手足
「おやびん、何を見てるんですか?」
「ん?あー、あれ」
首領パッチは見上げる先を指差した。幾つもの果実が実った、木。
「果物、ですか?」
「ん。つーか、見りゃ解るだろ」
「気付きませんでした」
首領パッチのことだけを見ていれば、上にある風景など考えもしない。
辺りを見回せば確かに果実の木々があって、首領パッチが見上げていたのはその中の一本だった。
「…大きい木ですね」
「ああ。この辺りじゃきっと一番だな」
「実もずいぶん沢山ついてるみたいですし」
「あれ、美味いんだぜ」
破天荒はその、薄桃色の果実の味を知らなかった。何処かで食べたことはあったかも知れない。けれども見ていて味が蘇ることはない。
きっと、本当に美味なのだろう。首領パッチがそうだと言うのだから。
「特にほら、あの辺にあるやつ、色が濃いの。あのくらいのが一番いい」
好きなものを食べている首領パッチは幸せそうだ。
幸せそうな彼を見ていることほど、破天荒にとって幸せなことはない。
「あれ、ですね。…取ってきます」
木にしがみつき、窪みに足をかける。
「…へ?おい、破天荒」
「大丈夫です。間違えたりしませんから」
少しずつ上へと進みながら、言葉を交わす。
「そーじゃねえよ。行くなら自分で」
「駄目です。落ちたらどうするんですか」
「バカ、お前の方が重いしでかいし危ねぇじゃんか」
心配されることは嬉しいが、運動神経は悪くない。目的の場所に確実に近付いていく。
「大丈夫ですよ」
大丈夫です。
笑って、足をかけるには細い枝に手を伸ばし体を寄せた。
大丈夫ですよ。俺なら、落ちたって。
首領パッチの指した果実に手を伸ばす。彼の言う通り、他よりも色濃く赤い。
「ッ…」
枝にしっかりと付いたそれをもぎ取った衝撃で、全身がバランスを崩した。
「お前バカだろ。バカだ、バカ」
木の上から落下した破天荒を見ながら、首領パッチは呟いた。
騒ぐことはない。破天荒は地面に体を打ち付けながらも平然と起き上がり、果実を差し出してきて、笑ったのだ。
騒ぐ気にもなれなかった。
「お…おやびん、すみません。でもほら、果物には傷は付けませんでしたから」
「そーじゃねーだろ!もうッ、あんたって子は!」
ばしんとその肩を叩いて、その手に握られた果実を見る。首領パッチの示した通りのそれには傷ひとつ付いていない。
「まずなんで、お前が取りに行くんだよ」
「おやびんが…欲しいんだと、思って」
「だーから、そーじゃねえだろ!行くなら自分で行くっての」
「……俺はおやびんの手足でありたい」
破天荒は未だ顔を笑わせながら、首領パッチの手にその果実を握らせた。
「おやびんの役に立てるなら、どうなったって構いません」
「……」
例えどんなに小さなことだろうと、危険の肩代わりであろうと。
「…ホントお前、バカだ」
首領パッチは呟いて、果実を破天荒の膝に放り返した。
「これ、お前のだ。取って来たのはお前だ」
「おやびん…俺、おやびんのために」
「お前が取りに行って、お前が持ってきた。お前はお前だ」
破天荒に小さな背を向けて言い放つ。
「俺は、自分の手足と一緒にいるんじゃねーからな」
「…おやびん」
掠れた声で呟いて、破天荒は俯いた。
「…でも、だって…あ」
「…なんだよ」
「ねえ、おやびん。俺のだったら、俺がどうするか決めたっていいんですよね」
「…まあ、いいんじゃね?」
「じゃあ半分こしましょう。俺とおやびんで」
「……」
首領パッチは呆れたように溜息を吐いた。
有り難い話ではあるが、この男は本当に解っているのだろうか。
自分の同意を得ることが出来れば何でもいいと思っているのではないか。
「切るもんがねえ」
「おやびん、先に半分食べてください。…あ、全部食べたっていいです」
「それじゃ半分この意味、ねえだろ。お前先に食えよ」
「いいえ、いいんです。俺は後で」
再び濃い桃色の果実を受け取って、首領パッチは破天荒を見た。
それはそれは幸せそうに、笑っている。
この男の幸せはどこにあるのだろう。
何かをすることで、自分を幸せにすることだろうか。
その命を懸けてでも。
「おい、破天荒」
「はい」
「次にあんなことしたら蹴っ飛ばすぞ」
「…え」
「いいか、蹴っ飛ばすんだからな!」
「…は、はい」
ならば、やはり。
そんなのはこっちにとっては幸せではないのだと、
まずそれを教えてやることから始めなくてはならないらしい。