一人が騒ぎ出せば、必ずといっていいほど他の誰かが同調する。
その後は隣にいる者を巻き込んで、更に隣、その隣。
うっかり一人がそこから姿を消すようなことになると、何人巻き込まれるか解らない。
普段はしっかりした者も勢いに飲み込まれないとは限らない。



最初に『真実はいつも四百六十九!』とほざいて、その四百六十九の真実を探しに駆けて行ってしまったのは首領パッチだった。何故かヘッポコ丸が簀巻きにされて連れていかれた。
破天荒がおやびん、と叫んでそれを追えばボーボボが『俺は四百七十個目の真実を守る魔王だ!』と姿を消す。どこかで待ち伏せでもするのだろうか。
そしてボーボボがうっかり、恐らくうっかりだろうが魚雷ガールにぶつかってしまったがために彼女の制作していたケーキの絵柄(ソフトン)がずれた。丸いケーキの上に予定外の一本線をひいてしまったチョコレートをわなわなと見つめ、何すんじゃ、と叫んで魚雷ガールもそれを追う。
哀れなのは田楽マン。魚雷ガールのケーキ制作を手伝わされて、彼女に苺を渡した瞬間だった。そのまま飲み込まれて引きずられていく。
しかも田楽マンのもう片方の手は別の人物と繋がっていた。魚雷ガールに『ケーキができるまで座っててくださいな』と言われその通りにしていたが、田楽マンが肩にかけたポシェットを邪魔そうにしているのを見かねて『預かっておいてやる』と片手を伸ばしたソフトンだった。
魚雷ガールは愛しい人まで巻き込んで連れ去っていってしまったのである。

作りかけのケーキを残して七人が消えた。とりあえず、殺人事件でもミステリーでもないが。






「…みんなここに戻ってくるかなぁ」
「来るだろー。荷物ここだし」
「ていうか無事に帰ってこれるかなぁ」
「みんなビュティのことおいて逝ったりしねぇよ…たぶん」
「逝ったり!?」
ツッコミを入れながら、ビュティは内心不思議がっていた。本来ならボーボボとともに首領パッチを追うなりするであろう天の助が、何故かこの場から動かなかったのだ。
とはいえ特に問うほどのことでもなく、二人はのんびりと楽な姿勢をとって話していた。

ビュティが天の助と二人きりで会話することは、そうはない。
首領パッチほど絡んでくることもなく、それでいてほぼボケる側にいるためか並んでいることもあまりないのだ。

「みんな、大丈夫かなぁ」
「そうだなぁ。ま、頑丈な連中だからな」
「特にへっくんが大丈夫かなぁ」
「…大丈夫…だと思うんだけど」
「…大丈夫…だよね、きっと」
首領パッチも、ヘッポコ丸相手にそう酷いことはしないだろう。鳩尾に強烈な一発が酷くないとは言うまいが。
「ケーキ」
「…え?ケーキ?」
「ケーキ、みんながいねー間にちょっと食っちゃわね?」
「いや、駄目だよ!魚雷さん怒るよ」
「ちぇー」
「魚雷さん、ソフトンさんのために作ったんだから」
OVERの別人格とはいえ、魚雷ガールはソフトンを想う立派な女性である。ケーキは若干失敗したようだが、ソフトンは文句など言わないだろう。
「じゃ、カバーとか掛けとこーぜ。風ふいたら砂かぶるし」
「あ。そうだね」
二人が辺りに視線をやると、きちんとケーキカバーが用意されていた。ケーキの横に積まれている食器の類にも布をかける。
「…ちょっと、意外かも」
ビュティは笑って、皿に被せた薄緑の布から手を離した。
「何が?」
「天の助くん、気が付くんだなぁって。そういうの」
「ん?そりゃそーだ、食いモンのことなら任せろい!」
天の助は自信ありげに胸を張る、
「なんせ食品代表天ちゃんだしな」
「代表ー?」
「なんだよー、ところてんは食品の王者だぞ!主食だぞ!」
「はいはい」
必死に主張するところてんは適当にあしらわれた。


