「…そんなに」

無表情みたいでそうでない、怒ってるみたいでそれだけじゃない顔をしたOVERは声までいつもと違った。
「…そんなに、死にてぇなら」
なんだろう、
震えてる。
「俺が殺してやる」
「…わ!ちょっとタンマ、タンマ…!」
「…何がだ」
やっぱり怒ってる、と思った。
いつもみたいに熱くはないけれど、痛い。
「死にたいと思いながら生きてやがるんだろうが!」
「バカ、なんで死にたいんだよ!俺は食われたいの!」
「何が違う!」
「…え」




ああ、
そうか。
そうだよなあ。


人間にとっては食べられるのって、死ぬことになるんだ。
俺はそんな違いは珍しくない当たり前のことだと思う。理解してほしいとか考えたりしない。
でもこんなこと言われるんだから、OVERはそれが納得できないんだろうか。
カツとヘッポコ丸もそうで、あんな顔したんだろうか。



「…何が違う」
違う、何もかも違う。
俺は少なくとも『死にたい』んじゃない。
「…死にたいんじゃないもん、俺」
今一緒にいる連中と会って、こうやって旅して毛狩り隊と戦ってることだって、そりゃあ嫌なことだってあるけどやりたいからそうしてるんだ。
それは確かなこと。
でも食べられたいんだってこととは別だろ。
俺たちにとっては、まったく別の世界のことだろ。
「全然違うだろ。食われるのは…」
「何もかも無くなって終いじゃねぇか」
「無くなるんじゃない、腹ん中入って消化されるんだよ」
「それで終いだろう!」
「食われるってことそのものに一番の意味があんの!おしまいじゃない!」
OVER、が。
OVERがあまりにいつもと違う怒り方をするので、俺もいつもと違って泣きそうになる。
どうしてだろう。


どうしてカツもヘッポコ丸もOVERも納得してくれないんだろう。
呆れるわけでもなくて、馬鹿にするわけでもなくて、解ってくれないんだろう。
それは仕方のないことかもしれないけど、当たり前のことかもしれないけど、俺が心から笑おうとしてそれであんな顔をさせるんじゃどうしたらいいか解らない。


「意味なんかがあるとかないとかじゃ…ないんだ。俺たち」

なあOVER、俺、変なこと言ってないだろ?
今ばっかりは困ったこともやっちゃってないだろ?

「食べられて、ちょっとでも命のかけらになるために出来てんだ」

わかんねぇよ。

「俺たちにとってはそれが生きてるってことなんだよ」
俺はカツにあんな顔をさせたかったんじゃない。
ヘッポコ丸のあんな顔を見たかったんじゃない。
OVERをこんな風にさせようとしたんじゃない。
なんでだろう、いつもあんなに怖いのに、怖くて堪らないのに、今はそんな風には怖くないのが寧ろ嫌だ。
嫌だ。
「…死にたいんじゃ、ねぇもん」
「…俺から見れば同じだ」
「…でも、俺には違う」
俺が食われたがることをもし悲しんでくれるなら、俺はそれを有り難いと思う。それから申し訳ないと思う。仕方がないことだと思う。
でも否定されたらどうしたらいいか解らない。
カツやヘッポコ丸は俺の言葉をどんな風に考えたんだろう。
俺は大したことなんてなんにも考えなくて、記憶の隅っこに置き放しにしていた。
「同じだ」
「違う!」
「そこまでして何が満足だ…!」
「だからそれは…!お前にはッ」


お前には、わかんねぇんだ。
俺がわかんないのをわかんねーのと一緒なんだ。
カツにもわかんなかったんだ。
ヘッポコ丸にもわかんないんだ。

誰にもわかんなくて、上手くいかなくて、すれ違って、こんな風に、

こんなことになってるのが、やだ。
突っぱねるのが嫌だ。逃げ出すのが嫌だ。このままでいるのも嫌だ。
ああでもそしたら、何がいいんだろう?


