「いいな、春生まれ」


お前はそんなことを言って、屈託無く笑っていたっけ。


「生まれたのが春だと誰より歳上って感じがするだろう」
「年度始めだから?そんなの気にするのか」
「あと、苺もまだ美味いんじゃなかったっけ」
「バースデーケーキね。俺はもうちょっと大人しいのが好きなんだけど」
「ふーん?何も乗っていないヤツとか」
「あと、チョコレートの方が好きだな」
「チョコレートねー」
「期待しておこうか」
「え、俺に?じゃあ俺の誕生日、九月だから」
「はは…ただじゃないな」
「ギブ&テイクには愛は無いって思うか?」
「さあ」
「俺はそうでもないと思うけどな」



そう、覚えているともさ。
お前はどうかな。





与え与えられるとして




「ケーキ食うぞ、ケ−キ」
ソニックに背中をつつかれて、パナはゆっくりと振り返った。
「ケーキ?どうして」
「解らないか?」
「…今日が俺の誕生日だから?」
溜息が返される。
「自分で忘れてたんじゃないだろうな」
「いや。お前が覚えててくれるとは思わなかった」
「そっちが言ったんだろ、期待しておくって」
「そうだったな」
互いの記憶に食い違いはない。
ソニックは声を顰めた。
「さっき閉店間際の店に滑り込んでな」
「…ああ」
「お前の好きそうなの少ししか買えなかったから、他の連中には内緒な」
真面目な顔でそんなことを話してくる同僚に、吹き出さずにはいられない。
「わかった。後で…俺の部屋でいいかな?」
「それでもいいんだけどな…実は連れて行きたい場所が」
「じゃあ、そこでいい。待ち合わせるか」
夜遅く、互いの自由になる時間に約束を定めて二人は別れた。
仕事は終えたものの、まだそれぞれ少しずつ片付けなどを残している。






ソニックがパナを引っ張り出した先は一本の木の下だった。
都市を抜け切らぬ、まるで建物と建物の隙間。
サイバー都市と呼ばれている場所は何処もかしこも開発されている。そんな『木』が残っていることを、パナは想像すらしなかった。

「桜…か」
「夜桜だな」
ネオンが少しうるさいな、とソニックは笑う。彼はどうしてこんな場所を知っていたのだろうか。
「自分のことを吊ってみると色々見えるもんだ」
「へえ」
そこらに腰掛けて体の力を抜くと、暖かくなってきた夜風が頬を撫でた。
空は暗いが星は少ない。だがそれでも困らないほどに、都市は人工の光で満ち溢れている。
「久し振りだ」
「ん?」
思わず呟いたパナに、ソニックは首を傾げてきた。
「こんな風に街を見るのが」
「ああ…そうか。みんな都市の中心部ぐらいしか出歩かないから」
「そんな時間、あったか?」
「休憩だってあるし、夕方から夜には十分貰ってるじゃないか。クルマンもそれなりに出てるみたいだけど」
「そうなのか」
「龍牙もかな?」
「あいつには外の仕事もあるからな」
騎士の立場に馴染めば馴染むほど、下に広がる街を見なくなった。
ソニックもクルマンも騎士の中では新顔の方だ。性格というのもあるだろうが、自分を含む他四名に比べれば環境に浸かりきっていないのかも知れない。
「…ちょっと眩しいけど、きれいだよなぁ。桜」
「そうだな。ソニックは桜が好きなのか?」
「まあまあ」
照れた様に笑って見せる。
「だから春に生まれた俺が羨ましかった?」
「それもあるか、な…ああ。ケーキ食おうぜ」
「ん、ああ。ありがとうな」
「いや。誕生日おめでとう」
ソニックが持ってきた袋の中には箱と、何やら瓶も入っていた。
「酒のつまみが甘いのは邪道か?」
「いや。頂くよ」
「ならよかった」
丁寧にコップまで持ってきている。
その割にフォークがあっても皿はないというのが、彼らしいといえば彼らしかった。

