文章(お題→涙)上からジェダ&コンバット、ボパチ、破パチ





その男はとても、強い。
冷静さを欠いてしまうところなど滅多に見ない。
よく周りが見えていて、目的を遂げるための一撃は速やかで迷いがない。
どこか冷たさも感じさせるその瞳で、見るべきことを逃さない。

だが、その男はいつも泣いている。



「……」
「…悲しいと、思わないか」
「何がだ?」
長い髪を風に緩くのせ、男は目の前の荒野を指した。
「ここに先程までいた連中のことだ」
「ここにいた連中というと、つまり毛狩りされた連中ということか」
「彼らも抗ったが残念だった。悲しいことだよ」
男の表情は澄ましているが、頬は微かに濡れていた。
「ああ。だが私の記憶が正しければ、その半分はお前がやったんじゃなかったか」
「もう半分はお前がやっただろう」
「いや、私の方が半分より少なかったかもしれん」
「どちらにしろ、悲しいことさ」
彼の頬を濡らすのは、先程まで声もなく流していた涙の名残だ。
見慣れた光景で、思い出してみれば最初の頃から自然にすら見えていた。
泣く男。その内心は、未だ理解し難い。


マルハーゲ帝国の二十六隊長は、それぞれが数時間で五百万もの毛を狩る。
誰が言い出したか、当人達の気付かぬ間に広がった言葉だ。後世に続く伝説になるかは解らない。
ただ少なくとも、最高幹部が二人いれば息切れせずに何百人かの毛は狩れる。
容易いことだった。


「なあ、いつまでここに?」
「もう少し、いる」
「もう片付けも終わったようだが…」
「先に行けばいい」
「三世様への報告だぞ。予約なんて入れてるわけじゃないから時間はともかくとして、御機嫌が悪かったりしたら…まとめて行った方がいいだろ」
男、Cブロック隊長こと風神のジェダは、ふっと口元だけ笑わせた。
「先に行くお前は平気だ」
「だが、後に行くお前が大変だ」
「…優しいことを言うな。まあ、あの方は人間がお嫌いだから」
「いつも不機嫌、か?少しはマシな方がいいなぁ、怖いし」
やはり、口元だけで笑う。
「怖い?」
「なんせ帝王だ」
「ああ、お前らしいが…最高幹部の言葉じゃないな」
「いいんだ、聞こえないから。尊敬はしてる」
しれっと言い切ると、ジェダはやれやれと肩を竦めて見せた。
「なら行くか、コンバット。最高幹部といってもハンペンやランバダとは違うからな」
「お前が一番近いだろ?Cだから」
「そんな単純なものなのか」
「さあ。知らん」

