たたん、たたん、と身体の下が小刻みに揺れている気がする。
実際は揺れなどないのだが、今いる場所が電車の中だと思うとどうしてもそんな風に感じられてきてしまうのだ。
ハレルヤランドに向かう電車の中、ビュティは寝付けないでいた。
客室の中にひとつしかないベッドは首領パッチに占領されていた。それはもう彼のキャラクターで仕方ないとは思うが、メイクをしたまま眠って肌荒れを起こしはしないのかとは思う。
(…首領パッチくんの肌荒れって、ナニ?)
それは謎だった。
謎は永遠の謎として、心配なのはヘッポコ丸だ。毛布も何もかけずに寝ていて風邪でもひきはしないだろうか。
それよりある意味心配なのが吊られている田楽マンだが、『あー』と言いながらゆらゆら揺れた後にいきなり『おやすみなのら』と言ったきり寝息をたてているので、どうも安心してよさそうだった。
更にそれ以上に安否が知れないのは最後尾車両に引きずられている天の助だ。しかし彼については、見に行ってくると言って飛び出したヘッポコ丸が『くつろいでた』とげんなりした顔をしながら戻ってきたので、大丈夫なのだろう。
床には絨毯も敷かれていて、どうしても寝苦しいことはない。
毛布のおかげで冷えることもなかった。男性陣が枚数の限られている毛布を譲ってくれたのだ。首領パッチなどは『若い子って軟弱だから』、とぶつくさ言いながら押し付けてきた。
少しだけ、本当にいいのだろうかと感じる。
確かにこうして寝付けないではいるが、身体はだるく疲れている自覚もある。
今日一日でOVER城を下から上まで攻略して脱出までしたのだ。無理もないだろうとは思う。
けれども見ていただけの自分などまだましな方なのではないか。
自分より、戦ってきた連中が休めているかどうかが不安だ。
辺りを見回してみる。
首領パッチは大鼾をかいて幸せそうに眠っていた。メイクどころかカツラすら取っていない。
田楽マンはぶらぶら揺れながらすやすや眠っている。今のところは心配より、そっとしておいてやった方がいいだろう。
ヘッポコ丸は壁に寄りかかって眠っていたが、暗い中距離があって詳しい様子は解らない。
(…あれ)
ふと、気付いた。
ボーボボがいない。
客室外に散歩にでも出ているのだろうか、天の助の様子を見に行ったのか。
後者だとしたら、彼らが何をしているかまったく予想もつかない。ビュティは自分の中に生まれた小さな懸念を、毛布を軽く握って振り払った。
余計な不安というものだ。
朝になればボーボボは無事、戻ってくる。
少しだけ身を捩ると視界が変わった。
見えてくるのは隣に眠る、金髪の少女の横顔。
(…スズさん)
自分より幾つか年上の彼女は、同じように毛布を押し付けられながら暫く躊躇していた。
結局首領パッチの『甘く見るんじゃないわよ!』に押され負けて毛布を受け取ることになっていたが、考えてみれば自分以上に首領パッチの唐突さには慣れていないのだと思うと少し微笑ましくなってくる。
小さく笑いそうになった、その瞬間だった。
スズの瞳が薄らと開かれた。
「…あ」
ビュティは思わず、声をあげた。
「…あ…すみません、驚かせましたか」
スズがその声に反応して、小声で謝ってくる。
「う、ううん。私こそもしかして起こしちゃった?」
「いえ…ちょっと眠れなくて」
本当に眠っている者もいる部屋の中で大声は出せない。
被っている別々の毛布が触れ合う程度に近付いて、会話は自然と内緒話か何かの様になる。
「…実は、私も」
「ビュティさんも、ですか…」
スズは小さく驚いたように呟いた。
「なんでかね、疲れてはいるんだけど。ビュティでいいよ」
「いえ」
申し訳なさそうな、少しだけ困った表情が返る。
「あ、その方が楽ならいいけど。ぜんぜん」
「…すみません」
なにも強要する必要はない。そして、謝ってくる必要もない。
笑ってみせると、スズもぎこちなく微笑み返してきた。
二人して寝転んだまま、眠気は未だ訪れない。
「…あのね、スズさん。今日はありがとう」
「…ありがとう?どうして」
「スズさんがテレポートで飛ばしてくれたからみんな助かったんだし、ハレルヤランドのことも教えてくれて…」
「……それは」
スズは少しばかり言葉に詰まって、それでもどうにか続けた。
「軍艦様をお連れすることができたのは皆さんのおかげでもありますし…」
ビュティから視線を逸らして、黙る。
毛布を握る彼女の手に力が込められた。
どこか気分でも悪いのかと問う前に、向こうから顔をあげる。