暫し、沈黙が続く。
昼間からこう静かなのも久方ぶりだった。
ビュティは柔らかな風を吸い込んで、ゆっくりと息をはいた。
草と、微かな土の匂い。

「…あのさ」

その感覚が抜けきらない内に横から声がくる。
「なに?」
何を話そうとしているのか、そうは二人でいない相手なだけに予想がつかなかった。
視線をやれば彼、天の助はやや俯いてビュティからは視線を逸らし気味でいる。
「あー…と、その、ごめん」
「へ?」
「あ、いやそうじゃなかった!…あれ?どっから話そうとしたんだっけ」
顔をあげて慌てだした天の助に、ビュティも思わず焦る。
「ええと、とりあえず何がごめんなの」
「いや、そのさ。ずっと謝んないとなぁって思ってて」
「何を?」
天の助に、あらためて謝られるようなことをされた覚えはない。
「えーと、俺が敵だった時に」
「…うん」
天の助が敵だった時というのはメルヘンチック遊園地の戦いのことをいうのだろう。
その頃もう既に敵だか味方だか解らない戦いをしていたためか、どうも実感がない。
「ビュティのこと人質にしようとしただろ、俺」
「…えーと」
その戦いといえばまず思い出すのはボボパッチ。ヘッポコ丸の暴走。上品な猫。
「…あ、もしかしてあれ。首領パッチくんが…」
「そう、特選醤油が」
「醤油はともかく…うん、思い出した。そういえばあったっけ、そんなこと」
ぼんやりと記憶が蘇ってくる。
青い空間の中で(思えばあれは天の助だった)シミール、シミナーイ、と踊っている首領パッチ。彼は自分を突き飛ばしてそこに入ったのだ。
「覚えてねえの?」
「うーん、今思い出した…ごめんね」
「あ、いや、別にいいんだけど」
ビュティの中の記憶がだんだんとはっきりしてくる。
男子トイレでボーボボ達が戦っている間、外で猫と遊んでいた。すると天の助が跳ねながら外に出てきてビュティを取り込んだ。その直後に首領パッチが飛び込んできてビュティは突き飛ばされ、ボーボボはそこに醤油を混入していた。
(…うわぁ)
言葉にしてみるとどうしようもない思い出である。
「…一応、女子供に手はあげない、って決めてたのに」
「うん、言ってたよね」
天の助のその言葉を聞いたのは確かOVER城、ルビーとの戦い。幼い少女だったが曲者でもあった。
「ああ、別にバカにしてるとかじゃなくて…なんかずっと昔、そういうの決めとくとやってけるような気がして」
「うん、それは解る」
「……でも、やべぇと思ったら」
やってしまった、その相手がビュティだったということか。
「…気にしてくれてたの?」
「うん…いや、くれてた、って言ってもらうことじゃないよな」
だからごめん、と付け加えて彼の言葉は終わったようだった。

ビュティも、その戦いのことを覚えてはいる。
だが人質に取られた、といわれてすぐに思い当たる記憶はなく、どちらかというとその後軍艦に捕えられた記憶の方がはっきりと残っていた。

