いきる







それはまだ毛狩り隊にいた頃のことだ。
新年を迎えた日に、その年の抱負を話し合ったことがあった。
別に発表会みたいな立派なことをしたんじゃない。
挨拶をしに来たカツと話の流れでそうなっただけだ。

その流れを作ったのは、考えてみれば当たり前なんだけれども俺だった。
カツは少しだけ困ったような顔をしていた。あいつはそういうこと、考えたってあんまり口にはしないタイプだったから。
不言実行。悪いことじゃない。


でも俺は言っておかないとその時は気が済まなかったから、カツに聞き役になってもらった。
それまでは思っていてもなかなか口にはしなかったのだ。
それでもずっと、願っていたこと。


それを話すと、カツは表情を変えた。
目を見開いて悲しい様な怒った様な顔をした。
それも一瞬のことだったけれど、あいつは滅多に顔色を変えない奴だったからよく覚えている。
その瞬間の後は目を伏せてしまった。
だから、よく解らなくなった。



『笑えませんよ』



小さく呟いてから、自分の抱負も話さずに行ってしまった。
けれど三が日を過ぎた頃にはいつものカツに戻っていた。


俺は反省した。
隊長だった俺にはやらなくちゃいけないことが沢山あるのも確かだったし、そう、例えば基地のことだとか。
前の年と変わらずに接してくるカツを見て、俺なりにそれを態度で示そう、って思った。
うん。
まあ、新年ってみんな気が大きくなるもんなんだ。


俺は聞かなかった。
『本当は』どうしてそんな顔をしたのか、聞く気にもならなかった。







それからずっと後になって、それは確か最近の七夕のことだったと思う。
みんなで短冊を書いてつるすことになった。忙しない旅だけどそういう雰囲気だけは、ってことだ。
ボーボボが笹を振り回してあやしい儀式をやっていた。首領パッチが更にあやしい儀式で対抗していた。それに声援を送る破天荒の姿もある意味あやしかった。
なので俺はぬの儀式ですべてを浄化するしかないと思った。ら、あやしい三人と一緒に魚雷先生に吹っ飛ばされてしまった。
田楽マンはなぜかノってこなくて、ビュティと何か話していた。ソフトンも黙って短冊を睨んでいた。


復活した俺はヘッポコ丸の短冊を覗き込んでやった。
そこには予想通りの、まったくもってヘッポコ丸らしい願い事が書いてあった。
でも俺はその強くなりたい気持ちを、年上の男として暖かく見守ってやりたい。ので、ぬの短冊をあげたら裏に再利用された。
しかもそこに何を書いたか教えてくれなかった。

ぬの短冊を渡す直前に、ヘッポコ丸にお前のも見せろよ、と言われた。
俺はたくさんぬの短冊を用意していたがそれはもうヘッポコ丸には見えていたので、つまり「他のを見せろ」ということだ。
仕方ないので見せてやる。
なかなかこうして、改めて願い事にする機会はなかったこと。
それでもずっと願っていたし目標でもあったこと。


渡すと、それを見たヘッポコ丸は表情を変えた。
俺はなんとなく胸が痛む気がして何も言えずに口を閉じる。
すぐにヘッポコ丸は顔を背けてしまった。
だから、俺も何も言わないままでいた。



『こんなのもう、今更だろ』



小さく呟いて、ヘッポコ丸はしばらくその短冊を返してくれなかった。
その後に俺はどうして自分の胸が痛かったかだけは理解した。

その表情は『同じこと』を示した時に、
カツがしたのとそっくりだった。


そんなことを言えるはずがないし、俺にはもう思い出す資格だってない。
だからそのことは丸ごと封じてしまった。
正直に言ってその方が楽だったし、いいと思ったからだ。









どうしてそんなことを思い出しているのかというと、本当にたまたま、流れ星に願い事をしている親子を見たりしたからだ。
他の連中は気付いていないようだった。
偶然のスイッチ。

スイッチを押したのはいいけれど、何かが起こるわけではない。
俺にはその記憶の先が何も解らないままだ。
二人が何を言いたかったのか、どうして同じ様な顔をしたのか。
もしかしたら同じ様だというのは錯覚だったかもしれない。そんな気もしてくる。
ならどうして、そんな風に見えたんだろう。


試しに首領パッチに聞いてみた。
もちろんカツやヘッポコ丸のことは伏せて、だ。
すると首領パッチは飲んでいたコーラを一気にカラにして、瓶を瓶入れに投げ捨ててから、一瞬俺を見た。
それからコーラとソーダはどっちが好きかと聞いてきた。
当然王者はところてんだ。
ケンカになった。


それから多くの議論を経た後に、風呂上がりの瓶牛乳の味は格別だという結論で俺たちは和解した。
首領パッチはデコっぱち破天荒に引き取られ、俺もヘッポコ丸に引っ張られてその夜は解散となった。

けれどどうしても眠れなくて、散歩に出た。


同じ部屋のヘッポコ丸はよく眠っていた。
廊下もきちんと忍び足で歩いた。
なのに神様は、俺に夜を楽しむ隙も与えてくれないのだ。



銀色の悪魔が出た。







「…誰が悪魔だと?天の助が」
「あああ、ゴメンナサイゴメンナサイ」
夜の散歩をしたいなら魚雷先生のまましてくれればいいのに、と思う。
どうせメチャクチャ怒るんだから。
思うけれど、怖いので口が上手くまわらない。
「お、俺は悪いところてんじゃないよう……善良にナイトハイクを楽しみたかったわけでして、その」
「…ほう?」
あ、意味がない。
やっぱり、やっぱりね、そうだと思ったんだ、こいつ俺が何言っても怒るんだもん。
「あ、悪魔さんは悪魔さんで善良ではない魂を召し上がっておいていただきたいワケで…」
「……」

