テーマパークにとって明るい記念日は稼ぎ時でもある。
例えばクリスマス。例えばバレンタイン。世がマルハーゲ帝国によって支配されているといっても、人々は娯楽を求めている。
そこまで強い締め付けがあるわけではなく、帝国幹部の経営する遊園地ともなれば開き直って集まる人間も多いのだ。
ハロウィン当日。赤や橙で飾り付けられたハレルヤランドは、普段とはやや異なる輝きを放っていた。
「うわー、すげぇ人。兄者達も見てみなよ」
ビープがタワーから人の波を見下ろして、感心したような声をあげた。
「ハロウィンだからな。ショップの連中とか大変だろうけど、騒ぎが起こらなきゃ俺らのやる事もなし」
メガファンが壁に寄りかかったまま小さく欠伸をする。
「騒ぎが起こらなければ、というのは何時騒ぎになるか解らないということだ。気を抜くな」
覇王の落ち着いた声に、二人は反射的に揃って背筋を伸ばした。
確かに彼ら獄殺三兄弟は、ハロウィンといえど何かすることが増えるわけでもない。
手伝いを必要とするような人不足の状況でもない。この混雑にも対応できるように、適材適所適数でスタッフの割当が行われているのだ。
どちらかというと大変だったのは前日で、イルミネーションや飾り付けには彼ら三人を含むヘル・キラーズもかり出された。
とはいえ覇王の言う通り、人が多ければトラブルやアクシデントの確率もそれだけ上がる。その意味で大変なのはガルベルとT-500だろう。彼らの持ち場はお菓子の家にヒーローショー、人の混み様はより目に見えるはずだ。
ヘル・キラーズでなくとも例えばハロウィンのみのサービスを手伝う羽目になったカネマールやら、ただでさえ人気のちびっ子エリアのナイトメアなどはより大変な思いをしているかもしれなかった。
(…だが)
(…けど)
(…でも)
三兄弟の視線が同時にランドの中心部へとうつる。
マネーキャッスル。
そこにもう一組、定期的に来る『特別な客』が今日も現れる予定になっている。
本来ならばヘル・キラーズが護衛をするところだが、主直々の命令で普段通りの持ち場にいなければならないことになっているのだから仕方がない。
三人の不安や密かな不愉快を含んだ視線は、それでも流れる人並みを歪めはしなかった。
テーマパークの稼ぎ時、記念日の催しもまったく関わりのない場所がある。
マルハーゲ帝国内部で独立した、治める者も法律も異なる国。クリスマスやら正月ともなれば平穏も用意されるが、『帝王』が何も言わない限りはハロウィンといえどそこで祝われることはない。
ハレルヤランドから海を超えた国、サイバー都市。
その場所での時は普段通りに流れていた。
「ハロウィン…ですか」
処刑の合間の休憩、詩人は都市の核、Jのところを訪ねていた。
彼は基本的にこのコアの周辺から動けない。詩人にとっては六闘騎士の中でも話の合う相手だが、言葉を交わしたければ通信を使うかこうして降りてくることになる。
モニターから移動するという手段もあるのだが、詩人はモニターそのものを好かなかった。なぜ他のモニターは普通の窓なのに、自分のところへ繋がるものだけ社会の窓なのか甚だ疑問だ。
「クルマンが、ハロウィンぐらい休みにしてほしい、つまらない…ってさ」
「ギガ様は少なくとも今年のハロウィンには興味を抱かれなかったようですからね」
「でもあの方だって鬼じゃないから、祝うっていったって怒りはしないだろうけどね。休みはくれなくても」
ハロウィン当日である今日はまったく、ちっとも休みではない。
こうして談笑しているのも休憩時間ゆえ、他のメンバーと仕事の内容が異なる龍牙は今も働いているだろう。
「しかし、ハロウィンでしたか。すっかり忘れていた」
「僕もだ。けど、海の向こうで花火があがってね」
「…ああ」
「きっと、遊園地なんかじゃ盛大に祝ってるんだろうね」
もっとも関係者にしてみればそれも仕事の内だろうが、二人はその場所の混雑ぶりとそこに向かった男のことを思い浮かべて笑み合った。
その部屋のモニターが映す光景を、王龍牙はぼんやりと眺めていた。
この城の中からは他人事だが、人、人、人。押し合いへし合い、よくもまあ流れていくものだ。
その騒がしさまで伝わって来る様で、思わず眉を顰める。ぶつん、とモニターが切れた。
龍牙の視線がゆっくりとモニターの横、一人の男に移動する。
