どこへ行こうだなんて思わない。
歩いていてここだと思ったところが望む場所だ。
何を探そうなどとは思わない。
目に止まったのが求めていたものだ。

足を止め、視線をやった先にひとつの影があった。




「破天荒」

返答はなかった。
ならば、寝ているのかとそう問う必要もない。
目を覚ましているならば、名を呼べば必ずこちらを向く。
名を呼べばいつでも飛んでくる。

「破天荒」

再度、名を呼んだ。
やはり彼は、
眠っているのだった。


思えば、彼が眠っているところを見たのは初めてだ。
夜眠る頃には彼は自分の隣か枕元、そうでなくても見える場所にいる。
そしてこちらが眠るまで起きている。
ある時には笑い、ある時にはうろたえて、暑苦しいと言えば悲しそうな顔をするのだ。

思えば、彼が眠っているところを見たのは初めてだ。
朝目を覚ますころ、彼は既に覚めている。
そうしてこちらの眠りを妨げない距離で、じっと待っている。


眠りにつくとき。
目を覚ますとき。
彼はこちらにその視線を向けている。
その瞳で、見ている。


「破天荒」

名を呼べども、彼の声はない。
ただよくよく聞けば、本当に小さく寝息をたてているのが解った。

もしここに己がいるのだと知れば、飛び上がって閉じた瞼を開くだろうか。

体はほんの少し斜めにして、背を木の幹にはりつけて。
頭はやや前にかがんでいる。
足は投げ出してしまっているようで、肩幅に開かれている。
腕は軽く組まれている。

何かがあれば、いつでも抗えるように。
知り尽くした格好で瞳を閉じて。


ひとときの眠りを与えるものが孤独なら、
俺は信用ならないか。
それとも目を覚ましこちらを睨まないのだから、
今ここにあるのは安らぎか。


草を揺らさぬ静かな風が頬をうつ。


お前は何をおもって俺の眠りを見届ける。
お前は何をおもって俺の目覚めを見守る。


一歩、二歩。
確実に近付くが、彼は未だ覚めないようだった。
ゆっくりと。
その手を伸ばす。

肩に触れたそれは、振り払われはしなかった。
ならばここにあるのは安らぎで、
彼は己自身に、今ここで眠り続けることを許しているのだ。


眠りは深いか、浅いのか。
気持ち良さそうにも寝苦しそうにも見えない。
安らかな眠り。純粋な眠り。
こちらのことまで、誘い込む。


「おい、破天荒」

答えない男の小さな、本当に小さな、初めて耳にするその寝息を聞きながら。
首に巻かれたマフラーの端に触れ、組まれた腕の上に身を乗せる。


「おやすみ」



うつらうつらと瞼がおりる。
瞳を閉じれば、穏やかな静寂が訪れた。

















ぬくもり

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