「……」
「…そんなわけで、こちらにお連れしました」

とは言っても、三世も愉快ではないだろう。
鳥もこんな物騒なものばかり引っさげた男に寄らなくてもいいのに、と自分でも思う。
「…鳥にちょっかいをかけるのも趣味か?お前は」
「…まさか」
冗談なのか本気なのか理解できない問いに、コンバットは首を振った。
「だってそいつ…その、オスでしょう?」
「……?」
三世の表情に一瞬、色が見えた。
「…ええと」
「解るのか」
「……まあその、メスじゃないことがっていうか…間違ってます?」
だが戻って来たのは無言だった。
三世の横に戻った鳥は、暢気に飛び回っている。
「あの、取りあえず…私は」
戻りますね、と。
微妙な雲行きに、逃れるように背中を向けた。
早足で歩く。
そして、扉の前へと辿り着いた瞬間に。
「……そいつは、オスだ」
やっとのことで正解が発表された。
得点も景品も無いが不正解よりはずっといい。しかしどう返すべきだろう。
数秒間迷った挙げ句、コンバットはやや上擦った声でそうでしたか、と返した。






一度目の出会いで自分に懐いてきたらしい、
二度目の出会いで菊之丞に怯えた、あの鳥との三度目の出会いはすぐに訪れた。
最高幹部会議の翌日。
結局別れて帰ったままの菊之丞がどうしているか、ぼんやり考えながらも眠気とともに基地近くの大木に寄りかかっていた頃だ。


三度目に出会うその鳥はやはりやや気性が荒く、穏やかなる昼寝を邪魔してきたのだった。



「……あー、わかった…起きるから!羽で叩くなってば!」
出来れば気付かないふりをしたかったが、数秒でこうして起こされる有り様だ。
とりあえずこいつをレムの側に近付けてはならない。そんなことを考えながら、コンバットは鳥に向かって叫んだ。
覚醒の後には疑問が待っている。
誰にも言わずに確保した秘密の昼寝時間を邪魔されたことよりも、なぜこの鳥がここにいるのだろうか。
一度目は三世のところ。二度目も本部の通路だ。
だがここは、Eブロック基地。本部からはそれなりの距離がある。
「…お前、こんなところまで迷い込んできたのか」
返されるのは暢気な声ばかりだ。
くくぅ。
「すごい方向オンチだな。……ああ悪かった、睨むな」
なんとなくその鳥の言いたいことが解ってくる気がするものだから怖い。
(…しかし、低いところが好きなヤツだな)
先程まではしゃがんでいる自分の目の前を飛んでいた。今は地に降りている。
苦しくないのだろうか。普段はもっと高い空を飛んでいるのだろうに。
「ひとりで…帰れるか?」
帰る。
帰るといっても、巣ではない。
この鳥がどんな生き方をしているのかコンバットは知らない。実際、これでまだ三度目の出会いだ。
知っているのはただ、彼の帰る場所が三世の所であろうことだけだった。
「…俺なら可愛い女の子に飼われてみたいなぁ」
言ってから、我ながら怪しいことを呟いたものだと笑った。
困ったものだ。他人からそう思われることの方が多いのかも知れないが、自分でもたまに少しはそう思う。
だが、例えその癖が元であろうがギャルとガールに一目惚れしたのは間違い無いと今でも思っている。顔だの膝枕だのを除いたとしてもだ。
「お前は三世様のこと、好きか?」
鳥はくくっ、と小さく鳴いた。否定には聞こえない。
「三世様は人間はお嫌いだが、動物はお好きみたいだからな。きっとお前のことも気に入ってるだろ」
からかうように言ってやると、無言で返す。照れくさいのか。
(…って、伝わってるかどうかも解らないんじゃないか)
これでは本当に独り言だ。
今まで鳥だのなんだのを相手に会話を試みたことはないが、何故か今目の前にしている『彼』のことは気にかかった。
昨日や一昨々日の様に肩に留まっている時とは幾らか違う。目の前にいて、向かい合っている。とはいえ二度目の鳴き声を聞いた時ともまた異なっていた。
「……」
ふと、その目線がこちらを向いていることに気付いた。
黒く深く澄んだ目がこちらを見つめている。
目が、合った。
向こうはそれを感じただろうか。メットを深く被って顔を隠していると、人間達からはどこを見ているか解らないとも言われるものだ。
「…何か言いたいのか?」
こうして向かい合って目を合わせ、瞳を向けてくる。
そこからは何らかが読み取れるようで読み取れないようで、しかし印象深く心に伸しかかる。