「お気に召さないようですから」
「けッ」
そりゃァどうも、と含み笑い。
するとハレクラニは涼しい顔で礼をした。
こうして混雑する日にここまで来るのも出来れば避けたかったが、命令とあらば仕方がない。
ハレルヤランドはハロウィンを稼ぎ時として営業している。ヘル・キラーズと呼ばれる連中も城内に見ない。サイバー都市はハロウィンなど気にもせずに今日という日を過ごしている。ギガが興味を抱かなかったのだから、世間がどうだろうと大した意味はない。
「それじゃ、とっととお暇するとするぜ。暇人どもの行列でクソ騒がしいようだからな」
「ならば暫しお待ちを」
ひらひらと手を振って身を翻すと、ハレクラニの声に停められた。
「あぁ?」
返事の代わりにハレクラニは横に目をやる。
すると隊員か側近か、見た事はあるかも知れないが龍牙には覚えもない男が袋を二つ持って現れた。
「折角ですからお持ち頂ければと」
「何を?」
「つまらないものです。こちらは皆さんで、こちらはギガ様に」
「ギガ様はンなモンに興味はねぇぜ」
ハレクラニは答えず、男が緊張混じりに前に出た。
「…フン。なら、外で待ってる奴に渡しな」
同行している部下のことを示してそう言うと、男は早足で部屋を出て行った。
「龍牙様もよろしければお召し上がりください」
「…生憎、俺は辛党なんでね」
ハレクラニは本気とも社交辞令とも嘘とも取れる、透き徹った笑顔を見せた。
龍牙も皮肉の笑みで返す。
どうせ中身は菓子か何かだろう。龍牙が食べなくとも、放っておけば誰かしらが持って行くはずだ。
それから互いに二言ずつ言葉を交わして、龍牙は外に出た。
二言の内ひとつは挨拶、そしてもう一言。
『金の亡者のテメーが無償で菓子を配るサービスなんざやるのか?』
『一般人に配るのは大した物でもない…担当の男が、どうせ関係のない子供にも渡してしまうでしょうからね』
一般人に菓子を配る部下とやらがどこの誰だか知らないが、見透かされているぞ、と笑う。
そうしてから、やや複雑な気持ちになった。
「…興味ねぇな」
龍牙にとって、そしてハレクラニにとっても予想通りであろう反応。帝王ギガはふんと鼻で笑った。
「ハロウィンね。覚えてもいなかったぜ」
「…でしょうね」
解っていますとも、と。
そしてギガもまた、解っているということを解っている。
「…では」
龍牙は一礼して、帝王の領域から退室した。
そしてギガに渡されなかった方のもう一つの袋には、六闘騎士のメンバーの分ということか六つの袋が入っている。
「これ、チョコレートだね」
「うっわ、高そー」
詩人の、そしてクルマンの見立て通りそれは『高そうな』『チョコレート』だった。
「Jには僕が持って行こうか」
「俺は甘いもの、あまり興味がないんだがな」
ソニックが小さく肩を竦める。
「じゃー俺にくれよ」
クルマンが言うが、ソニックは暫し考えて首を振った。
「…いや。部下どもにやるから」
「なんだ、そんなこったろうと思った。パナは?」
「俺は普通に頂くよ、甘いのは嫌いじゃないし。甘いのが駄目っていえばこれを持ってきた…ん?」
パナは龍牙のいた方に目線をやったが、もうその姿はない。
「興味ないから帰ったんじゃないか?」
「でも、チョコなくなってるぜ」
ソニックとクルマンの声が続く。
詩人もきょろきょろと辺りを見回して、首を傾げた。
「…龍牙の奴、確かに甘いもの嫌いなはずなのにな」
箱の中からは確かに、六つあったチョコレートの内のひとつがなくなっていた。
「あら、これチョコレート?」
「みたいね」
ギガは自分では興味が無いと、側近の二人に袋を放って開けさせた。
中身は六闘騎士のものとはまた異なるチョコレートだったが、どちらにも興味の無かったギガの知るところではない。
「…チョコレート」
「はい、ギガ様。ほら、騎士と馬だとか天使だとか」
「細工のチョコレートね」
見えるようにとそれを掲げる二人を、ギガは暫し見つめる。そして龍牙の先程の様子を思い出し、く、と口元に笑みを浮かべた。
「駄作だぜ」
呟きとともに、菓子だったそれはもの言わぬ飾りと化した。
こうしてハレルヤランドは盛況の内に、サイバー都市は普段通りに一日を終えた。
マネーキャッスルにもの言わぬ一円玉が転がったかどうかはまた別の話である。