その頃一行から離れた場所で、天の助もまた怪しいカードを見つめながら歩いていた。
輝くレインボーカラーで『虹色バンザイ!』と書かれている。
首領パッチと彼の言うことしか聞かない子分の買ってきたカードはどれもこれもこんなものだったので、マシなのを確保してもこのザマなのだ。
彼らはいったいどこでこのバースデーカードを調達したのだろうか。というか、もう既にバースデーカードですらない。魚雷ガールの『おふざけ禁止!』が全員に炸裂するさまを想像し、天の助は寒気を覚えた。
けれどもよく考えたら、恐らくビュティとソフトンはそれを免れるだろう。
(うわっ、ズルイ…)
自分の日頃の行いを棚上げして足下の石を蹴る。
「あらアンタ、何をやってるの」
蹴った石の行方を見届ける前に、続けて石のごとく固まった。
「ななな…なんでもありまかろに」
「うんうん、声と台詞が裏返ってるわね……て、ふざけすぎーッ!」
「ギャー!」
声の主に背中を向けたまま、誤魔化そうとしたがダメだった。
腹にどでかい風穴ひとつ。すぐ塞がるがゆえのご無体であるといえばそうだろうが、相変わらず容赦がない。
今日の主役の登場だ。
「ぎょ、ぎょ、魚雷せんせ……ソフトンは?」
「ソフトン様なら飲み物を取りに行ってくださったところよ。…そのお優しさ、見習わんかーい!」
「ギャー!ウンコさん優しい、優しいけど役立たずーッ!」
一時とはいえ役割放棄に違いない。
ふらふら歩いたあげくに魚雷ガールに見付かったことを棚上げし、天の助は泣いた。
べしゃり。
泣いても叫んでも地面に落ちる。
「役立たずとは失礼よ!」
「うう、スミマセン…」
辛うじてバースデーまるだしでも何でもないカードを隠しながら、声は必死で謝るばかり。
天の助はこっそりと、カードを一枚余計に取っていた。
何か怪しい『虹色バンザイ!』を一枚。
それを取った後に、こっそりと加えた別の意味であやしい一枚。そちらはまったくの無地白紙で、当たりかと思えば裏面に大きく『俺イズム』と書かれていた。何やら生き残れそうなカードだ。
カードは十枚、自分と主役を入れても九人。
恐らくは問題ないだろうと思って取ってきて、勝手に書き込んでしまいはしたが。
そちらは無駄になるかもしれなかった。『今日』の内には何の意味も成さないかもしれなかった。
それでも隠さねばならないのは同じことだ。
「…は、反省したので帰ります…ぬのジョギングで」
意味の解らないことを言いながら、天の助はふらふらと立ち上がる。
最後に礼でもしておくべきかと魚雷ガールを向いて、敬礼などしてみた。してみたら。
うっかりと、カードを持っていた手を挙げてしまった。
「あ」
「……」
天ちゃん失敗。
失敗は終わったから失敗なのであって、終わった失敗は無かったことには出来ない。
「……これはぬのコンサートのプログラムで」
「…誤魔化し方、ふざけすぎーッ!!」
精一杯やったつもりなのだが、魚雷ガールはやはり容赦がなかった。
「うう…!」
魚雷ガールに吹っ飛ばされるのはもう二度目。
しかし一度目に比べ、天の助の復活は遅かった。というか未だに伏せて嘆いていた。
「オレってやつぁ…俺ってヤツはー!」
心の中ではスポットライトを浴びながらただ嘆く。
魚雷ガールに計画がバレたなら自分の失態だ。誤魔化しにも失敗したし、事態は最悪かと思われた。
が、魚雷ガールからは呆れたように溜息が漏れる。
「アンタはホントしょーもない、もといしょうがない生徒ね」
「せ、先生…俺やっちまったよーい……」
こんな空しい気持ちはどれくらいぶりだろうか。あまり久しくない気もする。
「知ってたわ」
「……え?」
だがその予想外の一言に、天の助は倒れたまま暫し固まった。
がばりと起き上がる。
「なんで!?ウンコのせい?」
「違うわーッ!失礼だっつってんでしょ!」
更に一発くらっても、未だに天の助はぽかんと口を開いたままだった。
そんな彼に呆れつつ魚雷ガールが説明する。
「そういえば今日が誕生日だって思い出したら、あんた達の挙動不審に合点がいっただけよ」
「そ、そうですか…」
どうやら自分らはしっかりと怪しかったらしい。
突然の計画だったので仕方ないかも知れないが、それはそれで切なかった。
「だからソフトン様の責任じゃないわよ。アンタといっても…まあ、違うかしらね」
続けて聞こえた魚雷ガールの声は溜息混じりだった。が、どうやら不快は含まれていない。
驚きやら安堵やら切なさやらに見舞われつつ、どうにか立ち上がる。
「…で。さっさと戻った方がいいんじゃなくて?」
「え?」
「アンタこのままじゃその気がなくても、どんどんバラすわよ」
「………」
ごもっとも、だ。
魚雷ガールはどうやら、別に全てを知っているわけではないのだから何もなかったことにすればいい、と言ってくれているらしい。
もしかしたら『気付かなかったふり』をしてくれるつもりなのだろうか。
天の助は、その通りだ、戻らねばと心の内で呟いた。
が、別の思考にそれを邪魔される。
どこからか沸いてきたもの。聞きたいことがあるんだろう、と。
どうする。どうする。どうする。
(…えーい!)
