ふたりの




「あした、魚雷さんの誕生日だよ」




ことの始まりはビュティの一言だった。
ふと思い出されたように響いたそれは、その場にいた連中全員にすぐさま伝わる。
「マジで!?」
「魚雷先生に誕生日なんてあったのか…」
「どこから生まれたのら?」
首領パッチ、天の助、田楽マンは揃ってどうしようもない言い草だ。
これも本人がこの場にいないがため、いなければこそである。
「よく知ってたな。ビュティ」
ボーボボはそれに対して否定・反対等せずビュティに問うた。
「うん、私も十二月生まれなんだけどね。ちょっとそういう話になった時、四日だって言ってたの」
「…そうだったか」
ソフトンの小さく漏らした声とともに、一行は顔を見合わせた。
「ビュティ、十二月生まれだったのか?」
ヘッポコ丸の声色は幾らか慌てている。
「うん」
ビュティはただ、当たり前のように頷いた。

思えば道中、誕生日の話など滅多にしない。
したとしても強く心に残るほど深い話になるでもなし、改めて祝うほどこだわることもなかった。
けれども、元より騒ぐことが好きな面々にとっては何もしないのも味気ない。

「よっしゃ!パーティしようぜェ!」
首領パッチが瞬間的に特攻服へとチェンジし(元々何も着ていないが)、自分の気持ちを主張する。
「パーティ…あの魚雷を祝うんですか?」
対して子分は不満そうだ。噂の存在、魚雷ガールと彼の間には深い因縁の川が流れているために仕方がない。
「破天荒よ…今こそ氷を溶かすときぞ」
「しかし!俺が心の底から祝いたいのはおやびんだけです…!」
「キャ、ほんとに!」
特攻服にリーゼントはともかく、低く渋い声色でその照れ方はミスマッチだ。
「ホントですとも!」
もっとも破天荒にとっては大した問題でもなかった。


「さて、あのバカどもは放っておくとして…」
一方、他六名の間ではふたりの一時放置が決定していた。仕切っているのはボーボボだ。
「ソフトン、お前どう思う?」
「…俺に振るのか?」
「ダメ?」
「ダメと言われてもな…」
メンバーの中で一番『パーティ』という言葉から縁の遠そうな男は、腕組みをして息をついた。
「…魚雷殿本人に聞いてみてはどうだ?」
「それじゃダメなのら!」
そんな彼の提案に対し、意外なところから反論が出る。
「ど、どうしてだ?」
ソフトンは視線を落として尋ねた。他四名もそれを追う。
『本人への質問』反対派、田楽マンは誰より低い位置から偉そうに主張した。
「誕生日パーティはドッキリと相場が決まってるだろ、諸君」
「そうか?」
天の助が口を挟むが、聞いてはいない。
「Zブロックにいた時、ドッキリパーティしてくれるって約束したのらー」
「…それはドッキリじゃないんじゃないか、微妙に」
ヘッポコ丸が微妙にツッコんだ。
だが横にいたビュティはしゃがんで、そんな田楽マンに付き合う。
「お祝いしてもらったの?どうだった?」
「……それがさぁ」
田楽マンは急に声のトーンを落とし、元から小さいのに更に小さくしゃがみこんだ。
「誕生日くる前にクビになっちまったのら…」
「…そ、そうなんだ…」
「お前、一年いなかったのか…」
ビュティ、続いて天の助が引き攣り反応する。

田楽マン、生後半年。人間年齢に直せば九歳。
未だ誕生日を経験していない。


「それはさておきだな」
話が進まないので、ボーボボはまたも流しに入った。
「具体案は…ないのかッ!」
しかも逆ギレに入った。
「ないのかー!」
そして天の助を投げ飛ばし、

「わああああ!」
「天の助君!」

田楽マンを投げ飛ばし、

「ぎゃああ!」
「田ちゃーん!?」

「来いやー!来いやアァー!!」
「わかったァー!」

首領パッチを投げ飛ばす。

「ボーボボ、何やってるんだよ!」

ビュティが叫ぶがもう遅い。
空へと舞った三つの影を見上げながら、ヘッポコ丸があたふたと走り回る。
だが三つのバカの影は無事に地面へと着地した。
ケーキの姿となって。

