ちびっ子エリアに真っ先に足を踏み入れたルビーは、足下がしっかりしているのに地面が近くなっていくように感じた。
「あれ?」
気のせいではない。心なしか、腕や足が縮んでしまった気がする。
「なにこれ…わあ、スズちゃん!」
少し遅れて入ってきたスズも、自分の体に違和感を感じたらしく体を叩いて確かめている。
「小さくなってるよ!」
「えっ」
どうやらここに入ると小さく、子供の体になってしまうらしい。
元々まだ小さいルビーにははっきりした感覚がないが、スズを見ると明らかに変化しているのが解る。
「ちょっと面白いわね。…なんか、本当に子供になったみたい」
しゃがんだり立ったりを繰り返していたラムネが笑った。
「ここでは誰でも子供の頃の姿になるんだ。心も子供になって、好きに遊べるのさ」
カネマールも子供の姿になっている。さすがに職員なだけあって、どうやら子供の姿になることにも慣れているらしい。
「へえ。服も小さくなってるな」
「なんかつまんなーい。あんまり変わってないし」
手にしていたサッカーボールの大きさに戸惑う蹴人を横目で見ながら、不思議がるほど変わった気のしないルビーは不満そうにむくれた。

「ていうかお前ら、あれを見ろ!」

言いながら走ってきたのは黄河文明だった。指差す先には小さな茶筒がある。
茶筒は喋った。
「インダス文明です」
「えー!?」
「茶筒じゃないよ!」
そう言いながら跳ね回る彼の横で、足の本当に短いメソポタミア文明が走り回っている。
「いやー俺、この頃まだ足が微妙に発達してないんだった」
「なんか無駄に早くない?足。バランスわるー」
「吸盤アタック!」
キャーキャー言いながら逃げ惑う蹴人、追うメソポタミア文明を見ながら黄河文明は楽しそうに笑った。
「カワイイだろ、インダス文明とメソポタミア文明」
「んー、そーだね」
「あー抱きしめてキスしてえ…」
「それ子供の発想じゃないよ!」
どうにかツッコんだルビーは、服がくいくいと引っ張られる感覚に振り向く。
「スズちゃん?」
「ルビーちゃん、あれ…」
スズの示す方向を見ると、そこには非常に巨大な球体の…

「かっこいいぞお、兄者ー!」
「いかすぜ兄者!」

覇王。
あと、その周りではしゃいでいるのは小さくなったメガファンと、小さくなっても被り物のビープだった。
「でか!」
「今よりでかッ!」
彼らもまたハレルヤランドのスタッフであるはずなのだが、そのはしゃぎ方は本物の子供のようだ。
「ビープさん、小さいころからそれ被ってたの?」
「まあな」
ルビーが問うと、ビープは頷いた。
「ちなみにこの下は…」
メガファンがマスクを取ると、睫毛の長い眉毛も細い美少年が現れる。
「争いは好みません」
「なんか子供っぽくないこと言ってる!」
横で見ていたラムネの驚きに、ビープはふうと溜息をついた。
「物事を争い無しに解決する最も有効かつ簡潔な手段は金です。資本主義社会において全ては金から始まり金に終わる」
「マスクをはずしたビープは頭がいいなー」
「いいとか悪いとか!?」
非常にハレクラニの部下らしいことを言ったビープは、なぜか憂い顔でルビーのツッコミも聞いちゃいなかった。
「あら、そう言えば」
ふとラムネが声をあげた。
「禁煙がいないわね。スズさん、見なかった?」
「いいえ…どうしたんでしょう」
禁煙の少年時代。
非常に気になるところではある。二人は辺りを見回したが、それらしい姿はない。

「わー!」

そこに響いた叫び声は、蹴人のものだった。二人そちらを向くと、彼はおろおろしながら足下を指差す。そこではメソポタミア文明が竹のカゴにハマっていた。
「メソポタミア文明が自分の罠にかかっちゃった」
「いや、知らんよ」
「紙さんがその下敷きになっちゃったー!」
「紙さん!?」
確かに。確かに、のたのたもがくメソポタミア文明の下に紙がある。いや、いる。
紙は同様にもがきつつ、ルビーとラムネの姿を見ると手を軽くふった。
「禁煙ですって…えー!?」
「紙!?」
紙巻き煙草の禁煙は原材料の状態まで戻っていた。
「うーんうーん…それ!」
黄河文明が手を貸して二人はどうにか脱出する、しかし禁煙改め紙さんは端っこが少し破れてしまっていた。
どーしてくれんだ、コラ!とメソポタミア文明に詰め寄る紙さん。
「スミマセン!スミマセン!出来心なんです!」
懸命に謝るメソポタミア文明の横から、茶筒もといインダス文明が姿を見せた。
「早くボンドでくっつけなきゃ」
「ボンド!?有り難う、茶筒さん!」
「普通に喋った!」
「いいの、ボンドで!?」
常識はさておき、茶筒の機転により全ては解決したようだった。


