注意!
ここから先は表の帝国お題13『裏切り者』(菊コン)の続きであり、同カップリングの性描写を確実に含みます。
そういった表現が苦手な方、『裏切り者』の雰囲気を残しておきたい方、これより先の観覧に自己責任を持てない方はブラウザにてお戻りください。
生じました問題等に対し、書き手は一切責任を取れませんのでご注意ください。
あの男の花は、灰色の空の下でもそれは鮮やかに咲き誇る。
自分はその花の名を知らない。
育む事も、開かせることも出来ず、その力になることすら怪しいだろう。
支えにも光にもなれない。
ただ、壊すだけ。
笑えるほどに情けなくくだらない言い訳をしながらも、それを目にすることができた。
戦場に咲くも廃れない。
縋らない、孤高の、それは鮮やかな、
まるでその主のような、花を。
「…ン、…ふ」
コンバットは、口付けが苦手だった。
その先も駄目だ。
それに関連する本だの映像だのの類ならば笑い話にするほど知ってはいる。触れ合うのも好きだ。
だが触れ合う先の交わりの実践には、笑い話になるほど疎い。
一言に例えばキスと言ったらそれも彼にとっては触れ合いだった。奥まで絡める口付けを知らずに、目を眩ませた。唇が離れた隙に大きく呼吸をして酸素を取り戻す。
いつまで経っても上手に整えられるようにならない。段の様に息をして、口の端まで濡らす。
目の前の男が笑った。
馬鹿にしているようだとも取れる、微笑んでいるようにも見える。ここが風吹く空の下だと、改めて確認させる気で揶揄しているのかもしれない。菊之丞はコンバットの子供の様な中身を知った時、それを笑い飛ばした。
単純に悔しがって反論してくるところを強引に引いて、口を塞いで黙らせた。
そうして舌なりを噛むような脱出すら思い浮かばなかったコンバットのことをまた馬鹿にしたのだが、その時の彼の脳は混乱と息苦しさに満たされ、言い返されることもなかった。
一度目がそれで、今。
慣れねぇな、と心の内でやはりからかって、菊之丞はその指先を彼の軍服の襟の隙間に通した。菊之丞の目には重苦しいその服に連なる金具の類も、慣れているコンバットにしてみれば身の一部とも言えるらしい。
大人しくしていろよ、と耳に注ぎ込むと、コンバットはのろのろと体の力を抜いた。
暴れても聞かれないことを解っているからか、もしくは本当に気を弱らせているからか。
菊之丞にとってはそれは『馴れ合い』ではない。
だが例え慣れ合いだったとしても、どちらでも構わないのかも知れなかった。
ただ、時折何を考えているか解らなくなるような男のその心を、ひと時でも内に置いておきたかっただけだった。
それが、始まり。
今は、何をしようとも彼を最も支配することが出来るのは口付けだと覚えた。
すっかり力の抜けたコンバットの身をフェンスに預けさせると、小さく声が漏れる。
「…こ、こで…するのか?」
「だったら何だ?」
「解ってるだろう…外だぞ」
「そうだな」
別に道の脇でやろうと言うのでもないが、外は外だ。
灰色ばかりの屋上。コンバットはそんな雰囲気の上に青い空があるのが好きらしく、あえて殺風景のまま変えさせようとしない。もっとも今、空には晴れぬ雲がかかったままでいるが。
「そんな文句はもっと早くに言っとくんだったな」
「……」
力を抜くところまで菊之丞の言い分を聞いた、彼の言いたいことは『気が乗らない』ではないだろう。
言い訳の様なものだ。いつまで経っても慣れない、妙な潔癖さを弄くるのは今も面白くて堪らない。
「どうする?撥ね除けて逃げ出すか」
そう言っておけばそれこそ動けなくなるのだから解りやすい男だ。
どこか単純で妙なところが真っ直ぐに出来ていて、時にそれが枷となる。
脱がせにくい服を軽くだけ解き、指を滑らすと、コンバットは耐えるように喉の奥から声を漏らした。
普段ならば大体は、意味を抱いてそれが始まることはない。
