首領パッチがもはや別人、いや別生物、別パッチと言えるのではないかという状態から元に戻って数分。
大人げなく首領パッチと喧嘩をはじめたボーボボを止めながら、ビュティは何度も『彼』に目をやっていた。


(…ホントに、もう元の首領パッチくんだ)

オレンジ色の体、大きな目、少しばかりバカ、いや気の抜けた物言い。
何故かタキシードまで着ている始末。
「…ってなんで!?」
「お母様!今日までありがとうございました!」
声がした方を慌てて向く。と、ボーボボがさめざめと泣いていた。
ウェディングドレスを着て。
「わ!」
「ボボ美はお嫁に参ります!お母様もお元気でッ!」
「なに、式あげるの!?ボーボボが花嫁さん!?」
ボーボボが女性役とは新しい。
と思ったが、確か旧毛狩り隊との最初の方の戦いだったか、こんなこともあった気がする。
(…じゃなくて!)
ビュティは首を振って、首領パッチとボーボボを交互に見た。
「そんなことしてる場合じゃないよ!」
「なんだ、お前もドレス着たいのか?」
首領パッチがしょうがないわねえ、と言いたげに笑いながら肩を叩いてくる。
「そりゃ私だっていつか…は……じゃなーい!やること、他にもあるでしょ!へっくん元に戻すとか!」
言いながらばっ、と赤ん坊状態に加えて巨大化したままのヘッポコ丸に目をやる。
が、そこに彼はいなかった。
慌てて周りを見回すと、
いた。

「確かに足りてたみたいですね、バッチ。…こんなに」
「もう僕にはいりませんから、皆さんがお持ちください」

ソフトンとともにコパッチ達と、金バッチの山を中心にして会話している。
「…ッてもう元に戻っとる!!」
それこそ目が飛び出るほど驚いたビュティは、天の助と田楽マンの方に目をやった。
「誰か戻してあげた?」
「いいじゃん。無事なんだから、結果オーライッ」
「怒んパッチさんいなくなっちゃったのらー…」
「いいの!?」
叫びはするが、いいような気もしてきた。
元に戻らないままというよりはずっと、いい。

(…いいか)

ツッコミにも時に妥協は必要だ。ビュティは強引に納得した。
「…じゃあ、結局元に戻れなかったのは…」
ふと、コパッチの集団に視線を戻す。

「おやびん、僕らハジケ村に帰ります」
「ご用がある時は呼んでください!」
「おうよ」
彼らは首領パッチを前に、一人ひとり別れの挨拶をしているようだった。
「おやびん。頑張ってくださいね」
「いっぱい活躍してね」
「応援してます!」
思わず、目を細める。
その中にはやや濃い色の、あのハロンオニが変化したコパッチも笑っていた。
彼らの首領パッチへの想いは本物だ。怒んパッチ、そして首領パッチについて行きたいという想いが彼らをそうさせるのだ。
それはビュティが考えて理解するものではなく、ボーボボやソフトンのものとも違う。あれだけ怒んパッチに目を輝かせていた天の助や田楽マンも、コパッチにはならなかった。
もしここにあの破天荒がいたなら、どうだったろうか。コパッチになるのか否か、そもそも怒んパッチという存在をどう受け取るのか。
何にしろ、ビュティにとっての常識とは相当に離れた世界ではあった。

「じゃあ、おやびーん!」
「おさらばです!」
「また、お元気で会いましょー!」

コパッチがあの、コパッチの気球に乗って帰っていく。
狭くないのだろうか。(一匹増えたことだし)だが皆、特にハロンオニだったコパッチが、元気に手を振っている。
泣きそうになっている者がいる。恥ずかしそうにしている者がいれば、慰めるものも、率先して賑やかな雰囲気を作ろうとする者もいる。
同じ様に見えても皆、異なるのだ。
ビュティは手を振る首領パッチを見て、そして横で今は騒がず黙って手を挙げているボーボボを見て、静かに手を振った。




