なくしもの




ドン。


何かを叩きつけたような音に驚いてそちらを見たが、そこには何もなかった。
小さな宿のロビー、音楽番組に集中していたビュティには何が起こったか解らなかったのだが、気のせいだとも思えない。変わったことは特にない空間を何となく目が離せずに見ていると、ヘッポコ丸が階段を降りてきた。
「あ、へっくん…」
「…あ、ああ」
ヘッポコ丸は何故か呆然と、外に続く扉を見ている。
「ど、どうしたの?」
「いや、今さっきさ…すごい音、しなかった?」
音なら確かにした。どうやら出所は扉だったらしい。
「聞こえたんだけど、気が散っちゃってて。何かあったの?」
「いや…」
「破天荒のヤツが」
「うわっ」
答えたのはヘッポコ丸ではなく彼の背後から現れたボーボボだった。ヘッポコ丸は驚き飛び退いて階段付近から離れる。
「破天荒さん?」
「ああ、破天荒がな」
普段通り落ち着いてはいるが、やはりどこか気にかけている様子で扉の方を見る。ビュティもヘッポコ丸も何となくそれに習う。

「何か、失くし物をしたらしい」




気が付いたのは部屋に入って暫くした後だった。
どこかへ行ってしまった首領パッチを探しに行こうとして、ふとポケットに触れた。大切なものが入っていた。それを確かめたかった。
それなのに、そこには空の感触しかなかった。
何度触れても何もない。全身を撫でても、気配はない。部屋中をひっくり返す勢いで探しても見当たらない。そもそも宿に入った後落としたような記憶もない。
ならば外だ。ここまで来た道だ。
全身から吹き出す冷たい汗と明らかに高鳴る心臓と共に、階段を駆け下りて外へ飛び出した。勢い良く開け閉めした扉が歪んでしまおうと、そんなことはどうでも良かった。

心当たりがあるとすれば、ひとつ。
この村に入る直前、今まさに毛を狩らんとする突入直前の毛狩り隊と遭遇した。
相手は雑魚ばかりだった。いつも通りに戦い、ある程度倒したところで残った者達がやられた仲間を連れて退散していった。
その時以外にはない。
戦いの始まるその瞬間まで、何度も触れては確かめていたのだから。



道の脇。木の陰。何度も繰り返し歩き回り、這いつくばって探しても、そこにあるのは土と草ばかり。たまに目に留まる小さな石ころは邪魔でしかない。
「破天荒」
名前を呼ばれても顔は上げなかった。声の主は解っている。彼の相手をしている暇などなかった。
「あの、破天荒さん…?」
「おい、どうしたんだよ」
次々と重なる声も今は雑音だ。
破天荒は黙って、そちらを睨みつけた。
「……」
ボーボボは肩を竦め、ヘッポコ丸はたじろぎ、ビュティは少し後ずさった。

「それで、何を失くしたんだ」
戻れ帰れと言っても三人は去ろうとしなかった。人の好い子供二人と好意なのか興味本意なのか解らない男一人は、手伝うと言い張った。
「………」
「言わないと解らんぞ」
「だから戻ってろっつってんだろ!」
ボーボボはやれやれと言わんばかりに腕を組んでみせる。
「気にかけて欲しくないにしては必死すぎるな」
「馬鹿にしてんのか」
「どうしても隠したいものなら別だが、そこまで必死だと気にもなる」
「そうだよ」
ビュティも同調する。ヘッポコ丸は何も言わなかったが、やはり戻る気はないらしい。
「それで、何を失くしたんだ」
ボーボボはさっきと同じ調子で尋ねてきた。何かわざとらしかったので殴りかかってやろうと思ったが、それでは延々同じやりとりを繰り返すだけだ。
一つ溜息を吐いて、破天荒は呟いた。
「…くるみ」
「…へ?」
裏返ったような声を上げたのはヘッポコ丸だった。
「くるみ…」
「くるみがひとつ。小さめで、傷なんかはついてない」
「いや、くるみって」
必死になるにはささやかで、黙秘するには小さい。何より破天荒という男のイメージに似合っていない。
「悪いか」
破天荒はまたも睨んできた。馬鹿にしたつもりはなくても、焦っている今の彼には望ましい会話ではないだろう。
「まあ、絶望的なほど解りにくいものじゃないな。探そう」
ボーボボは鼻毛を伸ばして、大きく振りかぶった。
「まずはこの辺りの邪魔な石ころを吹っ飛ばして」
「それじゃ一緒に吹っ飛んでくじゃねーか、ふざけんな!」
そして今度こそ本気で怒った破天荒に蹴り飛ばされた。



「…ないね」
「きり、ないな」
もう日も暮れかけているが、失せもの探しは進展していなかった。
毛狩り隊との戦いで失くしたのだとしたら勢いでどこか遠くへ飛んでしまったのかもしれない。囲いなどがあるわけでもなく、どこまで探せばいいか見当もつかないのだ。
「でも、大事なものなんだよね。…破天荒さん、他のくるみじゃあダメ?」
「駄目だ」
ビュティの問いに即答した破天荒は、休むこともなく辺りを探り続けている。諦める気配は見せない。
「でもさ、もう日も暮れるぞ。明日でも」
「帰るんならお前らだけで帰れ」
ヘッポコ丸に対しても即答して、やはり手は休めない。
くるみが破天荒にここまでさせる理由が二人には解らなかった。
「…そうだ!そういや首領パッチ、あいつどこ行ったんだ?」
「そう言えば、見てないね」
「奴なら魔王を倒す旅に出た。今頃はカジノだろう」
「なんで!?」
「俺、探してきます。人手があった方がいいし…」
そう言って立ち上がると、ヘッポコ丸は膝についた泥を払おうとした。

「やめろ!」

叫び声が、響いた。
それは今までのどんな言葉よりも鋭かった。
ヘッポコ丸も、ビュティも、ボーボボも手を止めた。破天荒の手も止まっていた。
「破天荒、さん…?」
「おやびんには、言うな」
ふらふらと立ち上がってこちらを向いたその表情も、声も、冗談ではない。
「言ったら殺す」
どれだけ必死で探していたのか、よく見ればその手は土に汚れずたずたになっている。しかし痛みなど感じている様子もなく、ぎらついた瞳で睨みつけてくる。
冷たさとは違う。ただ、殺意すら含んだようなその視線。
声の出ないヘッポコ丸の前に割り込むように、ボーボボが立ち上がった。
「知られたくないのか」
「悪いかよ」
「悪いとは言っていない」
「なら黙って探すか、今度こそ消えろ」
「破天荒」
「消えろ。もう構ってくるな、一人で探す」

ボーボボは黙ったままその言葉を聞くと、小さく息を吐いた。

「なら、仕方がない。戻るか」
「え…でも、ボーボボ!」
「もうそろそろ変身がとけちゃうし…」
「何の!?」
「正体がバレたら基地に帰らなきゃならないの!」
「どこのッ!?」
そんなやりとりを見つめる破天荒の様子は変わっていない。
誰も、これ以上食い下がることはできなかった。
「それじゃたっくん、魔法がとける12時までに戻るのよ」
「たっくんて誰!?しかも変身ってそれ!!?」


破天荒は何も言わず、再び地面に目を向けた。











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