慰め慰められるための触れ合いではない。ただ、行為そのものを成立させる『はじまり』。
情けという言葉は好きだが、今ばかりは本当は情けをかけられたくはなかった。
自分で自分自身が既に情けなくて堪らないのだ。そうできるものなら、自分を殴り飛ばしてでも楽になってしまいたかった。
不幸だったのは今日は最高幹部の会議のある日だったということ。幸いだったのはこの件の後始末の為に、会議の欠席が許されたことだ。いっそこのまま自分の立場を否定してしまう、そればかりは何より許されないと解っているが、そう求められたとしても何の言い訳も無い。
部下達ともなるだけなら、今は顔を合わせたくなかった。幾らでも許されることではないにしろ、暫く作り出した孤独に甘えておきたかった。
それこそ最高幹部の連中の前でなど、どんな顔をしたら良いか解らない。
どんな。
どんな風に、向かって行けばいいか。
「…ぅ、あ…ッ」
菊之丞は、器用だ。
コンバットもそう不器用ではない方だと自分で思ってはいるが、彼と比べてしまえば器用とは言えなくなると自覚してもいる。
だからそれは見事なものだと褒めておきたいが、彼のその指先が自分の身に触れ轟いているところはあまり見ている気にはなれない。特に、自分でなければ誰も触れないような場所であっては。
「…根性あるじゃねぇか、いつもより。粘るな」
「ッこ、んな…ところで…ぁ、…」
気をやってたまるか、と。
そう言いたいのも、言えそうにないのもどうやら充分に伝わっている。
菊之丞には意地の悪い微笑みが特によく似合う。意地の悪さだの何だのが問題というよりは、それが『惹かれる表情』であった。
そう思っていることは、本人にすら言ったこともない。
妙な趣味かも知れないが似合うのだから仕方ない。
「ああ、そうだな。そんなに保つなら終いまでやるか」
「な…!あ、ッ!」
言葉の終いからひとつ間を空ける様にして、菊之丞の指先が先端を抉じる様に擦ったのを感じた。足の先にまで痺れが伝わる。
「ッく…」
「震えてるな」
「…平、気だ」
「…溢れてるぜ」
「ッ」
耳を撫でるような濡れ音をわざと響かせて、指は踊った。
「お前は早いからな、出来上がるのが。…あとは後ろだけでイってみるか」
「ふ、ふざけッ…」
「前、イっただろ?」
「…!」
言葉とともに、
感覚までも蘇る。
ああくそ、この男はそういうのが好きなんだった、と改めて感じながらもそれは消えない。
「思い出したか?」
「思い…出したくも、ない」
「思い出したんじゃねぇか」
前を軽く握られて、今度は腰から腹ががくんと揺れた。
「……ぅ」
確かにそんなこともあった。散々な記憶だ。忘れたくても忘れられない。
やはり上は脱がさないまま下だけ剥ぎ取られて、いつ誰が来るか解らない会議室の机に押し倒されて、冷静に思い出せば片手で口を塞がれていた。お前の声が大き過ぎるから外せないのだと揶揄され、もう片側の手で後ろばかり弄られた。イってみろ。
嫌だ。
イけるだろ。ああ、もう少しだな。
やめろ。苛立つことに会話まで鮮やかに思い出された。ついでに、最後の『やめろ』は口を塞ぐ手が強引になって外まで響かなかったことも含めて。
あんなことばかり、あんな瞬間ばかりが鮮明だ。
菊之丞はとにかく、服を脱がせないままに遊びたがる。
自分では必要のある分すらなかなか脱がず、こちらのことも中途半端に脱がしたままにして好き勝手をしてくれる。
自分で脱ごうとすればそう出来なくなるまで責められる。それが痛みの限りではなくなるまでに慣らされた今も、主導権を握れたことは一度とて無い。
『前の時』と同じ様にして足の間の隙間を指が辿っても、コンバットはただ歯を食いしばるだけでいた。
握りしめるのをシャツでなく髪の毛にしてやろうかと思ったが、気が引ける。遠慮する時ではないだろうに、それがコンバットが主導権を握れもしない理由のひとつであった。