「何だか」
スズは、横に立っているカネマールとルビーに笑いかけた。
「楽しいですね。ここに連れて来てもらってよかった」
「ルビーもけっこー楽しいよ。みんなもさ、楽しそうだね」
「そうか?ならよかった」
カネマールも笑って頷くと、辺りを見回す。
何人もの、たくさんの子供達が遊んでいる。人間タイプもそうでない者も、知り合いでもそうでなくても、何も関わりなくはしゃぎ合いふざけ合っている。
「毛狩り隊にも、毛狩りされた奴にもここは人気なのさ」
確かに子供の姿になってしまえば誰が今どんな人間だかも解らない。
「普段何をやってても、どんなことを考えてても、ここにいる内は子供になるんだ。忘れてしまったこと思い出したり、やりたかったことをやったり」
「……」

スズは目前に広がるその光景を微笑ましいと思いながら、どこか複雑だった。
軍艦はいずれは世界を征服するつもりでいる。ここにいる彼らともいつか敵対することになる。
軍艦以上に従うべきものなど己にはないが、まるで今こうして彼らと一緒にはしゃぎ合うことが、今だけ許された夢のように思えるのだ。それを考えると、胸が痛んだ。

彼の支えになりたい。その目的の力になりたい。しかし願わくば、苦しまずして共に幸せになりたい。
己の痛みなら耐えることができるのに、軍艦のそれまで代わりに受けることはできないのだ。
世を憎むというその目は常にどこか遠くを哀しそうに見ている。
その苦しみを今、自分が取り除けるならばどんなに良かったろう。



「スズちゃん」
ルビーに覗き込まれて、スズは我に返った。普段の体ならスズの方が目線を落とすことになるのだが、今の二人は同じような身長になっている。
「楽しくない?どこか痛い?」
「ううん…そうじゃないんです」
「じゃあ、何か楽しいことを見つけようよ。せっかくここにいるんだもん」
そう言って笑うルビーは、いつも以上に少女の瞳をしていた。
彼女も戦いの時は一人の戦士になる。そしてそれ以外の時は、夢を見て楽しむことを好む少女でいる。その姿からは幼い頃が思い起こされ、どこか切なく痛く、少しくすぐったい。
「そう、ですね。ありがとう」
「うん!…ねえねえ、ここにOVER様達を連れて来ても子供になるのかなあ」
「ん?」
カネマールは少し考えたが、首を傾げたまま曖昧に頷いた。
「…まあ、そうだろな」
「OVER様の子供のころってどんなだろ。見たいなー。…あ、ハレクラニ様はここには入らないの?」
「うーん、ハレクラニ様にとって大切なのは…まあこう、内容とかじゃないからなあ」
聞きつけたビープが答えると、ルビーは難しい顔をして、OVERの少年時代を想像し始めたようだった。
「OVER様がはしゃいでるのはあんまり想像できないわね」
それを見ながらラムネが笑った。
「プルプー様もはしゃぎそうにはないですよね。真面目な方だし」
「あの人、実はかなりノリがいいのよ。軍艦様の方が真面目なんじゃないかしら」
「軍艦様も結構お茶目なんですよ」
似た立場の人間と上司のことを話合うのは楽しいもので、始めると止まらなくなる。
「ハレクラニ様は、お茶目とか冗談とかとは無縁っぽいかもな」
カネマールが言うと、メガファンが口を挟む。
「あの方は繊細なんだ!無愛想じゃない、褒めてくださることだってあるじゃないか」
「誰も無愛想だなんて言ってないだろ」
「そう言えばハレクラニ様、サイバーシティの方でもお仕事なさるんですよね」
「…まあな。サイバーシティには……」
メガファンはそこまで言うと、首を振った。
「…いや。俺達はただ、ハレクラニ様の笑顔のために働くだけだ」
その表情が真剣になる。子供の顔でもそれが解るくらいに、そこからはハレクラニへの部下達の忠誠が伺えた。

「…あのね、OVER様もね」
ルビーはOVERの少年時代の想像を途中で諦めたらしく、ここで言うことを考えていたようだ。
「本部の人達とかは一番怖いって言うけど、しっかりしてるんだよ。お城のことも大事にしてるんだよ」
「OVER様も、冗談を言ったりする?」
「うーん、それはないけど…でも付き合いはいいと思うし。それにね、OVER様にも色んな大変なことがあって…だけど私達じゃどうにもできないこともあるから、その分はできる事で支えてあげるの」
一生懸命なルビーに、皆思わず頷いた。


マルハーゲ四天王。
世を統べる王国の四強と呼ばれる彼らにも、様々な苦労や苦悩があるだろう。だがその立場故に、もしくは性分故に、それを主張することもままならない。
ならば側近として必要なのは、できる限り彼らを支えていくことだ。


「だが今は息抜きだ。それも良かろう」
貫禄ある巨体の覇王が呟いた。
「我々はそれぞれの主の前で頑丈な柱でなくてはならないからな」
「そうですね…たまには」
「たまには、こうやって遊ぶのもいいよね」
いつの間にか皆そこに集まって、それぞれ同意を示していた。
ルビーはそれを見ると笑って、人差し指をかかげ声を張り上げた。

「…鬼ごっこするもの、この指とまれ!」







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