「……お前と俺の共通点なんて…三世様ぐらいしか、見付からないな」

瞳が、揺れた気がした。
「そうなのか?」
鳥は答えない。暫し遅れて、小さく鳴いた。
「三世様は…そうだな。人間がお嫌いなんだから、お前がこうして俺のところにいるのも気に入らないんじゃないか」
くっくっ。
「別に怒ってるんじゃないぞ」
向いた瞳に別の色が浮かぶ。
「…そんな目で見るな。俺は三世様のことも…そうだな、お前のことも嫌いなんじゃないぞ」
どう言えばいいのか解らず、しかしここで黙ってしまうのも失礼なように感じて、幾らか周りを気にしながらも言葉を紡ぐ。
「理由は解らないが三世様は人間がお嫌いなんだ。俺も菊も他の奴らも、ちゃんとそれを解ってて部下をやってる」
鳥の瞳が何故か切なげに思えて、一瞬戸惑ったが一度だけ軽く撫でてやった。
「…俺は正直、少しだけ三世様が怖い。それはお前も最初の時解ったかもなぁ…でもな」
鳥が小さくク、と呟くようにしたのは、やはりそれを感じ取っていたということだろうか。
『だが』。
「怖いだけじゃないぞ」

「尊敬だとか…色々な」

「そういうのを全部ひっくるめて、俺は自分の意思であの人の部下をやってる」

「最高幹部になれた時だって喜んだぞ。そりゃ怖いのはその時からあって、…ああ、言うなよ。どうせ三世はご存知だろうがな」

言葉にするとどうしようもなく恥ずかしい。
コンバットは誤魔化すように、先程彼を撫でた手を軽く振った。
「俺に鳥、似合わないなぁ。…やっぱりお前は三世様のところに帰らないと」

「そうか」

「!?」
背後から聞こえた声に、コンバットは慌てて座ったままの身を翻した。
気配など感じなかったのに。
だがそれも無理はないのだと、振り向いて改めて思い知る。


そこには普段のままの格好で、ツルリーナ三世が立っていた。
幻にしてはその存在はあまりにも大きい。



「三世様…お、迎えですか?」
「……」
三世は答えなかった。
彼の沈黙は鳥のそれの幾倍も始末が悪い。コンバットは不自然な体勢で固まったまま、更に首を曲げて鳥の方を見る。
本当に気楽なものだ。きょとんとこちらを見上げてきているのだから。
「…よかったな。三世様、いらっしゃったぞ」
まさか先程の会話、いや独り言、それでもあくまで会話を聞かれてはいるまいな。
自分で自分に言い聞かせながら、鳥を促そうとする。
くくっ。
鳥は一鳴きして、三世に飛び寄った。
とりあえずはこれで一安心、だ。
三世の視線が鳥に向いた隙に立ち上がる。
「…三世様。このようなところまで」
「…ああ」
相変わらず三世の瞳からは色や感情が読み取れない。冷たさも熱さも普段は感じさせぬ、謎に包まれた存在。
気まずい沈黙を幸か不幸か、鳴き声が破った。
「なんだ?」
「…腹でも空いたんだろう」
「…ああ、なるほど」
三世が言うと妙な説得力がある。コンバットは一時居心地の悪さを忘れてしまいそうになった。
「何か…ええと、取って来ますか?」
しかし言葉を紡ごうとなると、相手は三世だ。詰まらずにはいられない。
またもや戻って来るのは沈黙だろうか。
それを覚悟したが、そうではなかった。
「こいつは餌は自分で獲る」
「…へ?」
鳥と三世。
視線を行き来させ、納得した。珍しいことではないだろう。
「そいつは…失礼しました」
「………行け」
コンバットの言葉に視線のみで応えながら、三世は鳥に声をかけた。
すると彼はまるで魔法にかかった様に空へ舞い上がる。

「…あ」

鳥が、飛んだ。
みるみるその影が遠くなる。
「飛んだ」
当然のことを、まるで幼子のように呟いてしまった。
「鳥だからな」
「!」
三世の言葉に反射的に俯く。
先程の会話を聞かれたと思えばその比ではないが、恥ずかしい。
ゆっくりと再び視線を空に上げると、鳥が飛んで行くのが見えた。
「…あれ?」
「なんだ」
「あいつ、城とは反対の方向へ飛んで行きますが…」
「そちらに行きたいのだろう」
「…いや、でも」
せっかく三世が迎えに来たというのに。
言う前に、三世がどうでもいいことの様に付け加えた。
「あれは別に私の飼い鳥ではないからな」
「…え?」
思わず声をあげて、数秒。
理解には暫しかかった。
「…さ、三世様のところじゃない…?」
「何を勘違いしているのか知らないが、あれは勝手に私のところへ通って来ているだけだ」
「……」
どう返していいか解らず、さらに沈黙する。