「…ひッ」
初めて触れられる時はただ恐ろしかった。身の内に繋がる口よりも固い場所。口付けには翻弄されたがただ、瞬間的な生理的『恐怖』を。
今は別の意味で恐ろしい。それを引き立てるようにして触れてくるのだから、本当に意地が悪い。
「…めろ、…菊、の…」
「聞こえねぇな」
今はあえて口を塞がないでやっているのにと、そう言いたげにして。
確かに人気の無い場所ではあるが上に境目が無く、背を守るフェンスも壁よりは頼りない。外気の緩い風が肌を撫でまわしてくる。
お前のせいで、好きだったはずの場所が不得手になりそうだ。
出来るものなら言ってやりたかった。
「た、のむからッ…あ、くっ」
「頼むから?」
笑うな。
否、そんなことをいちいち言っている場合ではない。
「や、め…や、やり様ってモンが…あるだろうッ」
思うさま楽しみやがって、と。
断片的にしか表現することが出来ない。
「…ああ、そうだな。隊長殿の戻りが遅いんで見に来たら男に組み敷かれてましたじゃ、さすがに格好つかねぇだろ」
「…ッ菊之丞…!」
「まあそりゃ幾らなんでも冗談だがな。さて、どうするか」
思案する気が有るのか無いのかそう唱えながら、指先はまた轟いた。
「ひ…!」
「聞いてやってもいいんだがなァ。…そうだな。取り引きだ」
「…取り、ひき…?」
菊之丞は笑いながら、コンバットの肩に軽く顎を置く様にして耳元に近付いた。同時に後ろを擦っていた指先を離して手を引き寄せ触れる。
ぬるり、と濡れた、己の濡らした感触に身体が強張った。
「…ここだ」
持ち上げられた手はされるがままに導かれた。
「片手で、俺をイかせてみな。そうしたらここで終いまでヤるのは勘弁してやるよ」
「な、なん…!」
「嫌ならいいぜ、好きにするから」
選択肢など用意されていない。
何時も気がつくと、一つの方向へと誘導されている。
「……わ、かった」
取り引きは、成立した。
「ひ…ッぅ、ああ…!」
震える手で必死に、合意した一つの結論を追い求める。
自分で自分のものを弄くる時にどうしているかなどいちいち覚えていない。思い出すにしても、今は自分の意思で動くことすら危ういのだ。
「どう、した…?手ェ止まってんぜ…」
少しずつ彼が息を荒げるのは解っていても、喜ぶ暇もない。
菊之丞の片手は己の片手と交差し、前どころではない、後ろの方を弄ってくる。
終いまでやらない約束は確かに違えていなかった。だが触れるだけでない、動かすだけでもない、どうすればこちらが陥落するかすっかり知っているのだから勝負が悪い。
そうしなければ体勢が成り立たないので仕方ないが、ほぼ密着した身体の布越しの熱すら刺激に換わる。
く、と。体内に音が響いた。
内部で指の間接が曲げられた刺激のための、幻聴だ。
「…ッあ…!」
「どう、だ…俺の言ったのが、正しいだろうが」
「ひ、…う、ぅ」
『後ろだけでイけるだろう』『後ろだけでイかせてやる』と。
「…そのぐらいのハンデは、やらねぇとな」
ぎしり、とたった音は、それは幻聴ではない。
フェンスの軋む音。ただ一つの支え。先程、もうずっと昔に思える先程とは違う形で軋ませている音。
その『先程』も、基地の中のことも、この屋上の他の場所も、頭上に広がる空ですら、何もかもが違う世界の様だ。
今だけが切り離されて熱を持ちここに生きている。感じるのは吐息に指先に、そこから繋がる一人の男の存在。
花を操り時に愛でる彼の指先が、好きだ。
弾丸を数えるぐらいしか能のない己のものよりもずっと。触れていいのかと思うほどに。
「…なんだ、そのツラ」
やや荒んだ吐息と共に、菊之丞が呟いた。
「…ッなに、も…!」
「そうか、なら…やってみろよ」
やってみろ。
深く、深く繰り返した。
耳に残る、目眩のする程の囁き。
「…お前の技で、この俺を罠に嵌めてみろ」