「ビュティさんは、私のことをもっと怒ってもいいんですよ」
「え」
突然の言葉がしっくりと来なかった。
黙ったまま考えを巡らせていると、スズは視線を落とす。
「関わりがないのに怖い思いをさせてしまって…」
「…あ、ああ」
軍艦との戦いのことだと、その言葉で理解した。
人形にされて人質になって、ボーボボ達がソフトンと天の助も連れて助けに来てくれた時のこと。
「…それは謝ってどうかなる問題ではないんですから」
どうやらスズはビュティが何ごとも言ってこない、睨んですらこないことが不可解のようだった。
こうしてハレルヤランドまで自分たちを連れて行くと決めた時点である程度、もしかしたら必要以上の覚悟をしていたのかも知れない。
何をどう言うべきか、ビュティは思わず苦笑いを浮かべていた。
「私、気にしてないよ」
「でも」
「怖くなかったって言ったらうそだけど、あの後にも色々あったし」
「ビュティさん…」
「強いんだけどちょっと変な人が来て抜けてったり、田ちゃんに会ったり天の助君と再会したり変態とたたか……それはもういいんだけど」
ある強敵の思い出からスクール水着やパンダスーツまで浮かんで来てしまったが、それを振り払った後に笑い直す。
「色々見てきたから…軍艦さんとボーボボの戦いもあったしね」
「…軍艦様」
スズの呟きに、ビュティは思わず黙った。
流れで口にしてしまった男の名前。
「……」
それこそ、スズの方が自分たちを憎んでいてもおかしくはないのかも知れない。
「スズさん…あの人、は」
基本的に年上の相手にはさんを付ける癖も、今ばかりはおかしい気もしてきた。
「…軍艦様は」
スズが再び彼の名を呼ぶのを聞いて口を閉じる。
「きっと、また立ち上がられます。時間はかかるかも知れないけれど…」
はっきりとそこまで言ってから、申し訳なさそうに苦笑した。
「…皆さんにとっては望むところじゃないですよね」
「そんな」
そんなことはない、と言いそうになる。
しかし言うことは出来なかった。
例えば既に、彼との戦いのことを気にしてはいない自分ならばそうだったかもしれない。
だが幼馴染みだったボーボボはどうだろうか。
彼でなくても、軍艦に故郷をやられてしまったヘッポコ丸はどうだ。あの時あの場にともに来てくれた首領パッチや、ソフトンや天の助はどうだ。
言い切ってしまってはならない。
「…スズさんはあの人のこと、信じてるんだね」
素直に出てきた言葉はそれのみだった。
「はい」
スズは、はっきりと頷いた。
その表情は偽りの欠片も抱かない。彼女が帝国四天王の部下であることを感じさせもする。
「私は、軍艦様のためになることならば何でもして差し上げたかった」
「なんでも?」
「ええ。…例え、それが他に悲しみを生み出したとしても」
『たとえあの方が、孤独を捨て切れなかったとしても』。
その言葉もまた、嘘でも偽りでもないのだろう。
「だからあの時のことも、善行であるわけもないとは理解しています。けれど間違っているとも思わなかった」
だから、どうか憎んでください。
聞こえぬ声が重なった様に思える。
「…今は」
ビュティは思わず、その『声』の上に更に言葉を重ねた。
「今はもう、あの時じゃないよ」
それは妙な断片にしかならなかった。
そこには確実に、自分には語れぬ『ボーボボと軍艦の戦い』が存在する。それは恐らくスズにも語れないだろう。
彼らの抱いた二十年もの空白に、首を入れようとは思えない。
だから戦いの後も何も聞かなかった。ボーボボが何か言おうとするのも、あえてその気持ちの形のみを受け取っておいた。
その時様々なことを考えたかったであろう彼やヘッポコ丸のことを、そっとしておかねばならないと。
「…はい」
スズは憎まれて仕方ないと思い切ってしまっているのかも知れないし、どこかで罪滅ぼしをしたいと思っているのかも知れない。
けれどもどちらにしろ、ビュティに彼らを憎もうという気持ちは残っていなかった。
視線の合わさらぬまま、沈黙が訪れる。
「…ねえ、聞いてもいい?」
それを破ったのはビュティだった。
スズははっとした様に視線を向けて、寝転んだままの体勢でありながらこくこく頷く。
「ど、どうぞ」
「どうしてもってことじゃないし、答えなくてもいいからね」
「いえ…!」
必要以上に真剣な顔をするスズに笑ってから、ビュティは呟いた。
「どうしてOVERのこと、助けたのかなって」
