『銅貨一枚で売り買いされるのは、どんな気分だと思う』


ハレクラニのその問いが耳に残る。



あのくだらない大会の後、五人の部下共を先に返したOVERの横に、ハレクラニが立って問うた。
最初は暫し何の事だか理解出来なかった。
何かからかっているつもりかと言おうとして思い出す。
銅貨一枚の価値しか見出されなかったという、男。

『一円でも大したものだと思ったのだがな。その十倍とは驚いた』
『…何が言いたい』
『知っていたか』
『あァ?』
『なんだ、気に入りではなかったのか』

『あんなに面白そうに声をかけていただろう?』

しれっと言い放ち、OVERが食ってかかる前に背を向ける。
ハレクラニにもまた気にかかることがあるのだろうが、ならば余計にこうして声をかけて来たことが気に食わない。
だがその背中を止めそびれ、今。


こうして怒りを、その銅貨一枚の輩にぶつける羽目になる。


「…おおお俺にになななんの用で…すか?」
銅貨一枚はそれはそれは哀れなほど怯え、普段から軟体の身体をぶるぶる震わせていた。
俺になんの用だ、と言いたかったのだろうが、震えに震えた挙げ句に語尾が別方向へと誘導されていってしまったようだ。
「……」
OVERは黙って銅貨一枚を睨んだままでいた。
「……」
銅貨一枚、こと天の助も何も返すことが出来ないでいた。
そもそも大会はもう終わったはずだ。魚雷ガールに加え目の前のOVERとも一度戦ったことだし、もう構わないではないかと思う。
考えてみればそれも田ボと同じぐらいに『ずる』だと思うのだが、怖いのでとても言えない。
「…テメー」
天の助の体が大きく震えた。悲鳴は引き攣って、漏れてこなかったようだ。
たまたま向こうの気が乗らないのか、今こちらが調子に乗れない程に恐ろしいのか。
そんなことはOVERにとってはどうでも良かった。
合流した仲間とたまたま離れて一人でいた天の助を攫うように連れ去ったことも、どうということではなかった。
「ハレクラニの野郎と、何を話しやがった」
「えええ…ハ、ハレクラニ?成金?」
「そうだ」
成金、の部分は思わず口から出てしまったらしく、天の助が慌てて口を覆うのが解る。
自覚は無かったが、OVERも口の端を吊り上げて笑んだ。
「あの…えーと、俺が五円だとか二円だとか…言ってさ」
OVERに腕を掴まれた時には何すんだ、だのゴメンナサイ、だのぬのハンカチぃ、だの叫んでいた天の助も今はどうにか落ち着いたらしい。
それでも十分動揺はしているが、通じる言葉で問いに答える程度のことは出来ている。
「だからホラ、教えてやったわけよ…俺は十円だ!って」
「…それだけか」
「…そーだよ」
「くだらねェ」
呟くと、天の助が身を退く。
「何か隠してやがらねぇだろうな」
「な、なんで!何を!?隠しませんよ」
おろおろと狼狽える天の助に、OVERは舌打ちした。

なんで。何を。隠していたら何だというのか。
なぜハレクラニの言葉を受けて天の助を引きずり出し、脅している。
脅している。脅しているつもりなど無い。

「…銅貨の一枚か」
「んぁ?」
「フン」
ハレクラニはそこに何を思ったのだろうか。
考える必要もないが、目の前のところてんが不安げに揺れるのを見ると、関連する事柄が渦巻き己を苛立たせる。
「…来い」
「え?どこに」
「いいから来い!」
ぐいと腕を掴んでやっても、天の助は揺れるのを止めなかった。
驚いた様に上半身を軽く仰け反らせ、怯えというよりは不思議そうにこちらを見てくる。
「……おい」
「…な、なに?」
銅貨一枚でやり取りされるのはどんな気分だ。
頭の中に言葉を浮かべ声をかけはしたが、先を問う気にはならなかった。
馬鹿らしい。
天の助はコインの一枚よりもずっと脆く情けない。
そしてコインは天の助の様に、斬り裂かれても繰り返し立ち上がってはこない。
「……」
OVERは無言で伸ばした手を引き寄せた。
まるで断ち切るように鋭く、しかし指先は食い込むほどにそれを掴んだままに。
「…!」
天の助が引き攣ったように鳴いた。
胸板に柔らかいものが倒れてくる。体温より冷たく、つるりと滑る。
「……ぁ」
何か言おうとしたのか、しかし天の助は
OVERにその身を寄りかからせたまま黙った。
OVERもまた天の助の腕を掴んだまま、胸に冷えた柔らかい感触を感じたまま、
ただ黙った。

何の為に一番にこの情けないところてんに声をかけてやったのか。
そうする必要があったのか。
別に何か、大層なことを考えたのではなかった。
だから今も考えていない。
ハレクラニのこともただ一枚の硬貨のことも。
何も、考えていない。



