文章(お題→涙)上からカツ天、OVER天、ボビュ
近くにいる時はあんなに騒がしいのに、
気が付けばこんなにも遠くにいる。
遠い。遠い。遠く、遠く、遠く。
この手が届かなくなるのではないかと思うほど、遠く。
「隊長」
あなたはいつも笑っている。
「…」
あなたはいつもふざけている。
「隊長」
時には格好を付けようとする。
時には隊長らしいところを見せようとして、本当に見せてもくれる。「…カツ、かぁ?」
あなたは、いつも。
いつも。「…はい」
「なん…だよ、驚かせんなよなー」
いつでも、そうでない何かを見せようとはしない。
「隊長」
「どーしたよ」
「…泣いて、るんですか」ハンカチで拭うほど余裕のある涙なら見せるのに、ふとのぞき込むとひとり膝を抱えているのを。
他の誰もが知らなくても、
俺だけは気付いている。「……なんで?」
「目、はれてますよ」
「…花粉症なんだ」
「目元が濡れてる」
「嘘だ。見たってわかんねーだろー、そんなん」
「ええ。嘘です」
嘘を吐くのが苦手なあなたの、心を懸けた隠しごと。
己自身に負けない為の。
「嘘ですよ、隊長。でも俺には解ります」
「……」
「解るんです」あなたは気が付けば、ずっと遠くにいる。
幾らでも遠くに行ってしまう。
大切なことを、己の中で終わらせて。
何も言わずにいつものあなたに戻るのだ。「俺は、あなたの副隊長なんですから」
「…カ、ツ」
「…泣いても」本当に泣きたいなら。声を出さずに泣きたいなら。
奥底から湧き出る涙を外に出してしまいたいのなら。
「俺の前では、泣いていいんですよ」
隊長。
それでも天の助は泣かなかったが、
己の目元に残った雫を隠さずに拭いとった。
手をのばそうとしてぼんやりと、
俺はこの人の側で泣けるだろうかと思った。
ぽろぽろ、ぽろぽろ。
何もせずにただそうやっている者の気持ちを、理解できない。
放っておく時は放っておく。
不本意ながら、どうしたものかと感じてしまう時もある。
追い詰めた相手のものならばそれは良し、ゆっくり見守らせてもらう。
ならば、今はどうすべきか。
ぽろぽろ、ぽろぽろ。
何もせず。何も言わず。
ただ黙って涙、恐らくそうだろう、そうなのではないかと思われるものを流している、影。
こちらにはちっとも気付かない。
気付いたら火がついた様に逃げていくだろう。
だがそれも普段のことだ。
果たして今、追いかける楽しみが在るだろうか。
ぽろぽろ、ぽろぽろ。
何かしろ。
じいっと座ってんじゃねえ。
ふざけたハンカチで拭ってみやがれ。
うるせぇぐらい騒いでみやがれ。
何か、言ってみろ。
俺が聞いていないと思って、俺への憎まれ口のひとつぐらい叩いてみろ。その目はどこを見ているのだろうか。
何のために何を吐き出し、何を目指すというのだろう。
時折小刻みに震える瞬間、その胸はどうやって痛むのか。
痛むのか。
溶けても崩れても斬られても沈まないその魂を、どのようにして痛めるか。
見間違いかと思うようなことをするな。
らしくねえことで、
俺のことまで
ずきり。
その瞬間、黙ったままその光景を見ていた己の体が物音を起てた。
「…わ!?OVER…?」
ああ畜生、気付きやがった。
間抜けな涙を晒したままで。「…ンだよ、テメーは…」
「…い、つからいたん…?」
「…テメーが、クソ間抜けに…泣いてやがったところだ」
「今じゃん」
「さっきもだ!」どうしようもない馬鹿野郎。
この手から離れたところで、何を考えているのか。
この目の届かぬ遠い場所。
己の、知らないところで。「…うん、実はさー」
「……」
「首領パッチに分けてもらったおかし、もーえらいのなんのって、すっげえワサビ風味なのよ。いやワサビスナックってんだから当然だけど、どーよまだあるからお前も試してみな」
「…………」
この、
大バカ野郎が。
「ぎゃああああ、なんで!?俺なんかやったー!?」
「うるせェ、黙って斬られろ!」
「なんで!?おかしーだろ!何もしてねえーよー!」
「黙れッ!死ね、天の助!」
ああクソ、
クソがクソがクソが。
なんだそのツラは。大間抜けの涙の上に笑いやがって。
何度何をしても調子に乗って寄ってきやがって、気楽な顔をしやがって、何のつもりだ。
俺がどんな気持ちで、どんな。
クソが。
やっぱりテメーは、この手で死ね。
「極悪斬血真拳、カボスッ!!」
「あああ、サイの目ー!」
私ったら何をやったんだよ、そんなことを言いながら柔らかい体を散らす。
どうせまたすぐに戻るだろう。
幾晩も夢に見るほど斬ってやる。
やり方なんざ知るもんか。
だが、もし耐えられず泣くのなら。俺のせいで、
俺のために、
泣け。
夕暮れの街中、波のように叫ぶ幼い声が響いてきた。
誰かが泣いているのだ。
まだ五つにもなっていないような、少年だった。
両手を降ろしたまま固く握りしめ、まるで空の果てに届けようとするかのように、泣いている。
ボーボボは思わずそこに足を止め、沈黙したまま数秒固まった。
「……」
「ボーボボ」
横から声がする。隣にはビュティがいるのだった。この瞬間、自分が少年の泣き声に気を取られている内に、彼女もまたそれを聞いたのだ。
ビュティは固まらなかった。
ちょっと行ってくるね、と呟くと、すっと前へ出る。
「どうしたの?」
彼女が問うても、子供は答えなかった。
声を飛ばすことに精一杯なのだ。
「ねえ、お名前は?」
溜めた悲しみが弾けて、空へ。
(…なぜ?)