「これで魚雷先生をお祝いしまーす」
「…ダメだろ、たぶん」
「えー!ショックー!」


白いケーキとオレンジのケーキと青いケーキがショックを受け、金髪の青年が「おやびんはダメじゃありません!」とひとり分の名誉だけを守ろうとする横でなおも話し合いは続く。

「簡単なケーキみたいなの作らない?私、やるよ」
「そうか。じゃあ俺たちは…カードでも書く?地味に」
「……地味かどうかは解らないが、カードか」
「いいと思うよ」
ビュティはその比較的まともな意見に対し、心の底から頷いた。
旅の道中という状況からも妥当な提案である。



こうして、未だふざける阿呆連中を再集合させ役割分担までが決定した。
材料買い出し三名、カード買い出し二名、ケーキ制作二名、特殊任務一名。
その人選が一部間違っていたことに気付くのは、当日となった十二月四日のことである。









「…これ…」
「…これに書くのか?」
とこ屁組のあげた声は、まったくもって虚しく響くばかりだった。
カード買い出し担当を任されたのがミスミスターハジケリストとその子分だったがために、彼らの前にはどうにも微妙なブツが並ぶ羽目になったのだ。
開くと『メロンプリンですよー』と鳴く不快な物体の出てくるカード、手に取ると『もがけ!泣け!限界を超えろ!』と叫んでくるカード、『幸せ〜幸せ〜』と歌い続けるカード、他エトセトラ。
明らかに近くの街ではないどこかから調達してきたバースデーアイテムに、買い出し組三名はびっくりだ。
「…ッてふざけちゃダメだろがー!」
買い出し組の最後のひとり、ボーボボはおおいに怒った。
「なに言ってるの!これもアンタ達のためだったのよ!」
泣き崩れる首領パッチ。
「そうだ、おまえらおやびんの気も知らないで!」
首領パッチへの否定を知らない世界に置いて来た破天荒。

わーわーキャーキャーと騒ぐハジケどもの横で、まともな買い出しをしてしまったヘッポコ丸と天の助は沈黙していた。
特にヘッポコ丸は切なくて堪らなかった。ビュティ作成の買い出しメモから脱線して謎の豆やらぬのクッキーやらわけの解らない物体を籠に入れたがる連中を、どうにかこうにか仕切ったというのに。
「……」
「ま、元気だせよ」
ぬのクッキーの張本人である天の助が、柔らかく肩を叩いてくる。
「…ああ……」
ぽんぽんという感触に泣きそうにすらなりかけながら、ヘッポコ丸は無事まともに揃った材料の行方に思いを馳せた。





「いちごができたのらー」
ざるの上に処理済みの苺を山盛りにして、田楽マンが手を振った。
「ありがと。ろうそくを持ってきてくれる?」
「はーい」
彼は見ただけならば料理とは縁遠そうだが、本人曰くZブロックにいた頃には身近なものだったらしい。
確かにあれだけシェフ(天の助レベルのバカ)がいたことだし、もしかしたら女の子の部下でもいて手伝いをしていたのかもしれなかった。
「…うん」
用意された苺を見て、ビュティは感心した。
野菜だの果物だのの準備、こまごまとした手伝いは器用なものだ。
首領パッチもなんだかんだでよくやるし、天の助も割に器用だしでなかなか侮れないものがある。
「ろーそく、何本?」
ヘッポコ丸達の買い出しした袋を覗き込みながら、田楽マンが尋ねてくる。
「年齢が解らないから、八本でいいよ。バランスもいいしね」
「はーい」
メモではバースデーキャンドルは八本で、という話になっていたはずだ。
田楽マンはどうやら十本入りのキャンドルの封を破ったらしかった。
「もうすぐ出来るね、田ちゃん」
「クリーム残る?」
「うーん?…どうかな」
手元で泡立てているクリームについては、飾りつけを済まさなければなんとも言えない。
スポンジは出来合いのものだが装飾は自前だ。ビュティもそうまでいつもケーキなど作っているわけではないので、いまいち感覚は解らなかった。
これがそれこそ魚雷ガールならば、野外だろうがなんだろうがスポンジから焼いてしまいそうな勢いだが、ビュティにとってそれは残念ながらワイルドチャレンジというものだ。
「余ったらほしいのらー。食べるのら」
「クリームだけで?」
「これがウマいのさ」
田楽マンは偉そうだったが、その感覚がどこか子供らしい。
ビュティは笑いながら泡立て器を掴む手を止めた。
「じゃ、分けっこしようか」
「えー」
「だめ?」
「…ビュティだからまあ、いいのら」
キャンドルを側に置いてあったプレートの横に並べながら、ぽつりと呟く。
「ふふ、ありがと」
どうやらお許しが出たらしい。
ボウルの中の生クリームも、すっかりふんわりと泡立っていた。

