ランプ



「とりっかっとりー、とりっかっとりーッとー」
「…何やってるの?首領パッチ君」




旅の途中の一休み。
一応は疲労を取る為の時間なのだから座るなりして大人しくしていればいいのだが、ボーボボをはじめハジケリスト一同ときたらちっとも休まない。
ビュティも普段からの癖でついついそれに付き合って、自分の体を休めることを忘れてしまうのだ。
だからたまには他の連中の側から離れてみようと足を動かしていたところだった。

そうしたら、てっきりボーボボに振り回されるか振り回すかしていると思われた首領パッチが、離れた場所に座り込む姿。妙な歌を口ずさみながら何かやっているらしい。
見なかったことにしてもいい。が、気にならないといえば嘘になる。
頭の中にぼんやり『姿の見えない首領パッチの名を雄叫ぶ破天荒』を思い浮かべて微妙な表情になりながら、ビュティは彼に近付いた。




「やだエッチ!」
「わ!」
ビュティが話しかけると同時に、首領パッチは下着姿のパチ美となった。
「もう、まだ着替えてないんだから!覗かないでッ、ビュティ男さん!」
「ビュティ男!?知らないよ!」
謎の人物の名に驚きながら、彼女いや彼を覗き込む。
「なあに、これ…洋服?」
「チッ、若い子はこれだから困るのよね。衣装だよ、衣装」
「いや、そんなに違う!?…衣装かぁ」
首領パッチがいじくっているのは黒い布地のようだった。しかし針や糸、テープの類も無いのにどうやって衣装を作成しているのだろうか。
どうせ答は出ないので、首領パッチの隣に腰を降ろす。幸い文句は出なかった。
「衣装って、首領パッチ君が着るやつ?」
「トーゼンだろ。しかも特別なんだぜ」
よく見るとスパンコールがきらきらと散らばったその布を持ち上げ、首領パッチはにやりと笑った。
「特別?…何かあったっけ」
首領パッチに衣装というのは特に珍しいことではない。
一瞬目を離したと思ったらスーツだのウェディングドレスだの、どこから出したかも解らない特注サイズ(であろう)に身を包んでいるのだ。それについてはどいつもこいつも同じで、もはやツッコむところですらない。
「バカお前、今をいつだと思ってんだよ」
「え。……うーん…」
どうせすんなり教えてくれはしないだろう。
何かクイズを出されたつもりで、ビュティは腕を組む。しかしこれで『俺のトゲが一本増えた記念日』『俺の歯が生え変わった記念日』『俺と空と大地の日』の様なものだったとしたら、まったくどうでもいい話である。
(…なんか、影響されてきてるなあ…)
妙な発想が生まれるようになった己の思考にひきつりながら、溜息をひとつ。
「わかんない」
「しょーがねーなぁ、ヒントやるよ。とりっかーとりー、だ」
「それ、さっきの歌?」
「なにッ、盗み聴きしてやがったな!盗聴器どこだ!」
「仕掛けてないよ!」
力いっぱい否定してから、頭の中にその言葉を浮かべた。
とりっかーとりー。意味が解らなかった。

鳥、鶏、酉。何の呪文だろうか。
だいいちスパンコールのかかった黒い布、魔女にでもなるつもりか。
魔女の呪文。今の時期。

「…ああ!もしかしてトリックオアトリート?」
「最初っからそー言ってんだろ」
ビュティは納得した顔で頷いた。首領パッチの発音では解らなかっただとか、そういった文句を言う前にすっきりしたのだ。
トリックオアトリート。お菓子くれなきゃイタズラするぞ。
一年に一度だけ、子供達が使えるようになる呪文。
「そういえばハロウィンが近いんだね」
毛狩り隊との戦いやら何やらで騒がしく過ぎていく日々の中、うっかり忘れかけていた。
「ビュティもハロウィンは知ってたみてーだな」
「そりゃ知ってるよ。首領パッチ君、仮装するの?」
スパンコールの黒布は何かの衣装なのだろう。
首領パッチは楽しそうに頷いた。
「ハロウィンといや、ハジケ村じゃでっけー行事だぜ」
「へえ」
確かにハジケ村はそういった祭事を好みそうだ。コパッチ達がぞろぞろと、思い思いの仮装をして行列を作るのを思うと微笑ましい気分になる。

