某月某日 晴れ
おやびんの一声もあって村に連れ帰ったケガ人は、ちゃんと起き上がってご飯も食べれるようになった。
傷は軽くなかったけど回復が早くて、お医者のおっさんももうちょっと寝てればすぐ治るだろう、って感心してた。
短い金髪と鋭い目つきがおやびんほどじゃないけどカッコいい、人間タイプの男。いつもマフラーをしてる。怪我の手当の時には取っただろうけど、ご飯を運びに行ったらやっぱりマフラーをしてた。
ちょっと無口で、実はちょっと怖い。
でも珍しいお客さんのことだから、日記に書いておこうと思う。
おれ、字が得意だし。




あるコパッチの話






「ご飯もってきたぞー」

おれがお膳をを持って、別の奴がノックして部屋の中に入る。ここに来るのは二度目だ。ケガ人のいる部屋の周りでは、騒いじゃいけないって言われてる。
今だってほんとは返事を待った方がいいんだろうけど、待ってても静かなまま。まあ入ってほしくなかったら、その時はそう言うだろう。
「今日はお魚ー」
「野菜残しちゃダメだぞ!」
「お前じゃないんだから、残さないよ。なー」
「なんだよ、それ!」
ひどいヤツだ。
おれは野菜は好きじゃないけど、体にいいことは知ってるからちゃんと残さずに食う。
でも実はニンジンがだめで、ときどき食べてもらったりしてるけど、それだって普段はガマンするんだ。
「…ああ」
ベッドの中の男の声ははっきりしていた。
傷のせいかしばらく熱があったらしいんだけど、もうすっきりしたみたいだ。
「ここに置いとくなー」
「ちゃんと全部ある?」
「お箸よーし、お茶碗よーし、お皿ぜんぶよーし、コップよーし、お椀もよーし、デザートよーし。オッケーオッケー」
「つまみ食いなんてしてないだろな」
「しないよ!」
お返しだい。
こいつなんてどんなに具合が悪くても、おかわりを欠かしたことのないヤツなのだ。
「それじゃ、いっぱい食えよー」
「いっぱい食え!」
この男にご飯を持ってくるのは交代ばんこ、おれたちは二度目。
一度目の時は熱があったからお粥だったけど、ほとんど食べてなかった。片付けしにきたら、なんかむっと考え事をしてるみたいだった。熱があるのによくないなあと思った。
「ああ、ありがとう。…もう起きれるんだが」
「だってお医者さん、あしたまでちゃんと寝てろって言ったー」
そうそう、そんでもっておやびんだってそう言った。おれもうんうんと頷く。
こいつのことを助けようって言ったのはおやびん。おやびんが言わなければ他の誰かが言ったかもしれないけど、おやびんが言ったからそれは絶対になった。
「じゃあ、明日になったら一緒にご飯たべれるな」
おやびんを真ん中にしたおれたちの食卓。
けど、そいつはちょっと変な顔をした。
「…あ、あ」




そいつは明日になったら、ここを出て行ってしまうのかもしれなかった。
朝ご飯くらい食べていったっていいと思う。
でもそいつのその顔はここにいるとかいないの話じゃなくって、
たぶんおやびんのコトなんじゃないかなあと思う。
一度目にご飯を持ってきた時、熱に汗をかきながら、何か考え事をしながら、あのヒトの名前はとおれに聞いてきたのだ。
ハジケ村のハジケ組のおやびん、首領パッチ。
胸を張って、俺はおやびんじゃないけど答えてやると、首領パッチ、と彼は小さく繰り返したのだった。


向こうはそんなこと覚えちゃいないかもしれない。
だって、人間の目からはコパッチは同じ様に見えるみたいだから。





某月某日 晴れのちちょっと雨、でもまたすぐに晴れ
今日はお客さんのご飯当番だった。もうだいぶ具合もいいみたい。
おやびんの名前を教えてあげたのはおれだったんだけど、覚えてるっぽい顔じゃなかった。
おれたちは人間の顔の見分けがつくけど、人間にはコパッチを見分けるのは難しいと思うから仕方ない。
でもきっとおやびんのことは解ると思う。おやびんは大きいしオレンジ色で、強そうな目をしてる。あいつはおやびんを気にしてるみたいだ。
おれは、けっこうそういう事が解るんだ。昔からそうだった。
おやびんにホレたかな。カッコいいもんな。

でもそしたら、破天荒もコパッチになるのかな?

