「起きろ！」

あらやだ、もうモーニングコール？
メシの時間？

むにゃむにゃと開いた視界の先は、夜を走る電車の端だった。







「…なにここ……世界の終点？」
「いや、周回遅れだ」
「…マジで！もうダメじゃん」
「諦めるなー！」
そして自分を見下ろすように横に立っていた男は、不甲斐ないこちらを叱ってくる。
とりあえず朝はまだ遠いらしい。
「お前、よくあんな場所でぐーすか寝てられたな」
男はしれっと感心して見せた。

あんな場所というのは電車の端の端も通り越した線路の上。
そう、記憶が正しければ最後尾に縄で括り付けられて引きずられていたはずだった。

「そうでしょ……ッじゃねー！お前が放り込んだんでしょ！」
「違うな！放り出したんだ」
「もっとヒドイわ！」

どうやら男、ボーボボは、縄に留められて引きずられながら寝ていた自分を引っ張り込んで起こしたらしい。
時はまだ夜、電車の車外。最後尾とはいえ風も感じる。
これが優しさなら幸運と呼ぼう。有り難いことこの上ないが、
恐らく違う。

「…どうして俺は起こされたのかな？」

できる限りニヒルに問うた。
ボーボボ一行に同行してまだそう日が経つわけではないが、ハジケブロックにOVER城とあれだけ戦いを繰り返してそれなりに学習はしている。
何も無いなら、ぬの神様に泣いて感謝しよう。

「電車の上に登るため」
「…そうですか」
暫し優しい空気が流れて、直後にどかん。
頭上に見えないタライが降り注いだ。
「…ってウソーン！無理！ムリムリムリー」
「やってみなきゃ解らねーだろーが！！」
「え、本気！？ダメだよ、僕ところてんだもの！風圧で消滅しちゃう！」
「セロハンテープでくっつけたげるから！」
「つくかー！」
天の助は慌てて立ち上がり、ボーボボと睨み合う。
ところてん暦三十四年。
人生経験はそれなりにあるからといって、いやあるからこそ、電車の上に登るだなどという無謀な発想には黙っておけない。
電車の後ろに引きずられているのとはわけが違うのだ。
「違うの？」
「違うの！」

「…大体さー」
時刻は深夜、天の助とボーボボの他に誰か外に出てくる気配はない。
他の連中もとっくに眠っている頃だろう。
「電車の上に登ってなにすんのよ？…わーい、もしかしてハイキング！？」
「おやつは三百円までよ」
「ところてんはおやつに入りませんよね？」
「入るに決まってるだろーが！」
「なんでよ！主食ぞ！」
ここに一対一、ガチンコの討論が開始される。
と思われたが開始されなかった。
ボーボボがぷいと横を向いてしまったためだ。
「…時間がない」
「何があるんだ？」
「……」
ボーボボは沈黙したまま、手すりに体を預けて電車の上の方を確認していた。
どうやら登ろうというのは本気の話らしい。
しかし天の助にはその意図まではさっぱり見えず、黙っているとボーボボの方からぽつりと呟いてきた。

「お前がハレクラニなら、俺たちの動きを掴んだらどうする？」

「……」
ただ、素直に考えた。
天の助とて、ほんの一瞬と言えなくもないが遊園地基地の隊長をやった男である。
「…年間パスポート売りつける」
「アホーッ！」
「ぎゃ！」
しかしボーボボにはお気に召さなかったらしく、蹴りが飛んだ。
「おバカ！真面目に考えなさい！」
「いーわよ、真面目に考えてやろーじゃねーの！…こんな時、毛狩り隊なら…」

この状況下。
毛狩り隊の、しかもそれなりに有力な四天王ならば。

「…人、揃えるんじゃなくて選んで待ち伏せ」
「乗客の殆どは一般人だ。少数の精鋭が乗り込んでいる可能性は？」
「悪いけどブロック隊長なんて下っ端で、四天王の部下のことまではよく解んねーよ」
ハレクラニの名も聞いたような聞かぬような。
記憶が薄いのか、本当にその程度だったのかはもう覚えていない。
ただ四天王にはそれ相応の偏屈が揃っているという噂ならばよく聞いた。
「ちぇっ。やくたたず」
「あらゴメンね！」
そっちが聞いたんでしょ、と叫びながら考えて数秒。
実はそんなに難しい話ではなさそうだ。
「…俺たち、駅でなんも言われなかったよな」
「ああ」
「当然四天王にだってお前の手配書くらいまわってるだろうし…そもそもこんな電車なんか走らせて、なんの対策もしてないはずないし」
「つまり何だ？」
問われても確実な答などくれてやれないが、高い確立でそれは正解に近いはずだ。

