その頃ルビーはおちょぼ口の技により無事、指定の場所へと到着した。
間違えなく到着した。到着したのだ。

指定の場所『の上空』に。


「っきゃああぁー…!」

「え!?」
「なに!?」


スカートを押さえ、下からの悲鳴を気にする余裕を逃しながら空中で体勢を整える。
そして数秒の後、ルビーの体は土煙をたてて大地へと着地した。
多少地面に負荷があったものの怪我人はない。
「…ル、ルビーちゃん…!?」
「な…なんで上から落ちて来たの?」
左右から聞こえてくる驚愕の声を耳に通しながら、ルビーは引き攣って内心『後で口紅まみれにしてやる』と心に誓っていた。
だがひとまず立ち上がり、どうにか落下してくる自分との接触を避けてくれたスズとルビーに謝るのが先のようだ。



「もーホント、失礼しちゃうです!おちょぼ口くんなんてあれだし、みんなハロウィンが解ってないし」
「ルビーちゃん、そんなにハロウィンが気に入った?」
くすくすと笑うラムネを見上げて、ルビ−ははにかんだ。
スズとラムネは同じ立場にある者の内でも数少ない女同士、時折内緒話など聞いてもらっている内に仲も良くなった。
ラムネは姉のようにも感じる相手だった。一度彼女が柔らかい金髪も羨ましいわね、と笑っていたことがあったが、ルビーはどちらかというとストレートの髪に憧れている。
黄河文明にこつを聞いても生まれつき、と言うのだからどうしようもない。
「そういえば、ラムネさんの本はハロウィンの話でしたっけ?」
スズはラムネよりは少しだけ歳が近く、真面目で素直で少しだけ不器用な子。
それでも優しくて、ルビーは彼女から色々な話を聞くのが好きだった。ルビーから話す時も、スズは真剣に頷いて聞いてくれるのだ。
「そうですよー。スズちゃんの貸してくれた詩の本も素敵だったです」
手持ちの袋から二冊の本を取り出して、それぞれの持ち主に返す。
どちらも気になっていた本で、繰り返し読みたいようなものならば自分でも買えばいいと思っていた。近々本屋に足を運ぶことになりそうだ。
「そうそう、この前ルビーちゃんがケーキを焼いてくれたお礼をするんだったわね」
本を受け取って、ラムネはふわりと笑った。
ルビーが先日部下にも手伝わせて焼いたケーキは女性陣には概ね好評だった。同じ城の連中には、喜んで食べてくれた者から甘すぎると言いたげに顔を歪めた者もいて、残念なことにOVERからはお断りの一言を頂く羽目になったのだが。
ラムネ、そしてスズがそれぞれ包みを取り出してルビーに差し出した。
「ルビ−ちゃんが好きかどうか解らないけど…」
スズの手の中の透明のプラスチックのケースには、カボチャの形をした小さなクッキーが押し合うようにして詰まっている。
「わぁ…これ、スズちゃんの手作り?」
「ええ。ラムネさんにも」
「あら、いいの?」
カボチャの実も入っているのか、色の濃い洒落たクッキー。仕上げ飾りに卵を塗ったのだろうか、表面が淡く光っている。
「なんてね。実は私もスズちゃんの分も持って来たんだけど」
言うと、ラムネは包みを開いてこれまたカボチャの形をしたガラスのケースを二つ取り出した。
「え?そんな」
「いいのいいの、私だってこうして貰ったんだから。これは手作りじゃないけど」
「わー、きれい」
ケースの中には小さなハート型のチョコレートが幾つも踊っている。
「駅で配ってたのみたい」
「駅?…もしかしてハレルヤランドの?」
「うん」
ルビーが頷くと、スズが感心したような顔をした。
「ハレクラニ様ってそういうこと、考えるんですね」
「うーん。それも商売かもしれないけど、部下の人達は乗り気だったみたいですよ」
ふぅん、と頷きひとつ、横でラムネが腕を組む。
「プルプー様は騒がないわねー。お祭りは嫌いじゃないけど、はしゃがないの」
「軍艦様、朝から大はしゃぎですよ。仮装したりして」
「へぇー」
ルビーは二人の話に頷いた。
確かにプルプーは他の四天王と比べるともの静かなようにも思えるし、軍艦が時折火のついた様に『ハジケリスト』になるのは有名な話だ。

OVERならきっと、ハロウィンなどという祭には興味を抱かないだろう。
知識のあるないではない。きっと。
だが。

「…ルビ−ちゃん、どうかした?」
「え?あ、ううん、ルビーも何か持ってくればよかったなーって」
「でも前に私達が貰ったのに。悪いですよ」
「そんなことないよー」
笑いながら、ルビーは暫しの女の子同士の内緒話に意識を戻した。