首領パッチは戻った。ヘッポコ丸が戻った。ハロンオニは戻って、いや、旅立って行った。


これで全てが、

「…あ、そうだ!」
「どうした?」
ソフトンの問いに、ビュティは慌てて周囲を見た。
「…カニ!」
「カニ?」
事情を知らない、もとい覚えていないヘッポコ丸が首を傾げる。
何となく焦るビュティの肩を、柔らかいものがぽんぽんと叩いた。
「戻ってんぞ」
「天の助君、え…ああ!」
彼の示した先では、首領パッチとすっかり四角に戻ったハンペンが向き合い語らっていた。

「ありがとう、カニ左エ門…お前の励ましもあり、俺は勝てたぜ」
「励ましか。記憶には薄いが…あともうカニではないぞ」
「もう体は平気か、カニ左エ門?」
「平気だ。カニでないと言っておるのに」

「ホントだ、もうカニじゃない…」
「そんな心配するこっちゃねーよ。食い物って人間より頑丈だぜ」
「『再生が早い』じゃないのか?」
自慢げな天の助にヘッポコ丸がツッコミを入れる。
「ま、まー戻るんだから同じじゃねーか。な、田楽マン!」
「いや、オレ田楽マンだけど田楽じゃないのら!ソフトンがソフトクリームなのら」
「…いや、俺に言われても」
「そーだそーだ、ソフトンはソフトクリームじゃ」
「ソフトクリームだよ!」
ボーボボに何故かソフトンでなくビュティが叫んでいる内に、天の助が何かを思い立ったようにしてツツツーと一行を抜け出した。
「わ、変な動き!…天の助、どこ行くんだ?」
「…止めるなヘッポコ丸。よく考えたら俺はあいつと決着を…!」
「いや待て、ムリだって!相手はハンペンぞ!…えーと、強いんだろ?」
ハンペンとの戦いの時に魚雷の補習授業という別の戦いに挑んでいたヘッポコ丸は、とりあえず今の戦いでのハンペンを思い出しながら天の助を止めた。
「ヤダー!食いもんの王者は俺だもん!食品代表は天ちゃんだもん!」
「泣くなよ、大人げない!」
「そして首領パッチだけが目立つ展開は許さねー!」
「もういいじゃん、やめなよボーボボ!」
ボーボボまで身を乗り出すのを、ビュティが制する。
「食王の決着つけるんだー!」
「それにしたって今はやめろって!ハンペンって強いんだろ!?ですよね!」
ヘッポコ丸はソフトンと、ついでにその肩にちゃっかり乗っかっている田楽マンに問いかけた。
「おでんがくの屋台が忙しかったからよく解らないのら」
「おでんがく!?なんだそれ!」
「スマン…俺も手伝っていた」
「ソフトンさんまで!」
ショックを受けたヘッポコ丸。
その肩をボーボボが叩き、湯気のたつ串を差し出す。
「食えよ。おでんがく」
「実在するんですか!?…あ」
連続する驚愕のその隙をついて、天の助がつるりと抜け出した。

「目指せところてんの天下ーッ!」

「あー!天の助!」
「やらせとけやらせとけ」
ボーボボが軽く言い飛ばしたが、ヘッポコ丸はおろおろとその背中を見ていた。



「覚悟しろや加工食ひーんッ!」
「なに!」
カニか否かで延々首領パッチと議論していたハンペンは、突っ込んで来る天の助に驚き身構えた。
「オマエも加工食品だろ?」
首領パッチがどうでもよさげに肩を竦める。
「ウルセー!オマエだってコンペートーの子孫だろ!」
「なんだとー!ありゃデマだ!」
「お主、コンペートーだったのか」
「うるせー、俺はコーラの妖精だ!」
コンペートーの子孫説が同志・薔薇百合菊之丞の適当な発言だと知る由もないハンペンは、やや本気に驚いてみせた。
「信じてんじゃねー!」
「それより食品代表としての勝負をしろ!そして首領パッチは黙ってろー!!」


「うわー、天の助が必死なのら」
「一応勝ったのにねえ、天ボボで…」
「天ボボ?」
「あ、へっくんは見てないんだ。ボーボボと天の助君がね」
「それより俺たちはバッチを数えようぜ」
「…まあ、そうだな。幾つある」


