森の中を歩き続ける。


戻って来たヘッポコ丸も首領パッチのことを知らないし、解らないらしかった。口を閉じた破天荒に対して、三人とも別に追求はしてこなかった。ただの夢だったことを認識したと思われたのだろう。
そうではない。
この状態で何か言ったところで本気でおかしくなったと思われるだけだ。それ以上に、頭の中で整理がつかなかった。
首領パッチ。
ハジケ組のリーダー。
いつだってハジケていて、強くて、最高の親分。
忘れるものか。
なのに、共に過ごした時間のことが思い出せない。上書きされた彼のいない記憶は揺るぎなく、別の場所にその存在だけが残っている。
しかしそれは幻などではない。
一緒にいたはずだ。
(いや…)

そもそも、一緒にいただろうか?
自分がいつだって首領パッチを忘れなくても、ボーボボ達が知らないのは当たり前のことかもしれない。
(…!?)

それは、違う。それが違う。
ボーボボを見つけた時、再会したのだ。
そもそもどうやって出会ったのだったか。
どうやって再会したのか。

(何だ、これは…!)

思い出せば思い出すほど曖昧になり、薄れてゆく。
このままでは消えてしまう。
それだけは、嫌だ。
今の状況ですら耐えられないところを必死に取り繕っているのに。
忘れてしまえば楽だなどとは思わない。
首領パッチの存在の無い人生など考えられない。どんなに離れていても忘れたことはなかった。また会いたいと思っていたし、会うつもりだった。背中の文字が無くなっても、他の連中が忘れてしまっても、自分の中に残っているのならそれはまだ消えたことにはならないはずだ。
これ以上考えてはいけない、恐ろしい。
振り切るように前を向いた。
ボーボボ達三人は何かと話しながら次の村だか街だかを目指して歩き、自分はそれについて歩く。
会話に参加する必要などない。首領パッチがいないのに、話すことなど見つからない。そもそも首領パッチがいないのに、これ以上ここにいる必要などあるのだろうか。
今ここで別れてしまってもいい。

(…それは駄目だ)

虚ろになった記憶の中にあるのはただ首領パッチの存在と、彼と自分を結びつける二つのもの。
ハジケ組。ボーボボ達。
この連中について歩けば、また。
(また…)
どうにかなるというのか。
ボーボボ達との記憶はあっても、そこに首領パッチが混じっている記憶はない。
なのに離れて行く気にならない。そうすることができない。
縋り付いているのだ。
この不自然な状況、不確かな記憶のパズル。
そこからどうにか首領パッチの存在に結びつくために、残されたヒントは彼らしかない。
記憶はなくても、あの頭の中に空白ができるまでに彼ら三人と首領パッチとともにいた時間があるはずだと、まだどこかで信じることができた。

(信じる?この俺が?)

嘲り笑おうとすら思った。だがそれは違う、そうではない。
信じられるものはある。確かに在ったのだ。

背中の文字が消えて、ハジケ組という言葉も不確かになった。そんなものは本当は無かったかもしれない。
それでも首領パッチの存在があったことだけは信じていたい。
そしてそれを信じたいから、ボーボボ達とともにいることが少しでも首領パッチに近づくはずだと信じ続けたい。
どんなに情けないと、滑稽だと言われようとも。
たった一つ、この自分が信じていた存在を失ってなるものか。

この心の中に首領パッチの存在と姿だけでも残っていたことにかろうじて救われた。
忘れてしまうのが怖かった。


覚えているのではなく、解っていることがある。
忘れてはならない。失いたくない。
そのためにどうしていいか解らないこんな惨めな状態でも。
一緒に過ごして来た時間を忘れてしまおうが、諦めることなどできない存在なのだと解っている。
自分という人間が、首領パッチをどれだけ慕っていたのか解っている。
だからまだ失ってはいない。それだけが、救いだった。

今この感情が暴発せずにいられるのはきっと、その救いに縋り付いているからだ。




結局日が落ちるまでに森を抜けられず、今晩は野宿となった。しっかりした道はあるし明日には街に着けるだろうという話だったが、破天荒にはそんな事はどうでもよかった。
むしろ、野宿の方がいい。
静かな部屋の中に落ち着けば今以上に余裕が無くなるだろう。冷たい草の寝床の方が、沸き上がる不安や複雑な感情をかえって和らげてくれる。
ああ、こんな事ではだめだ。
なくしたものは取り戻さなくてはならない。
そのために、考えることを恐れてはいけない。

「…ボーボボ」
「何だ?」
ヘッポコ丸もビュティも疲れていたのかすぐに眠り込んでしまって、火の番をするボーボボと自分とが残されていた。
「首領パッチって名前を本当に知らないのか」
「だからアメだろう、一昔前によく売って…」
「違うっつってんだろ!知らねえのか!」
「知らんな。俺はわたパチ派だし」
ボーボボは無表情に、当たり前のようにそう返してきた。アメの話はなんでもいいが、首領パッチを「知らない」のは確かなようだ。
「破天荒。お前今日はおかしいぞ」
「…別に」
「まあ、いつもおかしいけどな」
「誰がだ!…ちょっと、散歩してくる」
「そうか」
ボーボボは止めも追求もしなかった。この男に読めないところがあるのはそれこそいつもの話だ。実際本当に散歩するだけなのだからそれ以上言うこともない。


破天荒は黙って立ち上がり、歩き出した。







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