ボーボボはそんな風に泣いたことがなかった。
なぜ泣くのだろう。悲しみを、どこへ吐き出すのだろう。
「ほら、大丈夫だよ。大丈夫、大丈夫」
何も言うことなく佇んでいる内に、幼い声が少しずつおさまっていく。
繰り返すビュティの声が、まるで魔法のように効いているのだろうか。大丈夫。大丈夫。
ボーボボの固まりかけた心も、少しずつ解れていくようだった。「一人で来たの?」
「…っぅうん、おかあさん、と…」
くすんくすんとやりながら、子供は小さく呟いた。
頑張っている。
ここでエールを送るべきだろうか。
「おかあさん、いなくなっちゃって…ね、」
「おかあさん、どんな人?」
「あのね…かみが、ながくって…白いバッグ…」
「そっか」
本当に、魔法のようだ。
ボーボボはぼんやりと思った。
何かの言葉があの子の悲しみのツボを押したなら、再び空に声が響くだろう。
だが、そうはならない。
「お姉ちゃんの顔、見えるかな?」
「…う、ん…」
「焦らないでいいんだよ。ちゃんと見えたら、教えてね」
子供は小さな手で頬の辺りをそっと擦ると、小さく首を振った。
「…みえた」
「よし。じゃあ、おかあさんも見えるね」
「…おかあ、さん」
「おかあさんも、あなたのこと見付けようとしてるよ。早く会えるように…ほら、あの人は見える?」
ビュティはどうやら、ボーボボを示したようだ。
子供の視線がこちらへ向いてくる。
「…俺か?」
「おじさん」
「おじさんって」
「こわそう…」
「怖くないよー」
ビュティが少し吹き出したのが見える。
そりゃあ小さな子供にすれば、大きい男はおじさんに見えるかもしれない。
筋肉のせいで怖そうにだって見えるかもしれない。
「ショックー!」
「まあまあ、ボーボボ」
「おじさん、おもしろいねー」
「うう…ありがとう」
どこぞのおバカなトゲよりは利口そうだ。
それはともかく。
「…お母さんを見付けにいくか?」
「…うん。いく」
「じゃあこのお姉ちゃんとお前と俺、誰が一番に見付けるか競争だ」
「うん、おじさん」
「おじさんじゃない。お兄さんだ」
まだ、確か二十七だ。
少年の母親はすぐに見付かった。
若い女性だった。はぐれた場所の周りを必死に探していた。少年の方が、旅をしてしまったのだ。
何度も礼を繰り返す母親の横で、少年は笑って誇らしげに手を振った。
母親を最初に見付けたのは彼だった。
「ビュティは凄いな」
「凄い?なにが?」
「俺にはどうしていいか解らなかった」
なぜ泣くのか。どんな気持ちで叫ぶのか。
ボーボボには解らない。
そうしたことがなかったから、どうすれば救われるかも知らない。
「うーん、私にも解ってたんじゃないけど」
「そうか?」
「でも、きっとあの子…お母さんに届けたくて泣いてたんじゃないかなあ」
ボーボボは首をひねった。
声の行く先は、空ではない。
知らぬ場所に在る探し人。
「まだ小さかったから、歩き回るのが不安だったんだよ。お母さんか、それに繋げるために泣いてるのかなって思ったらね」
「…ああ」
「きっと、お母さんを探すことができるんじゃないかなって」
思ったんだけど、とビュティは笑った。
「私が凄いんじゃないよ。あの子が凄かったんだよ」
「ちゃんと母親を見付けたもんな」
「長い髪で、白いバッグだったね」
「ああ。首領パッチよりよっぽど記憶力がいい」
「首領パッチくん、怒るよ」
ビュティはまた吹き出して、ボーボボを小突く。
「…泣かないで、と言わないんだな。ああいう時は」
「え?ああ、うん…泣くのはさ、悪いことじゃないかなって。うるさくて迷惑って思う人もいるかもしれないけど」
「泣くのはいいのか?」
「泣きたいと思う時はいいんじゃないかなあ。それに、悲しい時だけじゃないもんね」
嬉しい時、悔しい時。
生まれた時も、泣いていたのかもしれない。
だが物心ついてから、自分をコントロールできなくなる程に泣いたことは恐らくない。
全てを吐き出したことがあっただろうか。
あの日。
毛の王国の崩壊したあの日にも、泣きはしなかった。
「…ビュティ」
「うん?」「俺が泣いたら、お前に届くか」
「…届けて、くれる?」
「解らない」
「だよね。私が泣いたら、ボーボボに届くかな」
「届く!」
「言い切った!ホント?」
「ホントだ」それは、本当だ。
危機があれば前に出て守ろう。
悲しみや苦しみで泣くのならば、
きっと駆けつける。「ボーボボの方が、きっと凄いよ」
そして俺は、どんな時に泣くのだろう。
「そうか?」
考えられもしなかった。
だがそれがビュティのところに届くかと思うと、どこか恥ずかしいような気もした。
ただ。
こうして側にいれば、どちらの声も確実に届くことだけは解る。