夕ご飯はお魚で、醤油が足りなくなった。おれは塩があればいいと思う。







男の名前は破天荒という。
意識がはっきりしてからおやびんと何か話して、その時に名乗ったんだって。
おれたちの間にはいっぱい噂が広まった。
あいつはおやびんを尊敬してるとか、ハジケ組に入るんだとか、おやびんを狙う殺し屋だとか、そんなわけないだろとか、カッコいいとか、怖いとか、そんなんだ。
破天荒はあんまり話さなくて、無愛想で、ちょっとボーっとしてて、でも悪い奴じゃないと思う。昨日だって、ちゃんとありがとうって言ったし。


朝ご飯の時間になったけど、あいつは食卓に来なかった。
さっき廊下で会った奴がいて、朝飯はいらないからちょっと散歩してくる、と言われたらしい。
ずっと寝ていたんだから村を見に行くのは不思議じゃないと思うけど、もしかしたらそのまま旅に出てしまうのかもしれない。
でもなんとなくおれは、帰ってくるんじゃないかなと思った。



破天荒は何かあってぼろぼろになって倒れてたんだけど、あいつを見付けた時おれもそこにいたんだけど、どうしてそうなったかは知らない。
おやびんなら知ってるかもしれない。
おやびんとあいつは二人っきりで何か話してたみたいだ。おやびんとちゃんと会話をしたんだと思う。でもその時何を話したかは、おれは聞いてないけど。
でも破天荒、一度目と二度目に話した時、何か違ってた。
その理由はたぶん熱のあるないじゃなくって、やっぱりおやびんだったんだと思う。
一度目に部屋に行った時、最初はちょっと怖かった。怖かったというか警戒心だ。ぎらぎらしたオーラ。
でもそれは、おやびんの名前を聞かれた時に解けていった。


あいつの着ていた服は、おやびんの色よりは薄いけどきれいなオレンジだ。




おれは、あいつは帰ってくると思う。






廊下を歩いていると、あいつと会った。

「よお、破天荒」
「あ…ああ」
「あ、おれ昨日の晩飯運んだヤツ」
「…そうか。ありがとうな」
「うん、あとさ、おやびんの名前を聞かれたのもおれ」
「…お前が?」
「うん」
やっぱり解らなかったみたいだ。熱もあったしね。
「朝ご飯たべなくて平気か?」
「別に…」
「昼ご飯は?」
「…腹は、減ってない」
嘘ではないようだ。
「減ったら言えよ」
「ああ」
破天荒はきっとあんまりおかわりをしないと思う。
あと、野菜も残さない。二度目のご飯はきちんと食べてあった。魚の骨もきれいだった。
「……なあ」
「うん?」
「あの…首領パッチってヒトは、どこだ?」
「おやびん?」
おやびんは買い物だ。コーラを買いに行ったのだ。
「おやびん、出かけてるよ」
「そうか」
破天荒は小さく溜息をついた。残念そうだ。
何かおやびんに言いたいことでもあったんだろうか。
気にはなるけど、どう聞けばいいだろう。
「…おやびんさ。カッコいいだろ」
なんちゃって。
「ああ」
とか心の中で舌を出してたら、すっぱり。
気持ち良いほどの答えがきた。
「……」
「なんだ?」
「い、いや。うん、カッコいいよな。おやびんはカッコいいし、強いんだ」
「強いのか?」
「強いよ。きっと世界一強い」
ハジケ組はたぶん、みんなそう思ってる。ホントに強い。
「それで、すごいハジケてるんだ」
「…ハジケ?」
「世界一のハジケリストなんだ」
話している内にわくわくしてくる。
おやびんは凄く強くて、ハジケてて、でも頼りになって、カッコいい。
そうだ。
出会ったばっかりの破天荒が納得するくらい、カッコいいんだ。
「ハジケリストの組で、ハジケ組か」
「うん」
破天荒はハジケリストがよく解らないみたいだ。
そりゃそうだろう、ハジケとは遠いところで生きてそう。
「……」
破天荒は黙った。
おれも黙った。
で。