どうせ既にバレてしまってはいるのだ。
計画について話すわけでもなし、恐らく問題はない。
そしてここで聞いておかなければ解らないままだ、どうにも抵抗があるが、知りたいと思ったら自分を誤魔化せなくなってしまった『こと』。
彼女に尋ねるのが一番正解に近い。
「…先生!」
「なに」
意を決し、天の助は叫んだ。
魚雷ガールにとりあえず聞いてくれる意思があるのを確認し、思い切って更に続ける。
「あいつの誕生日、いつですか!」
「……」
返って来たのは無言だった。
拒否の意ではない。
天の助が色々なことを付け足し忘れてしまっただけだが、暫しすると魚雷ガールにもなんとなくその意味が解ったらしかった。
「それは先生の仮の姿のことかしら?」
「そ…そう、それ」
こくこくと頷いて返す。
マルハーゲ四天王、OVER。
先に敵として出会ったのは魚雷ガールでなく彼の方だったが、それでも『仮の姿』なのだという。
天の助にとっては天敵で、魚雷ガールとはまったくの別の存在のように感じられていた。
それでも同一人物であることに変わりはない。天の助に対しての態度にも繋がるところが幾らかある。
それでも、それだからこそ、天の助はふたりのことを別々だと考えていた。
もし魚雷ガール自身がそうでなかったならおかしな質問にしか聞こえないだろうが、例えそれでも。
「祝う気?あんなに仲が悪いのに」
「い、いやその…あいつ、今は部下の側にいないわけだし……さ」
魚雷ガールの言うことは正しい。
天の助にも、自分自身がどういうつもりなのかいまいちよく解らなかった。
OVER自身はあんな性格だが、彼の部下には賑やかな連中が多かった。主の誕生日とあらば恐らく、心から騒いでいたことだろう。
部下は必ずしも上司に似るわけではない。
天の助も隊長という地位にあって、それを幾度も感じてきた。
別に似る似ないが大切というわけでもない。上手くいっているかというのは大事だし、上司が上司として、部下が部下としてしっかりやっているかというのも大切だろう。
OVERは恐らく、自分よりも上司としてずっと立派だ。
部下とも上手くやっていたのだろうと思う。連中の様子を思い出せば、そう感じる。
そんな彼らと離れているわけだし、今は魚雷ガールの姿でいるわけだから。
そう考えたら、なぜかもう一枚カードを取っていたのだ。
「…変かな」
「変」
「やっぱり!?」
自分でもそう思っていた。が、はっきり言われるとちょっぴりだけ傷付く。
「…今日よ」
「え、きょう……ん?…きょ、う?」
「そう。私が今日なら、あっちも今日」
今日。十二月四日。同じ日。
天の助は首を傾げながら、それを理解した。
確かにおかしいことではない。寧ろその方が自然だ。
「そーだったんだ…」
「…言っておくけどね。先生、サプライズパーティには慣れてるわよ」
「へっ」
「正確には、あっちがだけれど」
魚雷ガールはふっと笑うと、暗くなりつつある空を見た。
「はっきり覚えてるわけじゃないけど、去年も一昨年も誕生日はあっちが過ごしたわ」
「…OVER?」
「そう。あの城でね」
彼女の中にはどうやら、OVERの記憶全てが残っているわけではないらしい。
それでもぼんやりと城や部下のことは覚えているらしく、彼らのことも思い浮かべているようだった。
「いつの間にか誕生日が広まって、連中は驚かせようと必死にやってたわ」
「…知ってたんですか?その時も、やっぱり」
「さあ。どうだったかしらね」
本当に覚えていないのか、否か。
魚雷ガールはただ、どこか面白そうに笑みを重ねる。
「今年は残念だったかもね」
「……じゃ、もしかしたら本当は戻ったりした…」
そうであったのなら、どう言えばいいか解らない。
例え敵と味方の境界線であったとしても、天の助はそうであった場合の気持ちを理解できないとは言えそうになかった。
「『あっち』だったらそうだったかも知れないけど」
だが天の助の言葉を遮り、彼女の続ける言葉はあくまで落ち着いている。
「基本的には違うもの。例えば…『あっち』はあなた達を生徒扱いするかしら?」
「…しないなぁ」
「でしょうね。それと同じ、あっちにはあっちの人間関係があるし、私は私ね」
彼女はどうやら、それを認めているのだろう。
OVERのOVERとしての環境。