ほらね。
その途端に真っ二つ。
タメ無しだ。俺は泣き笑いしながら散った。

なんかもう自分で言うのもなんだけど、
「またやっちゃいました、母さんー!」
そういうことだ。つい、やってしまう。
母さんって誰だろう。七人の母の男は今頃寝こけてるんじゃないかと思う。
しかもよく考えたら俺はところてんなので、植物と工場から生まれたのだった。ヘルシーな生き様だ。
「…なにすんのよ!痛いじゃないさ!」
「テメーの減らず口が原因だ!どうやったら痛くないのか実践アンケートでも取ってやろうか」
「えええ、そんなんアンケートじゃねーよ!質問形式にしてくれよ!」
「よし、聞き零したらブッ殺すぞ」
「だから鋏はヤメテぇー!」

OVERの短気。カルシウムとれよ。

とは言えない。
今言ったら真っ二つどころか八つ切りコースだ。
さっき斬られたばかりなので、ちょっとは学習という文字が残っているのだ。天ちゃんえらい。
「うぅー…なんも用がないなら自分は自分で楽しんだらどーよ…」
天ちゃん間違ったこと言ってない。
こうして一緒にいるとあれだ、またやっちゃいたくなるので、どうしても俺は斬られることになる。
そういえば妥協しないのはどっちも一緒か。
「せっかく晴れた夜なんだからさー…」
月も星もきれいだ。
OVERの顔も、よく見える。
男らしくていいかと思うが何せ睨んでばっかりなのが怖いことこの上ないので、よっぽどの女の子じゃなければ『遠くから見ていたいタイプ』に入れるだろう。
白っぽい銀色の長い髪が眩しい。

「…テメーは」

OVERは唐突に、呟いた。
何かを言おうとしてる。
「なに?」
聞いておこうと思った。どうしてかここから逃げ出す気にはならない。
俺はところてんだから斬られるだけじゃ死なないって余裕がどこかに残ってるのかもしれないし、睨まれているわけではなかったからかもしれない。
OVERは『何と言われようと斬る顔』じゃなくて『本当に答えを知りたい顔』をしている気がした。
だから俺も、答えるつもりの顔をしてみた。
「トゲ野郎と何を話してた」
「トゲ?」
とげ、とげ、とげ。
何の花のとげだろうと考えてから、解りやすい答に辿り着く。
「首領パッチ?」
OVERは苛立った表情で応えた。
理解が遅いって言いたいんだろう。名前は知ってるんだから、首領パッチと言ってくれればすぐに解るのに。
俺のことはなんでか敵視して、名前覚えて呼ぶのに。変なの。
首領パッチだって同じくらいお前に色々やったよなあ。
「えーと…あ!風呂上がりの牛乳は」
「知るか」
「え、じゃあ…コーラとソーダよりところ」
「それも違う!」
がしん。
俺の体すれすれ、鋏が突き立てられた。
「…!」
俺は視線を上に固まった。
OVERと向き合う時はどうしたって見上げることになる。もっとも大体すぐに斬られてしまうので、あまり意味はないけれど。
「な、な。じゃー何…」
「その前だ」
やけに指定が細かい。
その前だなんて前すぎて、もう忘れてしまった。

と思ったけれど、覚えていた。
こればかりは例外だ。はじめに俺が自分から首領パッチに振った話。
首領パッチはバカだけど実はただのバカではないので、解るんじゃないかと考えたのだ。

「前って…あの、俺の願いごとの話か?」
「…そうだ」
「…っていうかつまりお前、聞いてたん?」
その瞬間、再び体すれすれを鋏が往復した。
「ぎゃー!」
「言え」
「い、言います…言いますハイ」
やっぱりたぶん聞いてたんじゃないか。
その時はまだ魚雷先生だったんだろうか、もしかして既にOVERだったんだろうか。
「……俺の願いごと聞くと、変な顔するやつがいるんだよ」



呆れるんなら解る。
人間にはありえなくて、しかも情けないことだって知ってる。
でも俺にとっては捨てたくても捨てられない一生の願い。
まさに一生ものだ。

『俺、今年こそはひとっかけら残さず食われちまいたいなぁ』

『誰かが俺のことをぜんぶ食べてくれますように』


幸せへの願望。憧れ。
だって俺はそのために生まれてきたんだから。
年に数度の大きな機会に、祈ったっていいじゃないか。



「なんでだと思う、って聞いたんだ」
「…それで、何だと」
「いや、結局それは…あれ?でも、あれ」
もしかしたら、首領パッチは何らかのリアクションをくれたのかもしれない。でも俺には解らなかった。
そりゃつまり、意味がないってことだよね。
「…なんだろ。わかんねーや」
「……」
溜めといてこれだから怒られるかと思ったけど、OVERは怒鳴らなかった。
鋏も振らなかった。
ただ、黙って立っている。
立ったまま俺を見ている。

それで俺は気付いてしまった。
こうしているOVERは怖くない。
けれどもその『怒っていない』、ついさっきからのOVERの表情。
カツとは似ていない。ヘッポコ丸とも似ていない。

でもどこか同じ空気があって、
心の中がもやもやする。


「…なんでお前も、そんな顔するの?」

顔は見えているのに向き合っている気がしない。
俺はちゃんと向こうに解るようにしてるつもりなのに、解らないって顔が返ってくる。
お前なんか理解できないって、そんな。

そうか、これ本当に呆れてるんじゃないんだ。
カツとヘッポコ丸がしたのもやっぱり違ったんだ。




じゃあ、OVERは?











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