小さな箱の中には直方体の、ショコラのケーキがちょこんと並んでいる。
ちゃっかりと自分の分も買ってきたらしい。
「これ、人気あるらしいぜ」
「そうなんだ?よく売れ残ってたな」
「運が良かった、って店の奴が言ってたぞ。…ちょっと震えながら」
苦笑するソニックにパナも肩を竦める。
店員もまさか、閉店間際になって六闘騎士が駆け込んでくるとは思わなかっただろう。
生活に入り用なものはステーションの周辺で十分に購入できる。外から取り寄せることも出来るというのに、わざわざ街を駆ける者はなかなかない。
「それでよかったか?」
「ああ、…たしかに美味い」
「よし」
ソニックは自分もプラスチックのフォークを取り出して、箱の中のケーキに差し入れた。
ケーキの箱を男二人でつつくというのも妙な光景ではある。
それでも甘味と酒とをちびちび進めながら、二人は他愛のない雑談を楽しんだ。



「…この街ってさ」
「うん?」
「やっぱ綺麗だよな」
「…ああ」
ほろ酔いのソニックはそんなことを言って、とろんと街並みを眺めている。
「すっきりした綺麗さじゃなくてさ、こう…ごちゃごちゃしててきらきらしてて」
「ギガ様が気に入ってお許しになってる街だからな」
「そりゃ汚いもんもたくさんあって……俺だって、どっか汚いんだろうが」
「それなら俺も同じだよ」
「そうかな」
何かに問う様な呟きすら、ぼんやりとしている。
パナは思わず彼の片腕に手を添えた。
「…罪があるなら俺も同罪」
「パナ」
「ここは支配の国だからな。ソニックは今の立場が嫌いか?」
「まさか」
「なら、重い?」
俯いて、ソニックは呟いた。
「……すこしだけ」
「それでいいと思うぞ。どうしても駄目になりそうなら、何かに縋ればいいんだ」
「そうだな。…悪い、辛気くさくて」
「いや。…俺だって駄目になる日が来るかもしれないよ」
その可能性を誰もが抱いている。言ってしまえば、そうなのかも知れない。
だがどの様な環境であってもそれは同じことだ。
違うのは二人が決意の上の立場に在ることや、此処が閉ざされた街であること。
「…その時は」
パナはサイバー都市を愛している。ギガのことも本当に敬っている。
それはソニックとて同様だろう。
「その時はソニック、…お前に縋っても?」
呟くと、ソニックは驚いた様な顔をした。
酔いで少し赤らんだ頬が可愛らしくて可笑しい。
少しだけ笑うと、彼も笑った。
「…俺でよければ。それで、もし駄目になったのが俺なら」
「俺に縋っていいよ」
「両方駄目になった時は?」
「縋り合えばいい」
それに、都市にいるのは俺達二人だけではないしね。
そう続けるのは心の内のみにしておいた。今はもう暫し、彼と二人で在る気でいたい。
「ギブ&テイクだな」
「…そういえばあの時もお前、そんなこと言ってたな。愛があるとかないとか」
「ああ」
「聞き返してみていいか。ギブ&テイクに愛はあるか」
「あってもいいと思うぞ」
手に持っていたグラスを置いて、ソニックは目を細める。

「返さなきゃって思うぐらいに幸せになることと、それだけ誰かを幸せにするってことだとでも考えたらな」

ソニックを覗き込むようにしてパナの銀髪が揺らいだ。
「…覚えておくよ。嫌いじゃない」
「…ああ」

箱の中は既に空になっている。
だが桜の花弁とネオンの光が舞い散る中で、二人はもう暫しゆるりと時を過ごした。





「今、何時ぐらいだ?」
「もう遅いだろうな」
とっくに深夜になってしまっているのに、街中はなお明るい。
ステーションに門限などというものは無いが二人の足は急ぐ。
明日の朝になればまた処刑が始まるのだ。処刑人の仕事はその名ほど厳しくはないが、夜更かしにはあまり向かない。
「あの桜、またいつか見に行かないか」
「ああ、いいよ。やっぱりソニックは桜が好きなんだな」
「桜が好きっていうより、春が好きなんだけどな」
四月はじめ、パナの誕生日の頃になると、桜が花開いて枝を飾る。
そして風に吹かれては雪の様に降るのだ。
「春になると何かと新しくなっていく気がするだろう」
「なるほど」
「変わらなかったものは、また始まるんだって思える」
早足でコンクリートの中を歩きながら、二人の会話は続いていく。
ステーションに近付くほどにビルの群れも高くなる。この辺りになると、もう空だけが開いているようなものだ。