彼女の、命まで奪うことはないという言葉を疑うものではない。してはならないことだったと言い切るものでもない。
それでも軍艦をああまでした相手を助けたのだと思うと、すんなりとは納得できなかった。
今こうして向き合っている彼女と、敵として戦ったばかりのOVERが結びつかないためかも知れない。
「命まで、奪うことはないと思ったから」
スズは答えたが、続きを紡ぐ。
「それは本当のことです。けれど、きっとそれだけじゃなかった」
「…?」
「軍艦様を助けて、皆さんを外へ飛ばさなくてはと思った時にあの人が目に入りました。それでとっさに」
後悔の表情などはしていなかったが、ややもどかしげに笑った。
「とっさのことだったから…」
「そっか」
妙な質問をしてしまって悪かったかもしれないと、ビュティも同じ様な笑みを浮かべる。
しかしスズはやや声のトーンを落として、続けた。
「…あの人が軍艦様を怒ったのは、当然のことだったのかも知れません」
視線はまたもビュティから外れていく。
「四天王というのはそれなりの立場ですし…軍艦様も、そして私もいつかは裏切る気でいたんですから」
その言葉から思い出されたのは軍艦の目的だった。
それも全ては解らないが、彼は企みごとをしていたらしかった。そしてその後に出会った別の四天王の言葉から、それはもしかすると他の四天王の間にもなんとなく知れていたのではないかと思われる。
そこにどんなやり取りがあったか、そこまで見えてくるものではないが。
「…もしも軍艦様を失ってしまったら、私はどうすればいいか解らない」
スズの呟きは、今はビュティでなく別の何かに向けられているようだった。
「あの人の部下があの人をどれだけ信頼しているか、私はそれを見ていました」
あの人の、部下。
その言葉が示すのはOVER城の、不揃いな忍の連中だろう。
今日戦ったばかりだというのに、それももう随分昔のことのように思えてくる。
「知ってたの?」
思わず声が漏れた。
「はい。軍艦様のように五人組の側近がいて…小さいのにしっかりしてるルビーちゃんに、いつもサッカーボールを持ってる蹴人さんに」
「漫才トリオみたいな三バカ文明?」
「あ、はは…やっぱり会ってらしたんですね」
漫才トリオ、の言葉に反応して、スズが笑みをこぼす。
「うん、OVERの城で…」
どこかずれた様な連中でありながら、真剣に最上階までの道を守ろうとしていた。
スズはその姿を別の視点から見ていたのだろう。
「いい人達なんだね」
恐らく、彼女から自分にそう言い表すことは出来ないだろう。
半ば代弁するように言うと、スズは戸惑ったが小さく頷いた。
「あの人…OVER様は四天王の中でも気性の荒い人でした。皆さんよく怒られて、それでもいつも……怖いだけじゃないんだ、って笑ってた」
「…うん」
敵だというのに、どうしても憎みきれない連中ではあった。
四天王やその部下達がどんな私生活を送っていたか知るところではない。しかし敵だったといえど、彼らの上司に対する信頼は否定するところではないだろう。そして、彼女がOVERを助けようとした心理もなんとなく知れた。
彼女はその後人質にされかけもしたのだし、あまりその話題を継続してはならないかも知れない。
しかしビュティが打ち止める前にスズの方が口を開いた。
「…あの、ビュティさんは」
「うん?」
反応するとスズはやや迷う様に黙ったが、声を弱めながら続ける。
「それでいいんですか」
「なにが?」
そんな様子を見ていてビュティも思わず更に声を小さくする。周りに寝ている三人を起こしてしまわないためと思えば、必要以上に気を配るのも無駄ではない。
「敵だった私の言うことに頷いてしまっても?」
「…おかしいかな?」
「いいえ、でも…OVER様、いえ、彼を助けたことで皆さんにはご迷惑をかけてしまったでしょうし」
互いに首を傾げて互いの言葉を待つ。
「それはスズさんのせいじゃないよ。…それに、スズさんもいいの?」
「なにが…?」
「私達を助けて、軍艦さんは怒らない?」
その言葉にスズは一瞬目を見開いて、それからふっと笑った。「…意味のあることだと思っています。お叱りを受ける覚悟もしなくてはなりませんが」
「……」
「その上でも許されるのなら、私はあの方にまたついて歩きたいと思います」
「スズさん、格好良い」
「…格好良いなんて。…私、いつだってたくさん迷ってます」
思わぬ言葉に赤面しながら、笑みを消す。
「軍艦様のお側でどんな風にしていたらいいか、お役に立てるのかって。上手くいかないこともあって」