「……ッ」
耐えきれなくなって、向こうの肩に顔を埋めた。
そんな言葉を吐きながら動きの何ひとつ止めないのは反則だ。結局自分は彼に導かれてここにあるのだと、身が震える。
どうしようもない感覚に踊らされるのすら心地良い。
なあ、知っているか。
罠を仕掛ける暇もなく、とっくにお前の花の香に酔わされているのを。
知っているか。
俺からは絶対に、教えてやらん。
「ぅ…く…ッあ!」
「……ッ」
身体がひとつの線で繋がるように触れ合いながら、少しずつ意識が迫り上がっていく。
触れられ掻き回される場所が止め処なく熱く、触れている場所が痺れるように熱い。
そして、頬に。静かに柔らかい熱が流れて。
「あ、…ッあああぁ…!」
総てが混じり合い、白に還る。
互いに息を整えながら、暫しは言葉を交わさず離れもしなかった。
朦朧とした意識の中でふと思い出した。
自分はどうしてここに来たのか、彼がどうやって現れたか、ここに至るまでに何があったか。
菊之丞はいつの間にか、そのことには一切触れずにただ己を抱いていた。
この心の中に掛かっていた靄を引き抜くでもない、抜け落とすでもない、ただ一時的に何処かへ置いておかざるを得ないように。それを改めて見直した今、思えば先程ほどの重圧や憤りがない。
きっと、ここでなくては涙ひとつ流せなかっただろう。
「さて、行くか」
「…ああ……なあ」
話しかけようとすると、菊之丞は手早く服を整えながら続けて言葉を紡ぐ。
「お前は着るなよ、戻ったら続きするんだから」
「…え?」
「部屋まで連れてくのは面倒だな。執務室か何かでいいか」
勝手知ったる他人の基地。
問題はそこではない。
「き、菊…お前さっき、やらないと…!」
「ここでは、やらねぇでやるっつったな。ここではな」
待ってましたと言わんばかりの一言に、奇妙な沈黙が流れる。
菊之丞はあえて何も言わず、コンバットは本気で何も言えなかった。
「や、やく…」
「約束が違う?違わねーだろ」
それは確かに違わないと言えば終いだが、納得できる筈もない。菊之丞はまるで呼吸をするかの様に、自然に笑みを浮かべて見せた。
「だから甘ちゃんなんだよ、コンバット」
「…き…!」
「さて…腰の砕けちまった情けない男を連れて歩いてやるとするか。しかしテメー、運びにくいから筋肉落とせっつっただろうが。いつか」
「い、今は関係あるかそんなの!」
「あるだろ。この分じゃ慣らし直し…構わないがな、俺は」
「…馬鹿かお前ッ」
「いっそ全部剥いて軽くするか?上から下まで」
「…!」
ああそうだ、菊之丞は元からこんな男だった。
大の男が大の男を抱き上げるなどという恥ずかしいことも、あっさりとやってのける男なのだ。
文句があるならお前も体を鍛えろと、そんな意味の無い言い返しを考えるコンバットの中で、重苦しい感覚は今は忘れかけられていた。
例えば。
例えばあんな精神状態で、ギャルやガールには会いたくなかった。最高幹部として名を連ねる仲間にも、ましてや皇帝などにも、近いだけ顔を合わせたくはなかった。けれども、菊之丞には会いたかったのかも知れない。
何をして欲しかったのではない。慰めのために触れ合うのでもない。
ただ。普段の様に甘ちゃんだと笑われてもいい。改めて思えばひどい我が侭であるのも承知だ。
ただ、建物の中でしなくてはならないことを忘れて逃げた曇り空から、更にひと時でもいいから。戻らなくてはならないことはよく解っているから。
会いたかった。
会いたかったのかも、知れないが。
「離せ!降ろせ!せめて自分で歩く!」
「素っ裸でか?」
「なるか!」
「うるせーな、あんまりギャーギャー騒ぐとここで犯すぞ」
この後のこと考えると別の意味で気が重く、
そして鼓動が止まらなかった。
灰色の空は未だ晴れないが、花の香は緩く風に乗る。
罠に嵌ったのはどちらだったろうか。