魚雷ガールの魚雷ガールとしての環境。
それが生き方そのものの話に直結するかは別として、彼女はそれでも何度かの誕生日を自分ではなく『彼』として過ごしたことになるのだ。
天の助にとって解り難い話ではあったが、そんな在り方を納得は出来る。
「じゃ、別にお互い合わせたりとかしないんだ…」
「当然でしょう」
確かに、意思が違えば好き嫌いだのなんだのにも違いは出てくるはずだ。それと同時に幾つもの共通点があるのかもしれない。
天の助は頷いて、それから暫し黙った。
「……」
「今度は何?」
「…あいつに」
カードの内、白い方の一枚を持つ手が震える。
同じ存在に対して渡すならば、一枚で構わないとも思った。
けれどもやはりそれでは駄目な気がしたのだ。
なんとなく、理屈としての意味はなく、二枚カードが必要なのだと感じた。
一枚では『自分にとって』、様々なものが足りていない気がした。
「何か渡すって?」
「…これ」
「……」
魚雷ガールは黙って、天の助の恐る恐る差し出したカードを受け取った。
それに視線はやらず、どこかへと仕舞ってしまう。
「…あれ?仕舞っちゃうの」
それを開けないどころか眺めすらしなかったことに、天の助は首を傾げた。だがしかし呆れた様な声が返ってくる。
「アンタ、このカードを誰宛に書いたつもり」
「…えーと」
「言ってごらんなさい」
「……OVERです」
魚雷ガールは頷いて、ふいっと言い放った。
「なら、私が見るべきものじゃないわね」
天の助はその態度に、ただただ頷き返すしかなかった。
そしてその方が気楽だったかも知れない。
少なくとも、自分の目の前でそれが開かれる可能性が減ったのだと思うと。
なんだかんだで、どこか気恥ずかしいものがあったのだ。
「先生ってOVERより大人だなー…」
「そりゃそうよ。私の方が歳上に決まってるじゃない」
「あ、え、あ、そうか。………ん?」
天の助は暫し、無言で考え込んだ。
「じゃ、魚雷先生っておいくつ…」
「…ふ、ざ、け、す、ぎーッ!!」
最早それは、ツッコミでもなければボケ殺しでもなかった。
ひとつの技の名だ。
OVERの鋏とは確実に違うが、その鋭さは負けてはいない。
デリカシーを欠いたところてんは最後に一発、派手に打ち上げられた。
「うう…」
とりあえず生きてはいる。
そして、遠くに魚雷ガールの声が聞こえる。どうやら死角まで飛ばされたらしい。
「まあソフトン様、お手数おかけしました!」
「いや、こっちこそ待たせてすまない。…コーヒーでよかったか?」
「もちろん!あ、どこかに掛けましょうか」
魚雷ガールの声ときたら、それはそれは幸せそうだ。
どうしようもないおふざけ生徒のことも忘れてしまうぐらいのしあわせ。
天の助も何か、不思議と幸せになってきた気がした。
「砂糖は二つ貰ってきたが、足りるか」
「ええ、ひとつで十分」
「いや。どちらも魚雷殿に…」
「ギョラ?あら、それならぜひソフトン様がお使いになって!」
「そうか?」
確かに『魚雷ガール』にとってみれば、これほど最高の誕生日はないだろう。
どうやらソフトンは彼なりに頑張っているらしかった。いまいち無愛想に見えるのは彼の性分ゆえのことで、魚雷ガールもそこに隠れた優しさなど感じ取ったりしているのだと思われる。
彼女は今日のことを忘れかけていたらしいが、それでも彼女として迎えることが出来たのは幸いだったのかも知れない。
魚雷ガールはこうしてソフトンに祝ってもらえるのが嬉しくて、きっと忘れないに違いない。なんと暖かいことだろう。
例の鋏の男はなぜだか自分の名前を覚えて、何でも聞き取って追いかけて来る有り様だ。なんと忙しないことだろう。
あのカードを見て自分からだと知ったら、どんな顔をするだろうか。
天の助はこのまま、こそこそと退散することに決めた。
二人の邪魔などすることもない。
ある意味これも、彼女にとってはパーティというやつだ。
天の助は虹色バンザイのカードを握りしめたまま、地を這う様にして『ドッキリ』パーティの会場へと戻っていった。
「よし、出来た!俺の魂をこめたメッセージ、『モヤシモヤシモヤシ』!」
「さすがです、おやびん…!俺の心にも染みました!」
カードを天にかざして声高らかに宣言した首領パッチに、破天荒が拍手を送る。