コンバット・ブルースは、だんだんと強まってきた風に揺れるヘルメットを押さえつけながら答えた。


「おい、ジェダ」
既によく見えている巨大な本部へ向かい、ゆっくりと歩く。
もう既に見えている場所に、他の移動手段を考える必要もなかった。
「お前、なぜ泣く?」
「さあ、どうだろうな。どうして聞く」
「やたらと悲しがるだろう」
「なぜ、今?」
「何か話してないと微妙に退屈だからな」
最高幹部が二人、こうして歩くなどという機会は滅多にない。連れて来た部下は先程の『騒ぎ』の片付けにやった。
「そうだな、お前はそういう奴だった」
コンバットの数歩先を歩くジェダは、その表情は見えなかったが軽く笑ったらしかった。
「…なら、お前はどんな時に泣く?」
唐突な問い。
不意を衝かれ、コンバットは歩みを緩ませながら腕を組んだ。
「………」
暫し、どちらも沈黙する。立ち止まりはしない。
「………うーん。解らん!」
「そうだな、お前はあまり悲しまない」
ジェダは、まるで最初から解っていたようだった。
「そういう人間もいる。だが、世界は常に悲しみに溢れている」
「そうか?」
「くだらないものから重いものまで…お前だって悲しむことはあるだろうが、心に残さないんだろう」
「えーと、よく解らん」
自分のことなのに。
いざ言葉にしようとなると、具体的には浮かんでこないものだ。ギャルやガールの方が上手い言葉を見付けてくれるかもしれない。
「自分のことで泣く、他人のことで泣く、悲しい芝居を見て泣く」
そんな彼の言葉に、うんうんと頷いてみる。
心当たりがあるわけではない。
どうも、ジェダの言う通り、悲しみを心に残しそこねてきたらしい。
「時間がかかるのは、自分についてだ」
「自分のことだろう?解りやすいんじゃないのか?」
「本当に大変な時は泣いてる場合じゃないのさ。自分を哀れだと思う余裕が出来て、はじめて涙が出てくる」
「…はあ」
ジェダの言葉はよく選ばれていた。が、コンバットにはそれでもいまいち解らない。
「泣きたくても泣けないことがあれば、泣かないことを選ぶこともあり…泣くことを考えない奴もいるがね」
「…俺のことか?後のほう」
「さあ」
ジェダの表情は読めなかった。
長い髪と大きな鎧が邪魔なのだと思えば、よく考えたらどちらにしろ後ろ姿だ。しかし格好といい武器といい、えらく派手に感じる。それに見合った実力があるので構わないとは思うが、邪魔にはならないのだろうかとコンバットは常日頃考えていた。
あまり関係のない話だが。
「そんな世の中だから、他人のことでもやたら悲しがる奴がいてもいいと思わないか?」
「……うん?」
そうかな、そうかもな、そうだろうか、そういうものか、と次々に含めた曖昧な返事とともに、緩く頷き返す。
「…うん、よし。お前の話は難しいが、ひとつだけ理解した」
「ひとつだけか」
「ああ。つまりお前、相当余裕があるな」
「何故だ?」
「泣くのには余裕がいるんだろう」
「…何か大事なところを聞き逃されてるようにも思うんだが、まあそれでいいか」
「いいのか?」
自分で言っておいて、コンバットはのんびりと確認した。
「ジェダは凄いな。私にはよく解らん」
「俺にもお前がよく解らないから、おあいこだ」
「そうか?」
だんだと帝国の本部が近付いてきた。
歩みを早め、ジェダに並ぶ。

男は今、泣いてはいない。

「泣いてないな」
「泣くのは悲しいことがあった時だ。何でも」
「ん。それもそうだ」

コンバットにもよく解っているのは、彼は例え泣いていても我を失いなどしないことだ。
悲しみ嘆き、しかしその瞬間すら強くある男。

「自分に悲しいことがあれば、やはり泣くか」
「そうだな。お前こそ、泣くのか」
「笑った方が楽だな」
「馬鹿笑い?」
「誰がバカだ!」
「お前を馬鹿とは言ってないだろう。もう着くぞ」

話していてもやはり、どこか隙がない。
だがひとまず馬鹿だけは否定しておいた。
すると、ふ、と。

「…ジェダ、お前今笑ったか?」
「笑ったらおかしいか?」
「いや、いつもお前が笑う時ってさあ、今のと違って」
「着いた」
「…あー」


ハンペンのように広く頑丈なのでもなく、ランバダのように鋭く静かにも激しいものでもない。
まるで煙ならぬ風に撒かれたようだ。
ぼうっと頬を掻いてみれば、男はまた数歩先を歩いている。

こちらを置いて行こうとは思っていないようなので、今度は黙ってゆっくり追いかけることにした。














ねえ聞いてボボ美、ひどいの。ひどいったらないのよ。
私のやっくんはね、いつだって私一筋で私にはもったいないぐらい。
私はちょっと浮気なところがあるから、自分でだってそう思ってたわ。
でも酷いの、酷いのよ。
あのつぶらな瞳、じいっと見てたの。私のことなんか忘れてるみたいな顔でじいっと見てたのよ。
ひどいわよね。焼けつくみたいに胸が熱いの。苦しいの。悔しいわ。