「…あ、そうか」
「…へ?」
今度はビュティが声をあげて、天の助がそちらを向いた。
「なら私もありがとうって言わなきゃね」
「え?なにが?」
「天の助くん、ポマードリングに助けにきてくれたでしょ?」
軍艦に人形にされてポマードリングに捕われた時、ボーボボ達は五人衆と戦うためにソフトンと天の助を連れてきた。
その時には彼も他の連中も、もうすっかり敵であったことを忘れてしまっていた(そして全てと言わなくても四分の三ぐらいはふざけていた)気がする。
「だから、ありがとう」
「…ま、いいってことよ」
「うん…でもさ、いいよ。そんなに気にしなくたって」
ビュティは少しだけ調子を取り戻した天の助に、微笑んで続けた。
「私は気にしてないよ」
「…そーか?」
「うん。…気にしちゃうことって、みんな色々あるだろうけどさ」
「ビュティにもあるのか?」
そう問うてからすぐ、しまった、という顔をした天の助を見て思わず吹き出しそうになる。
「…私ね。自分で自分のこと、守れるようにならなきゃって」
「…自分で自分の…?」
「みんな私のこと心配したりしてくれるの、すごく嬉しいけど。でもきっとそういう心配とかって、あるよりない方がいいと思う」
「そりゃ、それこそそんな気にしなくたって…」
「…そうかもね」
だから前向きに、目標。
そう付け加えると、天の助もそうかぁ、と笑って返した。
「できることがあればしたいって思うから」
「…やっぱ、仲間だから?」
「うん…仲間っていうか、仲間って最初に入れ物があるんじゃなくて、一対一がたくさんあるものだって思って…だからみんなにね」
上手く言えないけど、と首を傾げるビュティに天の助は軽く頷く。
「それ、なんか解る気がする」
「うん。ありがと」

確かに彼ならば、納得してくれて不思議はないかもしれない。
天の助の人との接し方は敵味方などでなくもっと単純なもので、怖ければ怯え気が合うかもしれないと思えば懐こうとする。
良く言えば純粋なのだろう。
だから。

「…天の助くんはさ」
「…ん?」
「見てて思うけど、きっとここじゃないところにも大事なものがあるんだよね」
「……」
「置いてきちゃった、忘れられないものがあるでしょう」
「…そう、思う?」
「なんとなく」

天の助は苦笑いして、肩を竦めた。
「ビュティ、勘いいな」
「そういうことって割と誰にでもあるから…頑張って、って言っていいのかな。力になれればいいんだけど」
「ああ。ビュティも頑張れ」
「うん。お互いにね」

まるで内緒話をするかのように、子供のように笑い合う。
ビュティが彼に見たものを例えばボーボボなどは気付いているかも知れない。
それでも手や口を出さないことは、不思議な寄せ集めの集団の中で無意識に成り立っているもののひとつだろう。
本当に必要があって、追い詰められることのない限りは。


「あのね、天の助くん」
「ああ」
「さっき天の助くん、みんなは私を置いてかないって言ったでしょ?」
「あー、言ったかも」
「でもきっと天の助くんのことだって置いていかないよ」
「そーか?」
「突然いなくなったら心配するよ」
「そーかなぁ」
「するよ。少なくとも、私はする」
「…そっか。ありがとな」


危なっかしくて怖いもの知らずのまるで子供のような二十歳年上の仲間が、ふわふわと無邪気な笑顔を見せる。
内緒話のような二人きりの会話。
彼の声は低く透き徹っていて、優しかった。






そう遠くはないだろう距離から、悲鳴のような声が聞こえてくる。

「あ。ボーボボかな」
「首領パッチかもな」
「両方だったりして」
「魚雷先生にやられたかなー」
二人は顔を見合わせて、だがしかしここで待つことにした。
放っておかれているケーキも荷物も、ここに置いたまま行くわけにはいかない。
彼らはここに戻って来るのだから。

「もうみんな帰ってくるね」
「そーだな」
「…天の助くん。あともうひとつ、ありがとね」
「何が?」

「私がひとりにならないように、ここに残ってくれたみたいだから」


思い出せば、一度は立ち上がったのに再び座りなおした姿。
ソフトンまでが連れていかれるのを見て、何も言わずにこの場所に残った彼。

天の助が照れたように視線をそらすのを見て、ビュティはくすくすと笑った。












彼らは二人きりの絡みは少なめですが、ビュティは天の助のこと心配してあげたりして…
天の助もへたれゆえに色んな目に合ったりするんですが、割と大人びたところや何かも見せる感じで(?)
天の助の置いてきてしまったのは毛狩り隊にいたころの思い出、という感じで何やら3、4、5と関連しておりました。

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