楽しい時間はあっと言う間に過ぎる、笑っていると時を忘れる。
二人に手を振って城へと戻った頃には、既に日も暮れていた。
行き道こそ少しだけ横着しておちょぼ口の手を借りたが、またあんな上の方に出されては堪らないので帰り道は徒歩だ。くノ一たるもの、決して苦ではないが多少遅くはなってしまった。

残念ながらおちょぼ口に会えなかったので、口紅の刑は明日にすることにした。ついでにキャラメルの味がどうだったか聞くのもいいだろう。
ガンプは礼儀正しく、すれ違った時にまたもチョコレートの礼を言ってきた。
ハロウィンを少し勘違いしていた蹴人は、相変わらずサッカーボールを片手にもう明日のことでも考えているようだ。
三大文明の方はそれなりに知る努力もしたのか、カボチャでランタンを作っているようだった。が、何故か中身を出しただけで穴を開けていないカボチャを被ったメソポタミア文明が前後不覚でふらふらと歩き回り、黄河文明が『右だ!もっと右!』と叫び、インダス文明が判定の旗を振っている。
どんな『知る努力』をしたのかは不明だった。

あっという間に今日は終わってしまったが、ルビーは朝からひとつだけ、心の中からある言葉を離さないでいた。
ハロウィンの魔法は、夜が本番なのだと。



「…OVER様ー」
失礼します、の言葉とともに入室しても、OVERは大した反応を示さなかった。
当然『入れ』との言葉の後に扉を開けたはずなのだが、彼の視線は異なる場所に向いている。何を見ているのかは解らない。
「…用があるならさっさと言え」
「はーい」
ルビーは数歩歩いてOVERに近付くと、暫く黙ったままでいたが小さく口を開いた。
「OVER様、トリックオアトリートって知ってるですか?」
「あ?」
「お菓子くれなきゃいたずらするぞ、っていう意味で、ハロウィンのお約束なんですー」
「ハロウィンだ?知らねぇな」
「…ですよねぇ」
溜息を吐くルビーを向いて、OVERは軽く眉を顰めた。
「菓子が食いたきゃ別のバカどもにでも頼め」
「みんな知らなかったり、大間違いしてたり…」
「フン」
「カネマールさんもスズちゃんもラムネちゃんも知ってたですよ」
「…なんで連中の名前が出てくるんだ?」
同じ四天王、他三名の部下の名にOVERは更に顔を顰める。
「でもルビ−、OVER様にお菓子くれなんて言うのは畏れ多いですから」
「それなら何しに来やがった」
「これです!」
ルビーはポケットの中に手を入れて、ばっと差し出した。
OVERの視界に小さな黄色の包みが映る。
「…なんだ?」
「キャンディですー。カネマールさんから貰ったのですけど、これなら甘くなさそうだから他に用意するより失敗がないかなって」
赤いチョコレートの包みは、ハロウィンをきちんと知っていたガンプに。
緑のキャラメルの包みは頼み事を聞いてくれたおちょぼ口に渡した。
黄色いレモンの模様の描かれた包みだけを、ポケットに仕舞って隠しておいたのだ。
「OVER様、きっとお祭りなんて興味ないですよね」
「……」
「でもケーキが甘すぎて駄目だったから、これを渡したらいいかなあって思ったです」
「…チッ」
解ったから、寄越せ。
OVERの溜息混じりの小声に、ルビーの表情がぱあっと明るくなった。


ハロウィンとはそんなに楽しいものだろうか。
OVERも他の連中もそう感じているかもしれない。だがラムネから借りた本を読んですっかり虜になった自分には、ハロウィンという言葉はそれは輝いて感じるのだ。
もう少し早くに知っておけばよかった。早くも来年が待ち遠しい。
あの本を自分でも買ったら他の連中にも読ませてやるのだと心に誓い、ルビーは鼻歌混じりにOVERの部屋を後にした。




自室にまた一人残ったOVERは、眉を寄せたそのままに固まっていた。
ルビーの持ってきたキャンディ。
レモンの模様、レモンの香り、酸っぱさを思わせる包み紙。
だが小さな子供達に配るためのハレルヤランド特製のそれは、彼の予想外に甘かったのだった。












敵キャラ大集合!のふりをして微妙な人数なんですが…
主役はルビ−です。そしてOVER城、電車の男、女性陣。
カネマールは何かすっきりした性格してるよなぁとか、ラムネは落ち着いてるなあとか、
スズは真剣な顔してお菓子作りそうだなぁとか、そんなことを考えながら。

…そして、おまけ。同日のハレルヤランド、そして電脳都市のお話…

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