だが思えばそうだ。三世は一度も、彼は自分のものであるとは言っていない。

「…なら、きっとよほど三世様のことが好きなんでしょうね」
「なぜそう思う?」
「え?いや、そりゃあれだけ三世様のところに…」
その瞬間、目が合った。
何か気まずい。
こちらを真っ直ぐに向いているのは確かなのに、見えぬ場所まで全て見透かされている気がする。
「…すみませんでした」
「なぜ謝る」
三世の瞳が、先程まで持たなかった色を帯びた。

それもまた読み取れない。
『変わった』のは確かだ。
しかしそれは赤だろうか青だろうか異なる色か、
混ざり合うようにしてこちらを。
速やかに捕食しようとしてくる様だ。

「私が怖いか」

一瞬、身が竦む。
ざわり。ざわり。あまりにも大きく。


だが、それを知って己はここに在るのではないか。


「…たぶん」
「…そうか」
「…ですが、本当にそれだけなら逃げ出してるかもしれません」
三世と初めて向かい合った時、やはり身が竦んだものだった。今よりも弱かったのだから尚更だ。
だが、そこから逃げ出してしまいたいとは思わなかった。
「俺は言葉で上手くものを示せる人間じゃありませんが…それでも、言えることはある」
出来る限りは彼に目を向けていた。
付き従うと決めた相手は絶対だ。そこまでの決意に意味がある故に、そこから先も確実に歩まなくてはならない。
三世に、惹かれた。
例えその力の奥底を感じて恐怖したとしても。
どれだけ明かされぬ謎に溢れていたとしても。

「三世様の部下であることに誇りを持っています。…戦うことぐらいしか出来ませんがね」

苦笑いすると、瞳が伏せられた。
赤と青の影。
やはり、例え何を隠していても読み取られているのかも知れない。
「…知っているか。あれは人間を嫌って寄り付こうとしないのだ」
「……そう、だったんですか。それで」
「お前は、妙な人間だな」
そして、まるで風が吹くように。

その表情が笑みに変わる。

「…言われます、よく」
言葉がしどろもどろになって零れた。


恐怖を感じていたのではない。
人間嫌いの帝王の笑顔は、信じられないほどに優しかったのだ。





ツルリーナ三世。
読み取れぬ男。だがどうも、こちらのことは見透かされている。
不愉快などはなかった。
ついて行きたいと思う相手だ。
しかしその、どこか身近で暖かかった微笑みが内に残る。




三世はあれからその笑みを多少崩して、更に一歩歩み寄って来た。
そして、問うた。
鳥は好きか。
答える。
ああして向かい合って、悪い気はしなかったと。
三世にはこの答えが愉快だったらしい。正直な奴だ、と笑み声をあげて。

あの鳥のことを知りたければまた来い。

そう呟いてから、まるで手品のように消えていった。



コンバットの中にはただ、その言葉と笑顔ばかりが焼き付いて残った。
肝心の『疑問』は伏せられたままだ。
あれが勝手に通ってくる鳥ならば、なぜあの日通路に出て自分のところにまで来たのか。
三世はEブロックまで何をしに来たのか。


その答こそ鳥と、三世のみが知るところだろうに。






数日後、三世の部屋を一人の男が訪れていた。
コンバットではない。
三世の部屋には少なくも確実に数人が出入りする。その内の、コンバット・ブルースではない男。

「…コンバットと仲がいいのだったな」

三世の唐突な言葉に、男は不可解を表した。
自分はただ、自分のブロックに与えられた仕事の報告に来ただけだ。その男のこととは関わりが無い。
「それが、何か」
「…伝えておけ」
三世の口元が、微かに笑む。
男は僅かに目を見開いた。
「鳥が寂しがっているとな」


退室の後。
改めて考えると、数日前のことに合点がいく。
男、薔薇百合菊之丞は、あえて連絡を取っていなかった男のところまで全速力で赴く羽目になった。












鳥と三世とコンバットと菊之丞。三角関係をご希望の方が多かったので…いや、これじゃ四角だ(?)
今日思いついて今日書きました、という。コンバットの敬語ってどんなんでしょう。
…鳥がなんだったかはとりあえず二通り解釈できます。お、お好きな方を。

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