「…お前には、なんだと?」
OVERが、つめたい。
つめたいものが俺を包んでくる。
「勘違いするなよ。俺に納得させて何がしたい」
「……」
「俺にはテメーを一歩も動けなくすることも、そんなくだらねぇ考え事なんざ出来ないようにもしてやれるんだぜ」
わらった顔までつめたい。
寒くて痛くて、俺はもう何も見ていたくなくなってきた。
「…なんで?」
なんでそんなこと言うんだよ。なんで俺のことそんな風に扱うんだよ。
「お前こそ、俺に何したいんだよぅ…」
なんで俺の前に出てきたんだよ。
なんで俺のことこんな気持ちにさせんだよ。
「…なんで、だと?」
OVERはまるで、何かを捨ててしまったような顔をしていた。
もっと爽やかだったら吹っ切れた顔だとか言い方もあるんだろうけど、銀色も赤もただつめたくて、俺の中を吹き抜けてはいかない。
刺されてはいないのに、
貫かれて磔にされたみたいだ。
「お前がどうなるか決めるのは俺だ」
「…そんなのッ」
「煩ェよ。お前が生きるも死ぬも、消えるも消えないも、どこにいるかも決めるのは俺だ」
「……」
とんでもないことを言われてる。
ふつふつとするものとひりひりするものが渦巻いて、けれどもおかしなことに何も言葉が出て来なかった。
OVERの笑みがつめたさを増している。
まるで縛られてるみたいで、
「…何もかもとっくに決まってることだ」

逃げられない。

「お前が消え去る日を決めるのも、俺だ。お前に妙なツラを見せたガキ共でもなければ他の誰でもない」
そこから感じるものはカツとも違うしヘッポコ丸とも違った。
でもカツはあの時は同じブロックにいたし、ヘッポコ丸だって今も一緒にいる。
OVERは違う。離れている。
だから、違う。

違う?


違、わない。

OVERは俺と首領パッチが何を話したか知ってた。
今だってここにいる。いなかったけど、いる。
いなかったけど、知っている。

「だから許さねぇぜ、天の助」
気付けばそこからはつめたさが抜け落ちて、代わりに俺を何より怯え竦ませる表情になっていた。
まるで与えられる餌を調節されているみたいに。
「……だって…」
俺はたぶん今、OVERの思い通りに動いてる。
OVERはいつも通りのOVERだ。
でも、いつもと違うOVERだ。
目が離せない。ゆらゆらと揺れる。
「…俺はもう今は消えてやるよ。だが」
OVERのシルエットはするりと横顔になって、ふ、と息をついた。

「お前が妙な気を起こせば、斬り刻みに来てやる」

それはいつだって前触れもなく現れる、ということだ。
俺とOVERが出会う時の決まり事。

「…あ」
俺は何も言い返せなかったけれど、反射的に手が伸びる。
「あぁ?どうした…俺に残ってて欲しいか」
「……っ」
このまま行かせてはならない気がした。
けれどもどうして留めるというのだろう。
「な、なんでもねーよ…」
OVERは怒っている顔で現れて、とてもつめたい顔をしてから、何かが抜け落ちたようにして、そしてまるで普段のOVERに戻った。
戻ったんだろうか。
その間にOVERの辿った道は、何だったんだろう。
「なら、大人しく待ってやがれ」
嘲るような鋭い銀、まるで刃みたいなOVERの笑み。
「…次に俺にぶった斬られるのをな」

次なんていつ来るっていうんだ。
でもそれすら、俺が決めることではない。
OVERがいなくなっても、まるでどこかはまだ貫かれているみたいだった。


磔の『無機物』。




俺は座ったまま、しばらく固まっていた。
意識が戻ってくるといろいろなことが思い出された。
カツと、ヘッポコ丸と、コーラを飲み干してから空瓶を捨ててしまった首領パッチ。
OVER。
隙間を縫うように頼りない一本線で繋がって、それも切れてしまいそうだ。
俺は食われてしまいたい。食われてしまいたいのだけど、それに呆れるだけじゃなくて納得できないって感情を持つ奴がいる。
でも俺はそのために生まれたんだ。それは生きるってことなんだ。生きてるってことなんだ。たとえ無機物じゃなくなったって、ただの食物になんかもうなれなくたって、俺の中では変わらないんだ。
OVERはそんな俺を許さない。
どうしたらいいんだろう。
意識は戻ってきたというのに、一歩も動けそうになかった。




OVERは。
あいつはあんなに斬り裂くことが好きなのに、斬っても斬ってもきりのない俺に鋏を使い続けていて楽しいんだろうか。

噛み砕かれて飲み込まれることが決まっているはずのところてんじゃあ、斬りがもないだろうに。

聞いてみるにしても、もうOVERの姿はなかった。
追いかけてもきっともうOVERではないだろう。
そんな予感がする。




俺はどうやって俺をしていけばいいだろう。
次にOVERを前にした時どんな顔をすればいいだろう。

感情の波が去ってまた、泣きそうになった。












すみません、これは頂いたシチュエーションを元に書かせて頂いたものなのですが…
食べられたい気持ちと理解できない気持ち…OVERを軸に持って来たら猟奇的になってしまいました…あれ?(汗)
どいつもこいつも意地、『納得できない』がテーマです。しかし暗い話になったなあ…

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