ビュティは思わず笑いながら頷いた。
ボーボボの仕掛けたハジケに怯むどころか真面目に立ち向かった彼女の姿は、どうしても微笑ましい思い出として浮かんできてしまう。
スズはいつでも純粋にものごとに挑んでいるのだろう。過ぎるのも困りものかも知れないが、年上だというのに可愛らしくも感じる。
「…ビュティさんだってたくさん大変なことがあったのでは?」
真剣になったスズの表情に、ビュティは回想を中断した。
「…まあ、色々あるかなあ」
彼女は例えば戦いの中での危険のことを言ってくれているのかもしれない。
実際により大変なのは味方側の暴走なのだが、今ここで晒すことでもないだろう。
「私、自分の身を守ることすら危ないから…でもしっかりして、出来ることはやっていかなくちゃ」
ボーボボにはボーボボの目的がある。ヘッポコ丸にはヘッポコ丸の目的があり、他の連中にも確かなことではなくても思うところがあるだろう。
そして、自分にも。
「みんなのためにも、自分のためにもね」
「…いいお仲間ですね」
「…スズさんも、そうじゃない」
言うと、スズは恥ずかしそうに微笑んでから声を潜めた。
「私は…皆さんの敵だったんですから」
「…それを言ったら、天の助君も田ちゃんもそうじゃない」
「え?」
それは確かに、そんな風な表情が浮かぶ。
彼女もブロック隊長が誰だったかということは把握しているだろう。
「あの時にボーボボと一緒にいたソフトンさんって人も、毛狩り隊でバイトしてたんだよ」
そこまでは知らなかったのか、スズの顔に驚きが重なる。
ビュティは思わず笑っていた。
暫し会話をして、眠気が来るかと思えばまだ十分ではない。
ビュティは天井を向いてただ黙っていた。
横ではスズが同様にしているが、どうも落ち着かないのか揺れる気配がする。
また声をかけるべきかとぼんやり迷っていると、先に彼女の声が聞こえてきた。
「…私、ちょっと」
「うん?」
互いにまだ眠れないでいることは解っている。「外を見てきます」
身を起こそうとしたスズの焦った様子に驚き、ビュティも上体を捻った。
「な、なんで?」
「ボーボボさんが戻ってこないのは外で何かあったせいかもしれません」
「何か?」
彼女の考えがどこか読み込めず、声だけは潜めながら慌てる。
「ちょ、待って。きっとふざけてるんだよ、ほら、外には天の助君いるし」
「…ビュティさん」
スズは身体を止めて俯いた。
毛布を緩く握り、申し訳なさそうに続ける。
「この電車は…ハレルヤランドに行く手段としてはもっとも確実ですし、他で乗り込もうとするより色んな意味で安全です」
「う、うん…」
「チケットを手に入れる時も、ボーボボさん達だとは知られないようにしたつもりでした。…皆さんに、休んで頂きたくて何も言わなかったのがいけなかったかも」
ビュティにもその気遣いは感じられていた。
スズは何が気にかかるというのだろうか。想像はつかない。
「ここはもうハレクラニ様…いえ、ハレクラニのテリトリーなんです。刺客が送られていておかしくないんです」
「で、でも電車の中だよ?一般のお客さんもいるのに?」
車内で武器を振り回すことなど出来ないだろうし、外側で戦うのはそれこそ不可能だろう。
例えば天の助や、ボーボボや首領パッチならば解らない。彼らならば最後尾から引きずられても寛げるだけのとんでもなさは持ち合わせているだろうが。
「それでも戦える人間がいるんです!…彼は、見つけさえすればほぼ確実に捕えてきたと聞きます」
「……じゃあ、天の助君ッ」「いえ、天の助さんはきっと大丈夫です。…もしあそこにいて平気なら、ここにいるよりずっと安全でしょうから…」
「…まあ普通は見ないもんねぇ」
刺客もまさかひとり後ろに引きずられているとは考えもしないだろう。気付いたところで、そう簡単には手が出せないはずだ。
「でも、もしかしたらボーボボさんが見付かってしまったかもしれない。私のせいで」
「ま、待ってスズさんっ」
立ち上がろうとするスズをとっさに引き止めてから口を押さえる。思いのほか大声が出てしまった。
「ハレクラニの部下は皆強い忠誠心を持っています。躊躇もしない…ボーボボさんでも危ないかもしれないんです」
「もっと危ないのはスズさんだよ!もし見つかったりしたら」
四天王の部下がボーボボ一行に同行していると知れたら、裏切り者扱いで狙われることになるだろう。そうなれば彼女への危険が飛躍的に増すのだ。
