなかったが、その瞬間に見失いかけた己が現実と重なったのだ。
「しかしまあ、みんなろくな願いをしないな。時代はおはぎ祭だってのに、名前の頭にぬなんて何考えてるんだってカンジー」
「そ、そうですね…でも」
「なんだ?」
「…あいつも、頑張ったかなあって」
「うん、適当に頑張ったんじゃね?」
「…適当に肯定したー!」
「ヘッポコ丸は優しいな」
その後も、戦いながら考えていた。
現れる仲間の言葉、敵の言葉。少しずつ状況が見えてくる。
全てが終わればまた彼と会えるだろう。
その時にはこの戦いの理由も解って、口喧嘩のひとつでも始めることができる。その手が繋がっていると思えば、もう片方の手は前へと伸ばすことができた。
戻ってきたら本当に労いの言葉でもかけてやろう、と。
ヘッポコ丸は久方ぶりに穏やかな笑みを浮かべた。
幾らか沈んでしまった様子の魚雷ガールにどう言うべきか、ソフトンは迷っていた。
気にすることはひとつもない。
そもそも力試しのようなイベントであって、こちらも受けてたったのだから。
だが魚雷ガールは戦いが終わってなお、そのことを考えずにはいられないようだ。
「ソフトン様、あの…」
「…魚雷殿」
気にするな。
もっと上手い言い方があるだろうか。
ボーボボか、ヘッポコ丸辺りならばそれを思いつくかもしれない。
ソフトンはこうした状況が決して得手ではなかった。拳にて語る戦いとは違う。
「…俺は平気だし、それに…それを言うなら、俺も魚雷殿に謝らねばならん」
「ソフトン様が?どうして!」
「対等な条件のもと戦ったんだから」
「…でも、先に手を出したのは私でした」
しょんぼりとした様なその姿は普段のその勢いを忘れかけている。
ふと、心が痛んだ。
何故彼女はこうも自分に暖かくあろうとするのだろうか。
どちらかというと一人で道を歩んできたソフトンには、仲間からの暖かさも彼女の愛情も未だに慣れない。ただ彼女が自分のためにそんな表情をすることは、つまり自分のせいだと感じずにはいられなかった。
「…魚雷殿。息抜きのようなものだった」
「ソフトン様…」
「毛狩り隊の人間もいたが、結果が出た後は何もせずに帰っていった。あれだけ仲の良い首領パッチと破天荒も戦った。天の助とヘッポコ丸も戦ったし、俺もあなたと」
ビュティを除いて仲間達は皆、あの招待状を手に互いに拳を交えた。憎しみや因縁、理想を貫き通すための戦いとはまた違う。
「だが俺たちは皆ここで、こうして話もしている」
「…はい」
「顔を上げてくれ、魚雷殿。あなたは強かった…戦士として改めてそれを感じた」
「ソフトン様もお強かったですわ」
「ありがとう」
「…でも、そんなこと昔から知っています」
「…俺もまだまだ修行が必要だ。他の連中から学ぶことも多かった」
自然と思い出されたのは、ひとりひとりとの戦いだった。
ボーボボは強い。首領パッチも相変わらずの滅茶苦茶な強さを見せた。破天荒の実力やヘッポコ丸の成長を感じ、一人での戦いを見る機会の少ない天の助や田楽マンからも予想以上の健闘ぶりを見た。
マルハーゲ帝国の連中の実力も改めてこの目で確認した。
誰もがひとりの戦士として戦っていた。
「南国の神殿にはまたいつか行くとしよう」
「…私も、ふざけた連中を正すのに尽力しなくちゃ」
「…む。魚雷殿らしい」
「ふふ…なぜって、私は」
「魚雷だから、か?」
「はい」
魚雷ガールはふ、と笑みを見せて、ソフトンを真っ直ぐに見上げた。
「ソフトン様、ありがとうございます。ソフトン様はお強かったですわ」
「…ああ。ありがとう」
「大会は終わってしまいましたけど」
そう続けた魚雷ガールはもう、普段通りの彼女の笑顔でそこにいる。
「南でも北でも、ソフトン様が行きたいなら私が運んでさしあげます」
魚雷ガールの頬が薄ら紅く染まっているのに気付いたか気付かぬか、ソフトンは困ったように首を傾げた。
ある戦いを終えた戦士達の休息は、こうして過ぎていった。