それらももちろん明らかに祝バースデー用とは思えない怪しいカードだったが、それらが怒ったり泣いたり笑ったりしている間にメッセージを書いてしまうのはさすがにハジケ組だ。
「魚雷にはもったいないぐらいだ…むしろ俺が欲しいですよ」
「よっしゃ破天荒、お前のも見せてみろ」
「はい!」
破天荒のカードが首領パッチに手渡される。
首領パッチは重々しくそれを開き、そして読み上げた。
「えー…『イクライクライクラ』」
「どうですか、おやびん!」
「……」
首領パッチは無言でカードを閉じると、ひとつ咳払いをする。
「…あと三本線が必要だな」
「…三本も!?」
「『オクラオクラオクラ』でファイナルアンサー!」
叫ぶなり首領パッチはカードを再びがばっと開いて、三つの『イ』を無理矢理『オ』に書き直してしまった。
カードが何か、『オクラオクラオクラ〜』と美声で合唱する。
「さ…最高です!おやびん最高!」
破天荒は感涙に伏した。魚雷ガールのバースデーだというのに、彼らは既に二人だけで盛り上がり過ぎている。
ただしそれはいつものことだ。
「おかしいなあ、天の助…」
ヘッポコ丸は怪しさをこの際シカトして仕上げたカードを片手に、きょろきょろと辺りを見回していた。どこかへ行ってしまった天の助が未だに帰って来ないのだ。
ビュティ達の方にちょっかいをかけているのかと思われたが、こうして合流しても作っていた二人がいて完成したケーキがあるだけだ。
「あいつどこまで行ったんでしょう。ねえ、ボーボボさ……わ!」
声とともに彼の方を向き、驚愕する。
ボーボボは木の上から釣り糸をたらしてケーキを狙っていた。
「ゲットばい…スペシャルレアモンスター、ケーキゲットばい…」
「え、何!?そのキャラ誰!」
釣り糸は密かにケーキにかけられたカバーを取り払おうとしている。
が、そう上手くはいかなかった。
「こらーッ!」
ビュティ、降臨。
「やべッ!」
ボーボボは作戦を失敗と判断し、速やかに姿を消した。
と思えばヘッポコ丸の隣にいたりする。
「ケーキくいて〜…」
「ちょっ、ボーボボさんの位置どうなってるんですか!?」
「ね〜、へっくーん、ケーキたべようよー!ケーキ〜」
「ダメ」
「えー」
ヘッポコ丸に代わってビュティに叱られるボーボボ。
「……」
どうしたものやらと逸らされたヘッポコ丸の視線の先を、田楽マンがちょこちょこ通り過ぎていく。頭の上に洗い終わったボウルを乗せていた。
「…?」
その表情は何かいいことでもあったかの様に幸せそうで、つい何があったのだろうかと考える。
パーティがよほど楽しみなのか、ほんの小さな『いいこと』でもあったのか。
(…まあ、いいか)
些細な幸せというのは色々なところに落ちているものだ。
田楽マンの変化は平和そのものなのでさて置いて、気がかりなのは戻って来ない天の助だった。
カードを書き終えた首領パッチと破天荒が合流するのは、それから幾らかした頃だ。
天の助がふらふら戻って来るのは更にまた少し後になる。
それからようやくパーティの準備がはじまって、
主賓がエスコートされてくるのはもうすっかり暗くなる時刻だった。
いつかのその日に彼女が生まれたのだと、思いに留める者がいる。
そして、いつかのその日に『彼』が生まれたのだと、思いに留める者がいる。
魚雷ガールは愛しい人や教え子達に礼を言いながら、ふざけたバースデーカードを叱りながら、久々に己の姿で迎える誕生日をゆっくりと感じていた。
来年にどうなるかは解らない。
だがどうであったにしろ自分はこの日に生まれ、『彼』もまたこの日に生まれたのだ。
例えば彼のことを敬愛する部下達が、同格とされる同僚達が、この日に彼に思いを馳せているかも知れない。
それは恐らく大切なことだろう。自分にとって大したことの様には思えなくとも、彼には彼なりに思うことがあるのだ。
自分がこうして愛しい人から祝われて、ただ幸せなのと同じ様に。
とりあえず彼宛のふざけたカードだけは、例え記憶に留まらなくてもその目に映るようにしなければならない。
受け取ったからにはその責任がある。
少しばかり冷え込む今日は、ふたりの誕生日。
それを目にしたならばいつでも送り主を追いかけられるように、
それまでは確と預かっておくのだ。