「ボーボボはもしもの時の引き際だって解ってるよ。それこそ外には天の助君もいるし」
「でも」
「まだ外で戦ってる気配もしないし。これは私だけかもしれないけど、条件が悪いんじゃ外に出たら足手まといになりそうだし」
スズが多くのことを考えすぎてか、冷静になれていないのは間違いない。
戦えるとしても彼女が見付かってしまうのは望ましくないだろう。
それに。
「ボーボボは、大丈夫」
どんなに不安を感じたとしても、最後にはその結論に辿り着く。
そこには不思議な確信があった。
ボーボボは無事でいることが出来る。彼は、何かが起こった時に何をするべきか解っている。
無謀な真似などしたりはしない。彼には彼の成せばならないことがある。黙って出て行ったのも何か考えがあってのことかもしれない。
もしかすれば、他の連中にも何かが解っているのかもしれない。
彼らはふざけてばかりいると思えば底が知れないことをやって見せる。
ならば今、自分がするべきことは何だろうか。
「…ビュティさん…そう、ですね」
スズは幾らか落ち着いたのか、身動きを止めた。
「騒いでしまってすみません。……どうか安心して眠ってください」
「え?」
ビュティを向いて微笑んで見せる。
「恥ずかしながら私も電車では上手く戦えません。でもここで起きていて、もし何かあったら皆さんを連れてテレポートします」
「スズさん…」
「万が一ビュティさんに危険があれば皆さんに代わって私が守ります。…きっとやってみせます」
すっかり決意した様子で、彼女は身を起こしたままでいた。そして暗い中でゆっくりと辺りを見回す。
その姿は優しく、同時に頼もしかった。
「…スズさん、お姉さんみたいだね」
ボーボボ達のことを認めてはいるだろうし、信用もしてくれたのだろう。
それでもそう言い切ったのは彼女の性分ゆえか、毛狩り隊の姿を知っているゆえか安心はしきれないのかも知れない。
「…お姉さん、ですか?」
不思議そうに首を傾げて、スズは問い返した。
「うん。なんかちょっと新鮮かも」
「…そ、そうですか」
ビュティが頷くのを見て、恥ずかしそうに笑う。
「ありがとう。…嬉しいけど、スズさんも寝なくちゃ」
「いえ。私は」
「みんな揃って起きてたら明日が大変だしね」
今夜のことは、ひとまずそっとしておけばいい。
何もないならそれに越したことはない。何かあるならばその時は目を覚ませばいいのだし、何も起こらない内に気を張り詰めてはどうにもならない。二人は黙って、暫く視線を交わし合った。
ふぅ。
どちらからか息が漏れて、同時の溜息となる。
「…そう、ですね。もしもこの客室の中に…入って来たのなら」
敵、と言うにはスズにはまだ抵抗があるようだった。ビュティは気にせずに頷く。
「うん」
自然にどちらも横になって、毛布を肩まで被り直した。
「…あ」
「どうしたの?」
「毛布…やっぱり使ってしまっていいんでしょうか」
「そうだね。……でも、お言葉に甘えようか。首領パッチ君にもあれだけ言われたし」
幸い、眠っている三人が目を覚ましてしまった気配はなかった。
首領パッチは相変わらず大鼾をかいている。
田楽マンは吊るされたまま、すやすや眠っている。
ヘッポコ丸は壁に寄りかかったまま目を閉じているようだ。「今からのために、今は休ませてもらおう」
ビュティは毛布に触れたままに呟いた。
スズも疲れていないはずがないのだ。
「…はい」
彼女にもまだ心残りがあるらしかったが、返事は返ってくる。
「おやすみ」
明日の朝が来たら、ボーボボ達に治りきらない負傷がないかを確かめよう。またいつか辺りを気にしなくてはならない、野宿などの夜になった時には自分が見張りをしよう。
考えながらビュティは、うとうとと吸い込まれるように瞳を閉じていった。
自分の身体も本当はとっくに眠気を訴えていたようだ。
「おやすみなさい」
それでもその言葉だけは拾うことができた。
どちらからということはなく、二人の少女は仲間に遅れて寝息をたて始めた。
どちらの眠りも穏やかで、本人達の自覚以上に深く、『天井を突き破って部屋の中に槍が入ってきた』ぐらいでは妨げられることもない。
ただその晩、部屋の中に新たな人影は入らなかった。それ以上に何か妨げる物事も起こらない。
扉も開くことはなく、朝になるまでの内にベッドが空になっていただけだ。
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