「…破天荒はさ」
「…?」
「おやびんの子分になりたいのか?」

聞いちゃった。
だって、そんな気がしたんだ。
「…かもしれないな」
大人びた答が返ってきた。
「俺にも、なれるか」
「おやびんの子分になりたい奴は、ハジケ組になれるよ」
「それ、一緒じゃないのか?」
「そーか。でも、そういうことなんだ」
おやびんについていきたいという気持ちが、ハジケ組加入の条件だ。
「…ハジケ組か」
破天荒がハジケリストに向いてないとかいつもむっつりしてるとか、大した問題じゃないのだ。
それに、やっぱりおれは破天荒は悪いやつじゃないと思う。
今、そう思った。

「ありがとうよ」

破天荒が立ち上がった。
身長が高い。
コパッチは小さいのだ。
きっと破天荒は、おやびんに何かを話しに行くのだろう。
それは破天荒の意思だから、破天荒はおやびんに危害をあたえに行くんじゃないから、おれは黙って見送ろう。
珍しいお客さんだ。ちょっと慎重にもなるけれど。

「顔、覚えてなくて悪かったな」
「ずっといたら何となく見分けがつくんじゃないかなあ」
「お前達はお互いの顔、解るのか?」
「あったりまえよ。おれだっておやびんほどじゃないけどカッコいいんだぜ」
「そうか」

お。
ちょっとだけ笑った。
まるで、大人が子供を見るような目だ。


「じゃあな」
「うん」



またな、になるといいな。
おれお前のこといい奴だと思うし、おやびんについていきたい奴はみんなハジケ組の仲間だ。

でもたぶん、破天荒はついて行きたいんじゃないんだな。ついて生きたいのかな。
スルドイおれの勘が、破天荒はいつかこの村から離れていくって言ってる。
たぶんやりたいことがあるんだと思う。この村でおやびんの側にいるんではできないことがやりたいんじゃないかなと思う。
おやびんもそれを解ってるかもしれない。おやびんは破天荒が自分の子分になりたいと言ったら受け入れるだろうし、ちゃんと理由があるなら村を出て行くことも止めないだろう。おやびんだから。
確かなのは破天荒、今はたぶん、
コパッチにはなれないんだ。


でもハジケ組に入ったら、仲間だ。
おれたちはあんまり昔の話をしない。破天荒はだんだんコパッチを見分けるようになるだろう。できないかもしれないけど。どのくらい難しいか、正直わからない。
破天荒はおやびんの、いい子分になると思う。
そして、いつかおやびんのところに帰ってくる。



おれはそう思った。




某月某日の続き やんだと思った雨がまた降った
おやびんは雨に降られず、セーフだった。
濡れちゃったヤツらはみんなでお風呂だ。
破天荒は帰ってきたおやびんに、ハジケ組に入れてくれと言ったらしい。
風呂場にも他の部屋にも瞬く間に伝わった。
みんな新しい仲間を歓迎する。
おれは、おれが最初にそれを知ったんだぜ、とちょっとだけいばりたくなった。







雨がまた、あがる。
雨が降ってたっていなくたって、おやびんはおやびん。おれたちはコパッチ、ハジケ組。ハジケリスト。
どんな天気でもここはいい村だ。
ハジケてて、でも平和で。
そして、おやびんがいる。




某月某日 くもりなんて吹っ飛ばせ!
一週間たったけど、破天荒はまだおれたちの見分けがついてない。
でも、おやびんをおやびんと呼ぶのにはすっかり慣れたみたい。
ぶっちゃけ言いすぎだ。おやびんおやびんおやびん、でも気持ちは解る。
まるで別人みたいに嬉しそうに楽しそうに、おやびんの子分をやってる。
でもまさかあのオレンジの服に、ハジケ組の文字を縫い付けちゃうなんて。
負けた気分だ。おれもボディペイントしたい。





まさかあんなキャラだったとは。
破天荒という男は、おれの予想以上のハジケリストだった。



ハジケリストの集う村は、今日もすごく平和だ。
昼ご飯のカレーにニンジンが入ってたことをのぞいては。












破天荒おやびんの敵じゃないし、生まれ変わったら毛の王国の生き残り探せないし、
コパッチな皆さんとはやはり異なるのでしょうか。
が、気持ちはコパッチにも負けずブッ飛んでると思います。
若頭も負けるな。がんばれ。いや、実は何かとんでもない伏線が…あったりして…?

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