「…何を見てたんだ?」
「カブトムシ!」
「ああ、あれは立派だからなあ」
ボボ美は答えてくれなかった。が、代わりにボボ夫もしくはボーボボから答が来た。
「酷いの、やっくん。私、心から空気が抜けていくみたい」
「焼けて穴が開いたのか?」
「もっとロマンチックに言ってほしいわね」
つまりは恋の嫉妬。
当のやっくんはというと、パチ美の手にしっかり握られている。
ついでに話し合いでもすればいいとボボ夫、いやボーボボは思った。
「もうっ、やっくんの女泣かせー!」
両手で引っ張られるやっくん。だが、その表情に変化はない。男の強さだ。
その瞳は今はボーボボを向いている。
(あらやだ、ボボ美狙われてるのね!)
それは己の胸中にだけしまって、ボボ美はパチ美を見つめた。


泣くならお泣きなさい、あたしの胸で。
抱きしめて弾き飛ばしてあげる。
パチ美はどんな風に泣くのかしら。


「泣けば?」
「ひでー!お前が泣けよな!」
「俺が泣くの!?なんで」
「弁当箱開けたら『作る時間がなかったのでこれで買ってね』ってメモと五百円玉が入ってて泣け!」
「そりゃ切ねー!」
とりあえず五百円玉は貯金箱へ。
「軽々しく泣けなんて言うもんじゃないの!アタシの切ない恋の涙はここから出るのよ!」
首領パッチ、いや一瞬戻ったがパチ美は指差した。
己の頭のてっぺん、とげの先。
「バカな!」
「ククク、現実さ…!さあ、どう止める!」
ボーボボは彼(女)の頭上に手を持っていくと、とげの天辺を塞いだ。
「ああっ!俺の涙!」
「もう泣くのはおよし、お嬢さん」
「おじさま…!」
ひし。がし。バシィ。
抱き合うふりをして、左足と左腕がクロスカウンター。
首領パッチはリーチの不足を勢いでカバーした。見事だ。
「いてーじゃねーか!」
「俺だっていてーぞ!泣くぞ!」
「どこから?」
「ここから」
首領パッチは肘を指差した。
「肘か」
「うん」
「膝は?」
「さびしい涙」
「足は?」
「うれし涙」
「指先は?」
「がまんの涙」
「ここは?」
「…なによ!やだもう、エッチ!」
一カ所謎が残ったが、しかし。
トゲに間接、手に足に。
「泣き虫め」
「涙の数だけ強くなれるんだもん」
強いだと。
お前は強いんだか弱いんだかさっぱりだ、と言ってやろうとして、重要なことに気付いた。
大至急対処しなければならない。

首領パッチを掴み上げて、両腕で挟み込む。

「やだ、なに!?私にはやっくんが」
「それ以上泣かれて目立たれると困るな。主人公は俺だし」
「いや、俺だろ!」
「俺だ!」
トゲに間接、手に足と。
全てを封じれば、涙は出ない。

「ところでお前、ここからは何の涙が出るんだ?」
「ここ?どこ?」
「ここだ」
「め?」

首領パッチは掴まれたまま、視線を上げて後ろのボーボボの顔を見るとぽつりと返した。

「トップシークレットだ」
「バカのクセに生意気だぞ」
「やっくーん、ボーボボがいじめるわー」
「まだ持ってたのか、やっくん」
「やっくんはアタシといつまでも一緒よ」


ならこっちもずっと泣かせないままでやろうか。
ボーボボは腕に力を込めながら、そんなことを考えた。














「おやびん!おやびん、どうしたんですか!」


俺は今、信じられない光景を目にしている。
おやびんが。おやびんがその大きくて程良く力強く、鋭さも甘さも併せ持つ、正におやびんと呼ぶに相応しいその瞳から。
涙を零しているのだ。
誰だ。
誰のせいだ。
知らないままでは気が済まない。


