幸せであるように



アイスが食べたい。
そう言い出したのが誰だったかは覚えていないが、それは程なく全員の意思となったので考える意味もあまりない。
アイスに限らずそういった話になるのは珍しいことではなく、買い出しに行く役目のローテーションも自然と決まっている。

二人で足を踏み入れたコンビニは、時期にしてはやや早いクーラーによって心地よく冷えていた。



「えーと、で、誰が何だっけ」
「メモ見ろ、メモ」
仲間達は何かと沢山の注文を付けてくる。例え十に満たなくても、それはなかなか覚えきれるものではない。
ヘッポコ丸は恒例となった買い物用の覚え書きを開いて、天の助の方を向いた。

「ビュティとソフトンさんはかき氷がいいってさ」
「ソフトンはソフトクリームじゃねえの?」
「いや、そりゃお前…味は何でもいいっていうけど、何がある」
最初の頃は皆聞いて覚えようとしていたが、それは無理だと解るとこうしてメモを作るようになった。しかも互いに対抗しようとして順番に喋れと言っても聞きやしないので、一人一人に自分で書かせることになって、どうにか現状で落ち着いている。
ヘッポコ丸と天の助の順番である今回も例外でなく、メモには数種類の文字が踊っていた。
「あー、イチゴとソーダ…?ミカン売り切れ」
「いいか一個ずつで。えーと次、ハジケ味二つ」
「よーし、ハジケ味な…てあるかンなもん!しかも二つ!」
「これ破天荒の字だぞ。首領パッチ、相変わらず自分で書かないんだなあ…」
「ていうかあいつら、いつも何か二つじゃねえか。破天荒が自分の希望書いてたこと、あるか?」
天の助はボックスの中身をガラス越しに覗き込みながら溜息を吐く。
「……あー、これだこれ。ウルトラソーダバー?ハジケ味なんてワケわっかんねーからこれでいいよ」
「…いいのかな。魚雷さんが…ソフトン様と一緒、だからイチゴかソーダ…」
「…………それ、ソフトンが選ばなかった方二個買ってきたら」
「か、考えるなよ。ソーダ、ソーダでいい。ピンクと青なら青がソフトンさんにいくだろ」
何かもう、それぞれの好み趣向というよりは人格の問題になってきている。
こうまで迷いながら品選びをしているのは自分達のみであるということに、二人は気付いてはいないが。
「田楽マン、田楽味」
「それはあった」
「マジ!?」


もっとも、アイスクリームならばまだいい。品物が独立して味がはっきりと決まっている。どうせどんなものが食べたい、などというまともな指定をするのはソフトンとビュティくらいである。
ちなみにヘッポコ丸の担当でない時の指定もそれなりに解りやすい方に入る。天の助は、そうでない方に入る。

「ボーボボさんが…溢れ出る夏の愛と冬の切なさの味」
「ゲ、強敵が残ってやがった!」
もはや、誰のリクエストにどれだけ答えるかという意地の勝負レベルになってきていることは否めない。しかし溢れ出る夏の愛と冬の切なさというのは一体何を表しているのだろう。
生真面目なヘッポコ丸は真剣に考え込み、意見を聞こうと天の助を見た。
すると彼は、隣のケースの中に積み上がっているバケツサイズのし●くまアイスを物色していた。
「絶対これで納得させる!させるぞ、ヘッポコ丸!」
「あー、うん、確かにそのアイスなら冬っぽさと夏らしさが調和して…るのか?」
巨大な容器の中を埋める白いアイスクリームとその中に混じっているカットフルーツは、美味そうには見えるがこの量だとさすがに腹の辺りが痛くなってくる。
しかも天の助はどうにかして、最も内容量の多いものを見付けようとしているらしかった。
「ヘッポコ丸、俺のも適当に選んどいてくれ!」
「わ、解ったよ…じゃあ、決まったら他のと一緒に出すから」
「おうよ」
ヘッポコ丸は、アイスクリームのケースを覗き込んだ。
天の助の好みはよく解らない。他の者が当番の時、天の助からまわってくるメモにはぬの羅列だとかところてん促進だとかそんなものばかりが書かれている。
「……」
結局は普通のアイスクリームなら何でもいいだろうという己の想像の限界に従って、バニラアイスを二つ、手に取った。
ヘッポコ丸自身もまた、バニラアイスは嫌いではない。


「…なあ、天…」
その選択に同意を得ようとして隣を見ると、天の助の姿はなかった。ただ、彼の選んだらしいボーボボ向けの巨大アイスクリームが解らなくならないようにと他の山の上にある。
「天の助?」
辺りを慌てて見回して、それらしき影を見付けたのは少し離れた生菓子のコーナーだった。
「何、してんだ天の…あ」


その視線の先には丸いカップが並んでいた。

「…ところてん」
「ん」
「……それにするのか?」
「いや。俺が食ったら、共食いだなー…ハハ」
天の助は笑いながらヘッポコ丸の方を向いた。
「決まったのか?」
「あ、ああ。バニラでいいかなって…」
「ああ、いーよ。んじゃ、ケースから出しに行こうぜ…ん?どーした?」
慌てて、何でもないと首を振る。天の助は不思議そうな顔はしたが、特に気にした様子もなくアイスクリームのケースの方へ戻って行った。
その姿をヘッポコ丸は暫し黙って見ていたが、やがてゆっくりとそちらに足を向けた。






三つのかき氷と、二つのソーダバーと、得体の知れない田楽アイスを一つにバケツサイズのアイスを一つ、それにバニラのカップアイスが二つ。
概ね皆の意見は叶えられたと思っていいだろう。