それなら、みんなには内緒ね。
そう言おうとしてビュティはふと、『みんな』とも自分たちとも離れている二人のことを思い出した。
買い出しにケーキに加え、あとひとつ必要な役割があったのだ。





「……」
こうして二人きりになったはいいものの、ソフトンはなかなか自分からは喋りかねていた。
ソフトンの役目は『魚雷ガールにパーティの準備を知られないよう、連れ出しておくこと』だ。それなりに技のいる役であろうが、任されたのならば仕方がない。
「ソフトン様、ご存知?あの実は種には毒があるんですよ」
「そうか…種に」
「でも、実は食べられるそうです。不味くはないらしいけれど」
「詳しいんだな」
「あら、たまたまです!聞きかじりぐらいのことで…」
幸い、会話は途切れていない。
それが自分の力というよりは魚雷ガール本人のおかげだというのも申し訳のない話だが、今は彼女をここに留めておけるに越したことはなかった。
「果物のようなものか」
「よく熟れたら、そうかもしれませんわね。あれはもう熟しすぎてしまった頃でしょうけど…」
時期はもう十二月はじめで、木々も葉を散らし乾かす頃だ。つい最近まで夏だったと思えば、秋を通り越したようにしてもう冬が来る。
「…魚雷殿は、果物は好きだったか?」
「ギョラ?ええ、もちろん」
魚雷ガールは一瞬木の実へとやった視線をすぐ戻し、ソフトンに笑いかけた。
何の話をしていても彼女は常にソフトンを見ている。残念なのはソフトン本人が、普段以上にそういった感覚に鈍くなっていることだ。
「味は味で好みがありますけど、やっぱり名前も大切ですよね」
「名前、か?」
彼は今、自分からどうにか話題を切り出せたことに内心幾らか安心していた。
「果物って、花に負けずにきれいな響きの名前が多いもの」
そのとても女性らしい言葉に上手く返すことは出来ないが、頷くことはできる。

(……?)
よく考えたら、それでは彼女頼みなのが変わっていない。

「…魚雷殿」
「はい、ソフトン様?」
理解してすぐに、声を。
かけたは良いものの、『それ』を問うていいのか解らない。
だがこのまま黙っているわけにもいかなかった。
「…その……苺、は好きか?」
「いちご?」
苺。
彼女には黙ったままの計画を思わせる質問はどうかと思ったが、これが嫌いなのではある意味で失敗だろう。
「苺、ですか?」
「ああ」
苺はソフトンにとってなじみ深い果実のひとつだった。ソフトクリーム屋をやっていれば、それはそうだ。
「もちろん大好きです、ソフトン様!…けど、どうして今?」
「いや。…なら、よかった」
どうやら悟られてもいなようで、二重に安堵する。

あとはケーキを作る二人と、カードを書いている連中の手腕に期待するだけだ。
そういえば自分がカードを書く時間に関しては確保できるのだろうか。
突然の計画で、思えばその辺りが微妙に甘かった。






ケーキは予想より相当に早く、完成へと近付いていた。
「急ぎ過ぎたかな?」
「のらー」
余った苺をごくりと飲み込んでから、田楽マンが首を傾げた。
「でも、ちゃんと出来てよかったねー」
出来合いのスポンジを泡立てたクリームで包んで、苺とバースデーキャンドルとプレートで飾る。それだけでは寂しいからとチョコレートだのなんだのを振ると、あっという間に賑やかすぎる程のケーキになった。
「クリーム、余ったね。ちょっとだけ」
「わーい」
「うーん…」
買い出しの品の中のクラッカーまでつまみ食いしてしまうわけにはいかないし、最近皆パンを食べたがらないものだからそちらも切れている。
ちなみにパンのかわりに米を食べているわけではない。天の助のところてん主張もむなしく、現在ボーボボ一行はパスタブームであった。
「つけるもの、ないねえ。タイミング悪かったかな」
「そのまますくって舐めちゃえば?」
「うん、それもいいんだけど」
ボウルからダイレクトというのはやや抵抗がある。
だがビュティの迷う間に、田楽マンは最後にクリームをきったヘラを持ち上げると軽くすくって舐めてしまっていた。
「あまいのらー」
「…そう?」
田楽マンがやると子供らしく、だらしない気もしない。
ビュティはもう暫し考えてからきょろきょろと視線を泳がせた。田楽マンがいる方とは逆側で、目を止める。
「あった」
細かいチョコレートをまぶすために使った銀色のスプーンが、それだけで役目を終えて放っておかれていた。
「それで食うの?なんかちょっとした醍醐味がないのらー」
「まあ、いいじゃない」
駄目出ししてくる田楽マンに笑いながら、ビュティもボウルに残ったクリームを浅くすくう。