外野が食バトル(?)を流してしまった頃、当の天の助は本気で必死だった。
「決着つけろや練製品!王者は俺だー!」
「ああ、解ったから揺さぶるのをやめんか!」
「いいねー、その表情。いただき」
「あっ、写真は撮らないで」
何故か首領パッチがカメラ片手に二人の周りを飛び回る。
ハンペンは今にも噛み付きそうな天の助を剥がすと、肩を叩いた。
「落ち着かんか、ところてん」
「天の助じゃい!」
「解った。天の助」
よく吠える。
こんな形で喧嘩を売られるのも珍しい。
チクワンはハンペンを師匠と崇め、宇治金TOKIOもハンペンを強者と尊敬した。
同じ『食品』から慕われることはあれ、こうも睨まれることはそうはなかった。
「焦らんでも決着は後でつけてやろう。今はお主、他にすることがあるんじゃないのか」
「俺には今、これが一番大事なの!」
きっぱりと言い返して来る天の助に、ハンペンは溜息を吐いた。
「こんなことを言っておるぞ」
「いんじゃね?」
カメラをいじくりながら首領パッチが答える。
「いいのか」
「隙見せると噛み付いてくるぜ」
にやりと笑ってそんなことを言うコンペートー(仮)にまさか、と笑い返すハンペン。
が、そのまさかだった。
「ガルルルルル」
「本気で噛むな!」
「ギャー!歯がかけは…いひゃいいひゃい」
「お主、前の戦いで何を見ておったのだ」
首領パッチも同じことになったのを覚えていないのか。
ハンペンにかじりついて歯をやられた天の助は、地面に転がってぴくぴくと呻いた。
「ひくひょー…しょくおーのらは、わたはねー…」
「渡さねーって」
そもそも食王はこのわしだ。
そう言おうとして、ハンペンは首をひねる。
否、一度やられたのだからそうではないのかも知れない。だがあれは天の助であると同時に毛の男であり、ところてんではなかった。人間であると言うべきかは知れないが。
何かと飛躍した別の戦士、コンペートーこと首領パッチにフォローを求めようにも、彼は既にボーボボ達の方へと戻ってバッチの山を激写している。
「…ふう。どうしてお主、わしに喧嘩を売るか」
「おまへが…お前が!食王って言うからだ!」
「食王の座が欲しいか?」
「立ちはだかる食いもんには挑んでやるぜ」
いまいち勇ましさの抜ける台詞。
だが、食物たるハンペンにとっては間違いなく挑戦の言葉だ。
「お主、帝王の座が欲しいか?」
「俺には豆腐廃止の夢がある。あと、ね廃止」
「夢とはな…野心家じゃのう。そして、わしも敵か」
「だって食王なんだろ!」
わあわあと主張する天の助にハンペンは笑った。
何があろうとどうなろうと、諦めなど知らないかのように追ってくる。敵と呼びながら食王と認める。
無謀で、騒がしく、そして真っ直ぐだ。
「…なに見てんだよ。ジョーダンじゃねえぞ、本気なんだぞ」
「わかっておる」
「あー!笑った!」
天の助はガバっと立ち上がると、ハンペンに詰め寄った。
「俺はこう見えても元毛狩り隊Aブロック隊長だぞ!」
「そうだったのか。なら、わしの後輩ということだな」
「うん?…まぁ、そーなるな」
暫し沈黙するが、顔をあげて一言。
「関係ねー!」
「真剣なことだな」
「なんでそんな余裕なんだよ。もしかしてバカにしてない?」
「はは、そんなつもりは無いぞ」
また笑ってんじゃんか。
天の助は呟いて、やはりハンペンのことを睨んだ。
「そう怒るな、後輩」
「ふんだ。一代違うくらいなんだよ」
「わしはこれでも百年以上前の生まれ、お前などヒヨッ子よ」
「それじゃ年上ってかおじいちゃんじゃねーか!」
「かも知れんな」
百年間、眠っている間は歳をとっていない。それは人間タイプである仲間達を見て解ったことだ。
自分を見ても、そうなのだと改めて理解することはなかった。
果たして歳をとったのか、否か。
「だが今の世代にわしがいたのなら、お前はAブロックの隊長にはなれなかった」
「なんで?」
「わしがなるからな」
「…わかんねーだろ、そんなん!」
天の助の態度は真っ直ぐで、そして新鮮だった。
ハンペンとの戦いの際、苦労したという過去を語った口が子供の様なことを叫ぶのだ。

