それは予告もなく、突然に始まる。
遊びといえば遊び。ゲームといえばゲーム。
触れ合いといえば触れ合いなのだろうし、魂の交換などと言ってしまえばそれでも通るかも知れない。
何にしろ理屈ではない。
説明のつかない、つかなくてもいいそれは性に合っていた。
不思議なほどに居心地がよかった。
「第百六十九回血と嵐のしりとり合戦ボッパツ!かかってこいやコラー!」
「テメーから来いやァー!」
叫ぶ首領パッチに、天の助が叫び返す。
打ち合わせなどしたこともない。このまま延々と続くかもしれないし、途中で誰か入ってくるかもしれない。それが例えばボーボボであるか、魚雷ガールであるか、それともビュティであるか。
一秒先のことなどどちらにも見えてはいない。「余裕じゃねーかクソが!じゃあ俺からだッ王者の名!帝王の名!覇王の名!人気投票No.1の座に輝くのは俺の名、『首領パッチ』だ続けェー!」
「っしゃあ言ったな!だが次の王者の座は『天の助』が頂くぜ!」
「続いてねぇー!」
首領パッチの飛び蹴りがきれいに入って、天の助は吹っ飛んだ。
一秒先など見えていない。
一秒先は目の前の相手が決めるもので、そうでなくてはつまらない。
「く…この暴君が!だがここで下克上だ!『チャンス』到来ィ!」
うつ伏せに伏したままの天の助は首領パッチの足下に滑り込み、足を引っ掴もうと手を伸ばした。
が。
「『隙だらけ』だテメー!」
地面の方向を向いたまま適当に手を伸ばした隙に、再び首領パッチの細い足による力強い蹴りが決まった。
「ぐばァ!」
またもや吹っ飛んで今度は仰向けに落下する。
「チ…チキショー…ナメやがって……今度こそは俺が『蹴り飛ばすぞオラ』ァ!」
うっかり次の手を予告してしまうのだからどうしようもない。
首領パッチは天の助に向かって、地面をスライディングしてやってきた。いつか使った百獣の王の着ぐるみを被っている。
「『ライオンは大自然の王者だコラ』ー!蹴り飛ばされてもイタクナーイ」
「イタクナーイ!イタクナーイ!……わけねーだろ!『乱暴はよせ』ー!」
天の助は滑り込んでくる百獣の王を足で受け止めた。
されど相手は百獣の王、逆に足に噛み付かれてしまう。
「…ッてマズー!」
「誰がマズいかァ!」
「だってマズいもん!微妙にライチの味がするもん!」
「どうしてアナタそんなワガママ言うの!いいじゃない!食べてみればいいじゃない!たまには薬味を添えたっていいじゃない!」
歯形のくっきりついてしまった己の足に、醤油をかけようとする天の助。
だが首領パッチはそれを無視して泣きだした。
「ううッ…『せめてお前がこんにゃくゼリーだったらもっと頑丈だったのに』…」
その首領パッチの一言が、二人を第百六十九回血と嵐のしりとり合戦に引き戻す。
「そんな…そんな…」
シカトされた天の助は瞳を潤ませたが、その涙を拭いきっと睨み返して叫んだ。
「『兄さんのわからずや』!」
何故に兄弟か。
だが首領パッチはそれを問わないどころか、
「ユキオー!」
「ニイサーン!イチニイサーン!」
「ヒロフミー!」
ユキオなのかヒロフミなのか、とにかく感動の再会である。
駆け寄る二人。
「兄者ァー!……ッぐばァ!」
だが、兄は弟の鳩尾に容赦のないエルボーを一発ぶち込んだのであった。
「が…がはッ」
「『やっぱりこんにゃくゼリーは弾力が命』…お前はそれを間違えたんだ…」
「く…くそ…俺はまた兄貴に勝てなかった…!」
兄さんなのか兄者なのか兄貴なのか、とにかく弟はまたもや敗北を味わい密かに眦を濡らす。
「お前が愚かだったのだ…少年よ」
「うう…違う…『違うんです…自分ゼリーは甘くないのが好きなんです…それだけなんです…』」
弟、いや少年は嘆いた。
例え理解されないと解っていても口にせずにはいられなかった。
ゼリーはすっきり味が好き。
次に発する言葉のために、何かを考えておくわけではない。
その時その時、何より言いたいこと。何より伝えたいもの。
その瞬間になってはじめて心の内から生み出すのだ。
もしくは、しまっておいた場所から取り出すのだ。
その一秒先の見えぬやりとりこそが、彼と己と仲間達のあり方だった。
「『好きだ』」
少年、いや天の助は地に伏していた。
兄貴、いや首領パッチはそれを見下ろしている。『す』きだ。
首領パッチはそれはあっさりと、はっきりと言い放った。
好きだ。
天の助はそれをどう受けるべきものかと、浮かせたまま暫し沈黙した。
それは何を意味するのか。否。
準備などは何も必要ない。考えてしまう必要もない。
その瞬間、何より強くそこにあるものが答だ。
迷い悩む時間は、それだけあるべきものを薄れさせると。
そう思ってしまえば結論はひとつだった。
「…『だったら俺の胸に飛び込んでこーい』!」
天の助は身を起こし、気合いをこめてただ叫ぶ。
心のままに。思い浮かんだ言葉を。
「『いいともー!でりゃぁ!!』」
首領パッチはそれに応えて、上半身のみを起こした天の助に突進した。
躊躇なく飛び乗る。
天の助の上体は再び地面と触れ合う羽目になったが、大きな衝撃はない。
身の軽い首領パッチは力は込めず、本当に受け止めてくれというように『胸に飛び込んで』きたのだ。地面に寝転がった天の助と、その上に座る首領パッチ。
目と目が合う。
暫し、沈黙する。「…続き言えよ」
「……」
「次、お前だぞ」
「…うーんと」
「でりゃぁ、だから『あ』だからな。『あ』」念を押されずとも解っている。
この場で言うべき、
この心の中にあるもっとも強い、
そして何よりも『あ』から始まる言葉。
参ったことに、第百六十九回血と嵐のしりとり合戦は未だ幕を閉じていない。
「ほら言えよ、『あ』」
「…あ……」
この口から続きを言わないことには終わりも始まりもない。
天の助の頭の中にはもう理屈でも思考でもなく、
歯の浮くようなひとつの言葉が浮かんだまま残って消えてくれなかった。
そして首領パッチの強い視線もそれを許さない。
それを外に放つことを、彼に向かって放つことを、恥ずかしいとは思うのに嫌だと思わないものだから。
天の助は余計に、喉にひっかかるその言葉を不自然に泳がせたままでいる。そちらが好きと言うならば、いっそこちらは『愛している』のだと。
その言葉の脇に『第百六十九回血と嵐のしりとり合戦』の展開を思い起こしてみれば、天の助は最初からずっと押されたままでいたのだ。
説明のつかない、つかなくてもいいそれは性に合っていた。
不思議なほどに居心地がよかった。
天の助よりも誰よりも自然に、ありのままに生きている彼にとってそれはもう生き様そのものなのかも知れない。
居心地の良い場所。
心の中のすべてを解き放つ場所。
一秒先に、何も偽れない場所。
首領パッチは未だ天の助の上で、次の言葉を待っているようだった。