その直後。

「…取り込み中悪いんだが」
「わ!」
口に含んだスプーンを落としそうになりながら、ビュティは叫んだ。田楽マンは大して動じずにもくもくとやっている。
「ソフトン、何やってんのら?」
二人の様子を見ながら困ったようにああ、と返してきたのはソフトンだった。彼は魚雷ガールを引き留めておく役割だったはずが、何故かひとりだ。
「…飲み物をな」
「あ、え…飲み物?」
なんとなく恥ずかしい気がして、スプーンを隠しながらビュティが問う。
「ずっと待っているだけというのもなんだから」
「あ、そ、そうだよね!……えーと、魔法瓶…」
気候はやや冷え気味だ。冷たい飲み物よりも暖まったコーヒーがいいだろう。
「お砂糖、いる?」
「少し」
頷いて、スティックシュガーを二本添えた魔法瓶をソフトンに差し出した。
「このまま持っていっちゃって…ああ、そういえば魚雷さんは?」
「待ってもらっている」
「ソフトンの言うことなら納得するのら、あのひとは…」
「…ケーキは、出来たみたいだな」
ソフトンは蓋を被せられた完成品を見てから、田楽マンの抱える『余り物の一部』へと視線をやる。
「なにもヘラから食べなくてもいいだろう」
「こーゆーちょっとした楽しみが解らないとは勿体ないヤツらなのら。あ、お前も食う?」
「いや、俺は生クリームだけというのは駄目そうだ」
ソフトクリームと生クリームでは話が違うらしい。ブラックコーヒーの入った魔法瓶と二本のスティックシュガーを手に、ソフトンは踵を返した。
「…そうだ。あとどのぐらい時間を潰せばいいか」
「うーん、一時間…?もう暗くなっちゃうかな」
冬は日の落ちるのも早い。未だ昼からそう経っていない気はするが、既に薄暗くなりつつある。
それでも皆のカード書きが終わったら、手早く分担して夕食の方も作ってしまわなければならない。
「解った。それと、俺もカードを書いた方がいいだろう」
「ソフトンさんが?」
「…似合わないか?」
「ううん」
似合うような似合わないような。
そんなことを思ってしまいながら、ビュティは首を振った。
「十枚入りのを買ってきたっていうから、余ってると思うよ。ボーボボのとこ」
「解った」
ソフトンは頷くと、魔法瓶を持ったままそちらへと歩き出した。


言葉で伝えればいいだろうと、そう思われるかも知れない。
だが、言葉を使うより文字にした方がよほど上手に祝いの気持ちが伝わるように思えた。
自分の方が彼女の退屈などないように留めておかねばならないはずが、逆に気を遣わせていると思うと複雑だ。
複雑だが、せめて『伝わる』のが何よりもいいだろう。
他と似通うなどとは思わない。まったく違う人間がそれぞれ書くのだから、何枚あっても異なったものになるはずだ。


ソフトンは、自分がこうした『特殊任務』にやや不得手であることを理解していた。
が、魚雷ガールが現在ちっとも退屈などしていない、気遣いどころか幸せですらあろうことまでは解っていなかった。
それもまた彼ゆえに。





ボーボボがソフトンに差し出したカードのパックの中には、既に一枚しか残っていなかった。
余りのうち一枚は首領パッチが書き損なって落書きメモと成り果てたらしい。
そしてもう一枚は、天の助が自分の分と一緒に二枚持ってどこかへ行ってしまったのだという。
書き上がったと言っていたのにどこへ、とヘッポコ丸が首を傾げる横で、ソフトンは沈黙のまま『ユーキャンフラーイ!』と叫ぶカードを見つめていた。











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