「みんなでタケノコのかっこして、歌いながら踊るんだ」

「えー!?」
とんでもなかった。
「タケノコ!?いや、でもそれタケノコじゃないでしょ!?」
「なんだ、そんなことも知らねぇの?真ん中で踊るヤツはタケノコリーダーの格好するんだぜ」
「タケノコリーダー!?」
首領パッチはまたも謎の男(?)の名を呼んだ。
「そんでもって菓子投げ合って、キャッチして食うんだよ」
「…なんか間違ってる気がするんだけど」
どこから指摘していいのか解らない。とりあえず恐らく、その歌というのがあのトリックオアトリートなのだろう。
ハジケ村に伝わる面倒なエトセトラはもうこの際、放っておいた方が正解のようだ。

「あとはカボチャだよな」
「え」

ビュティは思わず口を閉じた。
ひとつだけ、正解。いや、まだ正解かは解らないが、タケノコという根本的なミスがありながらカボチャを押さえているのには驚いた。
「カボチャくりぬくんだぜ。知ってた?」
「うん。知ってるけど」
「チッ、なんだよ…そんでもって中の種は食えるけど実は食えない」
「そうなの?」
それは知らなかった、と付け加えると首領パッチは得意げな顔をした。
「何かのおまじない?」
「そーじゃねえよ。普通のカボチャと違うんだってさ、店のおっちゃんが言ってた」
「ふーん」
「うまかったけどな」
「食べたの!?」
食べられないんじゃないの、と問うたが首領パッチは答えもしない。
恐らく、恐らくだがくりぬいてランプにするためのカボチャの種類があって、人間には食べられないのだろう。首領パッチの胃袋では平気なのだろうか。
「…首領パッチくん、よく知ってるね」
「まあ、俺はカボチャリーダーだからな」
「タケノコは?」
だがまたも答はなかった。ビュティの声をそっちのけに、首領パッチは回想に入ってしまったようだ。
「毎年ハロウィンになると雨あられにカボチャが降り注ぎ、俺たちはカボチャにまみれた…」
「タケノコは!?」
もはや真実は闇の中だ。
思わずカボチャ舞い降りるハジケ村の光景を想像する。と、ふと疑問が浮かんだ。
「…そういえば、破天荒さんもハジケ村にいたんだっけね」
「うん?そりゃいたけど」
「その…ハロウィンはやったの?」
首領パッチの言う作り話とも言い切れない、正確には『ハロウィンのような祭』。
破天荒がその中に混じっている光景は想像できない、と言いたいところだがむしろ具体的に浮かんできてしまった。首領パッチがカボチャの雨の中でタケノコリーダーをするのなら破天荒は喜んでそれを囲むだろう。
あまり思い浮かべたくなかった。
「ああ。やったぜ、カボチャの話もしてやった」
「ふーん」
「でもあいつ聞いてなかった」
ビュティは苦笑いして返した。
はしゃぎ過ぎていて聞いていなかったように見えたのか、なんとなくそう言っているのか。どんな風だったのか見ていない自分には解らないが、破天荒は聞いていないどころかそれは本気で耳を傾けていただろう。それは恐らく確かだ。
「そんで、あいつからはランプの話を聞いたぜ」
「ランプの…話?そんなの、あるの?」
「ああ。なんか飲んだくれが悪魔を騙してさ、魂はやらねえって約束したんだよ。でも死んだら天国に行けなくて、悪魔に魂をやれないから地獄にも行けなくて、ランプ一個渡されてずっとさまよってんだってさ」
「…へぇ」
ビュティはなんとなく、心の内でのそのエピソードとハロウィンを繋げた。
もはや首領パッチが理解しているかは不明だが、カボチャをくりぬいたら明かりを入れてランプにする。恐らくそのエピソードと関わりがあるのだろう。
「…さてと。もう戻るか」
「衣装できたの?」
「どっからどー見てもできてんだろーが!」
「え!?」
ビュティはまさか、と叫んだ。ただの布である。服には見えない。
だが首領パッチがそれをばっと広げて身に巻くと、一瞬できらびやかな忍者のような姿になった。
「えー!?」
いつの間に布は衣装になったのか。
常識破りの首領パッチはくるんと一回りすると、飛び上がるように駆け出した。