己とどこか似て、どこか違う生き方。
恐らくは違う種の光を持つ、瞳。

「俺はお前みたいにカッコイイ決意したんじゃないし、頑丈でもねーけどなあ。これでも根性だけは誰にも負けね−んだぞ、天ちゃんは!」
「そうか。悪かった」
「ホントにそう思ってるか?」
「思っておる。もっとも、お前とわしの考え方は根本的に違ったようだがな」
「けっ、食われたくても食ってもらえない食いもんの気持ちがお前に解るもんか!」


ハンペンは食われることより生きることを選び、戦い抜いた。
天の助は食われることを望みながら食われず、そして生き抜いた。


「解らぬ、か。それでもわしを食王として挑むか?」
「あんたが強いのはホントだからな。でも、俺がぶっ倒す!」
「…そうか」

天の助のその態度は、百年の時を経て再び立ち上がった己をまるで引き寄せるかのようだった。
百年の差、同じ時代に生み出されることのなかった事実、同じ地に立っている現実。
手探りを必要とするはずの世界が、そこだけ色を持って迫ってきたように。

「だから俺と戦えー!」
「後でな」
「だから後じゃヤなんだってば!」
「おい、行くぞ天の助!」
「止めるなヘッポコ丸、ヤダヤダヤダ!今戦わなきゃヤなんだい!」
「だめだよ天の助くん、ボーボボみたいなこと言っちゃ!ハンペンさん困るよ!」
「え、俺みたいって!?ショックー!」

その光景を目を細めて見つめ、ハンペンはふっと笑みを浮かべた。
時代は違えど同じ立場に生きながら、心の中身はこうも違い、そして歩んだ先も異なる。
同じ時代に生き、もしも彼の立場に自分が在ったならば、果たしてここにいただろうか。
(…バカな)
それは彼でなく、己でもない。


彼が、自分の気持ちは解らないだろうという言葉は間違いのない真実だ。
彼は彼であるからこそこうしてここに叫んでいる。
己として生まれ己として誇りを持ってこそ確実なる己であり、
彼もまた然り。


「ハンペンさん、ごめんね。天の助くん、こういう話になると」
「かまわん。挑んでくるのなら受けるまでよ」
「カッコいいこと言うぜ、カニ左エ門」
「だからカニじゃないと言うのに。ハンペンだ」

「ぜって−俺、お前に勝つからな!」

だが、もしも。
もしも彼が百年の昔に生まれ、もしくは己がこの時代に生まれ、そして出会っていたのなら。

「…ふ。ほら行くぞ、話は後だ」
「あ、こら待て!なに仕切ってんだよ!」
「後で聞く、約束するのだからよいだろう。ほら」
「…仕切るなってば…や、約束だからな!言われなくても行くぞ、ハンペン!」

どのように、言葉を交わしたろう。

「聞こえておる。約束してやろう、ところ天の助よ」

遠い昔力によってのし上がった己と、恐らく同じ様に生きてきた男。
その瞳は様々なものを見てきただろう。だが、濁りよりも真っ直ぐな光を感じる。
彼の透き徹った体はどこか煌めいて見えた。




密やかに心を躍らせる、『約束』がひとつ出来た。












ハンペンと天の助。実力には大きな差があるでしょう、が、
セロハンテープで体をとめるあの根性だけなら負けないかも…(笑)
百年違いながらどこか交わるふたりということで、新旧Aブロック隊長。
ちょうど原作がこの辺りだった頃のもの。短文のハン天田天もこれを元?に…

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