「…!!」

「あれ?」
「どうかされたんですかぁ?」
両隣の二人にほぼ同時に問われ、コンバットはメットの下で真剣な目をして答えた。
「クシャミが出そうで…出なかった!」
不発に終わるとそれは微妙な気分の悪さが足跡を残す。口元を歪めるコンバットを労るように二人、水着ガールと水着ギャルは彼の肩を撫でた。
「大丈夫、必要な時は出ますよー」
「お風邪ですか?」
決して泳ぐのが上手いわけでもないのに水を好む男が、風邪をひくというのは決してありえない話ではないが。
「おかしいなぁ、バカは風邪ひかないはずなんだけど」
「コンバット様、ご自分でそんなこと言っちゃいけません!」
「そうですよ!」
何故か母親のようにして怒られたので、コンバットはとりあえずスマンとあやまった。
「…で、何の話だっけ?」
「ハロウィンですよ、コンバット様」
ガールの明るい笑顔と言葉で、コンバットはやっと自分の振った話題を思い出した。
レムの疑問に答えることができなかったので、同じ年頃の女性陣ならば何か知っているかもしれないと彼女らに聞いたのだった。
「それで私が、知っていることをお話しようとしてたところです」
ガールと比べギャルの笑顔は、性格の違いもあってか幾らか穏やかだ。
「じゃあ頼む」
コンバットが言うと、ギャルは頷いた。
「…ハロウィンの夜にはね、真夜中にリンゴを食べるんです。それで後ろは決して振り向かずに、鏡を覗くんです」
真剣すぎる話ではないが、聞き手二人も真面目な顔をする。
「そうすると将来結婚する相手が見えるんですよ」
「へぇ」
ガールが目を輝かせた。
「私、それ知らなかった。別の話はあるけど…」
「じゃあ、ガールも聞かせてくれるか?」
「はい!」
コンバットが問うと、ガールは頷いた。ギャルも彼女の方を向く。
「これは若い女の子の話なんですけど、ハロウィンの夜には靴をT字の形に脱ぐんですよ。そうして歌を口ずさみながら後ろ向きのままベッドに行くんです。それでそのまま寝ちゃうと、未来の旦那さんの夢を見れるんです」
「なるほど…後ろ向きはともかく、だいたいリンゴと同じなんだな」
「ええ、違いますよー」
恋まじないにはまったく疎いコンバットには、二つの話が同じように思えたらしい。
そんな男に女二人は怒るでもなく、しかしはっきりと主張はした。
「靴とリンゴじゃ、やることは一緒でも違うよね。夢と鏡だし…」
「そういえば、男の人が灰をまいて、ってのもあるんだって」
「…いよいよ解らないんだが」
どうしてそうなるんだ、と口にはしないがコンバットは腕を組んだ。
「じゃ、コンバット様もやってみましょうよ」
「そうそう!メットも取って、ちゃんと確認してくださいね」
両側から寄って来た二人の思わぬ提案に、え、とうろたえた声が返る。
「えーと…よく言われがちなんだが、これでもよーく見えてるんだぞ」
もし見えないとしたらその分(彼にとって重要な)様々なポイントを損することになる。きちんと見える上でこうしているのだ。
ちなみに重要なポイントとは、子供の前では話せない、大きな声では叫べない、小さな声では聞こえない。それは今は大した問題点でもない。
「でもやっぱり素顔でご対面したいじゃないですか!鏡だって!」
「ね、コンバット様。私達両方のこと見てくださいね」
同時に視線をやってきたので笑って返す。
と、一瞬後にギャルとガールは揃ってきょとんとした表情をして、コンバットを挟んだまま視線を合わせた。
「…そういえば、私達じゃない可能性もあるわよね」
「…うんうん。身近に…」
「……身近にナニ?」
コンバットは問うたが、二人は何故か言葉ではなく満面の笑みで返してきた。




「ハロウィン?それだったら俺、知ってますよ」
その頃、他の連中が同じ様にハロウィンについて語り合っているのを知ることもなく、宇治金TOKIOもまた身近な者達に話を振っていた。
他と違うのは、はっきりハロウィンを知っていると答えた男があったことだった。
「ほぉ、チスイっちは知ってるんか」
「俺んちにはよく子供が来ましたよー。村からは離れてて、普段はそんなに関わる機会もなかったんですけど」
チスイスイの言うことには、ハロウィンの日には子供達が仮装して家々をまわり、決まりの呪文と引き換えに菓子を貰うらしい。
「とつぜん訪ねてくるのか?」
特に興味のある様子ではないが、ないこともないらしくスターセイバーが問う。と、チスイスイは軽く首を振った。
「それもちゃんと決まりがあって、まず子供を歓迎する家はカボチャで作ったランプを飾っとくんだよ…カブでもいいんだけどな。それで訪ねてきた子供達からトリックオアトリート、って聞いたらハッピーハロウィンって返してお菓子をやるの」
確かにチスイスイは他の連中に比べ、何倍も詳しいようだ。
「村のガキどもが土産に別の菓子とか持ってきてくれたりして、交換してましたねぇ」
「チスイっちはやらないんか?その、トリック・キュー…」
「トリックオア、トリートですよ。やらなかったけど、吸血鬼の仮装して逆に驚かせたことはありましたね」
「へぇ」
続けてチスイスイはにやりと笑った。
「みんなひっくり返りました」
「それはよっぽど真に迫ってたんだな」
「怒られんかった?」
二人の問いに、彼は首を振る。
「小さい子が泣き出して、怒られそうになったんですけどね。吸血鬼の格好した事は褒められました」
「…なんでやねん」
どんな家や、と宇治金TOKIOは問いたかったが、タイミングを逃してただ黙る。
やはり夏から外れた季節のことはよく解らなかった。かき氷の季節は夏、冬ですら彼にとっては『季節外れ』なのである。