「レッツタケノコ!」
「いや、だからタケノコは違うって!」


叫びながらビュティはその後を追った。
休もうとして一人になったことは既に忘れてしまっていた。







破天荒はその時、首領パッチの話をきちんと聞いていた。



夜まで騒いだその後の不思議なほど静かな帰り道。
ハジケ村代表、カボチャタケノコリーダーとして祭を仕切っていた首領パッチは最後まで会場に残っていた。
破天荒も当然のように残った。ぽつぽつと人が帰っていって、最後には二人きりになった。

月が辛うじて照らす闇の中をふたり歩く。
破天荒は懐中電灯を片手に、首領パッチに歩幅を合わせるようにして進んだ。
だが首領パッチは体こそ小さいが足は速く、合わせようとしてのろのろ歩く必要は殆ど無い。
首領パッチが最近聞いたばかりだというカボチャの話を耳に入れながら、破天荒は幸せに浸っていた。
彼が隣に在れば例え夜の道でも、何一つ面倒なことはなかった。むしろ前後左右にまったく邪魔のない空気が心地よくて仕方がない。

やがて首領パッチの話が終わった。
暫し破天荒は、その礼になるような話題を探した。
ハロウィンを祝うのは初めてだった。そこに関わる思い出もなし、頭の中の引き出しにあったのはどこかで聞いた話がひとつ。
取り出して眺める前に、ぽつりぽつりと口に出す。
悪魔を騙した飲んだくれ、ジャックという男の話だった。

『そいつ、バッカだなー』
首領パッチは笑っていた。破天荒も頷いた。
だが、首領パッチの考えはやはり破天荒の想像とは異なっていた。
『迷うことなんてねーじゃん。好きなとこに行けばいいのにな』
『はい、おやびん』
その通りです、おやびん、と。
貴方ならそれができるでしょうと、破天荒は心の内で言い返した。
ジャックはランプを片手に彷徨った。首領パッチならば何処まで行けるだろう。
きっと、どこへでも。
『…俺もそんなおやびんについて行きたい』
『来れば?』
『おやびんのようには、なかなか』
そんな首領パッチは雲の上だ。
背中に焦がれることができても、己がランプを片手にすれば彼について歩けるだろうか。
当然、歩くつもりだ。
だがいつかは限界が訪れるかもしれない。そうなった時、彼の重荷にだけはなりたくなかった。
『俺が一番前、歩いてやるよ』
『おやびん…』
他の連中と一緒。彼が望むならばそれも構わない。
ただ、妨げにだけはなりたくないのだと。破天荒は小さく笑った。
『そんなに不安か?』
言い伝えに過ぎない、ジャックとランプ。
破天荒が返答に困っていると、首領パッチは突然に言い放ったのだ。

『じゃあ、俺がランプになってやろうか』

破天荒は驚いて立ち止まった。
どう答えればいいだろうかと、口をぱくぱく動かす。
彼の光は大き過ぎる。この腕には抱えきれない。ランプというような、小さな場所に閉じ込めてしまってはいけないのだと、言い聞かせる。
そうしている内に、次の言葉を発したのも首領パッチだった。

『よっしゃァ、俺はランプだ!さあ持て!持ちやがれ!」

両腕を広げ、今にもランプに変化しますと言いたげな首領パッチを、破天荒は困ったように見つめた。
そして懐中電灯を持ち替え、腕を伸ばして。
抱き上げた。
手で持ってぶら下げる気になどならなかったのだ。
破天荒が戸惑いがちにも歩き出す頃には、首領パッチはすっかりランプの気分になっているようだった。


目の前が明るくなるよりも先に、心臓が鼓動を繰り返す。
お前は結局腕の中にこの光を閉じ込めておきたいのだろう、と。
そう笑っているのだった。











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