「…破天荒ー」
「はい!俺はここに…!」
「…これ」
破天荒は、首領パッチの差し出した彼の涙の原因と思われる何らかに視線をやった。
既に鍵をぶつける準備は出来ている。
が。
「…これ…?」
「…かわいそーだー…」

首領パッチの手に、一冊の絵本。
タイトルは『ごんぎつね』だ。

「…お、おやびん…」
「…うう」
本当に、かわいそうだ、と言いたげな表情で涙を拭う首領パッチの姿。
なんて。
なんて。
「おやびんは…お優しいんですね…!」
純粋なんだ。

破天荒は心より感動した。
自分のおやびんは何に比べても真っ直ぐで美しい。

「うう、破天荒…俺がこうやって泣いてたこと、他の連中には秘密だぞ」
「へい、おやびん」
「恥ずかしかねーけど、アイツら絶対笑うからな」
「おやびん。俺は笑ったりなんかしません」
「うん、お前いいヤツだな」
当然です。
破天荒は思わず答えたくなった。
他の時はどうか知らないが、首領パッチの前でなら幾らでもいい男でありたい。
「おやびんが泣きたいと思う時は泣いてください。おかしくないじゃないですか」
「その通りだ、破天荒。お前も泣きたい時は泣け」

「は…は、い」

答えに、戸惑ってしまった。
泣きたい時は泣く。どうだろうか。
魚雷ガールに吹っ飛ばされてハジケ村付近に落下した時、破天荒は泣かなかった。正直死にたいとは思った。
殺印に苦しんだ時も泣きはしなかった。

はい、おやびん。泣きますとも。

だがそれに確信がない以上、この人の前で胸を張っていいものか。
いつ泣くんだろう。
ああ。
ああ、もしも。


この人が俺を置いて消えてしまったら、泣くのではないだろうか。


言えるか、そんなことが。
俺はこの人の前で常にいい男でありたいのだ。

「どした?」
「…いえ。なんでも、ありません…」
「なんだ、落ち込むなよ。泣きたいのか?」
「いえ!いえ、そんな!まったく!」
「まあ、泣きたい時は俺の胸で泣けや」
首領パッチは両腕を広げぐいっと反り返る。
破天荒にはとてつもなく大きく、そして輝いて見えた。
だが実際は小さいものは小さい。
「…破天荒、お前ちょっとデカすぎるぞ」
「すみません、おやびん。昔、気付いたら勝手に伸びてたんです」
「仕方ねえな、人間タイプの成長期は。お前あれだ、ちょっとしゃがめ」
破天荒がしゃがむ。
「もっとしゃがめ」
膝を地に付け、頭を屈める。
「よし」
ぐっ。
「!!」

首領パッチの両腕が、破天荒の頭を包み込んだ。

「うーん、頭ならギリギリオッケー」
「お…おやびん」
「うん?」
「と、とても嬉しいんです…が」
「なんだ、恥ずかしいか?」

破天荒はそれはもう、微かな、そして浮いた声で呟いた。

「逆に…こうしてると、涙が出そうで」

「よーし、泣け泣け」
「しかし、おやびんが汚れます」
「涙ほど美しいものはねえってんだ」
「さすがです、おやびん!しかし俺はおやびんの胸で泣くわけには!」

そんなことを言いながらこっそり腕を伸ばし、首領パッチの体にまわす。


ああ。
もし涙を堪えられない日が来た時、この人が許してくれるならここで泣こう。


破天荒は涙を出す前に、ふっと微笑んでいた。














ジェダ&コン→カップリングなのか否か…ジェダは先に決定し、会話の相手は結局コンバットに。
泣くことを側に置いてる人と泣くことの側に行きそうにない人?
ボパチ→おやびんの涙はなんとなく、いつだって全て本気そうです…
破パチ→破天荒は子分としておやびんを崇めつつも、甘えることは苦手そう。でも決意をしたら早そう。

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