どちらも黙ったまま『必要』を超えて触れ合ったその瞬間は、ある謎の大会の当日。
カネマールがハレクラニにより罰を喰らったのはその日、その大会の後であった。










「…なあ兄者。一円玉にされるのって、どんな気分なのかな」
メガファンの漏らした呟きに、覇王はそちらを向いた。
「それは…」
「カネマールのことだ。そうだろ、兄者」
背後から聞こえた声にメガファンは振り返り、覇王の視線もそちらへ移る。
「ビープ」
「戻ってたのか」
「ああ」
まだ幾らか甘え癖のある末弟は、しかし一人前の男の声を作って答えた。
ビープは男らしいことに憧れる。シャツに描いた男の中の、の後に『男』が続くのは、いつか本当に立派な男になれた日なのだと彼は言う。
それを立派と思えど、二人の兄にはビープの甘え癖以上に甘やかし癖が残っていた。
「カネマールは元気そうだったか」
「いつも通りだったよ。報告もまとめて、今日はもう普段通りハレクラニ様のところへ行くってさ」
「有り難いな」
覇王のその言葉にメガファンは頷いた。
やはり電車の上の仕事はカネマールのものだ。
「それよりさ、兄者。一円玉にされる気分って…」
「…あ、ああ」
メガファンは弟の言葉に戸惑うように頷いた。
「確かに、カネマールはよくハレクラニ様からお叱りを受けるよな」
「正直は見習うべきだ」
覇王はカネマールをフォローするようにそう告げた。が、付け加える。
「だが限度はある。事実以上の罰を受けるのではどうしようもない」
「覇王兄者、厳しい」
ビープが笑った。メガファンも笑って、しかしすぐに口を閉じる。
一円玉から戻されたばかりの者がどうしているか、それを見たのは昨日が始めてだった。
戻ることの出来る者の方が少ないハレクラニの『罰』。
カネマールはまるでこの五日間、何ごともなかったかの様な顔をしていた。
「…不思議だな」
「兄者、一円にされたいの?」
「いやまさか」
まさか、そんなことはない。ビ−プもまさかと思っているだろう、そんな表情をしている。
「…そもそも」
そうだ、そもそも。
「失態があって罰を受けるなんてこと、そうあっちゃならないだろう」
カネマールとてそれは理解しているはずだ。
彼が失敗をしないための努力を怠るのではないし、ハレクラニを馬鹿にしているのでもない。一円玉にされたがっているのではない。埋まる失敗は責任を持って埋めるだろう。
思えば一円にされた回数も、他と比べれば多いと言えるが数えきれない程ではない。

ただ印象深いのはカネマールのその態度、そしてハレクラニの思い。


一円玉にされるというのはどんな気分だろうか。
一円玉にするというのは、どんな気分だろうか。


それはあの大会があってから六日目の、もう夕暮れ時になる頃だった。







「コインになるのはどんな気分だ?」

カネマールが一円にされた、あの大会の日から六日目の、夜。
久方ぶりに『報告』のためハレクラニの前に立ったカネマールは、その問いに首を傾げた。
「ハレクラニ様、それはあの…俺がハレクラニ様に一円玉にされる気分、ということで…?」
「そうだ」
ハレクラニは玉座に座り足を組んだまま、色の少ない声で呟く。
「私を憎いと思うか」
「そ、そんな!ハレクラニ様を…まさか」
あり得ませんと言いたげに、カネマールは首を振った。
「ただ……ただ、申し訳ない気持ちにはなります」
「…どんな?」
「ボーボボ連中を通してしまった時には…三人相手とはいえ敗れたこともそうですが、あそこは俺が守らなければならなかったのにと後悔しました」
多少、表情を歪めて悔いた様に呟く。
「先日のこともそうです。俺はいつだって気付くことができた」
「……」
「一円になっている間のことは…ハレクラニ様の術ですからご存知でしょうが、よく覚えてはいません。ただ、漠然と感じることができる」
カネマールは顔を挙げ、背筋を伸ばした。
「何より恥じ入り悔いるべきは、ハレクラニ様のお手を煩わせたことに他なりません」
ハレクラニはその瞳を、見た。
熱情。畏怖。尊敬。偽りは、含まない。
「…言うな」
「…俺がはっきり誇れるものは、二つ」
その瞳のまま微笑む。
「ハレクラニ様への忠誠と、電車の上で戦う腕です」
未だ少年味の抜けない男の声が、真っ直ぐに響く。
「馬鹿を言うものだ…カネマール」
「ハレクラニ様」
名を呼んでやると、その表情がいよいよ少年のように綻んだ。
「こんな言い方は何なのですが、少しぐらい馬鹿でありたいと思うんです。馬鹿みたいで、それでも確かなハレクラニ様の部下でありたい」




カネマールを退席させ、暫し。
ハレクラニの脳裏にはぼんやり、彼を戻した瞬間のことが思い描かれていた。

『ハレクラニ様、申し訳ありません』

『申し訳ありませんでした』

『二度と、こんなことは繰り返しません』

『仕事に…戻ります』

今行っても人手にはならない、今日一日休め。
そして明日からは滞り無く仕事をこなせ。
そう命じてはじめて、カネマールは体の力を抜いた。

何も求めていない。賛美の言葉だの報酬だのを求めるものではない。
彼が心を注ぐ二つのもの。
ギガが面白いと笑うほどに、電車の上での戦いへ。
そして己、ハレクラニへ。
その彼の表情をしかと見たのは五日ぶりだ。
一円硬貨にした彼の存在を、この五日間忘れはしなかった。

おそらくは『戻してやるつもりで』。



一枚のコインが何を思うか。
自らでは熱を持たぬ硬貨を一枚拾い上げ、爪先で弾く。
空に舞い地に触れたそれは、悲鳴の代わりに冷えた音色を奏でた。


あれは何でもない。
もしかすれば元は何かであったのかも知れないが、今はただの硬貨に過ぎない。
ハレクラニはそれにまつわる物事を覚えていなかった。












まとまりの無い話が続いて申し訳ないです。コイン一枚の話。
これもボゲーネタなんですが、天の助とハレクラニで何か書こうとする内に、
こんなことになってしまいました。カネマールはいつか書きたかったので、いいか…
獄殺他五名とナイトメア、カネマールの組み合わせ、いつかきちんとリベンジしたいです。
時間経過解りにくくてすみません。五日目→一日目→六日目って…

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