「…たぶん、何かはある」

「やっぱりな」
「でも、なんで電車の上なんだよ？」
「そんな予感がする」
ボーボボは妙に立派に言い切る。
それは彼なりに確かなのだろうし、信用できないとは言わない。
「中に何もないとは限らないだろ？」
「だからバカを置いてきた」
「首領パッチねぇ」
「ヘッポコ丸にも、注意はした方がいいかもしれないと言ってある」
ヘッポコ丸の場合、逆に不安になりすぎてゆっくり休めていないのではないかと天の助はふと心配になった。
「走行中の電車ではそう簡単には逃げ切れない。…車内の方は、スズのテレポートがあればどうにかなるだろうが」
「あ、そっか。それなら安心……」
中に残された五人は実はそれなりに安全なのだと知って、天の助は安堵した。
が。
「…あれ！？じゃあ俺たちは！？」
「大丈夫大丈夫」
「え！？」
「お前はほら、まあダメージがあっても自分で治せるしー」
「いや、ちょっとちょっと」
「いざとなったら飛び降りる！」
「ダメだろー！」
ボーボボは爽やかに笑っているが、爽やかすぎて本当にダメそうだった。

「…あれ？」
「なんだ」
声をあげると、ボーボボは笑うのを止めた。
こちらもふと思いついただけのことで、大した話ではないが。
「お前は飛び降りてもヘーキなの？」
「たぶんな」
「たぶんって」
「大丈夫だ」
誇らしげな返答。
ボーボボは人間だというのに妙に丈夫なので本当に問題ないのかも知れないが、いや、しかし危険が無いとは言えないだろう。
それこそ再生の可能な自分よりは危険そうだ。

例え自分が登りたくないと駄々をこねても、ボーボボは登るだろう。
こちらが登ると言ったとしても、ひとりぼっちで行かせる気はないようだ。

「…よし！天ちゃんも行ってやろう」
「マジですか！お願いします！」
「オッケオッケーまかせ…
…ぶ！！」

笑いながら胸を張る。
その直後へこんだ背中に衝撃がはしったと思うと、天の助の体は宙に舞い上がった。

べしゃ、と情けない音とともに、落下したのは電車の上。
「…うわ、わ！揺れる、ゆれ、ゆら…！」
途端に風圧だの振動だのに襲われて、体を起こすこともままならず天の助はそこらにしがみつく。
気付くと、いつの間にかボ−ボボも這いつくばって横にいた。
「パパー、楽しいねー」
「楽しかねー！」
「そうだ、楽しんでるヒマはない。前の車両に急ぐぞ」
無茶苦茶なことを言いながらボーボボは前進をはじめた。
「どこまで行くの？」
「決まってるだろう、ビュティ達のいる車両だ。外から来るならそこに入れなければいいんだからな」
「ああ、そっか」
やはりこれでも考えてはいるらしい。
天の助は黙って後に続いた。

車内ではもう皆眠っているだろうか。
ヘッポコ丸は眠れていないかもしれない。逆に、首領パッチなど何も考えずに爆睡していそうだ。
もっとも、もしもの時に彼らが起きていないようでは困る。
だが勿論のこと、彼らの出番が来ずにハレルヤランドに到着するのが何よりいいのだ。それはこうして車上にいる自分たちにも同様のこと。

田楽マンはどうなのだろう。
実は天の助は田楽マンのことをよく覚えていなかった。
Zブロックには何かと謎が多くて上位ブロックの隊長会議には出て来なかったし、全体会議の時のことも会ったような会っていないような曖昧な記憶しか残っていない。

「…なー」
「なんだ」
「二人っきりで敵が来るのを待ってるって、きっと暇ね」
「ドキドキするわね」
「なんか話してましょ！」
「それもいいけど、アタシ将棋セット持って来てたわ」
「将棋！？渋ッ！」

ずりずりとほふく前進で移動しながら、ボボ美と天子は暢気に会話していた。
逆側前方から本当に敵が来ているのも首領パッチが本気で爆睡しているのも、彼らいや彼女らは知る由もない。

時は明け方にやや近付いた深夜、場所はハレルヤランド行き電車上。
カウントの進み具合は神のみぞ知る。

戦闘開始まで、あと少し。

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