「俺がはじめてこの街に来たのも春だったよ」

そして、ネオンの海の中に足を踏み入れた時もそうだった。

知り尽くせぬ新たな環境に惑いながらソニックは戦っていた。
何か求めていたものがあるのかと問われれば、それは居場所だったかも知れない。
そんなこの身をあの中央ステーションに引き入れたのは帝王であるギガ自身だった。
それゆえに、六闘騎士達との出会いをも得た。
都市を支える力の源がJなのだと知った。
ギガの力の源となるオブジェに関わっているのが龍牙なのだと知った。
詩人が噂ほど冷酷ではない、優しい冗談も言えるような総長なのだと知った。
クルマンが噂以上に親しみやすく明るい男なのだと知った。
そしてパナと出会って、

その瞬間に、ここに在りたいのだとこの心が定めたのかも知れない。

「だから、春は好きだ」
「そうか…」
パナの笑顔はただ冷酷だけでないとソニックは知っていた。
処刑人を恐れる人々の間で、どうしても噂というのは膨張する。
パナに出会う前は彼のことを、つめたく笑う男として覚えていた。
冷たいばかりではない。彼の笑顔には彼の、様々な感情が篭っている。
たった今、目の前の笑顔は暖かい。

ソニックは春が好きだった。
様々なことが始まる。あの少し頼りない部下達と出会ったのも、そういえば春だった。
冬が終わりを告げる。桜が綺麗に咲いた。
彩りは何処にでも開くのだ。
例え木や草の無いところにも、また。
それだけではない。

「お前の生まれた季節だから」

言うと、パナは彼にしては珍しくその瞳を見開いた。

「…ソニック」
「…ん」
「お前、九月生まれだったか?」
「ああ」
「…そうか」
パナはまたふわりと笑って見せた。

「俺は秋を好きになれそうだよ」

その時になってみないと解らないけれど。

「だから、今年の秋にも此処に居てくれよ」

この都市に。
出来るならば、来年またこの日が訪れようとも。

「…ああ。きっと」
ソニックは頷いて、立ち止まった。
「俺は来年の春だってここにいたいから」

大切なものに溢れてしまった、この場所に。


時計の針が指す時を知らぬが、二人の歩調は幾らかゆっくりとなった。





やがて幾つもの光を放つ中央ステーションを前にする。
立ち止まって見上げ、互いに顔を見合わせた。
「やっぱり明るいな」
「Jのおかげだろう」
「Jか。…J、明日が誕生日なんだよな」
「…え!?なんだそれ、俺は聞いたことなかったぞ!」
「自分からはそういうこと言わないからな、Jは。俺が聞いたのはソニックとも会う前だったか…」
「あー…早く教えてくれよ、そういうことは」
「今日はもう遅い、明日考えて休憩の時間も使えば間に合うさ。そうだろ?」
「ま、そうだな」
「……ソニック、もう眠いか?」
「いや。不思議と、まだ」
「なら、飲み直しに付き合ってくれる?持って行くから」
「…ああ。喜んで」


与え与えられるとして、ここに在るものたちを愛しているかと問われればきっと頷くのだろう。
だから満たされている。
だから、送り放ちたくなるものがある。


翌日顔色を悪くして同僚達に呆れられるのすら覚悟して、
訪れる別の同僚の生まれ日のことを思いながらも、
二人はもう少しだけ宴を続けることにした。












パナハッピーバースデー、捏造逆さまコンビ。
ソニックは部下達への態度とか見てると、身近な人間を大切にしているような気がする。
都市には都市なりのあったかさがあるといいなあ、という妄想でした。

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