AからZの二十六のブロック隊長による定例会議。
それはある秋の日にも滞りなく開かれ、普段通りに終わった。
ただひとつ普段と違ったのは、会議前後の雑談の内容がほぼ『ハロウィン』一色だったことである。
Gブロック隊長薔薇百合菊之丞は、ハロウィンという祭事に元より興味がなかった。最高幹部が元でこうして話題になっていても変わることはない。
それは恐らくランバダとも同じで、やるならば構わないがやろうと言うことではない、その程度のものということだ。
別に何かが気に入らないわけではない。
強いて気に入らないことがあるとすれば、数日前にジェダにからかわれたことぐらいだ。
今日ジェダの顔を見たらまた思い出してしまった。
おかげでどうも、あの男のことも自然と気にかかる。
「おーい、菊之丞」
そんな時に現れる、タイミングのえらく悪い『あの男』。
「聞いてるか?」
「何がだよ。どっから沸いて出た」
「フツーにお前の背後からだって。もう三回呼んだぞ」
「聞こえねぇな」
実際、聞こえなかった。
コンバットはなんだよ、という風に溜息を吐きもしたが、すぐどうでもよくなったのか顔を上げる。
ただ、そこから先に口を開いたのは菊之丞だった。
「…お前、いつも一緒の連中はどうしたよ?」
「ギャルとガールか?先に帰した」
全隊長の集まる日には会議後も一緒にいることが多いのに、珍しい。思わずぼんやりとそんなことを考えていると、今度はコンバットが問うてきた。
「お前は?」
愚問だ。
菊之丞がランバダほどでないにしろそうは人とつるまないのを知っているくせに。
笑うと、コンバットを笑み返してきた。
『この男』はよくそういうことをするのだ。
「菊之丞、ハロウィンには興味ないのか?」
「お前はあるのか?」
「まあまあ」
ないこともないかな、と好意的な返事がくる。
恐らくは彼よりも、よく一緒にいる二人の方がそういったことに興味を抱くタイプだろう。
「ギャルとガールに色々聞かされてなー」
やはり。
「何を?」
「なんか確か、リンゴを食うとか。靴は…女だけだったかな」
「なんだそりゃ」
彼女らはどうやらまじない事が好きだったらしい。
「菊之丞には花占いのが信憑性あるよなぁ」
「やらねぇよ」
確かに菊之丞が使うのは百花繚乱真拳、花の技ではあるが、まじないの類にはそこまで興味があるわけでもなかった。
逆に花を見ることがあまりに多いと、そんなことをする気にもならない。
「バカらしい。やりたいヤツが好きにするといいぜ」
「でもお前、みんなで集まるなら来るだろ?」
「さあな」
知らねえよ、と答えると、コンバットは苦笑した。
「だろうな。俺はお前がいた方がいいけどな」
「……」
『この男』はバカだ。
バカなので、恥ずかしいことを平気で言う。
バカなのでその通り馬鹿なこともヘマもする。少しうるさいぐらいに付き合ってやっているのもちょうどいい。
このバカに手のかかるおかげで、ジェダのようにからかってくる輩がいるのだ。
「くっだらねぇ」
「そーか?」
楽しむことが好きなバカは、能天気に笑った。
「…それで?リンゴなんて食ってどうなるんだ?」
「えーと……そもそも男がうつ……あー、大した話じゃなかったぞ」
何かを言いそうになって、そのバカことコンバットはヘルメットに手をかけ深めた。
たまに目にする仕草。
隠したいことがある時のクセだ。
「何だ?」
「なんでもない」
「何だよ」
「なんでもない!」
普段ならそうも無理に何かを引き出すようなことはしないが、何を考えているか解らない馬鹿からは何かを知りたくなるものだ。
「言え」
「やだ」
本気と駆け引きの狭間の堂々巡りのやりとりが続く。
菊之丞はふと、チスイスイから聞いたのだという宇治金TOKIOの話を思い出した。
同じことをコンバットもまた耳にしたはずだ。ふ、と口元だけで笑う。「トリックオアトルース…」
「え?」
「…つったっけか」
「トリートだろ」
「本当はな」
コンバットにはいまいち意味を飲み込めないらしい。
そんな彼のために、菊之丞は再び丁寧に繰り返した。
「トリックオアトルース。言わねぇなら……そうだな、何をする?」
「なに!?」
だから何がいい、と笑ってやると、コンバットはいよいよ困ったように顔を逸らした。
そして菊之丞のその言葉が冗談では済まないかもしれないと知ってか、小声を絞り出す。
「…ギャルとガールがだな、リンゴで…身近な別の何かが…鏡の中に…」
沈黙を混ぜ込むが己以外に破られることはない。
そうして彼はどうやら、別の方面で覚悟を決めてしまったようだった。
「……もう、いい!やりたきゃ好きにしろ!」
「へぇ?」
そう言えば今度こそ菊之丞が諦めなくなるのを解っているのかいないのか。
やけくそ混じりの一言を後悔したのか、反射的に踵を返したコンバットの後襟を素早く菊之丞の手が掴んだ。
「待て」
「……」
「好きにしろ、っつったろ?」
「…言いました」
解りやすい男だ。
菊之丞は笑って、空いた片手で自ブロックへの連絡を取った。帰還時間が遅れると問答無用で伝える様を、首を引っ掴まれたままコンバットも黙って聞いている。
一分も経たない内に菊之丞は通信を切った。
「…チッ。使えねーヤツ」
「…もしかしてあの、前髪長い隊員か?このまえ俺がそっちに行った時、お前に睨まれてひたすらうろたえてた…」
「よく覚えてんな」
「かわいそーだなぁと思って」
「ホント、くだらねーことは覚えてやがる。バカのくせに」
ぐい、と首を引き寄せる。
コンバットとて最高幹部の一員、振りほどこうと思えば解けるだろう。だが、それをしなかった。
「お前のところにも連絡取ってやろうか?ちょっとじっくり話し合いしますってな」
「いらん!自分でやる!」
「あっそ」
「…覚えてろ。後でいたずら仕返してやる」
「そりゃ光栄だな。俺が何かするまで待っててくれんのか?」
「あ」
どうしようもないバカが、また一つヘマをした。
菊之丞はそれで零れた笑みと引き換えに、ジェダに言われた台詞を欠片ほどなら教えてやろうかと思案した。
最高幹部の中では恐らく一番の甘党が、ハロウィンのリンゴが未来の結婚相手を知らせるまじないなど知らない男に、半ば強引に引きずられて行く。
その光景を見た者、その後を知る者は、第三者にはない。