「…そんなわけで、真実は殆どチスイスイの知識の通りのようだな」


一週間後、再び帝国皇帝直属の七人の強者は集った。
今回は彼らのみではない。二十六名の隊長達が一堂に会する会議である。
「ろくに知らねぇヤツばっかりじゃねぇか」
ジェダを見てからかわれたことを思い出したのか、菊之丞は不機嫌そうに呟いた。
「それで?お祝いだの何だの、するのか?」
気にする様子もなく、ジェダが他の面々に問う。
「ワイはやってもいいと思いまっせ。チスイっちの話で興味が出たわ」
「かもな」
宇治金TOKIOに続きぽつりと響いた呟きに、他六名の視線が集まった。
「…なんだ?」
「…い、いえ。ランバダ様、そんなことには興味ないんじゃないかって」
レムが思わず答えて、あ、と口を塞ぐ。
ランバダは不快とも戸惑いとも無表情とも取れる顔で、別にどうでも、と呟いた。
「ところで、仮装ってどんなことをするんだろうな」
コンバットの唐突な一言に、一同の疑問はそちらに移った。
「そりゃ…チスイっちみたいな吸血鬼とか…」
「そもそも仮装するのは子供なのではないか?」
「じゃあ、大人は何するのかしらね」
子供と言うような子供も見当たらない。七人は顔を見合わせた、そこに。
「仮装とは…」

『こんなのでございまーす』

エコーのかかった声、スポットライト。
全員の視線がその元を探し集まったタイミングで、どこからかステージが迫り上がる。
魔女の三角帽に黒いローブという出で立ちのモーデルの登場だ。
「あとはこんなの!」
あっという間にカボチャの面に白いローブ。
「こんなのもあるでよ!」
息つく暇なくミイラにマント。
「続きまして…」

「怪我人発見!」

七人の偉い人の沈黙の中、モーデルが更に新たな仮装(ファッション)を披露しようとしたその時。
鮮やかな峰打ちが横から決まった。
「ああー…」
弧を描いて遠くへと去っていくモーデル。
それを見送り、やぎゅうが汗を拭う。
「失礼しました!」
彼はすぐさま褌をなびかせ、一同に挨拶をする。
「…ハ、ハロウィンの仮装とはこんなの…なのか?」
勢いに飲まれつつも、ハンペンが問う。だがやぎゅうは首を傾げた。
「いやー、俺らもモーデル以外はそっち方面はどうも…」
「確かに…ただ」
やぎゅうの言葉尻に被せるように、彼の横に三千年も現れる。
「神聖な祭でもあると聞いたことがあるアル」
歴史は大切に、とそう言いたげに三千年は頷いた。
子供が仮装を楽しむのと同時に、様々な意味がそこにはあるということだろうか。
一同がそれぞれ大なり小なり考えを巡らせたところで、その背後に更に別の声が響いた。

「ハロウィンとは…万聖節の前夜祭であり、起源は古代ケルトで悪霊を追い出すための、また秋の収穫を祝うための祭である」

そこに佇むは、旧毛狩り隊の風雲児カンチョーくん。
「意外なヤツから答が来た!」
とりあえず宇治金TOKIOが代表してツッコんでおく。
カンチョーくんは無表情のまま、可愛らしくぴょーいぴょーいと飛んで去っていってしまった。

「……………」

一同に沈黙が流れる。
やぎゅうと三千年も、モーデルを追ったのか既にその場にはいなかった。
「…とりあえず」
ランバダが小声にて沈黙を破る。
「どちらにしろ、三世様が一番興味ないだろうな」


一同はただ、頷く。
マルハーゲ帝国皇帝ツルリーナ三世の配下、二十六名のブロック隊長達のある日の会議が開始される、その直前のことであった。




そして同時刻、彼らの在る場所から限りなく近く、必要が無ければ誰も侵入を許されぬ、ある空間にて。
舞い散るカード、幾つも重なる光の中で、一人の男が小さく呟いた。
「…あと数日か」
その男は強大な力を持ち、大いなる謎を持ち、世を支配し、そして人を嫌う。
だが人そのものを嫌ったとしても、彼らが作り出す歴史を嫌うばかりではない。
かもしれない。




ハロウィンまで、あと数日。









おまけ


…コンバット甘党説は…全くの捏造です。相変わらず彼周りは妄想まみれというか、
旧毛狩り隊そのものから妄想まみれですみません…(特にチスイスイ)
ルンルン王国のジョウキゲーンは一応公式設定です。Vジャンプ情報です。
リンゴ釣りとリンゴのおまじない(?)は両方実在するようです。

さて、趣味に走ったおまけは……菊コンです。

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