光の欠けた道から



ふと気が付くと、森の中にいた。
柔らかい風が吹き、鳥が鳴き、近くを流れているらしい川の音と小動物が動き回る音がかすかに聞こえてくる。
直前までの記憶がはっきりとしていない。
今日がどんな風に始まってどんな事があって今ここにいるのか、いや、昨日のことすら怪しい。頭がぼんやりとしているよりは不自然なくらいに真っ白だ。自分の名前だのを忘れてしまったのではなく、まわりにある風景が、今ここに己があるという現実が意識とまったく結びつかない。
足の感覚を確かめる。確かに自分はここに立っている。
(寝ていた?…立ったまま?馬鹿な)
白昼夢?頭でも打った?まさか。



「破天荒」

名前を呼ばれて、現実に引き戻された。
不自然な感覚は何も解決していない。それでも、知っている男の声はそれを消し去る材料になるはずだ。
「ボーボボ」
破天荒と同じ国に生まれ、同じように生き残った男。彼を見つけ彼と行動を共にしている、この記憶に間違いはあるまい。
「…ここ、どこだ?」
「おいおい、何の冗談だ。頭でも打ったか」
「いや…」
「邪血館から出て来たばかりだろう、俺たちは」
ああ、そうか。
破天荒は自分の記憶と彼の言う現状を繋ぎ合わせた。
邪血館にボーボボを連れて行って、中で色々あって外に出て、幾らか歩いた場所。
はっきりしなくてもどうにか納得はできた。
「俺は今、どうしてた?」
「なんかぼうっとしてたよ。考え事?」
答えたのはボーボボではなくその横にいる少女だった。彼女はビュティ、ボーボボがお守りをしている子供の一人だ。
「ごめんね。私が疲れたなんて言うから…」
「いや、仕方ない。邪血館では色々あったしな」
そうだった。
邪血館ではボーボボが操られたふりをしたために、色々と揉めたのだ。
(…てめーのせいじゃねーか)
「ヘッポコ丸が戻って来たら出発だ」
その、もう一人の子供であるヘッポコ丸と破天荒が遅れて中に入り、ボーボボを止めた。ボーボボの「ふり」にまったく気付いていなかった敵は打ちのめされて、その後皆揃ってあの館を出たのだ。
(…ん?)

俺はどうやってボーボボを止めた?
施錠して、その後どうなった?
俺とガキがあそこに行くまでに何があった?

「もう、邪血館みたいなのはヤだよー」
ビュティが笑いながら喋っている。考え事をしている間に二人は邪血館であったことを振り返りだしたようだ。
「ボーボボ、いきなり操られたふりなんかして。困ったもん」
「恐ろしい洗脳作戦だったな」
「ふりだったんでしょ!すぐへっくんと破天荒さんが来たから良かったけど…」

すぐ?

「破天荒さんがボーボボ止めてくれるまで、ちょっと本気で焦っちゃったよ」

ボーボボが操られてすぐに追いついた?
そして俺がボーボボを止めて、
そして…

「…違う」
「え?」
急に、身体中に汗が吹き出した。
頭の中の不自然な空白が渦巻きだした。
気分が悪い。
何が違うのか。自分に問いかけ、その答を出す前に勝手に次の言葉が出た。

「おやびんは、どこだ?」



邪血館であった事を思い出す事はできる。
しかし、違う。この記憶は違う。
「おやびん?誰だ」
ボーボボの言葉に別にと頷くわけにはいかなかった。
「破天荒さんが…おやびん、って」
ビュティの視線は珍しいものを見るかのようだ。
冗談、ではない。
嘘でもない。この様子では嘘などついていない。
(違う)
現実のはずだ。自分に、ボーボボに、ビュティに共通しているはずの現実。
自分の中には確かに存在する。

だが、おかしい。

ここまで記憶の流れの中にその存在がない。
まったく関わりが無かったかのように、不自然に浮き上がっている。


「…首領パッチ…おやびん」
「ドンパッチ?アメか?」
「そうじゃねえ!ハジケ組の…」
「お前、ハジケリストを目指すのか」

なんてことだ。

本当に、ない。ボーボボの中にない。
隣で不思議そうな顔をしているビュティの中にも、ないのだ。
そして自分の中でも、本来の記憶の流れから外れた不安定な場所にある。
その存在が無い記憶が完成している。
(なんで)
「やめとけ。向いてないから」
(俺は覚えている!おやびんのことを!)
「……うるせえよ」
「でも、破天荒さんもちょっとふざける位でもいいかも…なんて」
「しかしハジケリストともなると、普通のおふざけとはちょっと違うぞ」


毛の王国で生まれた。幼い内に故郷が滅ぼされ、直前に脱出させられて生き残りになった。それからずっと他の生き残りを探している。色々あって、変なのに目を付けられたこともあったがボーボボを見つけて一緒にいたガキ二人もいっしょに邪血館に…

(嘘だ!!)

おやびんはどこだ?
俺のことを拾ってくれた首領パッチおやびんは?
覚えている。どんな存在だったかどんな声だったか、どれだけあの人を慕ってきたか。
なのに何だ、これは。
おやびんが存在しない記憶。
俺以外の中から消えてしまったおやびんの存在。

おそるおそる自分の背中に手をまわした。
あとから縫い付けたはずのハジケ組の文字の感触が、無かった。


まるで最初から無かったかのように、首領パッチの存在が消えた。







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