「わーい、かき氷だあ。どれにしようかなあ」
「ソフトン様もかき氷ですって!お揃いだなんて…恥ずかしい!」
「わ、私イチゴにしようかな…ピンクだし」
「…なら俺はソーダで」
「ま!味までお揃いですわね、ソフトン様」
ビュティが何も言わず気を利かせたことで、最も大きな問題は解決した。

「ウルトラソーダバー、えーと…」
「口の中で爆裂するウマさ、だそうです。おやびん」
「ふーん。これ、コーラとどっちがハジケんだ?」
「さあ…でもいつだって誰よりハジケてるのはおやびんですよ!」
「んー、そーだろそーだろ」
首領パッチも文句は言ってこない。破天荒も、首領パッチさえ満足げならば舌に合わなかろうとと何だろうと問題はないだろう。恐らく。

「田楽アイス!?マジであるの!?アイスじゃねーぞ」
「リクエストしたのはお前だろう、田楽マン。俺のは…うわ、デカッ!」
「どうだ。夏の名物、冬のイメージ、文句ねえだろうがぁ!」
「程があるわ!!…バケツアタック!」
リクエスト通りの品が存在したことが予想外だったらしい田楽マンはともかくとして、ボーボボはバケツを振り回しながら天の助にぶつかって来た。
「ギャー!中身が飛び出る!」
「お前が夏の風物詩になれー!」
「アイスところてん!?」
「ポン酢でいただきますわよ」
「ゲ!シャレにならねェー!」
その光景を見ながら、ヘッポコ丸は袋の中に残ったバニラアイスの片方を取り出した。
天の助はボーボボとの夏を賭けた闘いを繰り広げ、止める気配がない。


「天の助ー。アイス、溶けるぞー」
言ってはみたものの、聞こえるはずがなかった。ああいうやり取りをしている時にものを伝えたければ、中に入って行くしかないのだ。ヘッポコ丸にその力量はない。
「ところてんにデザート性を求めるなら黒蜜だろう!」
「テメー、リンゴ酢バカにすんじゃねーぞ!」
「ハチミツ黒酢っていう選択肢もあるんだバッキャロー!」
そんなことを考える内に、ボーボボと天の助、それにいつの間にか加わった首領パッチがところてんを語り合っていた。

(ところてんがところてんを語る…か)

天の助はところてんで、その事に誇りを持っている。
彼はあの丸いカップの列をどんな思いで見ていたのだろうか。
(…そんなの)
そんなのは、今はどうだっていい。
それよりも早くしないとアイスクリームが溶ける。自分の分も、天の助の分も。それに騒ぐ三人を、勢いに乗り兼ねた破天荒が睨みつけている。あれは危険だ。
(…早く、来いよ。天の助)
例えば首領パッチのように、あの中にすんなり入って行けるならば楽だったろう。こんな風に心の中だけで呟いてみることもない。
何か、破天荒の気持ちの断片が解ってきたような気すらした。



「あー、騒いだ騒いだ。やっぱところてんのスープは柑橘風味だな」
「リンゴ酢じゃないのか…?」
数分ほどして、天の助は夏を賭けた闘い改めところてん談義を離脱してきた。
「ま、一番はやっぱ醤油だけどな。ワサビも添えて」
何故か満足げな彼の後ろでは、ボーボボと首領パッチがまだ何かやっている。そしてそこに破天荒も混じっている。
話題は何かウサギやネコがどうのこうのというところに行ってしまっている。恐らくところてんから動物に話が変わったタイミングで、破天荒が入り込むきっかけが出来たのだろう。他二名の勢いのいまいち並んでいないようにも感じるが。
ヘッポコ丸は最近、正当派だけでなくハジケバトルの考察にまで足を踏み入れている。ちなみに自覚は無い。
「ん?ヘッポコ丸、まだ食ってなかったのか?」
「…あ、ああ」
「見せてみ、あー…溶けかけてる」
アイスクリームの蓋を開けると、淵の方から既にどろりとなっていた。
ヘッポコ丸ももう片方を手にすると、二つ繋がりの使い捨てスプーンを千切って天の助に渡す。
「まだ平気だろ」
「まーな。食お食お」
天の助は角張った柔らかい手で器用にスプーンを掴むと、嬉々として柔らかくなったアイスクリームの中に突っ込んだ。






何だかんだと言っても食べている間は静かに、なればいいのだが。
それは内容に問題が無い時の話だ。

ボーボボは結局あの大量のアイスを黙々と食べ始めた。途中から早々に自分の分を食べ終えた首領パッチが分けてくれとねだっている。破天荒は、どうやらあのソーダバーがキャッチコピーに偽りないハジケぶりを発揮したらしく顔をしかめながらちびちびと食べている状態で、それでも首領パッチの横にしゃがんでいるのは彼らしいと言えばらしいかもしれない。
そして、田楽アイスというのはチョコレートなどが味噌を模っているのではなく本当に味噌味だったらしい。意を決して口にした田楽マンが盛大にむせて、ソフトンとビュティが大騒ぎで介抱している。魚雷ガールはソフトンの優しさにまた惚れ直したらしく、いつもの調子でそれを手伝っているようだ。


(つまり、いつも通りってことか)
誰かに買い出しを任せると必ずこうなる。
解っているのにそれを続けるのは、そこにはそこなりの楽しさがあるということだ。
ヘッポコ丸は横にいる天の助を見た。
アイスがこれ以上溶ける前にと、必死ですくっては食べるのを繰り返している。
もっと味わえばいいのに。笑いながら、自分も溶けかけを口にする。
ヘッポコ丸が選んだ揃いのアイスは、珍しい物ではないが普通に舌を楽しませてくれた。






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